リカルド・ボフィル氏設計のユナイテッド・アローズ斜め向かいに千駄ヶ谷方面へと抜ける細い通りがある。その中程にあるデリカフェが『EATS』という名のお店。下の写真がその外観(左)と、入口から見た店内の全景(右)。
主なフードはカレーとトルティーヤ。デリケースの中には野菜たっぷりの総菜が並ぶ。ドリンクメニューはインカコーラなどのジャンクなラインナップ。ヘルシーなのか不健康なのか、あるいはインドなのかメキシコなのか、そんなこんなで何とも言えない事態になっているわけだが、この店の魅力はまさにそこにあると言っていい。
「フランス料理もカップ麺も食文化でしょ」とおっしゃるオーナー氏の本業は造形作家。氏自ら施したインテリアもまた何とも言えない無国籍ぶり。1998年のオープン当初からこの雰囲気は全く変わっていない。まるでどこかの遠い国の街角から拾い集めてきたかのようなディスプレイ物も、実のところほとんどがオーナー氏の作品。上の写真は店内から入口方向を見た全景。
上の写真はその他のディテールカット。キッチンから漏れ出す黄色い光がクールかつあやしい感じ。一見いい加減なようでいて全てにオーナー氏の美学が行き届いたこの店は、まさに原宿の異空間だ。寄せ集めインテリアの安易なリビング系カフェに対する最強のアンチテーゼであるとも言えるだろう。
しかし、なんとも残念なことに『EATS』はこの6月で閉店してしまう(涙)。行くなら今のうちだ。
EATS/東京都渋谷区神宮前2-31-9/03-3497-5676
11:00-21:00(LO)/不定休/6月末で閉店
姉妹店のカフェ&ギャラリー・『Cocongo』は隣の路地裏で営業中。こちらにはまだ行ったことが無いんだけど、『EATS』とはまた違った独特のあやしさを漂わせている。『Trang cafe(チャンカフェ)』の原宿店も無くなってしまったことだし、これからはこちらが“原宿でサクっと食事”の定番となることだろう。
Cocongo/東京都渋谷区神宮前2-31-9/03-3475-8980
12:00-23:00/無休
4/19。『hhstyle.com/casa』に加えて、『TOD'S表参道』にも行ってきた。2004年12月オープン。建築設計は伊東豊雄氏。
けやき並木をモチーフにしたというRC(鉄筋コンクリート)造の外壁デザインが実に美しい(上の写真)。この型枠を作った大工さんに心からお疲れさまでした、と申し上げたい。表参道側から見たその他の外観写真はこちら。
上の写真は裏通りからみた外観。RCの面とガラス面とのフラットな納まり具合が素敵。
上の写真はエントランスまわりの開口部から店内を見たところ。残念ながらこのショップ部分のインテリアデザインについては極めてガッカリさせられた。構造デザインのユニークさがまったく生かされていない。壁付什器と可動のショーケースによる売場構成は凡庸と言っても差し支えないだろう。それだけに、メープル材やレザー、アンティコスタッコといかにも高級な表面仕上げを見るとなんだか虚しさを覚えてしまうのだ。うーむ、これはいかん。伊東建築のファンとしては、正直、インテリアデザインはウチにやらせて欲しかったと思う(笑)。もしかするとショップ部分よりも、4Fから7Fまでのオフィスやホールなどに用いられているフロアの方が空間的には面白いのかもしれない。
それでもやはりこの詩的でしかも実験的な構造・外観デザインの素晴らしさは比類の無いものだ。玉石混淆なこの界隈の建築ラッシュだが、またひとつ表参道の景観の質を高めるような力強い作品が登場したことは間違いないだろう。
TOD'S表参道ビル(見る建築)
4/19。原宿に新しく出来た(4/1オープン)『hhstyle.com/casa』へ行ってきた。ARMANI CASA(アルマーニ・カーザ/アルマーニによるホームプロダクトのブランド)とBoffi(ボッフィー/イタリアのバス・キッチンメーカー)の商品を扱うインテリアショップ。建築設計は安藤忠雄氏。敷地には利用期限があって、建物は半仮設的なものとしてデザインされているそうだ。
表参道からキャットストリートを渋谷方面へ。『hhstyle.com原宿本店』(こちらは妹島和世氏の設計)の前を通り過ぎると、数件となりに不思議なかたちをしたダークグレーの巨大な固まりが現れる(上の写真左)。もう少し進むと固まりの凹部にオリーブの植わった小さなオープンスペースが設えられていて、三角形の開口部には控えめなエントランス(上の写真右)が。これが『hhstyle.com/casa』。
上の写真が建物の全景。フラットに仕上げられた外壁はどうやら鉄板で出来ているらしい。モノとしての迫力をここまで強力に醸し出す安藤建築は初めて見た。街路に沿ってスリット状に空けられた窓が実にいい具合な高さにあって、ほんの少し内部を覗けるようにしてあるところがニクい。一見威圧的だが、その実これだけ積極的にキャットストリートとの親和性を意識してデザインされた建物は他に無いように思う。街との距離の置き方が絶妙だ。
半仮設の建物とあって、内部は比較的簡素に仕上げられているが、エントランスから吹き抜けを通して見渡せるその光景には思わずはっとさせられた。折れ曲がった天井や壁の面による構成が実に壮観。上の写真は3Fから吹き抜けを見下ろした様子。B1Fから3Fまでのスキップフロアによる動線が効果的で、歩き回るのが楽しい空間となっている。
構造的には基礎部分と同時にRC(鉄筋コンクリート)による基本的なフレームを先に作って、その上に鉄骨造の外皮を被せたような状態のようだ。ローコストかつスペクタクル。見事。
商品であるARMANI CASAとBoffiのプロダクトも見応えのあるものだった。特に注目すべきなのはARMANI CASAの収納家具。至ってシンプルな外観に、意外にも便利でユニークなギミックが盛り込まれていることに感心した。この辺をウェブとかカタログから推し量るのは難しい。実物を前にして、お店のスタッフの方から解説していただくことをお勧めする。幸い私たちは来客の少ないときに訪れたおかげで、とても親切に対応していただいた。
hhstyle.com/casa
「hhstyle.com」の新業態店−アルマーニ店内店舗も(シブヤ経済新聞)
4/9。御成門にあるインテリアショップ、METROCSへ『渡辺力展』を見に行った。会場はショップの地下フロア。小さなスペースながら、渡辺氏の主要な家具プロダクト作品が図面とともに展示された内容はなかなか見応えのあるものだった。
特に嬉しかったのは、現在販売されているチェアやスツールには実際に座ったり購入したりできたこと。ひとりの家具デザイナーの作品にこうしてまとめて触れることの出来る機会と言うのはありそうで無い貴重なものだ。
『ソリッド・スツール』は1954年に清家清氏設計の『数学者の家』のためにデザインされた玄関先用のスツールが、METROCSの母体であるメトロポリタン・ギャラリーによって今年3月に新たに製品化されたもの。あくまでちょい掛け用にデザインされたものではあるが、ミニマルな構造美が見れば見るほど素晴らしい。実用性のあるオブジェ。
この日は渡辺氏のデビュー作と言われる『ヒモイス』(1952)にも座らせていただくことが出来た。デザインされた当時、欧米への輸出用に大量に製材されていたナラのインチ材をフレームに利用し、背と座にロープを張ってクッションを置いただけのローコストなチェア。現在は販売されていない(一時BC工房が復刻・販売していた)が、どうやら本格的に復刻が検討されているらしい。そして実際に腰掛けてみて驚いた。簡素な構造からは想像できないくらいに座り心地がいいのだ。
その他、ずらりと並んだ時計のシリーズの美しさとオリジナリティに改めて見入ったり(日比谷・第一生命ビル前のポール時計はぜひ実際に見に行かなくちゃ)、『リキ・ベンチ』と剣持勇デザインの屋外用ベンチの座面形状の共通性に興味をそそられたりしつつ、帰り際に渡辺氏の著書『素描・渡辺力』(建築家会館・現在は絶版)を購入して帰宅。
この展覧会は4/16からMETROCS札幌店でも開催されるとのこと。展示作品についてさらに知るには『美しい椅子2』(えい出版)を読むと良い手引きになるだろう。
帰宅してウェブでニュースを見ると、なんと清家清氏(上記の『数学者の家』をはじめ、渡辺力氏とのコラボレーションが多数ある住宅建築の名手)が逝去されたとの報。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
シュツットガルトの緑地計画。そして清家清さん死去。(痩せたり太ったり)
4/4。あの中村欣嗣さんのご案内で秋葉原・ダイナミックオーディオ5555に初入店、というなんとも贅沢な体験をさせていただいた。おそらく個人的には一生縁のないであろうハイエンドオーディオの世界。
リスニングルームの施工状況をチェックしつつ、音響調整用の建築部材やオーディオラックなどについての解説を拝聴。こういうのは下手に突き詰めるとデザインとは無縁の世界に突入してしまうことを改めて痛感した。さて、どうつき合うべきか。
ダイナミックオーディオ5555/東京都千代田区外神田3-1-18
03-3253-5555/11:00-20:00/無休
3/28。歌舞伎座に『桂枝雀七回忌追善落語会』を見に行った。
南光師匠を中央に据えての枝雀一門による口上の後、先ずは雀三郎師匠の『時うどん』。シンプルなことこの上ない噺の流れにねちっこいギャグがこれでもかとばかりに投入されたサービス満点の熱演。おかげですでに落語満腹中枢が刺激されつつあった観客の状態を察してか、続いて登場したざこば師匠は予定されていた演目をやめて家庭生活への愚痴と兄弟子である枝雀師匠への愚痴をたっぷり喋って下さった。これがもう異常に可笑しいのだ。ずーっと怒り口調で喋り続けて、あれだけ観客を喜ばせ、爆笑させられる人は他に居ないのではあるまいか。なんとも凄い芸だ。
続いてはいよいよ米朝師匠(枝雀師匠の師匠)の登場。パンフには“お楽しみ”と書かれていたので、小咄でさらりと切り上げるのかな?と思っていたのだが、ご本人曰く、体調によって何が出来るか(そもそも出演できるのかどうか)分からないご高齢のためそういう書き方にしてあるそうで、「何も楽しいことなんかあらしまへん」とのこと(もちろんここは笑うところだ)。そして嬉しいことに『鹿政談』を聞かせて下さった。さすがに途中何度か噺の詰まるところがあって、はらはらしたりもしたが、往年の美しい話芸を十分に彷彿させる一席だった。生で見ることが出来て本当に良かった。
中入り後、舞台上のスクリーンに枝雀師匠が登場。『枝雀寄席』(朝日'79-99)オープニングでのトーク。一気に懐かしさがこみ上げた。続いて南光師匠を司会に森末慎二氏、司葉子氏、早坂暁氏をゲストに迎えてのトーク。そしてついに、この日実は一番楽しみにしていた柳家小三治師匠が登場。とつとつとした、いや、余白の多い、と言うべきか、独特の口調で遠方のライバルであり同士であった枝雀師匠の思い出を丁寧に噛み締めるように語るまくら。もういきなり感動で涙目の私たち。するとしんみりした空気を振り払うように、小三治師匠は『一眼国』をはなし始めた。やはりトーンを抑えた言葉や仕草、表情。そこから観るものの想像を促すわけだが、ゆったりとした間合いの取り方が何しろ絶妙。余白もその使い方次第で噺に遊びを与えるものにもなれば、緊張感を与えるものにもなることを思い知らされた。乗せられ易い私たちなんかは草原の場面で本物の風が吹いたような気さえしてしまったくらい。ヘンなたとえだが、まるで俳句のような落語。粋だ。
さらに続いて舞台上にスクリーンが再登場。枝雀師匠のビデオ落語が始まった。事前に公表されていなかった演目がテロップで表示された途端、客席のあちこちから「代書屋や」「代書屋や!」とささやき声。それほど『代書屋』は枝雀師匠の持ちネタとして有名なものだったのだろう。この日の『代書屋』は枝雀師匠オリジナルの「ポンでーす」のバージョンではなく、「ガタロでーす」の一般的なショートバージョン。噺の流れが一般的な分、枝雀話芸の独自性が余計に際立つ。なにしろ登場人物の演じ分けのコントラストが凄まじい。ツッコミ役である代書屋を演じる師匠と、ボケ役である客を演じる師匠とのテンションの違いは、まるで別人格じゃないかと思われるほど。おかげで見てる方は始終お腹がよじれるほど笑い転げていられるが、なるほど演る方にとっては神経をすり減らす芸であるに違いない、と思ったのもまた事実だった。
歌舞伎座でのビデオ落語の満足感は期待をはるかに上回るものだった。この感じは家庭のテレビやDVDで落語を観るのとは比べようが無い。観衆の中に身を置いて、笑いの波を肌で感じながら見るスクリーンに居たのは、あの世から舞い戻った枝雀師匠その人であったように思えてならない。その思いはおそらく舞台の袖にいた人たちにとっても同じだったのだろう。上映後。もう一度舞台上に並んで最後の挨拶を勤める枝雀一門のどの目にも涙が光っていた。偉大な師匠を持つことはかくも幸せなことであり、また重荷でもあるのだろう。
『桂枝雀七回忌追善落語会』はこの歌舞伎座公演を皮切りに名古屋、大阪、京都などでも開催される予定。
桂枝雀七回忌追善落語会(歌舞伎座)