7/20。博品館で電撃ネットワークと桃太郎師匠を見てから15:00過ぎに『ビヤホールライオン銀座七丁目店 』でビールと食事。1934年に大日本麦酒(サッポロビール、アサヒビールの前身)本社ビルの1、2Fで開業。建築設計を手掛けたのは菅原栄蔵。1978年に全面改装が施されたものの、1Fビアホールと6Fクラシックホールの内装はほぼ建設当時のまま残されている。場所は新橋寄りの中央通り沿い。2軒隣にニコラス・G・ハイエック センターがある。昼間にもかかわらず歩道に大きくはみ出した行列に少しひるんだものの、十数分ほど並んだところで無事8名様ご入店。席回転の速さが嬉しい。
上の写真はエントランスから見た店内全景。石とタイルに覆われた大空間。補助椅子(赤いビニールレザー張りの剣持スタッキングスツール)も含めると300人くらいは入るだろうか。斜めのアーチを多用したシャープな造形感覚と重厚な素材との組み合わせが、独特の洗練された雰囲気を醸し出す。あぶくを思わせる照明器具のデザインも秀逸。
上の写真は店内中央左側からエントランス右側への見返し。
上の写真は同じ位置から右奥側を見たところ。黒髪の女性群像を鮮やかに描いたガラスモザイク壁画のデザインも菅原による。
ビールのお供は名物のお好み焼き、ではなく紙カツ。大皿にどかんと盛り付けられた様が男前だ。薄い。デカい。さっくりと旨い。おそらくフロアマネージャーかと思われるスタッフ氏の応対も楽しく、大いに盛り上がった。
銀座ライオン/100年の歩み(銀座ライオン)
美術建築師・菅原栄蔵(松岡正剛の千夜千冊)
銀座の街に、昭和モダンの名残りを求めて(edagawakoichi.com)
7/4。成山画廊で『松井冬子について』を見てから靖国通りを神保町へ。白山通りからすずらん通りへ入るとすぐ右手の『スヰートポーヅ』で夕食を採った。満州で開業し、1936年に神保町で店を構えたという餃子専門店。
建物は2つの店舗付き住宅が隣り合わせにくっついた2階建て。アルミのドアから縄のれんをくぐって店内へ。中央に通路を挟んで4人掛けのテーブル席が6つほど。その向こうにレジと手洗があり、最奥にキッチン。店のつくりはどこをとっても簡素そのものながら、オフホワイトの化粧板に覆われた内装には割合清潔な雰囲気がある。
常々行列のできる人気店だが、時間が早かったおかげでこの日はすんなりと入れてもらえた。お一人様の女性客と向かい合わせに相席。餃子定食と水餃子、天津包子を各1で注文し、テレビのニュースを斜め上に見ながら待つ。しばらくして定食から順に登場となった。
上の写真は定食の焼餃子。筒状に包まれている。
上の写真は水餃子。こちらはいわゆる餃子形。どちらの餃子も具をしっかりと包み込もうとしないゆるーい作りとなっている。にんにくを用いない味付けは実にあっさりとしており、良く言えば上品、幾分物足りない印象ながら、ぶ厚い皮のもちもちした食感が実にいい。ビールのつまみやおかずとしても悪くはないが、この餃子は明らかに「主食」だ。食べ進むにつれて胃袋にずっしりと効いてくる。天津包子(やはりあっさり味)もいただくと、2人でちょうどいい具合に満腹。三角巾のおばちゃんの明るい声に送られて、次の客と入れ替わりに気分よく店を後にした。
スヰートポーヅ/東京都千代田区神田神保町1-13-2/03-3295-4084
11:30-15:00,16:30-20:30(土11:30-20:30)/日月休
一般的な麦茶のイメージはややジャンクなソフトドリンクに近いんじゃないかと思う。しかし、意外にも「明らかに美味しい麦茶」はどうやら存在する。と言うのも2004年に旅先の香川県高松駅内の物産店で、これは、と思える麦茶を偶然発見したからだ。参考となる麦茶関連の情報が世間にはほとんど見当たらず、裏を取ろうにも研究しようにも五里霧中なため、内心恐る恐るではあるが、ひとまず自分の味覚を信頼することにしてメモ。
麦粒(主に大麦)を焙煎し、水出しや煮出しによって抽出するのが麦茶。この『ほんまもんむぎ茶』の原料は香川県産の裸麦・イチバンボシ100%で、焙煎はやや浅め。麦作農家自家製の味が製造の手本となっているとのこと。
特徴は濃厚な穀物の甘さと香ばしさ、そして何と言ってもクリアな味わいだ。特に水出しの雑味の無さと来たら、子供の頃から親しんだ量販品とは別次元と言って良い。よくありがちな焦げついたような後味(行き過ぎた焙煎によるものだろう)など全く感じられず、一口含むと素材の持つ豊かな美点そのものが鮮やかに広がる。昔話の絵本で見たような可愛らしいかたちの山並みを遠景に、こぢんまりと連なる讃岐の田畑の風景を思い浮かべながらいただけば、その味わいはなおさら深い。
都内では販売店が未だ見つからず、昨年まではペットボトルしか通販されていない状況で、パックの品を入手するにはJA香川県から直接ダース単位で買うしかなかったが、最近になってようやく楽天市場での購入が可能となった(*閉店したようです 10/09/15)。しばらくは常備品としての安定供給が期待できそうだ。
JA香川県
追記('10/09/15)
下の連絡先に電話で注文することができます。
写真の煮出し用52パックは1袋から通販可能でした。
JA香川県 茶流通センター Tel. 087-818-4117
JA香川県讃岐のうまいもん屋(楽天市場) *閉店
4/27。国立能楽堂で『春狂言2008東京公演』。茂山童司氏の解説に続いて、大蔵流狂言『鶏聟』(にわとりむこ)。出鱈目な作法を吹き込まれた聟(茂山正邦氏)と、彼に恥をかかせぬよう受け応える舅(茂山千五郎氏)。滑稽さの中に心温まるような優しさを感じさせる。狂言ならではのシンプルでなんとも御目出度い演目。休憩を挟んで大蔵流狂言『縄綯』(なわない)。へそを曲げた太郎冠者(茂山千之丞氏)のチャーミングなこと。上下(かみしも)を振りながらの独り語りは落語のよう。最後は新作狂言『がたろう』(小佐田定雄作/茂山千之丞演出)。被り物キャラの競演が楽しい。
6/3。本多劇場で『伊東四朗一座 - 帰ってきた座長奮闘公演 - 喜劇・俺たちに品格はない』。船場吉兆パロディの前説に続いて、戸田恵子氏唄うアイドル歌謡曲(徐々にマイナーに変調してド演歌になってしまう)で賑々しく幕開け。渡辺正行リーダーのボケとラサール石井氏のツッコミ(嗚呼ここに小宮孝泰氏が居れば。。。)を懐かしんだり、伊東四朗座長の突発的なギャグに面食らったりしている間に、三宅裕司氏がゆるゆると堅実にストーリーを牽引する。中盤、春風亭昇太師匠が登場して狂犬のようなテンションで舞台をかき回すと、一気に不条理な展開へ突入。ナンセンス極まりない戦場コントは伊東氏の独壇場。まさに絶品。途中リーダーのベルトが切れたり、アンパンマンが登場したりしつつ、勢いを維持したまま座長の演説で終演。胸の透くような極めつけの軽演劇。こりゃ癖になるなあ。
7/20。TOHOシネマズ錦糸町で『崖の上のポニョ』。宮崎アニメ史上最狂の暴走するヒロイン。消え入りそうな弱さと清々しいまでの男気を併せ持つ5歳児。彼らの出会いから生じる異常現象や災厄を、他の登場人物たちは戸惑うこと無く穏やかに受け入れ、物語を大団円へと真っ直ぐに導く。スクリーン狭しと蠢き、躍動する形象の全てがこぼれんばかりの寓意と象徴性を孕み、呆気にとられる観客席へと容赦なく打ち寄せ、汚れた常識を破壊し、押し流す。途中これほど何度となく大笑いし、不意に涙腺の緩む思いを繰り返した映画は久方ぶりだ。『千と千尋の神隠し』に比肩する傑作にして野蛮な魅力に満ちた実験作。おそらくこういう映画は何年か後でないと正当な評価を受けることは無いのだろう。かつて多くの宮崎作品がそうであったように。DVD購入決定。
6/21。この日も須賀さんご夫妻とご一緒。『道明』から『うさぎや』、さらに『ラパン』で昼食を採ってから東京国立博物館へ。法隆寺宝物館を一巡りした。建築設計は谷口建築設計研究所(谷口吉生氏)。
人工池とともに現れる軽快な箱。上野の森の鬱蒼とした木々の狭間にぽっかりと、大きな穴のように空が広がる。
シンプルなボリュームの組み合わせからなる内部空間も、ガラスケースの林立による美しい展示構成も、それはもうため息の出るほど見事なもの。でも私たちがこの場所で最も好きなのは、池と建物、森と空の関係だ。
コンディションはどうあれ、ちょっと信じ難い買い得品かも。
http://page16.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/u26488443
ふさわしい覚悟のある人にゲットしていただきたいものです。
日本のインテリアVol.1-4(February 14, 2006)
6/2。なかのZERO小ホールで『落語教育委員会』。最初は御三方によるコント。柳家喬太郎師匠が高校の先生、三遊亭歌武蔵師匠が生徒、柳家喜多八師匠が授業参観のお父さんという役回り。喜多八師匠は建設作業員の出で立ち。セリフを一言も喋らず怪演。巨漢・歌武蔵師匠の無理矢理な学ラン姿も可笑しい。続いて登場したのはなんと春風亭栄助さん。『新・生徒の作文』はTVではおそらく放送できそうにない危険で捩れた根多。以後しばらく「僕は空を飛びたいな」がわが家で流行。場内の不穏な盛り上がりを前にいかにもやり辛そうだった喜多八師匠は『盃の殿様』。酔狂な武士ばかりが登場する根多をさらりと粋に。仲入を挟み喬太郎師匠で『稲葉さんの大冒険』。三遊亭円丈師匠の新作。あれよと言う間に窮地に陥る稲葉さん(柳家さん喬師匠がモデルとか)。追い討ちをかける長谷川さん(犬連れのおじいさん)の凶悪なボケっぷり。トリは歌武蔵師匠で『かんしゃく』。無闇にエラソーで神経質な金持ちの旦那のキャラクターがハマる。
6/7。三鷹市公会堂で『立川談志・立川志らく親子会』。立川志らべさんの小気味良い『たらちね』に続いて志らく師匠で『鉄拐』。中国の伝説・歴史上の人物たちを茶化し倒しながら暴走するストーリーがいかにも志らく師匠にぴったり。続いて談志師匠。声の調子が相当悪い様子ではあったものの、実にチャーミングな『やかん』を見せて下さった。仲入を挟んで志らく師匠は『品川心中』の通し。金蔵のお人好し振りが際立つ意外なサゲ。なんとも微笑ましい気分で会場を後にした。
6/13。ソフィアザールサロンで『林家ぼたん勉強会 倶楽部ぼたん』。最初にぼたんさんで『豆や』。明るく楽しい売り声。続いて春風亭栄助さん。お馴染みのチェーン枕かと思いきや真っ直ぐ『ぞろぞろ』に入ったのがかえって新鮮。荒物屋主人の驚き顔が可笑しい。仲入を挟んで栄助さんで『新・生徒の作文』。時節柄あのサゲはどうだろうか、と思いきやそのままやってしまう。おお、チャレンジャー。トリはぼたんさんで『悋気の火の玉』。女性目線で描かれる嫉妬の応酬がいい。これはぜひさらに膨らませていただきたいなあ。
6/14。深川江戸資料館小劇場で『第6回特撰落語会 さん喬・市馬・菊之丞』。柳家小ぞうさんの『金明竹』に続いて柳家喬の字さんで『短命』。そして柳家さん喬師匠で『心眼』。梅喜の悲哀が実に生々しく心に迫る。重厚でありながらさらり美しい。仲入を挟み柳亭市馬師匠で『らくだ』の上。あの朗らかな師匠が丁目の半次をどう演るんだろう、と興味深く拝見するとこれがもう素晴らしいのなんの。こんなにカラリと清々しい『らくだ』が有り得たか。トリは古今亭菊之丞師匠で『唐茄子屋政談』の通し。若旦那キャラが見事にハマる華やかで楽しい高座。
6/17。国立演芸場で『三遊亭円丈・白鳥親子会 - 円丈の骨、白鳥の肉 - 』。最初に両師匠が揃ってステージに登場し、プロジェクターでDVDを上映しながらのトーク。20年くらい前のビデオを編集した実験精神満載の小根多集で爆笑。これだけで2時間くらいもつんじゃないか。そんな企画希望。続いて三遊亭白鳥師匠で『金さん銀さん』。円丈師匠の新作。思いのほかさらりと終わってしまってとまどう白鳥師匠が可笑しい。円丈師匠は『シンデレラ伝説』に挑戦。こちらは白鳥師匠の新作。詰まりがちながらも随所に織り交ぜたくすぐりが凄い。「朝青龍と40人の小結」って。仲入を挟み白鳥師匠で『悲しみは日本海に向けて』。円丈師匠の新作『悲しみは埼玉に向けて』の翻案。修業時代の苦悩を笑い飛ばす快作。まさか羽織が擬人化されてしまうとは。トリは円丈師匠で『夢一夜』。死を間近に控え無茶な蕩尽に走る資産家。不条理の中に漂う哀愁。まさに円丈節。素敵。「末期ガンジョーク」。
6/25。三越劇場で『笑福亭松喬 噺.はなし・話の会』。笑福亭生喬師匠の『青菜』に続いて松喬師匠で『へっつい幽霊』。昨年の『渋谷繁昌亭』以来二度目。アナーキーかつ気品ある大阪言葉はやはり絶品。中条きよし氏と松喬師匠の対談の後仲入。さらに松喬師匠で『帯久』(おびきゅう)。商人の町、大阪ならではの仁義無きドラマを流麗に。思わず膝を叩きたくなる裁きの場面で幕切れ。粋で鮮やかなサゲに心が晴れる。
6/26。シアターイワトで『いわと寄席 柳亭市馬の日』。柳亭市也さんの『たらちね』に続いて市馬師匠で『大工調べ』。この根多を通しで聞いたのは初めて。最後は師匠も立ち上がれなくなるほどの長講であったにも関わらず、軽妙な調子で流れるように聞かせる。棟梁の啖呵に思わずうっとり。仲入の後は市場師匠がタキシードに身を包んでの歌謡ショー『市馬の好きな昭和の歌』。途中なんと白山雅一先生が飛び入りゲスト出演。『ニコライの鐘』は御年を微塵も感じさせない声量での大サービス。感動的。最後に荒木とよひさ・岡千秋両氏作の市馬師匠歌手デビュー曲が初の披露となった。ノーコメントだよねこれは(笑)。
6/27。シアターイワトで『いわと寄席 桂吉坊の日』。最初に笑福亭呂竹さんで『寄合酒』。「出家した橋本徹」というつかみに爆笑。続いて吉坊さんで『遊山船』。童顔とは対照的に骨太な芸風に驚く。さらに桂まん我さんで『佐々木裁き』。演じ分けのスマートさ、子供キャラの可愛らしさが実に見事。仲入の後、吉坊さんで『仔猫』。後半が少々お疲れ気味だったように思うが、綺麗に聞かせていただいた。破格の可能性を感じさせつつどことなく陰性の吉坊さんと、陽性の人間臭さが魅力的なまん我さん。お二人とも拝見したのはこの日が初めて。今後要チェック。
6/20。須賀さんご夫妻と新橋ー丸の内間を散策。『かおりひめ』で昼食後、中央通りを北へ。博品館の斜め向かいにある『スワロフスキー銀座』を初めて訪れた。2008年3月オープン。内外装デザインは吉岡徳仁氏による。
ファサードを構成するのは数にして幾千本と言う六角のステンレス製異形パイプの束。圧倒的量感。無数の鏡面が通りの風景をモザイク状に変換する。
上の写真左はクリスタルビーズを混ぜ込んだテラゾタイルの床(左)。研ぎ出されたクリスタルビーズがこれほど美しい光沢を放つとは驚いた。写真右はファサードのステンレスパイプのディテール。パイプ下面にある小さな穴は水抜き用だろうか。
店内の什器は壁埋込のガラスケース(カードキーで開閉される)をメインにゆったりと構成されている。独立の什器やカウンター類の存在は至って控えめ。フロア中央では踏面にクリスタルビーズを敷いた階段が地上階と2階を貫通する。階段室はガラスの間仕切りと光天井で囲われ、その明快なボリュームによって店内は道路から見て手前側と奥側に大きくゾーン分けされる。
主要な壁はファサードの意匠を踏襲した白いアクリル製のレリーフで覆われている。地上階左側奥の壁面のみ人工大理石で仕上げられており、スワンのマーク形にくり抜かれた内部にクリスタルビーズが詰められている。床は屋外と同様に全面テラゾタイル。『Cascade(滝)』、『Ice Branch(氷の枝)』と題された巨大で造形的なシャンデリア(それぞれヴィンセント・ヴァン・デュイセンとトード・ボーンチェのデザイン)も、贅沢な余白を背景にしてその存在をもてあますことがない。また、現在2階の展示スペースでは吉岡氏によるインスタレーション『シューティングスター』を見ることができる。
細部を見ればまさしく贅の極みでありながら、空間そのものは極めてシンプルで開放的。スノビズムとは無縁のラグジュアリー感が新鮮で心地良い。デザインテーマを「クリスタル・フォレスト」と聞いて正直あまりピンと来なかったが、おそらくここで言う「森」とはビジュアル的なものではなく「環境」としての意味合いなのだろう。
素材の持つ本質的な美しさに触れること無く、とにかくたくさん使えば高級だ、とばかり闇雲にクリスタルビーズを用いた単細胞なインテリアが巷に溢れる昨今、スワロフスキーが決断した流行とは無縁のキャスティングは実に冷静で賢明なものだ。渋谷『スタイラス』の閉店以来久しぶりに、国内で吉岡氏の研ぎ澄まされた空間デザインを堪能できる場所が生まれたことを心から喜ばしく思う。
6/6。東京国立博物館で『国宝薬師寺展』。噂通りのものすごい観客数ではあったものの、平成館での企画展には珍しくスペースをゆったりと確保した贅沢な展示構成のおかげで、割合しっかりと鑑賞することができた。スロープを設えた順路から『日光菩薩立像』と『月光菩薩立像』(7-8世紀)の様々な表情を拝む。視線を計算しての絶妙なアンバランスさ。最も心惹かれたのは『聖観音菩薩立像』(7-8世紀)。サイズ的には『日光・月光菩薩立像』より随分と小振りながら(それでも身長190cmくらいある)、真っ直ぐに正面を見据える左右対称の洗練された造形、緻密な衣装の表現がその姿を屹然として見せる。
6/8。アクシスギャラリーで『チャールズ・イームズ写真展 100 images x 100 words』。チャールズ・イームズ撮影の写真の裏側に、デザインにまつわる彼の発言がひとつずつ記され、そのパネルがワイヤー支持で宙空にある。パネルは50枚ずつ2列に構成され、観客は各列の周りを歩きながらその写真と言葉を「鑑賞」する。直球かつ極めてメッセージ性の強い会場デザインとグラフィックデザインは廣村正彰氏によるもの。唯一メモしたのはこの言葉「テーブルに食器を並べるたびに、私は何かをデザインしている」。
6/12。上野の森美術館で『井上雄彦 最後のマンガ展』。井上氏の作品は一切読んだことがない。それでもこの展覧会のインパクトはあまりに強烈だった。
冒頭、ケント紙にペン描きのマンガ原稿からして恐るべき画力に驚愕。通常の美術館順路を逆行するかたちでストーリーが展開し、途中から全てのコマが墨描きとなり、その大きさや筆致は展示空間と呼応しながら変化する。緩急自在にして独創的。伸びやかな水墨画の技量たるや実に凄まじい。美術館は完膚なきまでに一連のマンガへと変換されていた。この膨大な作品量が、ほとんど会期前の3、4週間に制作されたものであるとはにわかに信じ難い。おそらくこのままのかたちでは巡回不可能な一期一会のマンガの「内部」でゆっくりと歩を進めながら、北斎が存命なら嫉妬に狂うだろうな、と思った。
6月某日。サントリー美術館で『KAZARI 日本美の情熱』。最初に展示された深鉢形土器(縄文中期)のグラフィカルなデザインにいきなり釘付けに。並びでおなじみの火焔型土器を見ると、その印象は今までとは丸きり別物。呪術的と言うよりも、むしろ整然として装飾的。鎌倉期の超絶金工に続いて『浄瑠璃物語絵巻』(伝岩佐又兵衛筆/1600年代)と念願の対面。室内装飾の描写の緻密さは想像を上回るもの。鍋島大皿の洗練を堪能後、平成ライダーも逃げ出しそうな江戸初期の兜、平田一式飾り辺りからいよいよヤンキー的センスが全開。最後の『ちょうちょう踊り図屏風』(小沢華嶽筆/1800年代)では被り物集団の奇態に思わず腰が砕けた。
5月某日。メゾンエルメス8階フォーラムで『サラ・ジー展』。ガラスブロックの外壁に囲われた明るいウッドフローリングのフロアに、近所の量販店やコンビニで買ってきたような雑貨、食品パッケージなどが大量にぶちまけられていた。その様子は一見雑然としているが、観る者はほどなく個々のオブジェクトの配置に一連の「物語」を思わせる緻密な流れが秘められていることを了解する。フロア中央のエレベーターから晴海通り側の丸柱を取り巻くタワー状の集積へ。エレベーター裏側のスペースから階段を上へ。歩調はゆっくりと、その流れに沿って自然に進んでゆく。所々、設備メンテナンス用の床パネルが剥がされた部分があり、消火栓や分電盤室のドアは半開きになっている。オブジェクトはスキ間に侵入し、建物と半ば一体化しつつあるように感じられる。大規模でありながら儚く繊細で、ゴミ同然でありながら圧倒的に美しい。
5月某日。サントリー美術館で『ガレとジャポニズム』。アール・ヌーヴォーの代表的ガラス工芸家、エミール・ガレの作歴を通して、当時のヨーロッパの美術シーンへの日本美術の影響がいかに大きかったかを体感することのできる内容。単純なコピーからスタートし、次第に精神性を増しつつ独自の世界観を確立してゆく過程が興味深い。最後の最後に展示されていた脚付杯『蜻蛉』(1903-4/最晩年のガレが製作し、限られた近親者だけが譲り受けていたという希少な作品。世界初公開)の深遠な表情に心打たれた。なるほど、これがガレの魅力か。この歳になってようやく理解できたかも。
5/10。水戸芸術館で『宮島達男 Art in You』。空間を贅沢に用いたシンプルな展示手法のおかげで、建物のもつ特徴的なプランニングが思いのほか際立っていた。動線を単純にも複雑にも設定し得るホワイトキューブの連なりは、まさに磯崎氏ならでは。展示作品の見所は新作の立体作品『HOTO』(2007-8)に尽きる。鏡面仕上げの金属による巨大なタワー状の塊。表面に取り付けられた無数のLEDがバラバラに明滅とカウントダウンを繰り返す。それは猥雑なエネルギーを、強力に、それでいて至って静謐に、あたかも堂内の御神体のように発散し続ける。
5/23。ギャラリー間で『杉本貴志展 水の茶室・鉄の茶室』。入場するとまず現れたのが『鉄の茶室』(1993)。パターン状に部材をくり抜いた余り鉄板を継ぎ接ぎした間仕切りは、重厚さと軽さを兼ね備える(写真/外観,内部1,内部2)。
展示室と中庭との間には『古梁の待受ベンチ』が横たわる。中庭には一抱えを超える大振りの『鉄の花器』。こちらも廃鉄を転用したもの。
中庭から上階へ。遮光された展示室内へ入ると『水の茶室』が。天地に張り渡された無数のワイヤーに沿って水滴がゆっくりと連続的に降下してゆく。ライトアップされた夥しい水滴の群れが間仕切りとなり、動線を示す(写真/1,2,3)。
どちらの茶室もいわゆる「茶室」としての完結性を目指すものではない。特に天井を持たないことは、シースルーの間仕切り以上に決定的な要素であるように思う。破格に開放的な空間性に対し、簡易な路地からはじまる動線の設定は、茶事を行う上で至って真っ当なもの。そこに在るのは「素材」そのものの豪放にして艶やかな佇まいであり、亭主と客との間に成り立つ「作法」そのものであって、おそらく「空間」ではない。当日『水の茶室』で実際に催された茶会を内外で眺めながら、杉本氏のインテリアデザインに共通する劇場性について思いを巡らせた。
5/1。しもきた空間リバティで『「らくご渦」春風亭栄助独演会「食らえ丼飯っ!!」』。普段着っぽい格好で栄助さんが登場。何の前振りも無く淡々と一人コントが始まる。落語家の育成施設・NRC(New Rakugoka Creation)の面接というシチュエーション。落語界をくすぐり倒しつつ、ベタ根多の実演で爆笑させる。続いて栄助さんで『野ざらし』。小気味良い展開。八五郎の妄想ぶりが圧巻。東京ガールズの寒風吹きすさぶ俗曲に衝撃を受けた後、三たび栄助さんで自作の新作『リアクション指南』。京言葉のお師匠さんがサディスティックな高笑いとともに暴走する。猛毒のような落語。ヤバい。もうかなり効いてきた。
5/14。国立演芸場で『柳亭市馬独演会』。開演に少々遅れて市馬師匠から。徹頭徹尾無駄を削ぎ落としたミニマルな『不動坊』。たい平師匠の『不動坊』のオリジナルはこれか、と納得。仲入を挟んで白山雅一先生の歌謡声帯模写ショー。御歳83。ささやくようでいて限りなく透明でのびやかな歌声に痺れる。続いて市馬師匠で『鰻の幇間』(うなぎのたいこ)。はめられたことを了解しつつ、全く暗くならずにその境遇を楽しんでさえいるような太鼓持ち。清々しく、見ていて晴れやかな心持ちになる。この感じは市馬師匠にしか表現できないんじゃないか。
5/17。三鷹市芸術文化センター星のホールで『立川談春独演会 春談春』。開演前に『赤めだか』サイン会。首尾よくゲットして感激。立川こはるさんの『手紙無筆』に続いて談春師匠で『天災』。クールに登場するも徐々に煽られてしまう心学の先生と、どうしようもなく凶悪なのにどこか憎めないがらっぱちの決して噛み合うことのない問答が絶品。仲入を挟んで談春師匠で『大工調べ』。師匠の『大工調べ』を聞くのは昨年3月以来二度目。八五郎のとぼけ具合が見事に制御され、前回以上に登場人物の個性がかみ合い、棟梁の啖呵も絶好調に冴え渡る。鳥肌もののカッコ良さだった。
5/26。東京芸術劇場中ホールで『三遊亭白鳥・柳家喬太郎二人会 デンジャラス&ミステリアス』。白鳥師匠の『ねずみ』を枕の終盤から。ご自身の貧乏体験を絡めたりしつつ、宿屋の親子をちょっと意地の悪いキャラクターとして描く。動物の登場する根多は白鳥師匠にぴったり。筋書き通りでありながら、見事に個性的な『ねずみ』に思わず唸る。続いて喬太郎師匠で自作の新作『ハンバーグができるまで』。メロドラマ的展開の小品。仲入の後、ふたたび喬太郎師匠でやはり自作の新作『夜の慣用句』。セクハラ&パワハラオヤジの生態を思い切り誇張しつつ克明に描写する。ある意味『大工調べ』の棟梁にも通ずる切れ味とアナーキー。喬太郎師匠の禍々しくも魅力的な一面を久しぶりに拝見した。トリは白鳥師匠で自作の新作『アニメ勧進帳』。ややエピソード多め。それにしても給食の献立のところでは思い切り爆笑させていただいた。
5/30。深川江戸資料館小劇場で『笑福亭三喬独演会』。笑福亭喬若さんの『へっつい盗人』に続いて三喬師匠で『禁酒関所』(禁酒番屋)。話芸そのものは至って緻密かつ端正。それでいてビジュアルと噺のトーンからはなんともとぼけた味わいが漂う。会場がすっかりほんわかした空気感で包まれた後、ふたたび三喬師匠で自作の新作、と言うかご自身の家族の変遷とその周辺にまつわるエピソード根多にした『我家のアルバム』。関西ならではの親密な人間模様にますます和む。仲入を挟んで三喬師匠で『三十石船』。舟歌に鳴りもの入り、登場人物入り乱れての楽しく華やかな根多。見たことのあるはずもない淀川下りのイメージが、高座から客席へふわりとひろがった気がした。品ある緩さ。
5/10。ウヱハラ先生のルーテシア号で水戸芸術館へ。宮島達雄展を見た後、ひたちなか市の『サザコーヒー』本店で珈琲と食事。帰りがけに千葉県『流山おおたかの森 S・C』に立ち寄り『JIN'S GLOBAL STANDARD 流山店』を見た。2007年3月オープンのアイウェア店。内装デザインは中村竜治建築設計事務所。
ショッピングセンターはつくばエクスプレスと東武野田線のターミナル駅に併設されているが、道路からアクセスすると周辺は未開の荒野のような状態。唐突に出現する巨大な積み木状の建造物の姿は蜃気楼のようで現実味に乏しい。駐車場棟から売場へ入り、フロア中ほどの吹き抜けに横付けされたエスカレーターで2Fへ。目当ての店は通路を挟んだ正面右手に現れた。
床も、壁も、天井も、全てフラットなオフホワイトに塗り込められている。角地にあるほぼ正方形の店舗区画を斜めにスライスするようにして壁造作が連続し、客はその間にある狭い動線を通り抜けつつ、壁に設えられた奥行きのちいさな棚什器に並んだ眼鏡フレームを手に取って吟味する(棚什器コーナー部分)。
壁の途中には奥へとショートカットのできる開口があり、客は割合不自由無く売場を動き回ることができる(通路と壁の開口)。角から見て最奥の隣地側には検眼や眼鏡加工のためのスペースとレジカウンターが売場をL字に挟むようにして並んでいる。均質化された空間のそこかしこにあしらわれたサイズの異なるミラーの効果と相まって、店内はまるで迷宮のようだ。要所に用いられたモールディングがその印象をより強調し、深みを増す。
什器構成そのものはアイウェア店として至極真っ当なもの。しかし店舗のプランニングとしてこれは全くの異常事態だ。なにしろ店内にその全体像を伺える場所がどこにも無いのだから。たしかにレンズも入っていない未調整の眼鏡フレームが万引きされることはほとんど無いだろうことは頭では理解できるとは言え、これを提案したデザイナーと了承したクライアントのチャレンジには心底敬服する。まさに目から鱗。
際限なく歩き回っているうちに、自分の居場所がはっきりしない感覚に陥って、なんだか少し気持ち悪くなってきた。吹き抜けのそばのベンチでひと休み。それにしても不思議で楽しい店だ。店舗のデザインにこんな可能性があったか、と思うと希望が湧いて来る。
JIN'S GARDEN SQUARE 青山店(May 6, 2008)