10/7。OVEで昼食の後、久しぶりに『大坊珈琲店』へ。1975年開業の自家焙煎珈琲店。場所は表参道の交差点から外苑前方面へ少し進んだ青山通り沿いの小さな雑居ビル。1Fをラーメン店、3Fを日本刀専門店に挟まれた2Fにある。通りにまで漂う珈琲の香りに引っ張られるようにして狭く急な階段を上がると、右手に小さな木のドア。席は奥へと細長いフロアの右側にあるカウンターと、テーブルが3つ4つ。カウンター上の垂壁状の書棚には池波正太郎などの文庫本がぎっしりと詰め込まれている。手回しロースターの煙に燻された店内は暗色の簡素な木造作に覆われており、控えめな照明と通りに面した窓からの光に人の姿だけがぼんやりと浮かぶ。
ブレンドは豆の使用量と抽出量の異なる5種類の中から選ぶことになっている。1番が豆30g/抽出量100cc、2番が豆25g/抽出量100cc、3番が豆20g/抽出量100cc、4番が豆25g/抽出量50cc、5番が豆15g/抽出量150cc。この日は1番と4番を注文した。
嗜好品を提供する店は、その個性を楽しむまでに事前のトレーニングを必要とする場合が多々ある。中でもここは最たる位置づけにある店のひとつかもしれない。そう思われるくらいに『大坊』の珈琲は強い。十数年前、最初にいただいた時はあまりに野蛮で複雑なその味わいに面食らった記憶がある。やがてあちこちの珈琲店を行き歩いてから再びここを訪れると、複雑さの中になんとなく秩序が現れ、そのうちかつての混沌が嘘のように晴れて、骨太な構造がクリアに見えはじめる。
とは言え、そこからひろがるパースペクティブはどうやらとても奥深い。私たちのような素人には到底全貌を伺うことは叶いそうになく、何度訪れてもある種ねじ伏せられるような感覚は無くならない。ひと口めの舌を蹴り上げるようなインパクトと、やや冷めてからの豊かな甘味とのコントラストはこの店のブレンドでしか味わえないものだ。青山の一等地で30年以上を生き延びるために、その「強さ」は必要不可欠だったに違いない。
大坊珈琲店/東京都港区南青山3-13-20-2F/03-3403-7155
9:00-22:00(日祝12:00-20:00)/無休
10/7。午前中に青山で打合せの後『東三季』に寄ってから『OVE』で昼食を採った。2006年にオープンした自転車メーカー・シマノのアンテナショップ。カフェ営業も行っている。インテリアデザインはセキデザインスタジオ(関洋さん)。
道路から少し奥まったところにある大きな木製の自動ドアから店内へ入ると正面にレセプションカウンターがある。その向こう側にオープンキッチンの大カウンターとテーブル席がふたつみっつ。右手のこれまた大きな格子の可動パーティション越しに見えるスペースには、壁一面の物販棚と客席が若干。肝心の自転車については高級車種が数台、ほとんど調度品のように置かれているだけ。まるでリゾートホテルのロビーにしか見えない不思議な空間は、都心のカフェのイメージからかけ離れている。日当りの良い無垢材天板の大きなテーブルを独占して、ランチとドリンクを注文。
上の写真は定番メニューのカレー。彩りといい器のセンスといい、写真写り抜群。口へ運ぶとスパイスの香りとともに野菜そのものの滋味がじんわりとひろがる。肉類は一切使われていないとのことだが、食べごたえは十分。
上の写真は季節メニューの黒豆野菜そば。豆の甘味とそばの香りの組み合わせが面白い。素朴にして繊細。
大振りな造作をざっくりと配したインテリアデザインは、その全体が一個の設えの良い家具を思わせる。プロの方は特に空調換気設備の見事な納まりをチェックしておくべきだろう。おおらかな空間性と厳しいディテールは、関さんによる住宅、店舗どちらの作品にも共通するものだ。メニューも含め、青山にあってこれほどリーズナブル(むしろ安価と言うべきか)に贅沢な気分を味わえる場所は他に無い。この日もすっかり寛がせていただいた。
人に教えたいような、あまり教えたくないような。
OVE/東京都港区南青山3-4-8/03-5785-0403
10:00-22:00/月休
9/5。青山OVEでレクチャー『商環境デザイン史概論 Ver.1.3』。ただでさえ資料が膨大な上に、19:00の開始が若干遅れたり、途中休憩をゆっくり取り過ぎたりしたせいもあって、終わったのは予定の22:00を1時間近く過ぎた頃でした。長丁場にも関わらず集中して聞いて下さったご来場の皆様、どうもお疲れさまです。久しぶりにお会いできた方も多く、大変楽しい心持ちで喋らせていただきました。機会をいただいた古田陽子さんほか、OVEの皆様に感謝いたします。
9/5にレクチャーやります(August 5, 2008)
Photo : Shinichi Sato
12/13(土)に次回のレクチャーをまたOVEでやらせていただくことになりました。新作根多下しです。前回お越しいただいた方も、お越しいただけなかった方も、お気軽に足を運んでいただければ幸いです。休日の方も多いと思いますので、今度はもう少しゆるめに、ご意見やご質問、ご感想を伺ったりしつつ進めたいですね。詳細は近日中にお知らせします。
9/7。三鷹市芸術文化センター星のホールで『林家たい平独演会』。桂三木男さんの『猫の皿』に続いてたい平師匠で『金明竹』。仲入を挟んで柳貴家小雪師匠の太神楽。最後はたい平師匠で『幾代餅』。
関西弁を交えた流麗なやりとりに惚れ惚れの『金明竹』。終盤、女将さんの登場タイミングが微妙におかしなことになったのが余計に笑えた。『幾代餅』では師匠ならではのふうわりとやさしい空気感が会場を包むが、権太楼師匠の超絶『幾代餅』を見たばかりだったため、やや印象は弱め。おそらくこの根多を演るには、たい平師匠は男前過ぎるのだ。
9/12。港区赤坂区民ホールで『夕刊フジ第12回平成特選寄席』。立川志らべさんの『湯屋番』に続いて春風亭栄助さんで『新・生徒の作文』。立川談笑師匠の『堀の内』で仲入。古今亭菊之丞師匠で『紙入れ』に続いて、最後は立川志らく師匠で『源平盛衰記』。
いつもクールな毒舌が冴える志らべさん。栄助さんはお馴染みの根多を一段とゆるゆるに。談笑師匠を拝見するのは初めて。危険なくすぐり。恐ろしく粗忽な亭主とそれを見守る家族の日常。乾いた悲哀を基調に、異様にキャラの立った人物たちが無理矢理なストーリーを展開してゆく。ほとんど萌え落語とでも言いたくなる新鮮な高座だった。もう少し着物とかに気を使っていただけると集中して聞けるんだけどなあ。菊之丞師匠は『紙入れ』でさらりとお後にバトンタッチ。これがもう完璧なハマり根多。女将さんと亭主と間男の演じ分けがあまりに鮮やかで爆笑しつつ惚れ惚れ。志らく師匠は映画のパロディが満載の熱演。カラフルで軽快。志らく師匠以外では決して見ることのできないなんとも楽しい『源平盛衰記』。
9/23。鈴本演芸場九月下席夜の部。この日は平成二十年落語協会新真打披露興行でトリは春風亭栄助改め百栄師匠。歩道に並んでいると、三つボタンスーツにスヌーピー柄タイの百栄師匠がハイチュウ(グリーンアップル味)を一個ずつ配って下さった。演目は春風亭正太郎さんで『狸札』。柳家三之助さんで『堀の内』。アサダ二世先生の奇術。三遊亭歌武蔵師匠で『だるま』。柳亭市馬師匠で『目黒のさんま』。ペペ桜井先生のギター漫談。柳家権太楼師匠の『壺算』。春風亭栄枝師匠(百栄師匠の師匠)で『蜀山人』、鈴々舎馬風会長の漫談。仲入を挟んで真打昇進襲名口上。昭和のいる・こいるの漫才。春風亭一朝師匠で『初天神』。鏡味仙三郎社中の太神楽。春風亭百栄師匠『鮑のし』。
安定感とチャーミングさ抜群の三之助さん。歌武蔵師匠の新作は落選政治家の救い難さをリアリティたっぷりに。市馬師匠はお馴染みの根多を明るく軽快に。権太楼師匠の『壺算』は瀬戸物屋のパニック振りがあんまり見事過ぎて死にそうになった。栄枝師匠の根多は小咄と狂歌をとつとつと。窓際のおじさんが間違えて高座に上がってしまい緊急事態、みたいな可笑しさに衝撃を受ける。馬風会長はお馴染みの毒舌漫談。
口上は一朝師匠が進行役。権太楼師匠の「噺家にとってお客様の拍手がどれほど助けになるか」との言葉に思わずジン。無言でにらみを効かせる馬風会長の過剰な存在感と、栄枝師匠のマイペースぶりが爆笑を誘う。中央にひれ伏しつつ汗だくの百栄師匠。相当緊張なさっているのかと思ったら最後は「イタイタしいほど頑張るぞっ」。なんとも微笑ましく幸せな気分で三本締め。
時間が押したようで、のいる・こいる両先生、一朝師匠、仙三郎師匠はそれぞれ早送りバージョン。百栄師匠の『鮑のし』は幼児的粗忽の亭主と強面の女房という最強の布陣。爆発する客席。しかも立て板に水の流麗さ。まさに「栄助」の完成形を見る思いだったが、百栄師匠はここからさらに上を目指されるのだ。そう考えると本当に嬉しく、ワクワクする。終演後の割れんばかりの拍手にまたジンと来てしまうにわかファン。
9/24。みたか井心亭で『数えて百六十夜 寄席井心亭 長月』。立川志らく師匠の会。立川らく八さんで『家見舞』。立川志ら乃さんで『堪忍袋』。志らく師匠で『お化け長屋』。仲入りを挟んで志らく師匠で『お若伊之助』。
性格は真逆っぽいけど落語は明るく楽しい志ら乃さん。「納屋変態野郎〜!!」。『お化け長屋』は明らかにホラー映画見過ぎの杢兵衛さんと、師匠お得意「あうあうあうっっっ!!」の江戸っ子によるドタバタ劇で爆笑。『お若伊之助』の終盤は師匠の改作だろうか。美しくファンタジックな幕切れだった。
9/27。三鷹市芸術文化センター星のホールで『柳家権太楼独演会』。柳家ほたるさんで『一目上がり』。柳家右太楼さんで『野ざらし』。権太楼師匠で『井戸の茶碗』。仲入を挟んで伊藤夢葉先生のマジック。権太楼師匠で『らくだ』。
初めて見た右太楼さんは明朗快活で力強い落語をなさる方。今後要チェック。権太楼師匠は最初に屑屋二題を根多出し。俄然高まる期待に違わず、凄い高座を見せて下さった。ややお調子者にアレンジされた賑やかな屑屋が喜劇性を高める『井戸の茶碗』。ずっしりとドスの効いた『らくだ』は火屋までたっぷり。
9/27。三鷹で『柳家権太楼独演会』の後、日暮里へ。SCAI THE BATHHOUSEで『塩保朋子 Tomoko SHioyasu "Cutting Insights"』の最終日に滑り込み。
エントランスのすぐそばに高さ2m以上はあろうかと思われる大作があった。合成紙を重ね、ハンダごてで無数の穴を開けたもの。壁から床にかけてだらりとしなだれかかった平面とも立体とも言い難い姿は、岸辺のあぶくか打ち上げられた珊瑚を連想させる。
小さめの立体作品やドローイングを見てから奥の展示室へ進むと、高さ6m、幅3.5mという超大判の白い紙が一枚、フロア中央やや後ろに寄せてタペストリー状に下がっていた。そのほぼ全面に、細かな有機的パターンが丹念にカッターナイフで切り抜かれており、手前上方からの強いライティングが、その影を背後の床と突き当たりの壁一面へと写し出す。見ようによって波しぶきにも、鱗に覆われた巨大生物の身体にも、木漏れ日にも、あるいは凶悪な劫火にも思われるパターンが、一度では視界に捉えることのできないくらいのスケールで猛然とうねり、とぐろを巻く。
ふたたび近づけば、その細部の緻密さと、一枚の薄い紙でしかない実体のはかなさがあらためて胸を打つ。あまりにシンプルで、かえって目の前で起こっていることが信じ難い。現代美術を見てこんな思いをしたのはずいぶん久しぶりだ。
9/24。東さんと錦糸町で顔を合わせた。あまり時間が無く、軽く腹ごしらえしつつ1、2時間ほど話をするのにちょうど良い場所を駅北口で探す。この辺りを昼間歩くのは初めてのこと。碁盤の目の地割に低層ビルが行儀良く並ぶ辺りの風景になんとなく十数年前の大阪・南船場辺りの記憶が重なって、不思議な感じを覚える。『トミィ』と言う可愛らしい喫茶店を発見した。
交差点に面した店構えはガラス張りの実に開放的なつくり。東側の道路に面してテイクアウトの窓口を備えたコンパクトなカウンターキッチンがあり、その脇の角に近い方に入口ドアがある。カウンターをL字に囲むようにして小さなテーブル席が3つ4つ。いつ頃からある店なのかは不明。内装の状態から見ておそらく30年くらいは経つんじゃないかと思われる。
西側の壁いっぱいに写真メニューがずらり。見るとホットケーキのバリエーションが妙な充実ぶりを示している。ひとまずスタンダードなホットケーキとサンドイッチ、それからチキンバーグなるものにチャレンジ。
このホットケーキが素晴らしかった。さっくりした食感と豊かな風味。シロップ無しでパクパク食べ進んでしまいそうになる。見た目の素朴さからは想像のつかないインパクト。美味い。
そして上の写真がチキンバーグ。レタスとほぐしたチキンがホットケーキに挟まっている。具材の控えめな塩気と生地のほんのりした甘さがよく合い、意外にもこれがいけるのだ。目から鱗。
食べやすい大きさにカットされた具沢山のサンドイッチ、味は軽めながら一杯ごとに豆を挽いて丁寧に淹れるコーヒーにも納得。ホーットケーキを飲み物と一緒に頼むと小さなバニラアイスを付けていただける。東さんと久方ぶりの会話を楽しみ、小柄な老マスターの笑顔に送られ、気分よく店を後にした。次はフルーツバーグとコーン入りのりバーグ(お好み焼き風)を頼んでみよう。
トミイ/東京都墨田区錦糸2-10-7/03-3625-5698
8:00-17:00/日祝休