『商店建築』の2007年9月号増刊ショップデザインシリーズ「美容室&エステ・スパ」に『fit』が掲載されています。見てね。
相変わらずびっくりするくらいにそそられないタイトルの商店建築増刊ですが、中身は充実しています。掲載されているのは2001年から2006年までにオープンした60ほどの美容関連店舗(物販店を除く)。過剰にデコラティブなインテリアの多さが、「カリスマ美容師バブル」がはじけた後のこの業界の狂騒ぶりを表しているように思います。
そんな中でも、やはり熊沢信生氏(タカラスペースデザイン→アトリエKuu)の手がけられたプロジェクトは、一様に空間としてのまとまりと質感に優れており、なおかつそれぞれにまったく異なる手法でデザインされているのが刺激的で、大変勉強になります。三宅博之氏による『granny. m』、中村隆秋氏による『BLOSSOM みずほ台店』などは、インテリアデザイナーならではの繊細な感覚と、厳しく整合性の取れたプランニングがとても印象的です。
商店建築/2007年9月号増刊「美容室&エステ・スパ」(商店建築社)
7/8。渋谷・桑沢デザイン研究所に内田繁氏の展覧会「DANCING WATER - ミラノ’07作品展」を見に行った。展示内容は実に盛り沢山で、インテリアデザイナーの展覧会としては破格に見応えのあるものだった。
駐車場のスペースを利用したと思しい会場に入ると、いきなり3つの茶室が登場。手前から『受庵』、『行庵』、『想庵』(1993)。奥側2室の外観写真はこちら。
茶室の中にも入ることができた。上は『受庵』の内部。外形は単純な直方体だが、メッシュの透かせ具合が部分ごとに異なることから微妙な奥行き感のある空間が生まれている。『行庵』の内部は和紙に覆われている。閉ざされ、フラットで柔らかな光に満たされた空間はある意味最も茶室らしいもの。ヴェネチアンガラスやデコラティブな金属器を交えた茶道具が違和感が無くコーディネートされているのが面白い。『想庵』の内部にはランダムなメッシュが木漏れ日のような影を落とす。座して眺めるのもいいが、立ち上がってあちこち見回すのも楽しい。
透明のビニールシートに一輪挿しをあしらった『フラワー・スクリーン』(2004)を向こう側にまわると、ゆらゆらと波打つような光を背景に、ガラスの幹と枝をもつ樹を白い毛むくじゃらの生き物が取り巻いていた。これらは2007年のミラノサローネに出品されたインスタレーションで、それぞれに『ダンシング・ウォーター』、『グラス・ツリー』、『ムー』という作品名が付けられている。ひとつひとつサイズやかたちの異なる『ムー』は、腰掛けることもできるオブジェとも家具ともつかない作品。意外と安定感があり、このままセットでどこかに常設してあっても良さそう。
左側の赤いベンチと右側の黄色いソファは2003年にコトブキのためにデザインされたロビー用ファニチャー(『アルフィー』、『ソー・イン・ラブ』)。
上の写真左は『想庵』の裏にあった『ツリー』(2001)。木漏れ日のもとは樹を模した照明器具だった、という仕掛け。
写真右の小さなテーブルのシリーズは、それぞれ高さや形状、サイズの異なる天板に、部材の共通する三本脚のパーツを組み合わせたもの。年代・作品名は不明だが、この展覧会で内田氏が示したマスプロダクトと少量生産品、家具とオブジェのあいだに向けてのデザインアプローチが象徴された作品であるように思えた。このテーブルは『ムー』の兄弟なのだ。
90年代以降の内田デザインが、どこから来てどこへ向かいつつあるのかを俯瞰することの出来た貴重な展覧会。見ることができて本当に幸運だった。
帰り際、近著『普通のデザイン』を購入したところ、内田氏の似顔絵の金太郎飴をおみやげにいただいた。この春に内田氏が受賞された紫綬褒章のお祝いなんだそうだ。これまた大変有り難い。でも恐れ多くてとても食べられそうにないなあ。
内田繁「DANCING WATER - ミラノ'07作品展」
最近見た映画4本についての簡単な覚え書き。
ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習
スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー
ボルベール <帰郷>
殯の森
以下、若干ネタバレ気味かもしれないので読みたい方だけどうぞ。
6/25。大阪視察の最後に立ち寄ったのは『ボンバール江戸堀』。立ち飲みスタイルのワインバー、というイマドキな業態ながら、オープンはなんと1992年。内外装デザインを手がけたのは『VAGRIE』と同じく我らが心の師匠・野井成正さん。
地下鉄肥後橋駅から地上に出て四ツ橋筋を少し南下。郵便局のある交差点から西へ5分ほど歩くと例によって控えめな立て看板。手前の店の生簀を横目に見ながらビルの裏側のような半屋外の通路を奥へと進み、ようやく亜鉛メッキのファサードへとたどり着く。ロゴの入った面はもともと営業時には左手に長く突き出して客を招き入れる動線をつくっていた。現在は通路の突き当たり(暖簾のかかったところ)に店ができたため短く切り落とされている。おかげでなんとも閉鎖的な店構えとなってしまったが、隠れ家的でいい塩梅とも言えなくはない。
時間が17:00過ぎと早かったため、客はまだ私たちだけだった。バーテンダー氏にコップワインを注文。つまみに串揚げをいただく。大阪らしい、最高の組み合わせだ。
内装で先ず眼に飛び込んでくるのは、頭上に折り重なった材木群とバーカウンターとの狭間の空間。最小限にして完璧なライティングがその間合いを絶対的なものにしている(特に材木群に向けてのアッパーライトの収め方は見事)。さらに亜鉛メッキの板状の造作が千切れた屏風のように不完全な間仕切りとなり、10人も立てば満杯の店内を絶妙な居心地の良さで満たす。バック棚は節有の板材に切り込みを入れ、スチール板を差し込んだもの。隙間から漏れる光の描く陰影が美しい。安価な素材の組み合わせが豊かな空間を生み出す。野井マジックのひとつの頂点がここにある。
帰りの飛行機に間に合うように、この日は早めに引き揚げた。おそらくあと小一時間もすれば、ここの名物とさえ言えるいつもの大賑わいが訪れただろう。商売向きとは決して言い難い場所で15年。このちっぽけな店は、街と人間にとって何が本当に大切なのかを、そっと教えてくれているような気がする。
ボンバール江戸堀/大阪府大阪市西区江戸堀1-27-8
06-6448-0280/16:00-24:00/年中無休
ボンバール江戸堀(noi-shigemasa.com)
6/25。『VAGRIE』から四ツ橋筋の西側を南下。目的地を行き過ぎて立花通りに迷い込んだところで偶然に『LAWRYS FARM & JEANASIS』(ローリーズファーム&ジーナシス)南堀江を発見した。内外装デザインはアウトデザイン(黒川勉)が手がけている。2005年3月にオープンした最晩年の作品。現在アウトデザインのホームページには掲載されていない。
店内は1Fに『LAWRYS FARM』、2Fに『JEANASIS』というフロア構成。手裏剣型の異形タイルに覆われたファサード(別の写真)の大きな面にそのふたつのロゴが配置されている。アンバランスなようでいて決まっているようにも見える不可思議なレイアウトが、アウトデザインの作であることを静かに物語る。
月曜の日中にもかかわらず立花通りの賑わいは大したもので、この店にもたくさんの女性客が。さすがにインテリアの写真を撮ることは断念した。
書籍などで写真を見た限りではあまりピンと来るものの無かった作品だが、実物の持つ迫力は想像をはるかに上回るものだった。安価でカジュアルな服を販売する店に黒川はあえて凝り固まった構成を与えることなく、素材の使い分けによる面の切り分けで動線と視線を大雑把にコントロールする手法をとっている。一方、空間の「ゆるさ」対して什器をはじめとする各部のディテールは極めて雄弁だ。何故そこに?と思うような箇所に施された装飾。ガラスケースの危うげな構造。大きな壁付ミラーフレームの裏に隠れたフィッティングルーム。それらの積み重なりが頭の中にひとつの風景を形作る。
何気ない佇まいに潜む気高いフェティシズム。下手なデザイナーがこれを真似すると、眼も当てられないことになる。かく言う私たちにも、こうしたバランスを成立させる自信はまだ無い。もっともっと、精進しなくては。
LAWRYS FARM & JEANASIS 南堀江/大阪府大阪市西区南堀江1-19-30
06-6533-5150/11:00-20:00/無休
6/25。梅田から再び南へ移動。北堀江のバッグショップ『VAGRIE』(ヴァグリエ)を訪れた。インテリアデザインを手がけたのは我らが心の師匠・野井成正さん。
四ツ橋駅からすぐの長堀通りに面したビル入口に控えめな立て看板を見つけ、小さなエレベーターで2Fへ上がると目の前に『VAGRIE』のドア。インテリアは柱型、梁型を残しつつ至って簡素に仕上げられている。壁は白い塗装で、床もやはり白く染色されたウッドフローリング。天井面の塗装は淡いグレーで、シルバー色の配線ダクトによって8列のボーダー状に分割されており、そこにシルバー色のコンパクトなスポットライトがずらりと並んでいる。エアコン類は天井ではなく壁に設置されているため、グレーのフラットな面は至ってミニマルで象徴的に見える。また、単純な白一辺倒ではないことが、かえって空間のひろがりを感じさせる。
店内は白い半透明の衝立て状の家具で緩やかに分節されている。この衝立てはドットパターンを漉き込んだ和紙をアクリルでサンドしたもの。しばらく店内を移動しているとなんだか雲間に浮かぶような心地がする。
商品もまた魅力的。子安一子氏のデザインする数々のバッグは、その製造工程の多くを国内でのハンドメイドに負う。端正かつ造形的な外見を持つばかりでなくどれも実に機能的で、内部の細かな箇所まで一切の妥協無く作り込まれている。使用されるシーンを周到に想定し、意外なディテールに遊び心をしのばせるセンスもまた見事。子安氏のバッグには「小粋」という言葉が真に似つかわしい。長財布をひとつ購入。今度は貯金して行こう。
『VAGRIE』のバッグは東京では日本橋三越で見ることができるとのこと。
VAGRIE/大阪市西区北堀江1-7-4-2F/06-6533-2349
11:00-19:00/日祝休
VAGRIE(noi-shigemasa.com)
6/25。天満天神繁昌亭の当日券を取り損ねた後、空港バス乗場近くに荷物を預けに一旦梅田へ移動。ついでに遅めの昼食を摂ることにした。向かったのは新梅田食堂街奥のお好み焼き店『きじ』新梅田食道街店。訪れるのはこの日が初めて。
新梅田食堂街があるのはJR大阪駅の東側高架下。1950年に18店舗で開業し、現在2フロアに97店舗がひしめく。「食堂街」と言っても特別なアーケードやファサードはなく、足を踏み入れると蛍光灯にこうこうと照らし出された幅も高さも2mそこそこの通路が編み目のようにひろがり、数坪ほどのちいさな店舗が延々と軒を連ねる。バラック街を計画的に作ってしまったような、ちょっと近未来SF的な空間だ。
『きじ』はこの地の奥で1954年に創業。入口のちいさな暖簾と引戸をくぐると細く急な階段。登りきったところにある店は1Fの店舗と頭上の線路との隙間に窮屈そうに挟まっている。左手に客席カウンターとキッチン、右手に4人掛けのテーブルが4台。飯時には長蛇の列のできる有名店だが、この時間は幸い空いておりすぐに席へと着くことができた。スツールの座面をパカっと開けて手荷物を中に入れ、テーブル席におさまって豚玉とスジ焼を注文。お好み焼きは出来上がりをテーブルへと運ぶスタイルで提供される。焼けるまでしばし店内をぐるぐると拝見。頭上すぐの高さにせまるヴォールト状の梁型や空調設備はいかにも古そうなもので、飴色のフィルターを一枚被せたような姿。壁だけは割合最近張り替えたようで、OSBに覆われている。
アイドルタイムだったせいか、いつもこの調子なのかは分からないが、焼き上がりまでにはけっこうな時間がかかった。もしかすると鉄板の温度を下げているのかもしれない。コップの水を何杯もいただくと、その度にいいタイミングで注ぎ足しに来てくれるサーファーっぽい風貌の店員君の真面目な働きぶりが妙に微笑ましい。
ともあれ、満を持して登場したお好み焼きは、幾度か足を運んだことのある丸の内店同様、薄くソースのかかった見目麗しいものだった。早速いただくと、鳥ガラ出汁を含んだ生地と具との馴染み具合が実に素晴らしい。しその香りは丸の内店以上にフレッシュで、その大人びた風味とほっこりした食感の相性が独特。何と言うか、しみじみと美味いのだ。この不思議な感覚は、ロケーションの持つ力のせいだけではあるまい。
現在『きじ』の本店は梅田スカイビルへと移り、オーナーの木地氏はそちらにいらっしゃる模様。もうかれこれ12、3年は訪れていないので、どんな味だったかすっかり忘れてしまった。またの機会にはぜひ伺って、3店の味を比較してみたいものだ。
きじ新梅田食道街店/大阪府大阪市北区角田町9-20新梅田食道街
06-6361-5804/12:00-21:30/日休
デザイン雑誌『MONITOR』の43号(2007)に『dcb』が掲載されています。日本では青山ブックセンター、TSUTAYA、LIBROなどでご覧いただけます。
編集部をロシアに置き、ドイツから世界各国に向けて発行されている『MONITOR』は、2000年から隔月ペースで発行されているようです。内容は建築、現代美術、ファッションデザイン、プロダクトデザインなどの先進的なプロジェクトを、豊富なビジュアルと簡潔な英文テキストで紹介するもの。私たちは最近の号しか見たことがありませんが、掲載されているプロジェクトはもとより、エディトリアルデザインもこれまた超クールです。おそらく今現在世界一カッコいいデザイン誌のひとつではないでしょうか。
この『MONITOR 43』では照明に関するプロジェクトが特集されています。紹介されているのはスティーブン・ホール アーキテクツによる美術館増築(The Bloch Building)、フィリップ・ラーム アーキテクツによるインスタレーション(Diurnism)、ジャン・ヌーヴェル氏らによる人工大理石の展示(Corian Nouvel Lumieres)など。ユニークな照明器具も多く見ることができます。『dcb』はこの特集の最後に2ページ見開きで掲載されています。
表紙は現代美術家のアレクサンダー・コンスタンティノフ氏。記事中で紹介されているカラーテープを用いた建築的インスタレーションはとても興味深いものでした。
6/25。大阪視察の途中、南堀江にて。
特に「ペ」がいい。いや、「ギ」もいいな。
ビルもちいさくてかわいらしい佇まいだった。
願はくば個の決定により多くの普遍妥当性があります様にと、私は何時も珈琲を煎てながら心にそう念じたものである。(襟立博保)
珈琲と文化 2000年冬号/No.40(いなほ書房)より
*オリジナル:珈琲教室 第一部(リヒト珈琲(1947-55頃)作成の小冊子)
6/25。『アラビヤ珈琲店』で朝食。場所は心斎橋となんばの間、戎橋筋から法善寺横丁へと抜ける路地。この辺りはミナミでも特別ディープなエリアだ。
『アラビヤ珈琲店』は1951年創業の自家焙煎珈琲店。ドアを開けると左手にレジと10席程の客席カウンターがあり、右手に4人掛けのテーブル席が並ぶ。突き当たりのショーケース(古い木彫りのディスプレイ物や珈琲器具などが雑然と詰め込まれている)の向こうにもいくつかのテーブルの並ぶ部屋があり、さらに最奥には2F客席への階段。と、こぢんまりとした外観に似合わず席数は結構多い。板張りの壁に囲まれた店内の照明は控えめ。古びたカウンターチェア(先代マスターの作とのこと)の武骨な意匠が一際印象に残る。
メニューには関西の喫茶店に期待されるものが一通り揃う。しかもその全てに期待以上のインパクトがあり、文句無しに喫茶店好き・カフェ好きの琴線を震わせる。この日頼んだのはブレンドとミックスジュース、ホットケーキにアラビヤサンド。
ブレンドの味は自家焙煎店としては平均的なものだが、大阪の地でここまでの珈琲を提供する店を私たちは他にほとんど知らない。ミックスジュースはビジュアルも含めまさにパーフェクト。しっとりとした食感と香ばしい風味のホットケーキは専門店を凌駕する素晴らしさ。
そして何を置いても外せないのがアラビヤサンド。両面焼きのトーストに挟まれたハム入りの卵焼き。その見事なハーモニーに思わず顔がほころぶ。美味い。
こうしたメニューがマスターと老齢の女性(先代の奥様と思われる)のお二人だけのカウンターキッチンから提供されることは驚きだ。また、マスターの応対はいつ来てもシンプルながら気持ち良いもので、老舗に有りがちな重圧を客に微塵も感じさせないことにかえって尊敬を覚える。この日はあまり時間がなかったのでダッチコーヒーやコーヒーゼリーをいただくことができなかったのが残念。大阪に連泊する機会があればなあ。
アラビヤ珈琲店/大阪市中央区難波1-6-7/06-6211-8048
10:00-22:00/無休