2/21。よみうりホールへ文珍師匠を見に行ったついでに『stone』(ストーン)有楽町店へ。ずっと前から行かねばと思いつつなぜか行く機会の無かった喫茶店。場所は駅を出てすぐの場所にある有楽町ビルの1F。オープンしたのは1966年とのこと。
ビルの通路まわり(写真左)は壁面に残るタイル貼りが歴史を感じさせることを除くと明るくてピカピカの状態。こんなところに老舗モダン喫茶があるのかね?と一瞬訝しく思ったが、『stone』はエントランス近くにあっけなく見つかった。黒御影石に彫られたロゴ(写真右)が超クール。全く古さを感じさせないデザイン。
店内はレジとキッチンを真ん中に挟んで二つのエリアに分かれている。片方はビル通路沿いの細長いエリア。上の写真はもう片方の少し広めのエリア全景。
壁は一面白御影石貼り。古びていい具合の飴色になっている。しかも表面はかなり立体的でザラザラと言うよりむしろボコボコだ。端部を見たところ石の厚みは10cmくらいはありそう。果たして壁だけで一体何トンあるのだろうか。圧倒的重厚感。また、壁沿いのところどころに真鍮製と思われる鋳物の飾りがライン状にゆらりと吊り下がっている。石の表面に刻まれた縦ラインがそれに呼応し、客席全体を雨降りのように包み込む。素材は重く硬質だが不思議に圧迫感は無く、むしろ柔らかな印象すらある空間だ。
フロア中央には円弧を互い違いに並べたようなかたちの黒いビニールレザー貼りの低いパーティションがあって、座席に着くと視線がそれとなく分節される。椅子は全て黒いビニールレザー張り。剣持勇デザイン。包み込むような座り心地が素晴らしい。テーブルはラッパ状のスチール脚に黒い半透明のガラス天板を乗せたもの。なんと床から生えるようにして固定されている。
このプランニングは上手い。そして文字通り動かしようが無い。
床にはランダムな形状の白黒の小さな石がパターン状に敷き詰められている(もう少し大きな写真)。磨き込まれた表面から現テラ(現場打人造大理石)に似た手法で施工されているのではないかと思われるが、おそらくとてつもなく手間のかかった仕上げだぞこりゃ。
照明は壁際の間接照明とボール球がいくつかと少ないが、店内はそれほど暗くはない。ダークな天井面をよく見ると、円形のカーペットを貼付けるようなかたちで模様が描かれているのが面白い。
この日はブレンドコーヒーとミックスジュースとハムサンドをいただいた。コーヒーは軽めだが、ある意味期待通りの味。ミックスジュースはさっぱり系。ハムサンドが生ハム使用なのはちょっと嬉しい。
東京における“モダン喫茶”の代表格として紹介されることの多い『stone』だが、注意深く見ればモダンと言うには饒舌に過ぎるくらいのデザインが施されていることが分かる。しかも内装には目立った痛みがほとんど見られない。完成後40年近いインテリアにしてこのコンディションは驚異的だ。お店の方が丁寧に使われていることも無論あると思うが、おそらく余程丁寧かつ念入りに施工されているのだと思う。ここまで手のかかった店をビルテナントとして作ることは現代ではほとんど不可能に近い。一体誰がデザインしてどこが施工したんだろうか?ご存知の方、ぜひ教えて下さい。
この場所にずっと残っていて欲しい店。もっと早く見とくべきだった。
stone/東京都千代田区有楽町1-10-1有楽町ビルヂング1F
03-3213-2651/7:30-22:00(土日祝12:00-19:00)/無休
その後、ricoさんからコメントをいただきました。大変ありがとうございます。
2/10に松戸市立博物館で『ジャパニーズ・モダン 剣持勇とその世界』を見て来た。剣持勇は主に1950-60年代にかけてインテリアデザインや家具デザイン、プロダクトデザインなどの分野で活動し、日本人の生活を一気にモダナイズした立役者。大阪万博の翌年に自殺。
なんとこれが剣持勇の初の個展なのだそうだ。大いに期待しつつ1Fからスロープを降りてアプローチと言うか前室のようなガラス張りの明るいスペースへ。そこには現在も生産中の剣持勇デザイン研究所が手がけた家具がいくつか置いてあって、多くは実際に座ってみることができる。上の写真は屋外用のベンチと灰皿。ベンチの座面はFRPで足はコンクリート。灰皿の本体は陶器。今でもあちこちで見かけるような気がするけど、剣持デザインだったとは知らなかった。
剣持デザインには「これもそうだったのか」と驚くようなものがたくさんある。秋田木工のスタッキングスツール、佐藤商事の積み重ね灰皿、ヤクルトやジョアの容器、京都国際会館や香川県庁舎のインテリアデザインなどなど。こうして見ると、あっさりしているようでいてその実造形的にかなり独特なものが多いわけだが、そんな剣持デザインは私たちの生活の中に深くさりげなく浸透し、今でも愛され続けているわけだ。
豊口克平や猪熊弦一郎など同時代に活躍したクリエーターの家具もいくつか並べられているのを眺めつつ展覧会場に入る。剣持勇の年譜と少年時代のペン画からはじまって、学生時代の作品、工芸指導所時代の作品、と順に見た辺りで会場のスケールがなんとなく分かって来た。だいたいバスケコート一面分くらいか。なんだか小さいな。
規模小さいことが災いしてか、残念ながら展示内容も正直期待はずれだった。制作時期ごとにコーナーを分けて貴重な作品をいろいろと並べてはいるが、「剣持勇ってこんなヒト」と言うのを説明するのがやっとで、剣持の思考の跡や手の跡が全く浮かんでこない。デザインや建築の展覧会と言うのはうやうやしく作品を羅列するだけじゃあダメで、もっと図面や模型をしっかり見せるとか、家具ならプロトタイプやシリーズを裏側まで見える高さにずらりと並べるとか、工夫のやりようはいくらでもあったはずだ。インテリア作品をせめてひとつでも部分的に原寸できちんと再現するくらいのことはやって欲しかった。
やっと剣持さんに会える!と喜び勇んで松戸まで行ったらなんとまあすっぽかされました、みたいな感じ。ここのところわりと質の高いデザイン・建築関連のイベントを続けて見ていたせいもあって、正直かなりガックリ来た。とは言え剣持作品を曲がりなりにも一通り見ることのできるイベントとしては極めて貴重なわけで、デザイン好きなら見に行くしかなかろう。展覧会のブックレットはそれなりにまとまっているのでお薦め。
ジャパニーズ・モダン 剣持勇とその世界(クリ8)