9/7。練馬文化センターで『市馬・喬太郎 ふたりのビッグショー』。
開口一番、柳亭市朗さんに続いて寒空はだか師匠の登場。師匠のステージを見るのはこれが初めて。歌と物真似を織り交ぜた素敵に下らないネタのオンパレード。客席との距離の置き方が絶妙で、思わずぐんぐんと引き込まれてしまう。さすがにあの浅草東洋館を湧かせる芸人さん。テレビの一発屋とはわけが違う。と言いつつ東洋館には行ったことがないんだが。
そしていよいよ柳亭市馬師匠の『お化け長屋』。4月の花緑まつり以来なかなか拝見する機会がなく、じっくりと聞けるのを楽しみにしていた。素晴らしく豊かな声色と声量。根多の後半に威勢のいい間借り人が登場すると、ハイテンションな言葉遣いがなんとも小気味良い。流麗にしてカラフル。江戸落語の楽しさを満喫。
仲入を挟んでの演目はなんと市馬・喬太郎師匠による歌謡漫才。アニマル亭 馬夫・豚夫の登場。市馬師匠のフリフリタキシード、喬太郎師匠の眼鏡にダークスーツ姿は、ビジュアルのみでもう爆笑。西武池袋線の駅名に無理矢理因んだ市馬師匠の歌の数々が馬鹿馬鹿しくも可笑しい。続いては昔昔亭桃太郎師匠のトーク。ご自宅が近いからお呼びがかかった、なんてことも含め、相変わらずどこまでがウソかホントか分からない話題の連続で会場を煙に巻きつつ大いに湧かせる。
最後は柳家喬太郎師匠の『彫師マリリン』。誇張、デフォルメされたギャルキャラと職人気質の掘駒師匠の鮮やか過ぎる対比。喬太郎師匠の新作ならではの見事な風刺、演技力と構成力を堪能させていただいた。
9/9。内幸町ホールで『落語家生活三〇周年 雀々十八番』最終日の昼の部と夜の部通し。
昼の部の開口一番は桂雀喜さん。続いて桂雀々師匠『がまの油』、林家たい平師匠『明烏(あけがらす)』、雀々師匠『仔猫』。仲入を挟んで雀々師匠『疝気の虫』。
夜の部の開口一番は桂都んぼさん。続いて雀々師匠『子ほめ』、春風亭昇太師匠『おやじの王国』、雀々師匠『夢八(夢見の八兵衛)』。仲入を挟んで雀々師匠『愛宕山』。
少々大人しい印象を受けた大銀座落語祭での高座とは打って変わって、この日の雀々師匠はとにかくハイスピードでハイテンション。よどみなく繰り出される大阪言葉の迫力が圧倒的。しつこいリフレインが次第にエスカレートして、爆発的な笑いへと膨らんで行く様はまさにスペクタクル。
どの根多も甲乙つけ難いが、強いて挙げれば下げの鮮やかさとファンタジックな展開の際立つ『仔猫』と『夢八』が秀逸。また『愛宕山』の荒唐無稽さと異様な勢いはほとんど狂気の沙汰とも思える凄まじさだった。おそらく、雀々師匠は枝雀落語を消化すると同時に、独自の爆笑スタイルを確立することに成功したのだ。
9/21。川崎市麻生市民館で『桂三枝独演会』。演目は桂三段さん『憧れのカントリーライフ』、続いて桂三枝師匠『宿題』。仲入を挟んで桂三歩師匠『青い瞳をした会長さん』、最後は三枝師匠『誕生日』。全て三枝師匠の創作落語。
『青い瞳をした会長さん』は三歩師匠のキャラクターにぴったりのナンセンスな根多。三枝師匠の『宿題』は昨年4月のよみうりホールで一度聞いたが、分かっていてもやはりお腹のよじれる傑作。『誕生日』を聞くのはこの日が初めて。現代的でつつましやかな米寿祝い。爆笑の中にもほっと心温まる下げが見事。絶滅寸前の家族愛を滋味深く描く素敵な根多。会場を出て、電車に乗る頃になってふいにじんと来た。
9/26、27。渋谷セルリアンタワー東急ホテルボールルームで『第三回 大・上方落語祭 渋谷繁昌亭』夜の部を二日続けて。
26日は開口一番、桂しん吉さんに続いて笑福亭三喬師匠『おごろもち盗人』、笑福亭仁智師匠『スタディーベースボール』、桂ざこば師匠『青菜』。仲入を挟んで桂きん枝師匠『親子酒』、林家染丸師匠『寝床浄瑠璃』。
この日最も印象深かったのは三喬師匠。間の抜けた夫婦の会話やコロコロ態度を変える盗人の様子が、流れるような大阪言葉で描写される。瑞々しく映像的な上方落語。ざこば師匠の『青菜』は涙もろい庭師のキャラクターが可笑しい。染丸師匠得意の華やかで滑稽な芝居噺も実に見事なものだった。
27日は開口一番、桂市之輔さんに続いて桂小春團治師匠『さわやか侍』、笑福亭松喬師匠『へっつい幽霊』、桂春団治師匠『野崎詣り』。仲入を挟んで笑福亭鶴光師匠『西行鼓ヶ滝』、桂三枝師匠『悲惨な夏』。
この日の内容はまた一段と濃厚だった。『さわやか侍』は小佐田定雄氏の新作で時代劇仕立てのナンセンスな根多。膨大な登場人物を全く違和感無く演じ分けながら爆笑を誘う小春團治師匠の話芸に舌を巻く。この根多は果たして小春團治師匠以外の人に出来るのだろうか?一転して松喬師匠はスタンダードな古典根多。これがまた凄かった。道具屋、熊五郎、銀ちゃんと言った各登場人物が、言葉使いはもちろんのこと、その表情や仕草などのディテールに至るまで実に緻密に、まるで別人のように生き生きと描かれる。時にはんなりと、時に豪快に聞かせる大阪言葉が魅力的で、すっかりファンになってしまった。ぜひこの人の『らくだ』を見てみたい。大阪言葉の魅力、と言う点では春団治師匠の『野崎詣り』もまた見事と言うより他は無い。何年か大阪に住んだことのある私たちにとっても聞き慣れない言い回しが何度も登場したが、その響きは美しく、楽しく、なんともカッコいい。1930年生まれの春団治師匠のお元気な姿を東京に居ながらにして拝見することが出来るとは幸せだ。
立て続けの至芸と仲入の後に登場した鶴光師匠だったが、その高座は一切霞むことの無い鮮やかさだった。西行の短歌という古めかしいにもほどかあるような題材を用いながら、鶴光師匠らしい駄洒落やキツいジョークを織り交ぜて、爆笑落語に仕立ててしまう力技。恐れ入りました。
終わってみれば上方落語月間、と言った具合の9月。『雀々十八番』でも『渋谷繁昌亭』でも、おそらくは独特のニュアンスとノリについて行けないのであろう、大方の盛り上がりをよそにキョトンとした様子の方が散見されたことが記憶に残っている。上方の言葉に多少なりとも親しみのあることは私たちにとって非常に幸運なことだと痛感した。一方、三枝師匠の落語はその辺りの障壁を巧みに取り除いてあるような気がするのだが、実際のところどうなのか、興味深いところだ。