10/29。バワリーキッチンやロータスでおなじみの形見一郎さんが空間デザインを手がけた『くろひつじ』。なんと、東京にありながらジンギスカンを生肉で供する(本場札幌でもジンギスカンの肉はたいてい冷凍)と言う。
(Sep. 9, 2006/夕刻の外観写真を追加)
切妻屋根の木造建築をリノベーションしてまるごとレストランに仕立ててあるのがユニーク。黒くフラットに仕上げられたファサードのところどころからはまるでパズルのピースがはめ込まれたようにカラフルなインテリアが顔を出し、前面道路との間にあるゆったりとしたオープンスペースでは席を待つ人々が思い思いに時間をつぶす。道路を挟んでその様子を見ていると、まるでレストランじゃなくて野外劇場にやって来たかのような気分だ。そのシュールな印象は商業地から少し離れた閑静な環境にどういうわけかすんなり溶け込んでいるように思える。
予約の旨を伝えて行列を尻目に店内へ。エントランスにある銭湯のような小さなロッカーは見た目にかわいらしく、かつ機能的。油と煙のにおいが付かないように上着はあらかじめここへ入れておいた方がいい。
フードメニューはジンギスカンだけ、と実にシンプル。注文すると白いコーリアンのテーブル天板の上に七輪がどかんと鎮座する。あとはひたすら焼いて食うのみ。盛り上がった鍋の周囲に野菜を、てっぺんに肉を乗せる。本来のジンギスカンの流儀に習えば最初に脂身のかたまりをてっぺんに乗せ、したたり落ちる脂を鍋に馴染ませてから「焼き」に挑みたいところだが、この行程はここでは省略されているらしい(この時点で味には期待するまいと悟った)。ほとんど素焼きに近い状態で食べざるを得ない野菜には「ヘルシーさを強調するにもほどってもんが(中略)」と、残念な思いだったが、生肉をうたうだけのことはあって肉質はそこそこ許せるものだった。料金は安いし(一人前1000円)、スタッフの方々の応対も良かったので、総合的には満足。
さて、空間デザインに目を移そう。天井が高く、仕切りの全くないフロアは開放感満点。店内にはカウンター席もあって、これがキッチンカウンターやレジカウンターと一体的につくってあるのが面白い。一見飲食空間のセオリ−から逸脱したプランニングをシンプルな手法でさらりと成立させてしまう形見さんらしい大胆な手口だ。下の写真左は階段上から2F部分を見渡したところ。このフロアには事務スペースとトイレがあるだけで客席は一切無し。1Fテーブル席の上は全て吹き抜けとなっている。ところどころに素地のまま残された木組みと、リノベーション後に白く塗られた部分とが迫力ある対比を見せる。右はトイレの前の待ち合いスペース。
どこを採っても装飾らしい装飾は一切無し。「食」の迫力に満ちた内部空間と、周辺環境に対して静かな存在感を放ちながらも絶妙な間合いを保つ外部空間とが、明解なコンポジションのみで演出されているのが見事。これまでに形見さんが手がけた空間の中でも名実共に最もスケールの大きな作品であり、おそらく新たな代表作と言っていいだろう。
街はずれに足を伸ばし、だだっ広いフロアで肉を焼き、勢い良く食らう。『くろひつじ』はそんなダイナミックな活動を誘発する都市装置だ。そのデザインの本質は「形見さんと言えばカフェ」みたいな巷の短絡的な認識とは全く別の次元にある。
くろひつじ/東京都目黒区上目黒1-11-6
03-5457-2255/18:00-24:00(土日祝12:00-24:00)/無休