Love the Lifeの最新作「Cafe..... (名なしカフェ)」の完成写真をアップしました。Worksからご覧下さい。フォトグラファーは佐藤振一さん。
京都造形芸術大学のキャンパスは、東山の一峰、瓜生山の斜面にしがみつくようにして建ち並んでいる。白川通りに面したNA館の1階はその玄関口にあたり、フロア西側の大半がラウンジとイベントスペースを兼ねたカフェとして開放されている。北側には800人以上を収容する劇場、東側にはギャラリー(ともに大学施設)が接続しており、カフェは上下階を行き来する学生や教職員と同時に多くの一般利用者を受け入れるハブとしての役割を持つ。
旧称を「アットマークカフェ」というこの場所には、かつてインターネットに常時接続されたデスクトップPCがずらりと並んでいたそうだ。モバイルデバイスとそれらを支援するインフラが急速に発展したおかげで、こうした重装備は意外にあっさりと使命を終え、店名だけに痕跡を残して姿を消してしまったが、往事の光景はきっと輝かしいものだったに違いない。
カフェ改修のプロジェクトに私たちが加わったのは2014年の夏頃のことだ。当初のデザインは500平米を超えるカフェの全域にわたっており、東山三十六峰をモチーフとする長大な折板状の天井造作が特徴だった。それから1年弱の曲折を経て、2015年の春先にようやく総工費が決定する。私たちはこの時点で既存のキッチン周辺の100平米あまりに重点を置いた部分改修へと方針を転換することにした。
大学の真ん中に、ある種の結界を備えた象徴的な「場」が立ち現れる。そんなイメージを私たちは漠然と思い浮かべた。設えは街場の屋台か、あるいは野点のように、軽やかで少しばかり華やいだものであればいい。そこから醸し出される空気は、やがて芸術を愛する多様な人々によって、大学全体へ、そしてどこか遠くへと運ばれてゆくだろう。
その後、夏休み前に基本設計の了承を得て、盆はまるごと実施設計に費やし、1ヶ月あまりの工事期間を乗り切って、9月の後期授業開始と同時にカフェはオープン(仮)を迎えた。店名(仮)は「Cafe…..(名なしカフェ)」という。
メニュー構成とともに一新された厨房機器は、パン棚やショーケースとともに総長13mほどのロングカウンターに収まった。その造作はキッチン裏のエレベーターホール側にあった掲示板を取り込んで、直方体のボリュームを構成する。カウンター前から西側の躯体柱に至る床面と天井面は、それぞれ新しい造作で仕上げられた。
ひとつの直方体とふたつの面は、すべて同じピッチの綾杉パターンで覆われているが、その素材は三様に異なる。直方体は北山杉の突板、床面はオークの集成材、天井面はケーブルラックと直管型LEDの組み合わせだ。これらの関係は綾杉を純粋な抽象として際立たせ、京都盆地を囲む三方の山並みを暗喩する。キッチン内壁を横断する鏡のボーダーは、屋外の緑を店内に招き入れ、虚実の境はより一層曖昧になる。
こうして「ギザギサ」で切り取った領域の中央には、客席とディスプレイ台を兼ねる4m×1.6mの大テーブルが2台設置された。真っ白な人工大理石の一枚板は、さながら箱庭のようだ。飾り付けが施され、人々が集い、偶然の会話が生まれる。
その他の2人掛け、4人掛けのテーブルもすべて新しくデザインされた。チェアの基調色として鮮やかな朱赤を選んだのはプロジェクトリーダーの大野木啓人副学長だ。力強いカラーリングは、蛍光灯から暖色のスポットライトへ交換されたベース照明とともに、フロア全体を活気づけている。
オープン(仮)後、カフェの利用は倍増したと聞いている。誰もが半信半疑でメニューに加えたデザートやフードも、やや単価の高いものまで良く出ているそうだ。あらゆる面で一足飛びに進化したこの「場」を、学生たちはポジティブな驚きとともに受け入れ、すでに日常の一部としてフル活用している。日ごろ学生に悩まされてばかりの一教員(ヤギ)としては、非難されても無視されても結構、と開き直っていただけに、正直なところ、こうした事態は実に意外だった。私たちは学生の感性を少し見くびっていたかもしれない。きちんと作ったものが喜ばれるのは、やはり素敵なことだ。
「Cafe…..(名なしカフェ)」の正式な店名やメニュー構成は、学生メンバーを中心に2016年4月のグランドオープンを目標に決定され、その後も学生たちが運営面のブラッシュアップに関わってゆくことになっている。今後は彼らのお手並みを楽しみに拝見するとしよう。いつか瓜生山から巣立った後も、ギザギサのカフェのことを憶えていてもらえれば幸いだ。