メディアにはさして多く顔を出さず、世間の狂騒とはあたかも無縁であるかのように飄々と、長年にわたって傑出した作品を生み出し続けているクリエーターがどのジャンルにも存在する。本人が望んでそうした境遇を選んだのかどうかについては、まあ人それぞれなのだとは思うが、個人的には彼らへのある種の憧れを禁じ得ない。おそらくそれは、作品の質以上にタレント性の有無がクリエーターの商業的な成否を決定してしまう前世紀的モダンマーケティングの支配から、彼らが自由な存在であるように思われるからだろう。
高村英也氏、奥脇文彦氏を中心に編集された『7人の商空間デザイン』(1986/六耀社)に登場するインテリアデザイナー・植木莞爾氏、江藤一人氏、北原進氏、黒川恭一氏、高見慧氏、原兆英氏、吉尾浩次氏の7人は、皆そうした人物。その1980年前後の作品がこうしてまとめられていることは、実に奇跡的と言っていいかもしれない。
植木莞爾氏(1945年生)はカザッポ&アソシエイツ代表として活動。近年では『Apple Store』(1号店からのコンセプトデザイン/2001)や『マーメイドカフェ本郷三丁目店』(本郷/2003)などを手がけている。掲載作品はAXISビルの『リビングモティーフ』(六本木/1981*改装のため現存せず)、ブティック『アルファ・キュービック』の連作など。また、『MoMA』(NY/2004)をはじめとする谷口吉生氏による建築作品のインテリアデザインは、多くが植木氏の手によるもの。そのコラボレーションの原点である『安比グランドホテル』(岩手/1985)のインテリアもこの本に掲載されている。
江藤一人氏(1938年生)はID総合デザイン事務所、ID総合計画研究所、日本空間の代表として活動。掲載作品は『東京ブラウス大塚店ショールーム』(北大塚/1979)、『エクセーヌプラザ青山』(青山/1983)など。同時期には『パルコ』(1975-1978)や『京都VOX』(京都/1982)などの環境デザインも手がけている。シンプルな中にもテイストを感じさせる手堅いブティック作品が多くを占める中で、『フューチャーパブアルファ』(京都/1981)の濃厚なモダニズムとユニークなプランニングが異彩を放っている。近年の活動については情報が無い。
北原進氏(1937年生)はフォルムインターナショナルを経てKIDアソシエイツの代表として活動。近年ではコレド日本橋の『セレンビリティ』(日本橋/2004)や『渋谷エクセルホテル東急』(渋谷/2000)のなどインテリアを手がけている。この本の掲載作品は『ザ・ギンザ』(銀座/1975)、『京王プラザホテル・ヤングバー』(新宿/1971)など。同時期には『銀座東急ホテル』(銀座/1971)や『フジエテキスタイル』(千駄ヶ谷/1971)などの傑作も生み出されている。
黒川恭一氏(1939年生)はガウディの代表として活動。スーパーマーケット『いかり』(この本には箕面店(大阪/1985)が掲載されている)の連作は、今だ多くの消費者の脳裏に鮮烈に焼き付いていることだろう。他の掲載作品『松坂屋中込店』(長野/1979)、『ウジタフレッシュガーデン』(和歌山/1981)などを見ても、あまりに洗練されたスーパーマーケットのデザインに驚嘆する。近年に目立った作品が無いことは残念だが、大型商業施設の分野で黒川氏の成し遂げた成果は多大なものだ。
高見慧氏(1937年生)はタカミデザインハウスの代表として活動。掲載作品は『ワコール銀座ファッションルーム/ティーサロン』(銀座/1970)、『新宿高野本店フルーツフロア』(新宿/1980*改装のため現存せず)、『レストランバーケイ』(青山/1985*改装のため現存せず)など。ワコールとのコラボレーションは長く、青山スパイラルの立ち上げにも大いに関わりがあると聞く(この辺の詳細は調査中)。ファッションルーム/ティーサロンのFRPによる美しい造形と、一切の妥協の無いディテールは伝説的。このファッションルームは1975年にバンコクへ移設されている。近年の活動についてはあまり情報が無い。
原兆英氏(1945年生)は弟の成光氏とともにジョイントセンターの代表として活動。近年ではD-BROSプロデュースのショップ&カフェ『キャスロン』(宮城/2002)、『三宅歯科医院』(岡山/2003)、『ワコールディア銀座並木通り店』(銀座/2004)などのデザインを監修している。掲載作品は喫茶『ポケット』(湯島/1977)、喫茶『トレノ』(北大塚/1980)、ジャパンショップの展示会場『オーヤマ照明』(1983)など。どの作品にも共通するのは、徹底して厳格な幾何学性と、その中で際立つ自然素材やライティングの優しさだ。こうしたテイストはアトリエから独立した小泉誠氏にも確実に継承されている。
吉尾浩次氏(1940年生)はインテリアデザインオフィスnob(ノブ)の代表として活動し、現在は匠屋nobを主宰。近年では倉庫施設のリノベーションである『鷹場の湯』(三鷹/2006)、『ダイヤ108』(神戸/2003)などの建築プロジェクトが目立つ。掲載作品は喫茶『ランズ』(大阪/1975)、ドライブイン『シティライト』(大阪/1980)、バー『夢中』(新宿/1985)など。シンプルな素材使いと大胆な空間構成に時代性を超越した強さを感じる。アトリエにはかつて野井成正氏も在籍し、また塩見一郎氏もここから独立した。
高村英也氏による序文はとても簡潔だが、発行後20年を経た今なお、都市デザインとインテリアデザインに関わる者にとって、指標とも戒めともなり得る。
(略)'50年代以降、サイケデリック、アールヌーボー、アールデコそしてポストモダニズムと思潮が流転し、何か人間そのものがあわただしい波の間に押し流され、漂わされてきたような気がする。それは同時にアートとデザインの境界も消滅しつくしている。デザインの中でも商空間に関わるデザイナーたちは最も大きな影響を受けることになる。なぜならきわめて卑近な市民の日常生活の消費環境を創造する職能者としてきびしい宿命を負わされているからである。かつて、クライアントである商業者の要求する生産性の高い空間計画者で済んだものが、今やものいわぬ一般市民のより快適な生活行動空間づくりのために奉仕する使徒として全く異なった立場に立っているのが実情である。
(略)現代の都市は、都市計画家や建築家の頭脳だけでは今や描ききれない状況である。社会資本の充実や行政の指導のみでは都市生活者のニーズに満足を与え得ない。それは既成の都市論の中に“商環境”の創造に対する認識が欠落していたことに原因がある。たとえば、アメニティという概念を花や緑、建築の姿や物理的な安全論に短絡し、固定化していた都市論の前近代性にこそ問題がある。(略)
(『7人の商空間デザイン』序文より/高村英也)
へー!
『マーメイドカフェ本郷三丁目店』
仕事の打合わせで何かと使わせてもらってますが
植木莞爾さんが手掛けてらしたんですね。
意外と近くにあるもんだ。。
>タロヲさん
あの店を打合せに使えるなんて羨ましい!意外と近くにあったりするのがこうしたシブいデザイナーによるシブい仕事だったりするんですよね。世のデザインを真にレベルアップさせているのは上記の方々のような静かな巨匠たちなのかも。
マーメイドカフェ各店に言えることですが、明らかに運営スタッフが上手く使いこなせていないように見える部分があるのが惜しいですよね。アンデルセングループの奮起に期待したいところです。あんな素晴らしいハコは滅多と無いんですから。