先日『長谷川商店』で勝野が買ったもの。
草履のフォルムとカラーリングにはスポーツカーのデザインに通じるものがあるような気がする。日本のマスプロダクトの中でもとりわけエレガントな造形物のひとつだろう。
ついでに白木の下駄も衝動買い。
〆てのお値段はちょっと言いたくないくらいにリーズナブルだった。
7/27。浅草の履物問屋『長谷川商店』にはじめてお邪魔した。江戸通り沿いの吾妻橋と駒形橋のあいだにある暗色の小振りなビル。正面の薄くグレーがかったガラス越しに店内をちょっと伺ってからドアを開けると棚什器がぎっしりと並ぶ。ディスプレイされているのは鼻緒。
もうそこら中が鼻緒。
さほど広い店ではないものの、商品が醸し出すボリューム感はすさまじい。階段脇には下駄の台が並び、2Fにあがると草履とその台が、さらに3Fは高級路線の履物とお揃いのバッグなどの小物がディスプレイされている。パーツごとにエリア分けされたいかにもプロ向けなフロア構成。とは言え一般客でも店に入るとまずスタッフが好みや用途を伺ってから店内を一通り案内してくれるので戸惑うことは無い。それによくよく見れば和装履物を扱う他の店に比べて実に無駄なくセンスの良い品揃えだ。これは選びがいがある。あとは決断力さえあれば大丈夫。
パーツを選んだら、1Fの奥で職人さんが台に穴あけをして鼻緒を挿げてくれる。ひとりひとりの足に合わせて鼻緒の長さや台との角度を3点で細かく調整。その手際は見ていて飽きることがない。
長谷川商店/東京都台東区雷門2-19-1
03-3841-0144/9:00-17:00/土日祝休
7/27。先日お色直し工事の終わったニイミの伯父さんの前を通りかかった。
以前に比べるとかなり顔色が良く、少し若返ったように見える。
伯父さん、意外と大事にされてるんだね。
ところで、この辺りにニイミのビルはいくつかある。上の写真は通りを挟んで伯父さんの向かいにあるニイミの別棟を見上げたところ。バルコニーがカップ&ソーサーになっているのがニクい。
雪の日のニイミ伯父さん(Jan. 21, 2006)
7/21。打合せが終わって、小田原駅前の地下街にある喫茶店で休憩。
店名は『喫茶ジャンボ』。ロゴはワイルドだが、ゾウのキャラクターデザインと店の構えはかわいらしく、しかもやけにきっちりと整った印象。鉢植えの配置まで全く隙がない。
ぎっしり具合がいい感じのサンプルケース。
プリンパフの盛りつけはほぼパーフェクトと言って良いほどサンプル通り。店主氏の生真面目なお人柄を伺わせる。味も期待通りのジャンクさで大いに満足させていただいた。
7/21。小田原『井筒屋』の現場チェックと打合せ。
LGS(ライトゲージスタッド/軽量鉄骨)による骨組みと内装下地のPB(プラスターボード/石膏ボード)貼がほぼ完了。一部仕上げ材として用いるOSB(オリエンテッドストランドボード)貼の作業が進行中。
天井のPBには照明器具や設備取付のための穴開けが行われていた。左の職人さんは枠無しの点検口を取り付けているところ。
OSB貼りのコーナー部分はトメ納まり(板材の端を45度の角度でカットして突き合わせる)にしてみた。さて、凶と出るか吉と出るか。上の写真右はパーティションのベースプレートを床下に仕込むためにモルタルを少し削った部分。
翌週は塗装工事と家具の取り付け工事の予定。しかしこの時点でまだ勝野は家具図面を描いてる最中だったりする。
7/20。目黒で仕事の打合せ。夜9時前に『とんき』で夕食を摂った。目黒の『とんき』と言えば都内に暖簾分けがいくつあるか分からないくらいの老舗だが、東京に暮らして10年も経つと言うのに訪ねたのはこの日が初めて。電柱広告をたよりに行人坂と権之助坂を繋ぐ路地へと入ると、ほどなく幅5メートルはあろうかという木製引戸を構える2階建てがあらわれた。なんだか大家さんちへご挨拶に行くような神妙な気持ちになりつつ、これまた立派な暖簾をくぐって店内へ。
左手に仕込用のキッチンがあることを除いて間仕切りは無い。フロアの大半を占めるのは作業台の並んだ板張りのオープンキッチンで、その周りをコの字に囲むようにして白木の客席カウンターがへばりついている。流れ作業によってみるみるうちに出来上がってゆくとんかつと、てきぱきと持ち場をこなすスタッフたちの姿を、天井から何十灯も吊るされたガラスシェードの丸っこいペンダントライトがこうこうと照らす。ぞくぞくするほどダイナミックな光景だ。
店に入ると先ずメモを手に持ったおじさんに「ロース」か「ヒレ」か「串」かを伝えてからカウンターの後ろに並んだ待ち合い席へ。適当に座っていると、おおかた準備が整ったところで先のおじさんが決まった席へと案内してくれる。この辺の作法は以前通った自由が丘の店と大差ないので戸惑わずに済んだ。
出て来た「ロース」と「ヒレ」(どちらもご飯と豚汁、漬物付きの定食)はまさしく『とんき』の原型を感じさせるものだった。超の付く有名店だけに、衣と肉が分かれてしまいやすいのがどうとか、火の通り具合がどうとか、いろいろ言う人も多いみたいだが、それはそれ、これはこれだ。薄く香ばしい衣とともにいただくさっくりした歯触りの『とんき』のとんかつを、私たちは好ましい味だと思う。
カウンター内のスタッフはひとりひとりの客の食事のスピードを見計らってご飯や付け合わせのキャベツのおかわりを尋ねてくれる。食べ終わる頃には楊枝入れの上に蓋代わりに被せていたガラスコップをひょいと取り、おしぼりと熱いお茶を出す。こうしたカウンター越しの押し付けがましさのないサービスがまた都会的で実に心地良い。
店の最奥には大きなガラス窓があり、その向こうには坪庭になっている。日のあるうちだとちょっといい感じだろう。早い時間は混むとは聞くが、今度は夕方前辺りにまた行ってみよう。
とんき目黒店/東京都目黒区下目黒1-1-2
03-3491-9928/16:00-22:45(LO)/火・第3月休
*その後リンク切れとなった部分を是正(Sep. 23, 2012)
7/15。横浜美術館からタクシーで中華街へ。焼きそばで有名な『梅蘭』へ行こうとしたところ、店の前に着くとものすごい行列が。しばらくうろうろしていると、偶然にも同行の藁科さんのお知り合いに遭遇。並ばずに食べたいならあそこがいいかもよ、と教えていただいた台湾系創作中華料理の有名店『興昌』へ。場所は中華街の真ん中からは少し離れた関帝廟すぐそばの通り沿い。
タイル張りの床や手作り風ガラスをはめ込んだ入口ドアなどの小奇麗なつくりはこの辺の他の店とはちょっと異質な感じがする。そのせいもあってか、20数席ほどのフロアは確かに良く空いていた。フレンドリーとまでは行かないが、中華街の店の割に人当たりの良いスタッフの応対にほっと一安心。瓶のラガーを飲みつつ料理の登場を待つ。
看板メニューは渡り蟹の炒め+麺。蟹を食べた後、その出汁に中華麺を投入。
上の写真左はその麺を絡めた状態。楽しい。写真右は豚のバラ煮。こちらは小振りな万頭に挟んでいただく。他に海老の蒸し餃子とレタスの炒めも注文。どれも香り高くさっぱりとした味付けで、期せずして私たちの好みにぴったりの料理だった。いい店を教えていただけて感謝。次に来た時はフカヒレの刺身をぜひいただいてみたいな。
興昌/神奈川県横浜市中区山下町139/045-681-1293
12:00-14:00,17:00-20:50LO(土日祝12:00-20:50LO)/水休
7/15。横浜美術館へ『日本X画展(にほんガテン!) しょく発する6人』を見に行った。
展覧会タイトルに付けられた脱力系のフリガナが否応無しに危険な香りを感じさせるが、とにかくケンゴさん(中村ケンゴ氏)の新作があるんだから見に行こう、と言うわけで開会式が終わった頃に到着。ものすごく顔色の悪いケンゴさん(お疲れさまです)に軽くご挨拶してから順路に沿って会場を一周した。
横浜美術館の企画展示室はアトリウムに面したオープンスペースを中心にバラバラと配置されていて、ひとつの部屋から別の部屋への移動にはその都度このオープンスペースを介することになる。一人の作家やひとつのムーブメントの変遷を追うような展覧会だと、せっかく高まった集中力をいちいちリセットされるような動線に興醒めとなることが多いが、『日本X画展』は6人の全く作風の異なる作家を併置する内容だったため、このオープンスペースが各作家間のちょうど良い干渉としてめずらしく有効に働いていたように思う。なるほど今時の日本画界(とその周辺)はけっこう面白いことになっていそうだな、と、日本画の知識を全く持たない私たちにも興味深く楽しむことの出来る展覧会だった。
さて、ケンゴさんの作品があれほど贅沢に展示されているのを見るのは初めてだったが、中でもこの展覧会のために多くを追加制作したという『コンポジショントウキョウ』シリーズは圧巻のボリューム。一見して無表情な記号的モチーフをわざわざ日本画の技法で描くやり方は、デザイナーならまず感涙もののクールさだ。これを見るだけでも観覧料分の値打ちがある。『スピーチバルーンズ・イン・ザ・ヒノマル』と横山大観『霊峰不二』の見事な共演にもシビれた。濃淡のある画面上にフラットな記号がレイヤー状に重なったような新作シリーズ『自分以外』は新しい方向性を感じさせるものだった。
他の作品ではしりあがり寿氏の巨大インスタレーションがなんとも痛快。『琳派 RIMPA』(東京国立近代美術館/2004)にも作品を提供していた中上清氏による深遠な世界からの光を感じさせるアクリル画は、平面を超えた「もの」としての迫力に満ちた衝撃的な作品だった。
日本X画展(にほんガテン!) しょく発する6人(横浜美術館)
7/14。水道橋のフォトラボから九段下のプリントショップまで歩く途中で靖国通り沿いの『いもや』の前を通りかかった。都内で天婦羅、天丼、とんかつの店を展開しているローカルチェーン店のひとつ。この神保町三丁目店は天ぷら専門。この日は店構えを写真に収めただけで通り過ぎたが、この界隈では特に気に入っている店のひとつだ。
すりガラスのはめ込まれた木製の引戸と白地の簡素な暖簾越しに蛍光灯の光がこうこうと漏れ出す(別アングルの写真)。店に入ると洗い出しのフロアに白木のカウンターキッチンがあるだけであとはほとんど何の造作もない。席数は全部で20くらいだろうか。スタッフ3、4人の無駄の無い動作と、見事なまでにシンプルなキッチンの設備が、どこに座っても手に取るように見渡せる。いかにも掃除がしやすそうなつくりのおかげもあってか、油を大量に使うにも関わらず、いつ来ても店内はピカピカだ。メニューは単品の天婦羅と、600円と800円の定食のみ。
天婦羅の味は特筆するほどのものではないし、名の通った老舗と言うわけでもない。それでもわざわざ足を運びたくなるのは、おそらく建物の壁が無ければ丸きり屋台のようなこの店が、飲食業の原点を一切の虚飾を省いた素の状態で見せてくれるからだろう。
天ぷらいもや三丁目店/東京都千代田区神田神保町3-1
03-3261-7982/11:00-20:00/隔水休
7/12。日本橋で取材。場所は『東洋』にしてもらった。インテリアデザインは故・境沢孝。
境沢は1920年生まれの建築・インテリアデザイナー。剣持勇世代と倉俣史朗世代のちょうど間に登場した。1950年代以降、商業空間をメインステージとして世界をリードする作品を数多く生み出し、日本のインテリアデザインの黎明期にその方向性を決定付ける役割を果たした人物の一人だ。
私たちは『東洋』以外の境沢の作品を書籍(『商店建築デザイン選書』や『日本のインテリア』など)でしか見たことが無いが、往事の作品数の多さとそのクオリティ、独創性の高さはまさに圧倒的。名実共にインテリアデザイン界の最初のスターとして位置づけるにふさわしい。
『東洋』のオープンは1983年で、境沢の作品としてはかなり後期のもの。1Fがカフェ、2Fがレストランと言う構成。2001、2年頃にカフェを中心に一部改装が施されている(改装部分のデザインはケンジデザインスタジオ・境沢健次氏。もしやご子息だろうか?)。この日はお腹がすいていたので待ち合わせの1時間ほど前にレストランの方へ。どちらかと言うとレストランより洋風居酒屋と呼びたくなるような大衆的な店だ。上の写真はその一番奥からの眺め。日本橋のスーツ族に囲まれて、夜の中央通りを見下ろしながらエビフライとヒレカツとオムライスとサラダを、食後に下のカフェで取り置きを頼んでおいたチーズケーキをいただく。
中央通りに面した大きな窓面に沿って4人掛けテーブルを並べたプランニングは境沢にしては珍しく標準的なもの。しかし円筒形のシーリングライトや斜めボーダーのパーティションなどの大胆かつシャープなディテールと、そのどことなくユーモラスな表情はまぎれも無く境沢デザインだ。写真ではちらっとしか見えないが、オリジナルの小振りなチェアがまた可愛らしい。
上の写真は左から階段室のペンダントライト、2Fレストラン奥のペンダントライト、階段脇の照明オブジェ。手ぶれと逆光のせいでうまく撮れてなくて残念。
COREDOの方から見た『東洋』の全景。1Fカフェのテントのついたあたりが主に近年改装された部分。ここにはもともとカウンター席があり、通りとはガラスで隔てられていた。
1F奥のテーブル席のエリアはほぼオリジナルのまま残されている。この日はカフェの方へは行かなかったんだけど、このテーブル席のプランニングが実は凄いのだ。境沢デザインの真骨頂を今に残す空間。また近々訪れることにしよう。
さらに、このビルの地下にも境沢作品が現存している。日本料理店『畔居』。オープンは1992年。おそらくメディアに紹介された境沢作品としては最後のものだと思うが、迂闊にも私たちはまだ行ってみたことがない。この日はファサードとエントランスの階段室だけ撮影。いきなりノックアウトだ。素敵過ぎる。
東洋/03-3271-0003
11:00-23:00(祝-20:00,土-17:00)/日・第三土休
畔居/03-3272-7402
11:00-15:00,17:00-22:00(土・祝-20:00)/日・第三土休
東京都中央区日本橋1-2-10
7/11。小田原からの帰りに東京駅で電車を降りて『丸善』丸の内本店へ。2004年のオープンからずいぶん経ってしまったけど、なぜか今まで立ち寄ったことがなかった。内外装デザインを手がけたのは中村隆秋氏を中心とするデザインチーム。ライティングデザインはコイズミ照明の鈴木和彦さん(現在はmuse-D代表)と長谷川裕之さん、サイン・グラフィックデザインは廣村正彰氏による。
上の写真は『丸善』の入った商業施設『oazo』の地上階。先ずは施設全体を視察しながら5Fへ。それから4Fに下がって『丸善』に入る。メガネ、万年筆の売場を通り過ぎ、フロア中央を貫く大きな通路が現れた時には驚いた。明るさが本当にすごく控えめだ。黒御影石の床と白い什器によるモノトーンの空間には蛍光灯など一切無く、ダウンライトさえほとんど見当たらない。照度は全て天井を彫り込んだ間接照明だけで確保されている。以前から話に聞いてはいたものの、実際に目にするとこの「薄明るさ」にはかなりのインパクトがある。
対して売場の照明はずいぶん明るいが、普通の書店に比べるとやはり控えめで優しい印象。4F洋書売場は通路中央に並んだユニバーサルダウンライトだけで照度が確保されている。実にうまく光がまわっていて、どこに立って本を見ても嫌な影がほとんど出ない。
上の写真は3Fの中央通路。各階ごとにカラーリングに変化は見られるが、基本的なデザインの考え方は共通している。
3F和書売場のライティングにはまたもや驚き。なにしろ天井に照明が一切無いのだ。ほとんどの明るさは什器の上面から照射されて天井面ではね返った反射光で確保されている。あとは上部から本の背をなめるように照らす行灯状の照明が補助的にあるだけ。それでも4F洋書売場よりもさらに明るく感じる。
1F、2Fまで来てようやく天井吊りの蛍光灯器具が登場するが、その数は通常の書店に比べるとかなり少なめ。上下に光を放つタイプの蛍光灯器具を使用することで、ここでも反射光が効率的に明るさ感を高める役割を果たしている。
と、思わずライティングデザインのことばかり書いてしまったけど、光をデザインの要に据えた中村氏の手腕も、廣村氏の活字組を思わせる立体的で質感の高いサイン計画も見事。大変勉強になりました。
いやしかし、もっと早く見とくべきだったなこりゃ。
面積1750坪、在庫120万冊と言われる品揃えはまさに圧倒的。欲を言えばもうちょい夜の営業時間が長いと最高なんだが。
7/9。この半年ほどの間打合せを重ねて来た小田原の店舗物件がようやく着工を迎えた。昭和初期創業の漆器店『井筒屋』。区画は25年前に建てられた中央通り沿いにある鉄骨ALC3階建ての自社ビル1F。解体・墨出しがほぼ完了した7/11に現場打合せ。
予算の都合上、当初は既存の什器を生かしたプランも考えた。しかし機能的な問題が大き過ぎる上に、どう配置し直してもまともなプランにならないため、思い切って内装はきれいさっぱり解体してしまうことに。おかげで外装にはほとんど手をつけることができなかったけど、店が生まれかわるには先ず売場が変わることが第一だ。
サッシまわりの実寸に図面とのズレがあったり、部材取りの関係で仕上げ材として用いるOSBの割り付けに変更が生じたことなどに伴って、造作寸法や照明器具配置を調整。梁間ブレースが思わぬ位置にあったため、エアコンの取付場所も変更。今回は現場が遠いだけに素早い判断が必要だ。しばらくは神経戦が続くことになる。
ワールドカップの最中に炊飯器のスイッチが入らなくなった。ヤギが1987年(学生時代)に購入したSHARP製の三合炊き。形名はKS-V9-GY(末尾の「-GY」はおそらく本体カラーを示す)。
ほぼ立方体の無愛想な外観。特に気に入っていたわけではなく、買った時はほんの間に合わせのつもりで、まさか19年あまりもの付き合いになるとは全く考えてもみなかった。唯一、この炊飯器を選んだことで大いに助かったのは、人目につく場所に置いてあっても一切生活感が漂わず、存在感も無い。仕事場と住居を同じくする私たちにとってこれは重要だ。
家電の中でも炊飯器というのはデザイン的にほとんど最悪な状況であると言わざるを得ないもののひとつ。わざわざ買い替えたくなるような製品にはついに出会うことの無いまま今に至ってしまったんだけど、とうとう年貢の納め時が来た。悩んだあげく、象印のNP-DA10(ZUTTOシリーズ)を通販で購入。KS-V9に比べると見た目に若干やわ(それでも今時の炊飯器の中では抜群に硬派で無駄の無いデザインであることは確か)なのが少しばかり不安だったものの、炊飯器の定位置に置いてみたところ意外なほど違和感無く納まってくれて一安心。これならまた10年以上はつき合えそうだ。
そんなわけで、さよならグレーのハコの炊飯器。いざお別れとなるとなんだか名残惜しいな。長い間ご苦労様でした。
7/8。我らが心の師匠・野井成正さんの近作『志村や』へ行って来た。水天宮そばのスタンドバー。
店先に置かれたベンチ(これは南雲勝志氏のデザイン)と通りに対して少し斜めに振られた木枠の引戸にはじまって、十人も入れば一杯の店内はほとんど全面杉材に覆われている。天井からカウンターに向かってランダムに折り重なるようにで現場で組みあげられたサイズ違いの角材がなんともド迫力。無塗装の杉材の持つ優しい質感と、エキセントリックな造形との取り合わせが新鮮だ。
こうしてロッド状の木材や金属をたくさん用いて空間をつくりあげてゆく手法は野井デザインの記号とも言えるくらい多くの作品で見られるものなんだけど、実際にそれらの空間を訪れてみると、どれひとつとして同じ印象を持つものが無いのが不思議なところ。特にこの『志村や』では杉の性質を生かしてか、比較的太めに製材したものが用いられているため、野井さんの他の作品には無い武骨さが感じられる。そのディテールをじっくり眺めつつ、頭の中で『ボンバール江戸堀』や『ティナント』や『コシノアヤコ』を解体/再構築しながら黒麹萬年をロックでいただいていると、なんだか心地良く酔いがまわってきた。
どちらを見てもほぼ単一の素材であることが、野井さんのプランニングの巧みさを際立たせていることも見逃せない。ちいさいながらも実に見応えのある作品だ。
東京で野井さんの作品を見ることができるのは、今のところ『魚真』と『リスン青山』とこの『志村や』だけ。空間デザインに関わる人は必ず見ておいた方がいい。
志村や/東京都中央区日本橋蛎殻町1-39-2
03-6657-3611/17:00-0:00(木金-2:00)/日祝休
野井成正
六月杉話/スギダラ畑でつかまって(月刊杉WEB版11号)
7/6。京都にあるレストラン『エクボ』から7/30の閉店を知らせるメールが届いた。『シナモ』の姉妹店として2002年にオープンした店。内外装のデザインを手がけたのはGLOMOROUS・森田恭通氏。以下の写真は2003年の末に撮影したもの。
『エクボ』があるのは地下鉄東山駅そばの古川町商店街。長さにして300メートル弱、間口は4メートルくらいあったりなかったりのこの商店街には、小さくて庶民的な商店がずらりと向き合って並ぶ。そんないい感じに気が置けない通りを真ん中あたりまで歩くと、ベージュのタイルに覆われたハコが静かに現れる。これが『エクボ』の店構え。
暖簾をくぐり店内へ。外装と同じパターン貼りのタイルとオフホワイトの塗装によるインテリアはいたってシンプルな印象。
デザインの肝は足下にある。モルタルの床は手前が高く、奥全体が階段状に低い。高い方にはキッチンやトイレといった水廻り機能とカウンター席が設えられていて、店内中央の通路を挟んで低い方はテーブル席。テーブルに添えられたスツールは、床の段差を半ばベンチシートのように利用して、思い切り背を切り詰めたものをちょこんと置くようなかたちになっている。しかも形状といい質感といい、まるで場末のスナックを思わせるようなスタイルなのが面白い。
もう一度壁の方に目をやると、タイルの下地がクリアミラーであることに気付く。この組み合わせが店内に独特な奥行き感を与えている。さほど高価ではない素材を組み合わせて、ユニークな視覚効果を生み出す手法は森田デザインの真骨頂だ。
モルタル床の高低差もまたしかり。設備配置と動線設定と空間デザインを左官工事ひとつで一度に成立させてしまうスマートな手法はコスト面でも有利にはたらく。ネオポップにも通ずるディスプレイ的手法と、現場で培われたマネージメント感覚によって、インテリアデザインの世界に「装飾」を鮮やかに復活させた当時の森田氏の功績は極めて大きかった。様々な意味で、『エクボ』は小さいながらも森田デザインの美点がぎゅっと詰まったプロ好みのする重要な作品だっただけに、閉店してしまうのは本当に残念でならない。料理やドリンク、サービスの質も悪くなかったからなおさらだ。
関西在住のクリエーターの方、または関西方面へ足を運ぶ機会のある方には、今のうちにぜひこの空間を体験されることをお薦めしたい。
エクボ/京都市東山区三条通白川橋西入ル古川町546-1
075-525-7039/11:45-14:00(LO),18:00-22:30(LO)/水休
GLOMOROUS(森田恭通)
7/1。徳島のヤギの実家から裏庭で採れたプラムが到着。
皮を剥いて盛りつけると、不揃いな果実がまるで宝石のように輝く。
6/30。『大昌園』からの帰りにかっぱ橋を通りかかると、もう七夕の飾り付けが。
七夕まつりは今日(6日)から10日まで。
6、7、8日は入谷の朝顔市で、9、10日は浅草寺のほおずき市。
6/30。近場で焼肉を食べることにした。『本とさや』もいいけど、もっと普通な(しかもとびきり美味い)焼肉は無いものか、というわけで、ネットであちこち調べてみた結果向かったのは『大昌園』。
ひさご通りの西側には裏路地に面して焼肉店の密集するエリアがある。建物の多くは十数人も入れば一杯の店舗付住宅。夕方に通りかかるとアルミの引戸の隙間からお店の人が子供と食事を摂っているのが見えたりするような生活感満点の場所だ。『大昌園』の店構えはまさしくその典型。6畳間ほどのスペースを土間と小上がりに分けて、それぞれ4人テーブルがふたつずつ。そこに丸きり屋台のようなささやかな厨房がくっついているだけのちいさなちいさな店だった。
まずはレバ刺し。これは冷や奴の一種ですか?と思わず聞きたくなるようなシャープなエッジと大胆な切り分け方。このビジュアルからしてすでに意表をつくものだが、その心地良い歯ざわりとあふれる旨味はさらに衝撃的だ。
続いて上カルビ。これがまた凄かった。見事なサシからじわりとほぐれてとろけるような食感は、かつて食べたことのある焼肉とは比べようのない異次元のもの。まさかこの年になってこんな味覚体験ができるとは。
ボリューム、旨味ともにたっぷりの上タンと上ミノも素晴らしい。ホルモンの上品な味わいには思わずうっとり。そして最後に上ロース。生食できる質と鮮度の肉を軽く炙っていただく。ロースの概念を覆すふくよかな味わいにまたも目から鱗。さっぱりと酸味の利いた漬けだれが実に良く合う。
それにしても焼肉とはこれほど単純でありながら、一体どれだけの奥行きとバリエーションを持つ食べ物なんだろうか。だいたい同じ浅草界隈にありながら、『大昌園』の焼肉と『本とさや』の焼肉とでは、ものの見事にベクトルが違う。名店の数だけ焼肉は存在すると言うことか。
そもそも焼肉に“普通”なんて無いのかも。エアコンの壊れた店内で煙まみれになりながら、そんなことを考えた。
大昌園/東京都台東区浅草2-14-7
03-3841-8083/17:00-3:00/火休
浅草の焼肉横丁についてはこちらのサイトに興味深い情報が掲載されている。
焼肉の街 いまむかし 台東区浅草
月刊焼肉文化 2001年9月号 Vol.100 掲載記事(浅草くらぶ)
6/25。オープン直後(2006年2月)以来、久方ぶりに表参道ヒルズへ。まだ混んでるかな?と覚悟して行ってみたところ、19:00過ぎの表参道ヒルズは思いのほか空いていた。飲食店も、大方はほとんど待ち時間なしで入れそうな状態。前に来た時には行列に埋もれてまともに店構えを見ることさえ出来なかったのがなんだか嘘みたい。
そんなわけで、3Fの『Gelateria Bar Natural Beat』を視察。ジェラートのデザートプレートとカフェを提供する店。表参道ヒルズに数ある店舗の中でも、ここは私たちの周りのクリエーターの間での評判が一番高い。デザインは塩見一郎氏。
実際に店の前に立ってみると、デザインの印象はさほど際立ったものではない。それよりもガラス張りのキッチン内で調理中のデザートの方に目は釘付け。そのすぐ脇にあるレジでお薦めを聞いて注文。カフェカウンター周りにL字に配置されたベンチシートの一番奥へ。
少し高めの客席からはチンバリーの大きなエスプレッソマシン越しに通路と吹き抜けがよく見える。表参道ヒルズにある他の店舗の多くが割合閉鎖的なファサードを持つのに対して、この店のつくりはずいぶんと開放的だ。背後は一面ダークブラウンのウッドブラインドに覆われ、右手は全面フラットな黒い塗装の壁。さっきまでへばりついて中を覗いていた厨房まわりのガラスも、改めて眺めると他の面と同様何の意匠もなしに天井まですっきりと立ち上げられていた。
大胆な面の構成のみによって整えられた空間のおかげか、頭上のシャンデリアやモールディングの施されたカフェカウンター、楕円形をした大理石の客席テーブルなどの存在にも押し付けがましさは無く、上質さを感じさせるアクセントとなっている。この辺の力加減は『Soup Stock Tokyo』の店舗を数多く手がける塩見氏一流のもの。パブリックスペースとひとつながりに機能する店のデザインにおいて、国内では現在のところ塩見氏の右に出るものは居ないのではないかと思う。
注文したのは“パッションフルーツ&マンゴー/ジュニパーベリーのジュレをのせて”と“スウィートトマトミルク/白ワインのジュレ エストラゴン風味”。ジェラートには甘ったるさが一切無く、素材の風味がさわやかに口の中へひろがる。デコレーションとの相性も素晴らしい。パッションフルーツ&マンゴーには好みでジンをかけていただく。これがまた絶妙。今度は他のメニューもぜひ試してみなくては。
バリスタの男性にお話をうかがうと、昼間の表参道ヒルズは今でも大変な混雑具合で、それが夜になると一転、だいたいこんな調子の空き具合なのだそうだ。飲食店は23:00から24:00まで開いている。実は意外と使える施設じゃないのか、表参道ヒルズ。
美味しいエスプレッソをいただきながら、私たちはなんとなく在りし日の『カフェ・デ・プレ』表参道店を思い出していた。