3/29。細川邸の工事初日。朝9時に現場に行く予定だったんだけど、前日までの徹夜が響いて目が覚めたらもう8時。とりあえず皆様にごめんなさいの電話連絡。
と言っても私たちが張り切って現場に行ったところで何が出来るわけでもなく、私たちが着いた頃にはもう工事はガンガン進行中。キッチンの垂れ壁の下地がもう出来上がっていた。
この物件はマンションLDKのみの小規模なリノベーション。マンションに限らず、最近できた住宅を改装する際には、もとの建築工事のいい加減さに起因する問題が必ず発生するものだが、ここでも早速出た。照明器具を新しく取り替えるため既存のダウンライト(天井面に埋め込むタイプの照明器具)を外してみたところ、スラブ(建築の構造体)と天井面との間が70mmくらいしか無い。一体どうやってダウンライトが納まってたのかと思って取り付け箇所を覗いてみると、なんとコンクリートスラブの一部を削り取って無理矢理埋め込んでいた事が分かった。
あらら、これじゃあダウンライトの交換どころか移設すら出来ないよ。と言うわけで、急遽既存の天井を撤去して、少し下げたところに新しく天井を作る事にした。ちょうど窓際に梁を避けるための50mmほどの段差があったので、そのラインに合わせて完全にフラットな天井に。これで作り付け家具の納まりもずいぶんスッキリする。けがの功名。
懸案事項だった間接照明ボックス内のスピーカーの納まりと、エアコン室外機の納まりについては、木ごころ・飛澤さんと相談してその場で決定。と言ったところでお昼ご飯の時間になったので、お邪魔にならないよう退散。
それから一路たまプラーザの飲食店現場へ。店舗区画の実測。建築図面はあるものの、やはり自分でメジャーを持って計っておかないと安心して実施設計には取りかかれない。暗くなる前になんとか採寸を終えて、二子玉川へ。無印良品で生活物資を少々補充。レジの前にワゴンが置いてあって、『特大輪切りバウム』が山積みになっていた。たまらず購入。見事に無印の術中にハマっている勝野。
で、帰って仕事。
3/28。たまプラーザ東急SCのB1Fにある前からずっと気になっていた店に行ってみた。『茶の葉』と言う日本茶(と言うよりも緑茶オンリー)店。お茶とその関連グッズの販売をやっていて、店内のカウンターでお茶菓子セットをいただく事も出来る。なんで気になっていたのかと言うと、とにかくこのお店のデザインが尋常ではないカッコ良さなのだ。
『茶の葉』の店舗区画は二方向の通路に面した“角地”。そこでの人の流れを受け止めるようなかたちで、店内カウンターと物販コーナーの間仕切りは平面図上斜めに配置されている。一見大胆だが、客としてこのお店に接してみると、それはもうため息が出るほどに無駄のない巧みなプランニングであることがわかる。物販コーナーはほぼ全面がステンレス貼。天井から下がった蛍光灯の照明器具もステンレスのボックスで囲われている。これらのハードなフォルムと素材感を、要所に置かれた生花と、分厚いガラスで出来た什器(棚やお茶をストックする箱など)のエッジから漏れ出る深いグリーンの光とが中和する。深呼吸でもしたくなるような清涼な空気感を感じさせるお店だ。
木材を束ねた客席カウンター、小叩きのコンクリートで仕上げられたその背後の壁、そこに据え付けられた荷物置きのディテールなどなどまだまだ見所はたくさんあるんだけど、ホントにきりがないのでインテリアに関してはこの辺で。見た目に違わず、いや、もしかすると見かけを上回るくらいの勢いで、このお店の味と応対は抜群に素晴らしい。器やトレイ(これがまた分厚いガラス色アクリルなんだ)、コースターや箸置きにいたるまで、サービスの仕方も実に洗練されている。
どうしても気になったので、帰り際、スタッフの方に「このお店はどなたが設計されたんですか?」と伺ってみたところ、残念ながらその辺について詳しい事は分からなかったが、このお店はたまプラーザのオープン(1982年)と同時に出来た『茶の葉』の一号店だそうで、銀座の松屋に2号店がある(最近まで横浜クイーンズコートにもあったんだけど残念ながら閉店)とのことをお聞きすることができた。この場所で22年。そのスタイルとデザインは今でも十二分に新しい。
うーん、しかし設計者が誰なのかがどうしても知りたいぞ。どなたかご存知じゃありませんか?ともあれ、銀座のお店にも近いうちにぜひ行ってみよう。
茶の葉 たまプラーザ店/神奈川県横浜市青葉区美しが丘1-7たまプラーザ東急SC B1F
045-903-2157/10:00-20:00/不定休 (東急SCに準ずる)
3/12。お昼に恵比寿へ。CONFORT誌『伝説のインテリアデザイン』取材の下見を兼ねて『松栄寿司』で藁科さん・佃さんと一緒におまかせランチコースをいただいた。
このお店はインテリアデザイナー・高取邦和さんの1992年の作品。櫛状にスリットを切ったひのきの造作から漏れ出す間接照明がとても美しい。素焼きの陶板タイルをレンガ状に積み上げた壁が重厚かつモダンな印象を際立たせている。離れた場所にある2本のカウンター、階段とWCをからめたレイアウトなど、そのプランニングは紛う事無き高取デザインだった。料理も評判通りの美味しさで満足。
一旦解散後、夕刻に恵比寿へ引き返して、藁科さん・佃さんとともに工芸ギャラリーの『知器』へ。ついに高取邦和さんと再会。
実は高取邦和さんと勝野は以前に一度だけお会いした事がある。それは私たちが東京へやって来たばかりの頃、就職活動にあたって「とにかく作品だけでも見てはいただけないでしょうか?」と押し掛けたデザイン事務所のひとつが高取邦和設計室(現・高取空間計画)だった。当時私たちは高取さんの作品を『4℃』と『松栄寿司』と『おまけや』の3つくらいしか知らなかったんだけど、素材の持つ力を最大限に生かしつつも徹底してシンプルかつモダンなデザイン手法やライティングの美しさに心酔していた。中でも勝ちどきの駄菓子屋をカフェ付きに改装した『おまけや』は「なんとしてもこの人に会わねば!!」と決心させるのに十二分の衝撃的な作品だった。結局事務所への就職はかなわなかったが、高取さんと当時スタッフだった中村さんはポートフォリオを抱えた勝野をとても温かく迎えて下さった。その時、高取さんご自身の作品資料をたくさん見せていただいたのだが、広範かつ長期にわたる活動にもう愕然。高取さんは内田繁氏と同世代のデザイナーであり、スーパーポテト(代表・杉本貴志氏)の共同設立者だったのだ。
その後、いくつかのデザイン事務所を訪れたり門前払いにあったりしたが、高取さんにお会いしたことは勝野にとって格別に大切な思い出となった。野井さんが心の師匠in大阪ならば高取さんは心の師匠in東京だ。
今回も緊張の面持ちでインタビューに挑んだ私たちだったが、高取さんからはとても興味深くて勉強になるお話をまたもやものすごくたくさんお聞きする事が出来た。
高取さんが離れた後のスーパーポテトの作品について、空間デザインの手法としては、正直私たちは“そつなく質の高いジャパニーズインテリア”と言った印象以上のものはあまり感じられない(日本以外のアジアでのメガレストラン展開はかなり面白いらしいと聞く)。しかし高取さんの生み出す作品はその系譜を引き継ぎつつもあくまで斬新だ。その極みとも言うべき作品が『松下』と『おまけや』、そして『茶・銀座』だろう。これらの作品には店舗設計の定石を一旦完全に白紙にした上で丁寧に再構築したような、極めてオリジナル性の高い、それでいてあくまで合理的なプログラミングの妙を見る事が出来る。単なるインテリアを超えて、そこには現代の東京の都市空間の中で、店舗空間が本来持つべき姿を真摯に追求しようとする高取さんの哲学が明確に見て取れる。
緊張のインタビュー後、スタバでカフェラテを一杯飲んで、高取さんの最新作のひとつだと言う恵比寿銀座通り沿いのお店を探した。『松栄寿司』や『松下』の系列店ではあるが、なんとそれは立ち飲み屋だ。店名は『立呑』(直球だなあ)。建物の解体が決まるまでの期間限定の簡易な仮設店舗で、高取さん曰く「デザインと言えるかどうかは別にして面白い店だよ」とのこと。で、『松栄寿司』よりも少しばかり駅寄りの場所に“立呑”、“串ホルモン”の提灯を発見。近づいてみると驚いた事に高取さんと奥様、そして娘さんの三人が手前のカウンターでお食事中ではないか。
高取さんは入り口の引戸を開けてにこやかに私たちを迎え入れて下さった。そこは安価な木角材をバンバン打ち付けて厨房設備と照明を仕込んだだけの簡素な空間。狭い店内は客でスシ詰め状態だがそれが立ち飲み屋の醍醐味と言うものだ。カウンターに付いて、そこに置いてある小さな表に鉛筆でオーダーを書き、スタッフに渡す。スジ煮込みにゲタカルビ、ナンコツ、ハラミなどなどガンガン発注。これがどれもこれも美味いのなんの!ヤバい、この店はハマる。顔を見合わせる私たちの横ですっかりリラックスしてご家族と談笑する高取さん。
自分のデザインした店で、満杯の客のにぎわいに囲まれて、家族と一緒に美味いものを食べる。デザイナーとして、これ以上に幸せな事があるだろうか。
しばらくご一緒した後に高取さんご一家は先にご帰宅。私たちもひとしきり飲み食いしてお腹いっぱいになり、お勘定をお願いしたところ、2000円と少しとのこと。いくらなんでも安すぎる。きょとんとしていると店長さん曰く「あとは高取さんが払って下さってますから」。なんと言う事だ。高取さんにご馳走になってしまった。。。!!!