8月上旬。「紫野和久傅」堺町店へ。場所は御池通から堺町を少し南下した東側。京町家改修の内外装デザインはアシハラヒロコデザイン事務所。オープンは2005年。1Fに物販、その奥の急な階段を上がった2Fに茶菓席がある(ファサードの写真/店内の写真)。「宇治金時のソルベ」をいただく。和久傅名物のれんこん菓子「西湖」のきな粉掛けとのセット。
ソルベにしたことで、氷を削った上にシロップをかけるかき氷とは違い、濃厚な抹茶の風味を終始均一な状態で楽しめる。しかも控えめな甘味、小豆とのバランスが絶妙だ。宇治金時のあるべき姿を合理的に追求した一品。こちらは同時に注文した「グレープフルーツゼリー」。細かく刻まれたゼリーと果肉が合わさることで、まさに美味しいとこ取りの状態に。
紫野和久傅 堺町店/075-223-3600/京都市中京区丸木材木町679-20
11:30-LO18:00(物販10:30-19:30)/無休(元旦を除く)/食べログ
8月下旬。「みつばち」へ。場所は河原町今出川の交差点を少し南下した東側。こちらも京町家の改修物件。オープン年などは不明。この日いただいた「柳桜園」茶葉使用の「宇治氷」(底の方に餡が入っている)もスタンダードで申し分の無いものだったが、こちらの夏の名物と言えばやはり「あんず氷」。一昨年の写真を載せておく。
杏のシロップが山盛りの氷にこれでもかとまとわりつき、オレンジ色の光沢を放つ。杏好きには堪らないパンチ力満点の一品だ。また、通常メニューの寒天と豆も特筆すべき美味さ。食べごたえ、風味ともに素晴らしい。「豆かん」もしくは「あんず豆かん」は外せない。
みつばち/075-213-2144/京都市上京区梶井町448-60
11:00-18:00/日月休/食べログ
後日「嵯峨野湯」へ。場所は嵐電嵯峨とJR嵯峨嵐山を結ぶ通りの嵐電寄り東側。1923年築の銭湯を2006年に改築(ファサードの写真)。1F手前と2Fに物販、1F奥にカフェがあり、内外装のところどころに銭湯そのままの造作が残されている(カフェ店内の写真1/カフェ店内の写真2)。「パイナップル氷」を注文。
細かなパウダー状の氷に爽やかな風味のシロップ。食べ進むと中からパイナップルの果肉が現れる。さりげなく、それでいて満足度の高い一品。
嵯峨野湯/075-882-8985/京都市右京区嵯峨天龍寺今堀町4-3
11:00-LO19:30/不定休/食べログ
9月上旬。「いせはん」へ。場所は河原町今出川の交差点を北上した東側。オープン年などは不明。「宇治金時白玉氷」を注文。
シロップ、小豆ともに甘さはごく控えめで、素材そのものの風味が前面に。とりわけ抹茶の濃厚さは他店の追随を許さない。スイーツと呼ぶにはギリギリのハードコア宇治氷。好みはくっきり分かれるだろうが、このガツンと来る爽やかな苦味は体験の価値有りだ。こちらは同時に注文した「いせはん特製あんみつ」。一転して盛り沢山ながらやはり流石の完成度。
いせはん/075-231-5422/京都市上京区青龍町242
11:00-LO18:00/火休(祝日営業)/食べログ
後日「加茂みたらし茶屋」へ。場所は下鴨神社の裏口に近い下鴨本通西側。その他の情報については以前の記事をご参照のこと。この日は「ゆず氷」と「いちご氷(練乳かけ)」を注文。
写真はシロップに柚ジャムを使用の「ゆず氷」。甘さは控えめで、皮ごと細かく刻まれた柚の香りが鮮烈。表面に大きく削られた氷とフルーツをトッピングした美しい外観も印象的だ。「いちご氷」のシロップはいかにもスタンダード。それはそれで安心の美味しさ。
加茂みたらし茶屋/075-791-1652/京都市左京区下鴨松ノ木町53
9:30-LO19:30/水休(祝日営業)/食べログ
さらに後日「弥次喜多」へ。河原町四条の交差点を南下して3つめの角を東へ。突き当たり北西角の一軒家に暖簾が掛かる。オープン年などは不明。「宇治金時」と「ミルク宇治金時」を注文。
器の許容量をオーバーした大振りの雪玉を思わせる氷の表面は深く濃い緑色。中央にスプーンがぐさりと刺さった状態で供される。苔むした地形模型みたいだがかき氷なので念のため。甘味は「いせはん」ほどではないもののごく控えめで、苦味と風味は見た目通りの強烈さ。抹茶の粉の舌触りが少々残る。食べ進んだところで現れる餡にほっと一息。これまた実にハードコアな宇治氷だ。
弥次喜多/075-351-0708/京都市下京区北市之町240-2
11:30-LO18:30/火休(祝日の場合は翌日休)/食べログ
9月中旬。「祇園 日」へ。花見小路四条の交差点を建仁寺の手前辺りまで南下。東側の路地奥南側にある茶屋を改装して2010年にオープン。内外装デザインは辻村久信デザイン事務所(店内の写真その1/店内の写真その2)。日光(栃木県)の四代目徳次郎による天然氷を使用したかき氷を通年で提供する店だが、今夏はあまりの盛況のため一時純氷(普通の製氷店の氷)で値引き提供されていた。いただいたのは純氷の「淡雪awayuki/かき氷+季節の果実(葡萄)」と「淡雪awayuki/かき氷+ミルク金時 珈琲添え」。
天然氷でなくとも丁寧な仕事にはなんら変わるところが無い。特にこの日はじめていただいたミルク金時(上の写真左)は鮮烈だった。ミルクシロップ掛けの氷の下にはミルクのババロアと小豆。深煎りの珈琲を掛けると一層豊かな味わいとなる。実に独創的だ。季節の果実のかき氷(上の写真右)は甘さ控えめで香り豊かなピュレが掛かった氷を食べ進んだところでゼリーが現れる趣向。
祇園 日/075-525-7128/京都市東山区祇園町南側570-8
11:00-LO17:30(バー19:00-2:00)/不定休/食べログ
9月下旬。「古の花」へ。場所は北野天満宮前交差点北東角。オープン年などは不明。「もも氷」と「マンゴー氷」を注文。
氷はごく細かなパウダー状。マンゴーも良かったが、特に「もも氷」(上の写真)は印象深い。桃のピューレの甘く爽やかな香りがふわふわした食感の氷を包み、えも言われぬ味覚となってひろがる。こんなかき氷があったのか。
古の花/075-461-6687/京都市上京区馬喰町898
9:00-17:00/火休/食べログ
10月初頭。「さるや」へ。場所は下鴨神社の敷地内、楼門の手前。「宝泉堂」が手掛ける休憩所として2011年にオープン(ファサードの写真/店内の写真)。「いちごミルク氷」と「黒蜜ミルク氷」を注文。かき氷はすでにメニューから無くなっていたが、たまたま氷の在庫があったとのことで滑り込みセーフ。
写真は「いちごミルク氷」。素焼きの素朴な器に盛られた氷に自家製の苺ジャムをかけていただく。氷はやや細かめではあるものの、ジャムの質感を十分に下支えするだけのテクスチャーを持つ。黒蜜も実に風味豊か。一体感よりも対比と相乗効果の際立つ力強いかき氷だった。
さるや/075-781-0010(下鴨神社)/京都市左京区下鴨泉川町59 下鴨神社境内
10:00-16:30/無休/食べログ
以上、今年いただいた中でも特に強く記憶に残ったかき氷を記録しておく。店ごとにこれほどの歴然とした差異があるとは、この歳になって初めて知った。どちらも実に個性的で、例え個人的であれ甲乙はつけ難い。
さて、来年はどんなかき氷に出合えるだろうか。
2012/4/6。午後早めの時刻に『月餅屋直正』(つきもちやなおまさ)へ。
木屋町三条の交差点を少し上ると、右手に間口二間ほどの小さなビルが現れる。一文字瓦葺きの庇に掲げられた「月餅」の看板がこの店の目印。木製サッシにガラス張りの店構え右半分を占めるショーウィンドウでその日の品揃えを確認し、左手の引戸から店内へ。網代の格天井にグレーのタイル張りの床。フロア右側にはL字のカウンターショーケースがあり、奥に蛍光灯で照らされた作業場が見える。通路左の壁際には待合用の小振りなベンチ。その上に掛けられた古い看板は1804年の創業時から伝わるものらしい。わらび餅とさくら餅を購入。
上はわらび餅2個とさくら餅の近景。通年でいただけるわらび餅は、澄み切った上品な味わい、そして優しい弾力と消え入るような食感が実に素晴らしい。飾り気の無いさくら餅も、頬張ると鮮やかな春の風味がひろがる。
上は昨年春に購入した菓子の写真。わらび餅と草餅、そして椿餅とごんぼ餅。どれも技有りの美味さだが、特に印象深いのは白味噌餡、梅肉餡、ごぼうを用いたごんぼ餅。素朴にして繊細。
上はまた別の日に撮った『月餅屋直正』の店構え。西日の差す時間帯にはこうしてテント地の暖簾が下がり、ただでさえ控えめな店の存在を覆い隠してしまう。それでもわらび餅をはじめとする人気の品を手に入れるためには極力早めに伺う心づもりが必要だ。
月餅屋直正(食べログ)
2012/3/23。閉店を翌日に控えた『万惣』神田本店へ。M2Fのフルーツパーラーで朝食を摂った。
上はフルーツホットケーキ。こちらは普通のホットケーキ。その美味しさについては以前の記事に書いた通りだ。
上の写真左は万惣フルーツパフェ。写真右は苺のピュアジュース。どちらもコンディション最高のフルーツ素材がこれでもかとばかりに投入された逸品。問答無用の美味。
上は以前に紹介し損ねたM2Fフルーツパーラー店内の様子。壁面を覆うガラス質モザイクタイルの銅色と天井の明るい水色がシンプルに対比されたインテリアは、落ち着きと華やかさを同時に感じさせる。何度見ても印象深い。こちらはメインの客席全景。こちらは1Fくだもの売場へと続く階段の様子。こちらはカウンターショーケースを兼ねたパントリー。インテリアデザイナーの名前は結局分からず仕舞となってしまった。
上は1Fくだもの売場からM2Fフルーツパーラーにかけての店構え全景。こちらは中央通りと靖国通りの交差点北西側から見たビル全景。さほど古そうには見えないが1967年築とのこと。それにしてもビルの取り壊しが全店休業の直接の原因とはなんともやるせなく残念だ。近い将来に、あの味とあの雰囲気が、何らかの形で復活してくれることを願わずにはいられない。
神田・万惣フルーツパーラー(2009/1/23)
万惣フルーツパーラー
2010/8/29。大阪渡辺橋・国立国際美術館で『横尾忠則全ポスター』。淀屋橋『Mole hosoi coffee』でひと休みの後、キタへ移動して『きじ』梅田スカイビル店で夕食。1954年創業のお好み焼き店。梅田スカイビル店の開業は1993年。丸の内店(東京ビルB1F・TOKIA)と本店(新梅田食堂街)にはここのところ何度か足を運んでいるが、現在大将の居られるこちらの店には大阪在住時に一度伺ったきりだった。以下、写真はクリックで拡大。
そんなわけで、おそらく15年振りくらいに訪ねた梅田スカイビルの地階飲食店街・滝見小路(上の写真は『きじ』の店構えと滝見小路の風景)は、開業時から抜かり無く施されたエージング処理が良好に維持されており、銀ピカ建築とのコントラストは相変わらず申し分ない。
夕食にはやや遅めの到着時刻ながら『きじ』の行列振りもまた相変わらずだった。これはもう覚悟の上。腰を据えて並ぶ。途中で脱落してゆく客が多かったおかげで店内に入るところまでは思いのほかスムーズ。しかし中の待合席にもかなりの客が。トータルで小一時間ほど並ぶ間、大柄で原田芳雄似の大将に豚玉ともだん焼を注文。次の客にお薦めを尋ねられ「すじやな」と力強く即答するその声に耳をそばだてる。
店内はエントランス左手に待合、右手に客席テーブルの並ぶフロア、奥側に大きな鉄板を備えたキッチンがあり、その手前にカウンター席がいくつか並ぶ。キッチンの左脇には専用の出口があり、行列を妨げないよう配慮されている。この日はカウンター席で大将の勇姿をとくと拝見することができた(上の写真左が大将/右はすじ焼を調理中のスタッフ氏)。
上の写真は豚玉ともだん焼のハーフ&ハーフ。二人で注文すると一枚ずつか半分ずつかを確認した上でそれぞれの分を目の前に運んでくれる。『きじ』ならではの優しい食感がこの店では一層際立つような気がする。久しぶりの出汁と紫蘇の風味がまた嬉しい。
上の写真は追加注文したすじ焼(の半分)。卵黄をトッピングするのはこの店で初めて見た。これがまたねぎとすじ、生地と出汁の渾然一体具合とただでさえ優しい食感をぐんとレベルアップさせてくれるのだ。美味い。
客層は場所柄観光客や出張帰りのビジネスマンが多くを占める。カウンター越しに大将の語りかける飄々とした言葉が国も職業も様々な客の気分をほぐしている様子が良く分かる。帰り際には必ず「おいしかったかー」、「また来てやー」と声がかかるが、同じくらいの頻度で聞こえてくる「大阪たのしかったかー」におもわずはっとさせられた。そうか。大阪を代表するキャラクターは他でもない、こうしたひとりひとりの商店主なんだな。おそらくそれはどんな地域にだって言えることに違いない。
地下通路を梅田駅方面へ。行列の疲れもどこへやら。心持ち軽く帰路に着いた。
きじ 梅田スカイビル店/大阪府大阪市北区大淀中1-1-90梅田スカイビルB1F
06-6440-5970/11:30-21:30LO/木休
きじ 丸の内店(April 6, 2006)
きじ 本店(July 7, 2007)
2010/8/26。築地『魚竹』で昼食。1975年開業の小料理店。場所は築地二丁目交差点のすぐ近く。銀座からだと松屋のヴィトン側の角を築地方面へ。昭和通りと首都高を横切りながらひたすら行くと、黄色いテントに店名を記した間口二間ほどの小さな建物が見つかる。やや右寄りに暖簾と引戸。さらに右脇の電気メーター下にホワイトボードの品書き。招き猫などの小物だけがまばらに置かれたショーケースを左に見ながら店内へ。以下、写真はクリックで拡大。
入るとすぐ間口に平行して化粧板貼りのカウンター席がはじまり、右手で折れ曲がってずっと奥へと延びている。厨房も通路も店員も客も全てが至近距離で空間に余剰は皆無。内装についてはほとんど記憶に無い。ぶり照焼、鮪中とろ・もどりかつを刺盛の定食を注文。
上は鮪中とろ・もどりかつを刺盛。こちらが定食の全景。
上はぶり照焼定食の全景。ぶり照焼近景はこちら。
姿に何の衒いも飾り気も無く、ボリュームは少なめ。ただ魚の濃厚な味わいだけが口中に威勢良くひろがり、白飯とともに胃袋へと落ちる。潔く、実に美味い。
それにしても店内のそこかしこにある夜のメニューの貼紙が魅惑的だ。これはもうなんとしても再訪するより他は無い。
魚竹/東京都中央区築地1-9-1/03-3541-0168
11:00-14:00, 17:00-22:00/土日祝休
2010/8/11。『かね正』で鰻。お茶漬鰻製造販売の有名店『かね庄』(創業は1866年)が経営する鰻料理店。オープンは2000年とのこと。以下、写真はクリックで拡大。
川端四条の交差点を東に入り最初の信号で左折。大和大路を少し北上すると左手に郵便局が現れる。その右手のビル脇にある木戸上を見ると『かね正』の行灯看板。路地と言うより裏口と言った感じのアプローチの奥右手に生成りの暖簾が掛かる。人家の玄関を伺うような気分で店内へ。
入ると正面に会計場を兼ねたキッチンの入口。左手にこぢんまりした客席がある。キッチンに面してカウンター席が6つ。通路を挟んで路地側にテーブル席が2つ。内装は白木に黄土色の左官壁、御影石調のビニルタイルで数寄屋風に造作されている。この日はコンロの正面にあたるカウンターの左端に落ち着いた。きも焼きとうな重、きんし丼を注文。
上の写真がきんし丼。目にも鮮やかな錦糸卵の下に細切りの鰻。ご飯にはタレと胡麻がかかっている。
上の写真は鰻の発掘現場近景。
上の写真がうな重。こちらの鰻は蒸し工程無しの背開きとのこと。つまり調理法としては西と東が混ざっているわけだが、これが素晴らしい。関西風ならではの香ばしさに、しっかりした食べごたえが加わっている。合理的。関東の鰻に慣れた者からすれば一見して「大丈夫かよ」と突っ込みたくなるようなきんし丼が見事に成立するのはこの力強い鰻のおかげだ。
上の写真はきも焼き。こちらは見た目より優しい味。美味い。
カウンター席にはキッチンとの高低差が少なく仕切りがほとんど無い。店を切り盛りするお二人(父子だろうか)は揃ってもの静かではあるものの、その心意気と丁寧なお仕事ぶりはこの目で十二分に拝見させていただくことができた。
新御徒町『やしま』に続いて、京都でも近所に鰻の名店を発見。ラッキー。
かね正/京都府京都市東山区常盤町155-2/075-532-5830
11:30-14:00, 17:30-22:00/日木休
2010/8/8。『梅園』河原町店に初めて伺った。1927創業の甘味店。東京浅草の『梅園』との関係はおそらく特にない。
河原町三条の交差点を左手に気をつけながら南下。しばらく行くと間口わずか二間あまりのこぢんまりとした店構えが見つかる。左半間はショーケースで、右半分がエントランス。赤い暖簾と引戸をくぐり店内へ。
通路幅は客とサービスの動線を兼ねるにしては驚くほど狭い。レジとキッチンをすぐ左脇に見ながら奥へ行くと、客席は右手に半間だけ店の幅が広くなっている。通路を中央に挟んでコンパクト過ぎるテーブル席が8つほど詰め込まれた様子はある種壮観だ。蛍光灯に照らされた内装は網代風の天井にベ黄土色の左官壁。他の部分は客の姿に隠れてほとんど目に入らない。
表のショーケースで一際目を引くのが独特な姿のみたらし団子。上の写真はその近景。直方形の団子(写真では円筒形に見えるが)が4個ずつでひと串串になった様子が面白い。食感は『みよしや』や『加茂みたらし茶屋』に比べるとわずかに固めで素朴な印象。こちらはわらびもちとのセットの全景。
この日は宇治ミルクのかき氷もいただいた。氷はきめ細かでふわりとした舌触りを残して一瞬で消え入る。一方、抹茶の風味は濃厚。美味い。みるみる解けてゆくスピードと競争するようにしていただいた。
小体で可愛らしい店構えに安心感のある甘味。今度は粟ぜんざいをいただいてみよう。
梅園河原町店/京都府京都市中京区山崎町234-4/075-221-5017
10:30-19:30/無休
7/31。犬島で「家プロジェクト」と「精錬所」、維新派を見終えて高速艇の特別便で高松港へ。中央通りをしばらく南下して中央公園の手前で左折。志度街道を瓦町一丁目の信号手前で右折し、トキワ新町の飲食店街を歩くと、間もなく右手に『おふくろ』が現れる。白地の行灯看板には赤いラインで描かれた碗のイラストに「しるの店」のコピー。開業は1966年3月とのこと。幅の狭い紺暖簾を分けてアルミの引戸から店内へ。以下、写真はクリックで拡大。
店構えこそ1間そこそこと控えめながらフロアは驚くほど広い。右手には手前からずっと奥へとメラミン化粧板の長いカウンターが延び、中央に通路を挟んで左手にはテーブルがいくつか。簡素な和風の蛍光灯ペンダントライトにぼんやり照らされた内装はいい塩梅にくたびれている。天井は通路の上だけが網代で左右のベージュはおそらくクロス張り。壁はプリント合板だろう。一際目を引くのがカウンターバックを埋める木製の食器棚。使い込まれた色合いと重厚な造作が店の雰囲気をぐっと引き締める。
加えてさらに迫力満点なのがカウンターにずらりと並ぶ惣菜のステンレストレイだ。スツールに腰掛けると思いつくまま一気に注文。
瀬戸内らしい魚介と家庭料理。シンプルで何の飾り気も無い品々がしみじみと美味い。二人分のご飯はおひつでたっぷりと。
最後に赤味噌のあさり汁と白味噌のぶた汁を注文。この碗が直径20cmほどはあろうか。あまりに見事なボリュームと具沢山ぶりに食べきれるだろうか、と不安になったのは一瞬で、すんなりさっぱりと胃袋に収まってしまった。
突出したところの無いがゆえの充足感。それにひきかえ会計の安さは信じ難い。遅くまで開いているのは地元の方ばかりでなく旅行者にとっても大いに助かる。ああこんな店が近所にあれば、と他で何度も思いはしたが、この店は本当に格別だ。
おふくろ/香川県高松市瓦町1丁目11-12/087-831-0822
17:00-23:30/日祝休
7/25。『詩仙堂』の坂を降りて一乗寺下り松のひとつ下の辻を左折。住宅街をしばらく行くと右手にパティスリー『タンドレス』が現れる。もとは『ベックルージュ』として1999年にオープン。2009年10月にリニューアルされ現在の店名となった。ざっくりとしたベージュの左官仕上げに四角い小窓をいくつか開けた一軒家の外観は、かろうじて店に見えなくもない、と言うくらいにさりげない。以下、写真はクリックで拡大。
左側のポーチから右手のドアを開けて店内へ入ると向かいの壁際にベンチシート。手前に小さなテーブルが5つ。チェアが添えられているのは右側の2つのテーブルだけ。席は全部で7人分ほどしかない。通路を挟んでカウンターショーケースとレジが並び、通路奥の突き当たりにキッチン。カウンターと床は暗い染色の木材で、他の内装は概ねベージュかオフホワイトの明るい色合いで仕上げられている。カウンターバックの壁は大理石のモザイク張り。ベンチシート上の壁面は左官で、横方向に大きく波打つパターンが上下からの間接照明に浮かび上がる。
小振りなショーケースのなかにはケーキがぎっしり、と言いたいところだが、夕刻に訪ねたこともあってすでに売り切れの品も目立った。取り急ぎふたつを注文。ベンチシートの左端に横並びとなった。
上の写真はコントゥ・ドゥ・シャンパーニュ。白桃とロゼシャンパンのムースにナッツのベース。濃厚な風味が微かなオレンジの香りに包まれながら鮮やかにひろがる。う、美味い。
上の写真はキャネリエ。シナモンの生地とヌガー。それぞれに独特の固さや粘りをもつ二種の層が交互に重なり、えも言われぬ食感に。これは楽しい。
上の写真は後日(12/4)にいただいたカシス・オランジュ。見た目にも明快なコントラストの二層が端から食べ進むに連れて様々に立ち現れる。微かなクローブの香り。
上の写真(こちらも12/4)はポンム・ヨグール。柔らかなリンゴのムースとヨーグルトのムースがプルーンジャムをサンドしたビスキュイによって三方から支えられている。頂上にあるフレッシュなリンゴはサイズ以上のインパクト。
どの品も濃厚で鮮やかな素材の風味が圧倒的。その組み立て方は実に大胆かつ絶妙で、いただきながら思わず何度も目を見合わせた。表現力、パンチ力、ともに抜群な大人のケーキ。それだけに嗜好は分かれるだろうが、探求心と遊び心のある向きにはたまらないケーキであることは間違いない。とっておきの店だ。
タンドレス/京都府京都市左京区一乗寺花ノ木町21-3/075-706-5085
11:30-19:00(イートインは土日13:00-18:00)/火水木休
7/25。『オレノパン』一乗寺本店で昼食。フレンチレストラン『おくむら』の系列店として2008年10月にオープンしたベーカリー。内外装デザインは辻村久信デザイン事務所。以下、写真はクリックで拡大。
一乗寺下がり松のバス亭から白川通を北上し、白川沿いの細道へと右折。少し進むと1Fを白木の短冊、2Fをダークグレーのサイディングで覆われた妻入りの店構え(上の写真)が右手に現れる。大きなガラス窓の向こうに並んだパンを横目に建物の左にある白い階段を上がり、突き当たり右側のエントランスから店内へ。ドアを開けると目の前にあるレジを挟んで左手にキッチン、右手に売場。パンを選んでレジ前の細い通路をキッチン側へ進むと、すぐ左手に2Fへの階段がある。
内装は白い造作をベースに木造部材のテクスチャーを生かしたもの。1Fキッチンの天井だけがダークグレーのパネル張りとなっている。上の写真は2Fの客席全景。左手にある手前に出っ張った壁の向こうはトイレ。スリット状の窓が空いた壁の向こうには2Fのキッチン。小さなフロアに十数席がコンパクトに収まり、白い羽目板張りの壁が入れ子の小屋をイメージさせる。端正であると同時に自然で可愛らしい雰囲気も感じさせるインテリアだ。
上の写真がこの日いただいたパン。給仕の際に二人分にカットして下さった。生キャラメルクリームパン(写真左上)を筆頭に、どれも具材の風味が大胆に生かされている。ものによっては好みがはっきり別れそうではあるものの、インパクトは十分。一乗寺まで足を運ぶ甲斐も十分にある。今年7月には祇園店もオープンしているが、この空間を利用できる値打ちは代え難い。
私たちが特に好きな一品はこの日頼まなかったゆず食パン。今度はぜひイートインでいただいてみよう。
オレノパン 一乗寺本店/京都府京都市左京区一乗寺谷田町5/075-702-5888
9:00-17:00/月休
7/17。『茶寮宝泉』を出て下鴨本通を南へ。北大路と御蔭通の中間辺り右手に『加茂みたらし茶屋』がある。創業は1922年とのことだが、みたらし団子発祥の地とされるだけに元の由来は随分と古いようだ。後醍醐天皇が下鴨神社で休息した際に献上された、あるいは秀吉の北野大茶会に献上された、との言われもある。以下、写真はクリックで拡大。
上の写真左が通りへ突き出した行灯看板。写真右が木造二階の左側にあるエントランスまわり。マークや提灯などにみたらし団子の意匠がさりげなくあしらわれているのが面白い。店内に入ると正面にカウンターがあり奥にキッチン。フロアの右半分は通り側から奥までがテーブル席。建物の左側には鬼子母神の祠があり、手前の小庭に置かれた緋毛氈の園遊床も客席として利用できる様子。すでにお茶は十分にいただいていたので、この日はみたらし団子をテイクアウト。団子をみつにどぼんと漬けて一気にパッキングする店員の方の見事な手際に思わず目を奪われた。
で、そのパッケージが上の写真左。三角錐が基本形で、数が10本ともなるとこのように自立する。紐を解いて包み紙と竹皮をはがすと写真右のような状態。たっぷりのみつとともにビニール袋にぎゅっとつまった団子はなんとも迫力のビジュアル。さてどうやって食べようか、と一瞬困惑してしまうのもまた楽しい。
上の写真がみたらし団子全景。その姿は下鴨神社の御手洗池(みたらしいけ)に浮かぶ水泡を象ったとのこと。5つの団子で五体を表し、先端とその次に間隔をおくのも決まり事らしい。団子はもちもちとした弾力と焦げ目の香ばしさが印象的。そこそこ食べごたえがある。みつは先のビジュアルに反して質感も風味もさらりと上品でくせがない。『初天神』で金坊が買ってもらう団子はきっとこんなだろうな、などと想像しながら美味しくいただいた。それにしても、同じ京都のみたらし団子とは言え『みよしや』とはまるきり別物であることには驚くばかり。次回はぜひ店内であつあつをいただいてみよう。
加茂みたらし茶屋/京都府京都市左京区下鴨松ノ木町53/075-791-1652
9:30-20:30/水休
7/17。夕刻前に下鴨方面へ。『茶寮宝泉』へ初めて伺った。和菓子店『宝泉堂』の運営する甘味喫茶。『宝泉堂』の創業は1952年。『茶寮宝泉』の開業年は不明。以下、写真はクリックで拡大。
下鴨本通を北上し、北大路との交差点を東へ。最初の信号を過ぎたところで右折して住宅街を少し南下すると、背丈より下に木板を張り白木丸太の間柱を配した品の良い土塀が右手に現れる。土塀をさらに右にまわり込むと『茶寮宝泉』の立派な門が登場。上の写真は暖簾をくぐって玄関左手を見たところ。苔と紅葉の小庭(下の写真右)を左に見ながら敷石のアプローチ(下の写真左)を玄関へ。建物は個人邸宅を改装したもので築80年ほどとのこと。
店内に入ると正面の小座敷と左の待合が20人くらいの客でぎっしり埋まっていた。聞きしに勝る盛況ぶりに思わず面食らうも、けっこう回転が早いんじゃないか、と甘く見て待つこと3、40分。ようやく玄関先の小座敷右手にある廊下を抜け、ガラス張りの縁側を通って奥へと進んだ。
上の写真がこの日の席からの眺め。8畳2間続きの座敷に籐網代(とうあじろ)と葭戸(よしど)。夏の設えと庭の緑が目に涼しい。布張漆仕上の小振りな座卓は各間に2、3台のみ。実にゆったりと配置されている。
上の写真左は待合奥の商品ディスプレイ。写真右は客間の手前側にある床の間の様子。祇園祭の設え。どこを見ても簡素でさりげなく、その質と心遣いの高さが伝わる。
上の写真はわらび餅の近景。お抹茶セットの全景はこちら。強い粘りにつるりとなめらかな舌触り。独特の食感と濃厚な風味が素晴らしい。こちらは季節の生菓子・青嵐の近景。冷抹茶セットの全景はこちら。
席を立ったのはすでに閉店時刻を大幅に過ぎた頃だったが、店員の方々には焦る様子も急かすそぶりも一切無く、なんとも贅沢な時間を過ごさせていただいた。京都の都心を少し離れた場所ならではの余裕。これで待合の混雑が無ければ最高なんだけど。いや、山鉾巡行の日にわざわざ来といてそれを言うのは厚かまし過ぎるってもんだ。
茶寮宝泉/京都市左京区下鴨西高木町25/075-712-1270
10:00-17:00時/水休(祝日は営業・翌日休)
6/28。夕食は『一神堂』で。北白川『東龍』の姉妹店として2005年にオープンした自家製麺のラーメン店。川端から丸太町橋を渡って河原町通りを少しばかり南下すると、右手に赤提灯を下げた焦茶の木板張りの小屋が現れる。間口左端のビニールシートをめくって店内へ。以下、写真はクリックで拡大。
入口のすぐ右手にテーブル席がふたつほど。正面突き当たりにオープンキッチンがあり、4、5席のカウンターが張り付いている。外装の木材がそのまま内装の仕上げ。建物のところどころが鋼管の工事用足場で補強されており、カウンター席に座るとその足置も鋼管足場製で組まれているのが分かる。
上の写真が看板メニューの一神堂そば。細めのストレート麺に豚骨塩浅蜊のスープ。このスープがなんとも独創的だ。殻のままごろごろ入った浅蜊の濃厚な出汁もさることながら、生姜や香草が渾然となったその風味の鮮烈なこと。パンチ力十分で、後味は意外にさっぱり。印象としては、東南アジアを経由して再解釈されたラーメン、と言った感じだろうか。美味い。
一神堂そばとともに決まって注文するのがザーサイ。刻んだザーサイに胡瓜やネギ、焼豚などが混在する手間のかかった一皿は、もはや付け合わせとは言い難い。
水はセルフサービス。いかにも仮設的で、いまひとつ空調の効かない店内でいただく国籍不明の味が大いに気に入っている。まだ見ぬ新しい味の可能性を予感させるちいさな店。いやはや、いろんなラーメンがあったものだ。
一神堂/京都府京都市中京区大文字町234/075-256-0900
17:30-1:30(売切仕舞)/水休
6/23。『京のつくね家』で夕食を摂った。鶏料理で有名な『八起庵』のディフュージョン店。開業は1998年。
川端丸太町の交差点から東へ向かってすぐの路地を北上すると、ほどなく左手にある木造二階建ての軒先に店の暖簾が現れる。木戸を引くと正面に階段。左側のフロアにテーブル席がいくつか並ぶ。突き当たりに小さなレジ台があり、その奥がキッチン。内装はベージュ基調に黒い塗装の木造作。どこにもヤレはほとんど感じられず、明るく清潔な食堂の風情だ。石目柄のテーブルトップは中央にIHコンロを備える。レジ脇の席でつくね揚げ定食と親子丼を注文。以下、写真はクリックで拡大。
上の写真が親子丼。まさしく“ふわとろ”な食感とともに濃厚な玉子の風味が押し寄せ、ひろがる。
上の写真がつくね揚げ定食。この店で最も気に入っているメニューのひとつ。親子丼のエレガントさに比べると見た目はぐんと素朴ではあるものの、このつくねが実にいい。一口大のかたまりに鶏の旨味が凝縮されている。野菜中心の付け合わせが外食の多い身にはこれまた嬉しい。
至って気軽でリーズナブルに、かしわ天国・京都の一端に触れることのできる店。次回は鴨なんばにしようと今から決めている。
京のつくね家/京都府京都市左京区東丸太町8-3/075-761-2245
11:30-15:00, 17:00-20:30/月休
6/22。夕刻に京阪で大阪へ。ハンズで学校用の展示資材を調達後『明治軒』で夕食を摂った。1925年創業の洋食店。
心斎橋筋を南下して大丸の本館と南館の間の清水町通りを左へ。ほどなく右手にブルーの行灯看板が現れる。店は1995年に建て替えられており、もともと1Fだけだった客席は3Fにまでに増えている。立て替え後に伺うのはこの日が初めて。ずいぶんと様変わりしてしまったはずなのに、質素でこぢんまりした雰囲気は至って相変わらずに思われるから不思議なものだ。エントランスで2Fに案内されたので左手の階段へ。フロア中ほどに出ると両側にテーブル席が並び、通りから見て最奥にキッチン。その手前にフロア担当のスタッフがお二人控える。すぐ右手の席に落ち着いてオムライスの串3本セットとエビフライを注文。以下、写真はクリックで拡大。
上の写真がオムライスの串3本セット。こちらの看板メニューをふたついっぺんに味わえる一皿。久しぶりに対面と、その姿のあまりの大阪らしさに思わず顔がほころぶ。薄っぺらい串カツも、具の見えないオムライスも、やはり相変わらず品良くさっぱりとして美味い。エビフライは食べごたえ十分。これまた嬉しい実に立派なエビだった。
カジュアルで地域色ある変わらない老舗。並びのテーブルで若いスーツ男子ふたりが大量の串カツを猛烈な勢いで食べていたのが印象的だった。私たちも次回はオムライス大盛りの串5本セットでもいただいてみようか。
明治軒/大阪府大阪市中央区心斎橋筋1-5-32/06-6271-6761
11:00-15:50, 17:00-22:00(土日祝11:00-22:00)/水休(祝日の場合は翌日)
6/20。遅い夕食を摂りに鴨川東岸へぶらり。この日は『五十家』に初めて伺った。長岡京市に直営農園を持つ焼野菜の店。木屋町御池の交差点を南下して最初の橋で高瀬川を渡り左へ。ほどなく通りに面して何の仕切りも無くハイテーブルを並べた店が左手のビル1Fに現れる。間口は二間と少し。内装は暗色に統一されており、ライティングはほぼ間接照明のみで賄う。物理的にはフルオープンながら、ゆる過ぎない佇まいが見えない結界を感じさせる店だ。以下、写真はクリックで拡大。
フロア右側にカウンターキッチンがコの字に据えられ、中央の通路を挟んで左側にハイテーブルがいくつか。通り側のテーブルに陣取り、スツールに腰掛け、カウンター上の黒板を見ながら焼野菜のメニューをいくつかオーダーした。
いちばん上の写真は胡瓜、栗かぼちゃ、いんげん豆、ジャガイモ。次の写真はたまねぎ。それぞれに異なる塩や味噌が添えられ、素材の風味を引き立てる。極めてシンプルでかつ繊細。実に美味い。上の写真は京赤地鶏ももと焼きそばのつけ麺。
Tシャツの兄ちゃん達の応対は至ってカジュアルでフレンドリーだ。しかし意外に目配りは行き届いている。フロア担当氏が私たちの食事のペースを見ながらしっかりキッチンへ指示を出していた。すっかり満腹にさせていただいてもお代は嬉しくなるくらいにリーズナブル。深夜の御池大橋を上機嫌で渡らせてくれる店がまた増えた。
五十家/京都府京都市中京区下丸屋町421-5/075-212-5039
18:00-0:30LO/不定休
5/1。青山から乃木坂へ移動。国立新美術館(内観1,2/外観1,2)で『ルーシー・リー展』。
陶芸家ルーシー・リーの活動をその最初期から晩年に至るまで丁寧に、膨大な物量で紹介した素晴らしい内容だった。元来のモダニストとしての感性と李朝陶器のフォルムからの直接的な影響とを改めて確認。それにしても美しい景色。
フロアに対してところどころ斜めに展示台が置かれた様子は一見するといかにも自由な印象を与える。それでいて実は作品をどの方向からも無理なく見せながら順路の整合性を確保した合理的なレイアウトとなっていた。展示デザインはどなたの仕事だろうか。
さらにサントリー美術館で『和ガラス』。こちらはボリューム少なめでかなり渋い内容。江戸のセレブの暮らしに用いられたガラスビーズグッズの数々をまとめて見たのは初めてなので良し。
夕食は久しぶりの『さかなのさけ』へ。以下、写真はクリックで拡大。
とり肝レア焼、えび豆腐辛味炒、野菜サラダベトナム風、などの定番を除く料理名はすっかり忘れてしまったが、この日もおいしい料理を堪能。上品・繊細な素材と出汁の協奏。日本酒をちいさなグラスでいろいろといただけるのも楽しくて嬉しい。こちらのセレクトは店主氏におまかせ。
質は高く、財布に安心。六本木界隈にあってなんとも貴重な有り難い店だ。
さかなのさけ/東京都港区六本木3-8-3/03-3408-6383
18:00-23:00LO/日祝休,月不定休
4/25。『虎屋菓寮』京都一条店からの帰りに近所の『加藤順漬物店』で買い物。開業年は不明。京都市内で永らく営業している店ではあるようだ。工場は西京極の陸上競技場近くとのこと。
川端二条の交差点を少し西へ。左手にカー用品店が現れたところで細い路地を上がるとすぐ正面に上の写真(クリックで拡大)の店構えが登場する。路地をさらに上がって裏から見ると下の写真(クリックで拡大)のような状態。いびつでちいさな形状の敷地いっぱいに建てられた木造二階の姿は周囲の町家とは異なりやや唐突で印象的だ。
暖簾をくぐり引戸を開けると、六畳間ほどの店先の左右の壁沿いに様々な漬物がぎっしりと並ぶ。白髪の店番氏(店主だろうか)から名物の菜の花漬け、小振りなすぐきをいただいて帰宅。
菜の花漬けは至ってシンプル。ストレートな素材の味が好ましい。口直しには良いものの、少々もの足りない気もする。対して、思いのほか素晴らしかったのがすぐき。上品な酸味にずっしりとしたコク。メインディッシュ級、と言うと大袈裟だが、そう言いたくなるくらいに味わい深い。京都名産、全国的にも稀な乳酸発酵食品であるすぐきの魅力に遅ればせながら開眼。これを皮切りにあちこち食べ比べてみよう。
加藤順漬物店/京都府京都市左京区難波町207-7/075-761-5827
8:30-19:00(日祝)/無休(正月三賀日休)
4/22。学校からアトリエへの帰り道を少し遠回り。珍しく早い時間だったので『出町ふたば』に立ち寄ることができた。1899年開業の和菓子店。河原町今出川の交差点を北上すると、ほどなく左手のアーケード下の人だかりが目に入る。大きなショーケースを手前に並べた店構えに取り立てるべき特徴は無いが、通りの反対側から建物全体を見るとなかなか立派な町家であることが分かる。この日は雨降りのおかげで行列は短め。首尾よく豆餅を購入。
甘さ控えめな少量の餡。ほどよく塩の効いた豆。それらをふわりとやわらかく包む餅。上質な要素のひとつひとつが突出せず端正に調和した味は店構え同様何の変哲も無い。いかにも真っ直ぐで、当たり前に美味い。しかしこの「当たり前」の値打ちは計り知れない。
出町ふたば/京都府京都市上京区青龍町236/075-231-1658
8:30-17:30/火・第4水(祝日の場合は翌日)休
4/15。京都国立博物館で『長谷川等伯』を見た帰宅途中、『みよしや』でみたらし団子を5本購入。場所は川端四条の少し東、大和大路の北西角近く。アーケードに面した奥行き数十センチの店先に炭焼台や蜜壺、包装台といった調理設備を個別に配置。3人の店員が餅を焼き、蜜ときな粉を振りかけ、竹皮でくるむ、という一連の流れ作業が目の前で繰り広げられている。そのワイルドかつトラディショナルな光景があまりに面白いので行列の最後尾でデジカメを構えると、おばちゃんが写真はダメよ、とのこと。考えてみればたたでさえ歩道に行列がはみ出しているというのに、撮影のため立ち止まる人が続出すればすぐさま往来に支障を来すだろう。大変失礼いたしました。
早足でアトリエへ帰って開封の儀。調理法とパッケージの効用で香ばしいことこの上ない(上の写真はクリックで拡大)。
団子そのものは至って素朴なもの。本体のボリュームを上回る勢いでたっぷりとつけられた透明な蜜にはなんとも気持ちのよい弾力があり、実によくのびる。その品よく控えめな甘さが、味わいのほぼ全てだ。美味い。これなら7、8本買っておけばよかったな。
みよしや/京都府京都市東山区廿一軒町226/電話非公開
開店時間不定(だいたい17:00-売り切れまで)/不定休
3/21。ヤギの京都移転前日。完全移転はまだしばらく先という事情でひとまずはこっそり立つつもりにしていたが、ウヱハラ夫妻と細川夫妻が急遽壮行会をこしらえてくださるとのこと。有り難や。
場所はアルザス料理店『ジョンティ』。浅草橋駅から江戸通りを少し北上。柳橋二丁目の交差点を左折してしばらく行くと、青の外壁に黄色のテントを張り出した二階建てが右手に現れる。二間ほどの間口の右脇にあるドアから店内へ入ると正面に階段。左手にテーブルが並び、最奥にブラッスリーとしてはやや小振りなキッチンを備える。急な階段を上がると若干のパントリーが突き当たりにあり、残りのフロアはテーブル席。1Fは白い壁に赤いテーブルクロス、2Fは赤い壁に青いテーブルクロス。どちらの内装も至って簡素ながら、フロアごとに異なる雰囲気を上手く演出している。この日は2Fでゆっくりと食事を楽しませていただいた(以下、写真はクリックで拡大)。
注文は細川夫妻にほぼおまかせ。エスカルゴ、水タコのマリネ、豚足と豚耳のテリーヌ、その他諸々。個人的にはシュークルートやアルザス風パスタなどが印象深い。独特の酸味をベースにした深い味わい。デサートもまた素晴らしい。
なるほどドイツ料理に似た部分もあるが、むしろ未体験の鮮やかな美味しさに驚きっぱなし、と言った方がいい。綺麗な盛り付け、さらにはこれまた独特の重厚さを持つアルザスワインも宴を大いに楽しく盛り上げてくれた。
未知のメニューがまだまだたくさんある。京都と東京を往き交う楽しみがまた増えた。
ジョンティ/東京都台東区浅草橋2-5-3/03-5829-9971
11:30-14:00LO,18:00-21:30LO(土日祝12:00-15:00LO,18:00-21:00LO)/水休
1/29。午後から神保町『丸香』へ。2003年開業のさぬきうどん店。12/16に一度伺っており、この日は二度目。神保町の交差点を東へ進み、靖国通りが折れ曲がるところを左折。少し進むと右手に白地に「うどん」の大きな暖簾が現れる。見上げると板張りに木彫文字のロゴマーク。暖簾をくぐるとこれまた大きな木製サッシ。簡潔ながらなかなかインパクトのある店構えだ。
左手の入口から店内に入ると、フロア右側に対面式のカウンター席が3列。左側通路の中央にちいさなレジ台。突き当たりの大きなオープンキッチンにはカウンター席が5つほど張り付いており、その向こうに釜、最奥にガラス張りの麺打ち場が配されているのが伺える。内装は右側の壁が白い塗装で左側の壁がステンレス張り。スケルトンの天井はダークグレーに塗装され、ガラスシェードのペンダントライトが下がる。店構え同様簡潔な空間を、要所に施された白木の木造作(カウンターなどは白木風の化粧板張り)とキッチン正面の間接照明が引き締めている。良い仕事。BGMはビートルズ。一人客、女性客の姿が目立つ。
上の写真は前回にいただいたざるうどん。“さぬき”と称するにはややねばりと弾力に欠けるがなかなか美味い。いりこが効いた薄味の上品な出汁はまさに私たちの好み。一緒に注文したげそ天は期待通りの素朴な味だった。
おそらく“かけ”で真価を発揮するうどんかな、と判断し、この日はひやあつと山かけを比較。やはりこちらのうどんはやや温かめが良い。断然美味かったのはひやあつだ。丸天との相性も見事。
雰囲気も、味も、価格設定も実に気軽で、かつ一定のスタイルを感じさせる店。こういうさぬきうどん店が都内にあることをもっと早く知っておきたかった。今後はちょくちょく利用させていただこう。
丸香/東京都千代田区神田小川町3-16-1/電話非公開
11:00-19:30LO(売切仕舞/土-14:00)/日祝休
2/5。夕刻に赤羽『すみた』へ。1999年に中十条に開業し、2009年に現在の場所に移転したさぬきうどん店。JR赤羽駅東口正面をしばらく進んだところにあるアーケード街を抜けたところで左折。人気の少ない通りをしばらく行くと右手にこじんまりとした居酒屋風の店構えが現れる。夜の営業開始後すぐではあったがすでに満席。20分ほど外で待つことに。
店内には中央の通路を挟んでテーブル席がいくつか。奥にレジがあり、その向こうにキッチン。内装は白い壁紙に暗色の木造作。おそらく居抜きに若干の手を加えただけのものだろうと思われる。ざるうどんとわかめうどん、げそ天とかしわ天とおでんを注文。
ざるのうどんは実につややかでコシが凄い。本場の名店に比べるとのびやかさには欠けるものの、この手の力強いうどんにお目にかかるのは東京では初めてのことだけに嬉しい。この食感を味わうためだけにでも足を運ぶ価値がある。個人的には麺を味わう品にきざみ海苔は無い方が良いと思う。つけ出汁はやや甘い。一方、かけ(わかめうどん)の印象はかなり弱く残念なものだ。出汁は食べ進むにつれやはり甘ったるく感じる。とは言え、都内のさぬきうどん店のパイオニアとして北東京で10年あまりを生き延びるには、こうしたアレンジが必要不可欠だったのかもしれない。
辛子味噌でいただくおでん、ボリュームたっぷりの天ぷらはなかなかのもの。他のテーブルを見ると宴会メニューやうどんすきなども用意されている様子。地元では使い勝手の良い店として定着しているのだろう。なるほど、これもまたさぬきうどん店のひとつのあり方なのだ。
すみた/東京都北区志茂2-52-8/03-3903-0099
11:00-14:00,18:00-21:30(土日祝-15:00)/月・第3日休
1/25。人形町での打ち合わせ後、『ワコー』で遅い昼食。人形町交差点南西角の三角形の敷地にある喫茶店。オープン年は不明。伺うのはこの日が初めて。
レンガタイルとグリーンのテントの店構えに大きく設けられたサンプルショーケースが一際目立つ。店内には変形テーブルをフロア中央に据え、その周りにカウンター席やテーブル席が整然と配置されている。コンパクトながら落ち着きのある空間だ。コテ跡の大きなオフホワイトの左官と煉瓦積の壁、飴色の木造作による内装はおそらく30年前後を経たものだろう。小倉ホットケーキとハンバーグスパゲッティ、ブレンドを注文。
ホットケーキは目を疑いたくなるくらいにフラットな表面とシャープなエッジを見せる。その美しさには思わず驚嘆した。スパゲッティのゆで具合、すっきりしたブレンドからも、丁寧な仕事ぶりが十二分に伺える。どれも特別傑出した味ではないが、ほんの少し期待を上回る質を伴って提供されるのが嬉しく、安心感がある。これもまたひとつの理想的な喫茶店。
ワコー/東京都中央区日本橋人形町2-6-4/03-3666-7631
9:00-22:00(土-17:00)/日休
1/24。人形町『BROZER'S』で遅めのランチの後、水天宮前駅へと向かう途中で『壽堂』に初めて立ち寄った。1884年創業の和菓子店。場所は人形町通り沿い東側。甘酒横丁と水天宮前の交差点の間にちいさな店を構える。中央のエントランスを挟んで左右にあるショーウィンドウにはいつも生菓子や干菓子とともに質素ながら季節感のあるディスプレイを見ることができる。その存在はさりげないが、確かに人形町の風情を高めるものとなっている。
長く下がった暖簾を分けて入るとすぐ正面にカウンターショーケース。その向こうの板の間で数名の店員さんが働いている。棚や間仕切りはいかにも長年使い込まれた暗い飴色の木造作。八畳間程度の店先のほとんどは積み上げられた商品パッケージで埋まっており、飾り気は全く無い。温かい焙じ茶をありがたくいただいて、看板商品の黄金芋を購入。
黄金芋のサイズは大振りなおはぎ程度。左右を捩った黄色い薄紙から取り出すと、薄い皮にシナモン(ニッキ)をまぶしたややいびつな姿がなるほどさつま芋を思わせる。
一口かじるとほくほくした質感の黄色い餡が現れる。おお、これはますますさつま芋だ。にもかかわらず原材料にさつま芋は一切含まれていないと言うのが面白い。
素朴ながらインパクトのあるビジュアルに上品な風味。日持ちがする(7日間)上に値段が手頃と来たらちょっとした手みやげにもぴったりだ。もっと早くに知っておくべきだったなあ。今後はちょくちょく利用させていただこう。
壽堂/東京都中央区日本橋人形町2-1-4/03-3666-4804
9:00-21:00(祝9:30-17:30)/不定休
1/17。両国・江戸博でいけばな展、清澄白河・深川番所で古田先生のイベントを覗いてから押上へ移動。『スパイスカフェ』に初めて伺った。木造アパートを改装したカレーレストラン。オープンは2003年とのこと。
浅草通り側に駅を出て、建設中の東京スカイツリーを間近に見上げながら水路沿いを東へ。十間橋の交差点を左折し、通りをしばらく進んで右手の住宅街へ。ほどなく路地の右側の雑然とした物置のような場所の一角に店の置き看板が現れる。その佇まいは気をつけないと季節外れのクリスマスディスプレイか何かと見間違うくらいに控えめだ。さらに簾と障子で出来た細いアプローチを奥へ進み、抜けたところがようやく店先。エントランス右脇のギャラリースペースが無ければほとんど古びた一般住宅にしか見えない。全くもって常識外れなロケーションに感心しつつ、ぐにゃりと曲がった木の棒を取手にしたドアを開けて店内へ。
過剰な隠れ家感の溢れる外観に比べると、内装はずいぶんと丁寧に仕上げられている。手仕事の跡が残るベージュの左官に暗色の木造作、電球色の光に包まれた店内に思わずほっとした。エントランスの正面には、これで本当に大丈夫なのか、と心配になるくらいにコンパクトなオープンキッチン。その左手のフロアにテーブル席が並ぶ。キッチン手前の中廊下を右に進むと突き当たりにWCがあり、その脇にギャラリースペース。この日は満席だったため、そちらで陶芸展を拝見しつつしばらく待たせていただくことに。幸い十数分でキッチンの見えるテーブル席に落ち着くことができた。ホールを仕切るのは3、4名の女性スタッフ。メニューの説明も応対も十分に行き届いており一層安心。ラッサムカレーとかきカレーのセット、サラダを注文。
写真は上がラッサムカレーで下がかきカレー。上質な出汁のインパクトを鮮やかなスパイスが引き立てる。実にシンプルでストレート。どちらも美味い。それにしてもかきとトマトがこれほど合うとは。デザートは柚子と大葉のシャーベットと金柑のタルト。これまたハイセンスな仕事で大いに満足させていただいた。
ワイルドな構えと品良い中身。この激しいギャップもこちらならではの味わいだ。次の機会には他のカレーメニューをいただきがてら、昼間の雰囲気を拝見してみるのも良いだろう。ぜひ予約して伺うとしよう。
スパイスカフェ/東京都墨田区文花1-6-10/03-3613-4020
11:45-14:00LO,14:00-15:00LO,18:00-21:30LO/月・第3火休
1/9。日経ホールで春團治・小朝師匠の高座を見た後、和牛ステーキ店『ビモン』で食事。オープンは2004年10月とのこと。伺うのはこの日が初めて。
場所はJR東京駅1Fの飲食店街・キッチンストリート内。中央の通路をちょっと心配になるくらいに奥まで進むと、突き当たりの手前左手に横長の黒いサッシで囲われた店構えが現れる。内装は一転して白い。造作には角Rが多用され、カフェテリアを思わせる明るい空間となっている。エントランスのすぐ左脇にレジ。その奥のフロアにはテーブル席。正面にある長いコの字のカウンター席の向こうは広々したオープンキッチン。中の仕上げも白とステンレスが基調で、耐火ガラスのスクリーン越しにやや強面のシェフ氏が鉄板に向かう様子がよく見える。この日はエントランス右手通路沿いのテーブル席に落ち着いた。とろハンバーグと特選いちぼステーキ、グリーンサラダを注文。
肉はあらかじめ岩塩で薄く味付けされている。何も付けず、熱いうちにがつがついただくのが一番だ。ステーキも期待に違わぬ素晴らしさだったが、驚いたのはむしろハンバーグ。ごく粗挽きのテクスチャーからぎゅっと肉汁がほとばしる。まさに旨味の塊。ボリュームたっぷりのサラダ、スタッフ方のスマートな応対もありがたい。
そして会計時にはその安さにまたびっくり。この内容に対して、リーズナブルと言うには少々気の毒なくらいだ。またぜひ伺わねば。今度はカウンター席でシェフ氏のお手前をとくと拝見させていただこう。
ビモン/東京都千代田区丸の内1-9-1 東京駅1Fキッチンストリート
03-3283-1841/11:00-23:00(LO22:00)/元日休
昨年12/9。西葛西での打合せ後、夕刻に『達人』へ初めて伺った。2006年に開業した自家製麺のラーメン店。駅南口のエスカレーターを地上に降りて目の前の通りを左へ。しばらく進んで右手の裏道に入るとマンションビルの1Fに居酒屋風の店構えが現れる。
引戸を開けるとすぐ右手に食券の販売機があり、その並びにあるガラスの間仕切りの向こうは製麺機が鎮座する小部屋。さらに向こうにテーブル席がいくつか。中央の通路を挟んで左手がL字型のキッチンカウンターとなっている。暗色の木造作を貴重とする内装は、おそらく店構えともども居酒屋か蕎麦屋の居抜きに若干の手を加えたものだろう。この日は一番手前のカウンター席へ。正油つけ麺と塩つけ麺を注文。
つけ麺が登場してまず盛り付けの美しさに驚いた。長皿に中太の麺が一箸分ずつ整然と並び、手前にゆで卵と分厚いメンマ(近景)。上の写真手前にあるつけ汁の碗の隣には追加のつけ汁が入った徳利があらかじめセットされている。こちらは塩つけ麺全景(そのつけ汁近景)。
上品かつインパクトがあるのは見かけだけではない。もっちりした弾力のある麺は実に素晴らしい食感。つけ汁はそれぞれに風味濃厚で、後味にキレがある。薄くなったり冷めたりすれば、徳利から好きなだけ足せば良い。さらにユニークなのは、食後に注文すれば無料でつけ汁の塩気を抑えるためのスープが供されること。おかげでけっこうなボリュームがあるにも関わらず、麺もつけ汁もすっかり平らげてしまった。
つけ麺もラーメンもあまり食べる機会の無い私たちだが、ここまで洗練されたものが存在するとは恐れ入った。しかもこの内容にしてたまげるくらいに値段が安い。この日は頼まなかったラーメンも、そのうちぜひいただきに伺わないと。
達人/東京都江戸川区西葛西6-25-6/03-5696-1363
11:30-14:30,17:00-22:00/月休(月に一度不定連休)
11/28、30と浅草『弁天』で夕食を採った。場所は観音裏。言問い通りを渡って雷5656会館を脇に見つつ柳通りを少し北上。見番の少し手前左手にサイディングパネルで覆われたいかにも簡素な住宅然とした構えが現れる。開業は50年以上前とのこと。
暖簾と引戸をくぐると通路を挟んで右手に4卓くらいの小上がり席があり、左手に間仕切りを兼ねた島型の小さな片側カウンター席が3つ4つ。さらに左にテーブル席が3つほど。通路の奥にパントリーと厨房がちらりと見える。クリア塗装の白木をあしらった内装は明るく、割合新しそうだ。
まず特筆すべきは何と言っても三枝師匠も一押しのにしんそば。澄んだつゆに浮かぶのは白葱と三葉とゆず。にしん煮は蕎麦の下に沈む(にしん煮を引き揚げたところ)。上品な出汁と蕎麦、そして風味濃厚なにしん煮を、別々にも一緒にも楽しむことが出来る。バランス良く、綺麗で美味い。
上の写真はかき南蛮。大振りの牡蛎にはおそらく薄く片栗粉で覆われており、しっかりとうま味が閉じ込められていた。
天せいろはボリュームたっぷり。
ざるにはせいろとは異なるやや甘めのつゆが添えられる。肝心の蕎麦も値段から期待した以上のものだった。
庶民派で仕事が丁寧。フロアを仕切るお姉さんのクールな応対も正しく「ちゃきちゃき」な感じで実に良い。なんでもっと早く来なかったのかと激しく悔やまれる。アトリエからはちと遠いが、今後通わせていただかねば。
弁天/東京都台東区浅草3-21-8/03-3874-4082
11:30-21:30/水休
11/27。人形町『シュークリー』に立ち寄った。2008年開業のパティスリー。人形町東側裏手、日本橋社会教育会館向かいの街区にテイクアウトのみのちいさな店を構える。人気のシュークリームを買う機会を以前からうかがっていたが、日に何度かの焼き上がり時刻を過ぎると決まってあっという間に売切れてしまうためなかなか縁が無かった。この日は運良くギリギリのタイミングでゲット。気を良くしてプリンも一緒に購入。
たっぷりと時間をかけて焼き上げると言うシュー皮(大きめの写真)は、独特のカリっとした食感と香ばしい風味が素晴らしい。表面生地に少量の混ざった胡麻が絶妙なアクセントとなる。カスタードクリームは濃厚でいて後口がふわりと優しい。まさに噂に違わぬ美味さ。
さらに、プリンもまたシュークリームに勝るとも劣らない見事さ。最上層にうすく焼いたスポンジ生地を被せ、その下になめらかなプリン、三層目にややしっかりめのプリンがあり、一番下にカラメルシロップという構造。シンプルな見た目からは予想だにしなかった実に豊かな口触りだ。楽しい。
後日いただいてみたケーキにもまた、シンプルな中に豊かな味わい、という基本路線は共通していた。粋で大人な洋菓子。こりゃしばらく人形町へ向かう度に足を運ぶことになりそうな予感がするなあ。
シュークリー/東京都中央区日本橋人形町1-5-5/03-5651-3123
9:30-19:00/日休
11/27。水天宮前・日本橋劇場で『長講三人の会』後に軽めの夕食。甘酒横丁南西角のビル2Fにある『GUSTAVO』へ初めて伺った。イタリアの生ハムメーカーとワインメーカーによる共同直営のワインバー。
エレベーターを降りるとすぐに店内。通路をなんとかやりくりしながらテーブル席を詰め込んだちいさなフロアが目の前に現れる。左手にキッチンと若干のカウンター席。ほぼ満席に近い賑わいぶりだったが、幸いフロア中央のふたり席に陣取らせていただけた。グラスワインとプロシュットの盛り合わせ、ペコリーノロマーノチーズ、バーニャカウダを注文。
上の写真がプロシュットの盛り合わせ全景。熟成期間の異なる2種と部位の異なる1種が名札付きで登場する。プロシュットをこんなボリュームで目の当たりにするのは、国内ではおそらく初めてだ。思わずにんまり。
羊乳と生乳のスパイシーなチーズはゆずジャムと一緒に供された(上の写真)。予想外の組み合わせの妙。
迂闊にもどんなものなのか訪ねるのを忘れたが、お通しにいただいたハムとチーズ入りのバゲットも素晴らしかった。
どれもが濃厚な美味しさだったせいか、この日はこれだけで十分に満足。少なくとも生ハムとチーズに関しては相当に優れたものをリーズナブルに味わえる店であることは間違い無いだろう。白色LEDがあちこちでキラキラする今時ややバブリーな内装にさえ目をつむれば実に良い店だ。次は生ハム、サラミ、モルタデッラの全種盛りをぜひいただいてみなくては。
GUSTAVO/東京都中央区日本橋人形町2-3-2 玉英堂ビル2F/03-3249-3237
17:00-23:30(LO22:45)/日祝休
11/21。夕刻、横浜関内での勝野のワークショップから御徒町まで戻って軽めの夕食を採ることに。『沙羅の花』へ初めて伺った。2007年開業の蕎麦店。御徒町駅改札を出て春日通りを渡り、JR高架下の一本右手の通りを上野方面へ少し進むと、左手に白木造りのこぢんまりとした店構えがこの界隈には珍しく小綺麗な佇まいを見せる。
夜の営業までまだ間があったので店先で待つ。時刻を少し過ぎた頃に先客さんが中の様子を伺うと、奥から店主氏が申しわけ無さそうに現れた。どうやらお一人で切り盛りされているようだ。エントランスで靴をスリッパに履き替えて店内へ。正面に細い通路。突き当たりに階段があり、右手にカウンター席が5つとキッチン。2Fへ上がると8人から6人くらいが掛けられそうな掘りごたつ式のテーブル席がある。ご面倒かとは思ったが、この日はややくたびれていたため2Fに落ち着かせていただいた。床とテーブルは杉の白木。簡素ながら暖かみのあるコンパクトな空間は表の喧噪を忘れさせる。蕎麦味噌豆腐とせいろうと鴨せいろうを注文。
辛味の効いた蕎麦味噌豆腐をつまみながらしばらく待つと、蕎麦が拭漆のプレートで登場した。十割の蕎麦は極細切(近景)。やや甘めのつゆを少しだけつけていただくと、蕎麦の香りが鼻先まであふれるようにひろがってゆく。
蕎麦の繊細さとは対照的に、大振りの具材がごろごろとはいった鴨せいろうのつゆはなかなか豪快なもの。火の通り具合が絶妙な鴨、ねぎ、茄子は風味豊かで食べごたえがある。美味い。
マイペースで接客は得意ではなさそうだが笑顔の柔和な店主氏に見送られてふたたび上野、御徒町の賑わいの中へ。このコントラストがなんとも不思議だ。次は天せいろうと、日本酒もぜひいただいてみよう。
沙羅の花/東京都台東区上野6-3-11/03-5948-6527
12:00-14:00,18:00-21:00/月休
11/10。小林先生から目白『志むら』の『九十九餅』をいただいた。『志むら』は1941年創業の和菓子店。私たちはまだ伺ったことが無い。場所は目白の駅にほど近い目白通り北側。故・五代目柳家小さんもよく利用したと聞く。
うやうやしく、木箱を開けて思わずぎょっとした。なんとまあ大量のきな粉。その中にすっかり姿の埋もれた餅を発掘すると、これがずっしりと重い。きな粉をたっぷりまぶしていただく。上品な甘さの求肥の中に香ばしい虎豆がごろごろ。ワイルドなつくりとビジュアルに対して、意外やその味は総じてさっぱりとしており、2、3個はぺろりといける。
インパクトも食べごたえも十二分。実に良いものをいただいて感謝感激だ。目白方面へ足を運んだ際にはぜひ店にも伺ってみたい。赤飯やかき氷も美味そうだなあ。
志むら/東京都豊島区目白3-13-3/03-3953-3388
9:00-19:00/日休
9/20。神戸出張のお土産は『トミーズ』のパン。東灘区住吉台に本店のある1977年開業のベーカリー。食パンを中心とする個性的な商品バリエーションで評判が高い。今回購入したのは三宮東店。
上の写真はこの店最大の人気商品『あん食』。食パンに小倉あんがマーブル状に練り込まれている。その重量感、ビジュアルたるやほとんど異常事態だ。
上の写真はその断面近景。甘さ控えめで割合さっぱりしたあんに対して、パン生地は風味が強く独特のもっちりした質感を持つ。このバランスが素晴らしい。軽くトーストしていただくと、一気に1/4を頬張った後もまだいけるくらいの美味しさ。
そして上の写真は『カレー食』。その名の通り、『あん食』のカレー版。その発想のシンプルさに思わず笑いがこみ上げる(断面近景はこちら)。どちらも購入前にはわざわざ食パンにする理由がいまひとつよく分からず「あんパン、カレーパンでいいんじゃないか?」と思ったが、いただいてみて納得。この味わいと食感はあんパン、カレーパンとは全くの別物だ。
さらに上の写真が『あんトースト』。『あん食』をフレンチトースト風に焼き上げたもの。ここまで行くともはや意味も国籍も不明。しかしいただくと違和感など全く無く、完成された逸品。
『目玉焼トースト』(上の写真)の味もワイルドな外見からは想像のつかないほどの見事さだった。この調理センスはただ事ではない。そして何をさておきパン生地が美味い。おそらく通常の食パンも相当のレベルなのではないか。他にも気になる品がいくつもあるので、そのうち再訪してみよう。通信販売という手もあるな。
9/6。神戸出張のお土産は『ツマガリ』のロールケーキ。西宮市甲陽園に本店のある1986年開業の洋菓子店。
焼印入りの立派な木箱はケナフで出来ている。美観と質感に加え、環境にもさりげなく配慮した優れもののパッケージ。『ピュアロール』を大丸神戸店で購入。
口に運ぶと実にどっしりしたヘビー級のインパクトがずしりと押し寄せる。アーモンド粉のマジパンを混ぜたスポンジといい、バタークリームといい、その風味は濃厚なことこの上ない。それでいて後口は素早く消え入るようで、しつこさは皆無。まさしく甘美な夢だ。
ロールケーキがここまで味わい深いものになり得るとは心底恐れ入った。『ボックサン』の軽快さか、『ツマガリ』の奥行きか。どちらも捨て難く、素晴らしい。しかも後者はある程度日持ちがするとあって、通販での入手も可能。これは有り難い。いや、しかしなんだか散財しそうで危険だな。
8/25。午後から中目黒。豪雨が静まって仕事先から駅へ向かう途中で『ヨハン』に立ち寄った。1978年開業のチーズケーキ専門店。味の評判とともに、定年退職後のご同僚の方々を中心に運営されていることでも知られる。場所は目黒川沿いの駅寄り徒歩3、4分のビル1F。両開きの大きな木製自動ドアが目印。入ると目の前に冷蔵ショーケースが控えるこぢんまりとした店だ。商品はチーズケーキ4種のみ。いただくのはこの日が初めてなので、まずは1つずつ4種全部を購入。ナチュラル、メロー、サワーソフト、そしてブルーベリー。
上の写真はナチュラル。レアチーズケーキながら食感はしっかりしている。タルトの存在感はごく控えめ。口に運んだ途端に「おお、チーズ」と思わずつぶやきたくなる濃厚で鮮やかな風味。
この味をベースにメローはやや酸味と甘味が加わり、サワークリームはメローよりもやや酸味よりの爽やかさ。ブルーベリーは上層のベリーソースと本体のケーキの両方が遠慮がちで、意外にも印象が薄い。
個人的には風味、甘味、酸味の全てがリッチなメローが好み。素晴らしく美味しかった。なんでもっと早くに来なかったのかと悔やまれるほどだ。日持ちがするので機会があればメローかナチュラルをホール買いしようかと思ったり。
ヨハン/東京都目黒区上目黒1-18-15/03-3793-3503
10:00-18:30/無休
8/14。浅草『あづま』を再訪。前回いただかなかった品にトライ。
純レバ。純レバ丼の倍近くありそうなレバのボリュームが嬉しい。しかし食べ進むうちにやはりライスが欲しくなるのが悩ましいところ。
DXラーメン。具材はメンマにネギが少々に刻みチャーシュー、とスタンダードなラーメン同様のシンプルさ。飴色の美しいスープはスタンダードよりも一層さっぱりとした上品な味わいで、しかも刻みチャーシューが渾然一体となることでコクとまろやかさをぐんと増している。実に美味い。筋金入りのラーメン好きには物足りないかもしれないが、私たちにとっては十分に過ぎるご馳走だ。炒飯も注文。期待値通りの味ではあるものの、先の二品の前ではさすがに分が悪い。
浅草・あづま(May 14, 2009)
あづま/東京都台東区浅草1-13-4/03-3841-2566
16:00-24:00(日祝15:00-23:00)/水木休
6/21。夕食を作りかけたところでウヱハラ先生から電話。1時間後にメガーヌ号で焼肉に出動。以前から行ってみたいと思っていた『鶯谷園』へ。
場所は鶯谷の駅にほど近い言問通り沿い。タイル張りのビルに白地の大きな行灯看板、ガラス張りの店構え。自動ドアをくぐるとメインのフロアに高い間仕切りは無く、50人前後はおさまりそうなテーブル席が正面に一望できる。右手にレジ。その向こうにちいさめの座敷。2Fへの階段をはさんで右手奥にキッチン。明るい照明のもと、満席の客が無煙ロースターを囲む様子は「鶯谷の焼肉店」と聞いてイメージされるものとは異なり拍子抜けするくらいに健全だ。
10分ほど待ってフロア中央のテーブル席へ。ウヱハラ先生の男前なオーダーにほれぼれしつつ乾杯。やがて取り皿がひとつと4種類のタレが登場した。写真の取り皿下にふたつ並ぶのが通常のしょうゆだれと梅塩だれ。その下のふたつがサーロインとヒレ用のわさびしょうゆだれとおろしだれ。すでにしてテーブル上は半ば埋まった状態。
写真左が特上牛刺し。右が特上ロース。とろける脂に濃厚な滋味。ここから先、正肉についてはもう同じことしか書きようがない。美味過ぎる。
写真左が特上カルビ。右の特上タン(塩)の歯触りの良さに驚愕。
そしてこれが特上ヒレ。丸きりステーキ肉のようなビジュアルに、これは網で焼くべきものなのか?と思ったが、全くの杞憂だった。一口頬張ると宴はこの日最高潮の盛り上がりへと突入。
写真左が特上ヒレの断面。右が特選前沢牛サーロイン。以下同文。
肉の素晴らしさにやや印象が弱くはなったが、ミノとホルモンもこれまた実に上品。あまりにも次元が高過ぎて、十二分に美味いものでさえ有り難みが薄らいでしまいそうだ。ホテル街の恐るべき名店。今度は特上ロースを片面焼きでぜひいただいてみたい。品切れだった特上ランプにも再挑戦せねば。
鶯谷園/東京都台東区根岸1-5-15/03-3874-8717
17:00-2:00/無休
5/26。『BROZER'S』を出て甘酒横丁を人形町駅方面へ戻る途中、閉店間際の『柳屋』に滑り込み。1916年開業のたい焼き店。こちらも伺うのは初めて。
店は二間ほどの間口の低層ビル1F。たい焼きのバーナーが通りにややはみ出すようにして置かれ、奥がキッチンと作業場。それらの左脇に間仕切りを隔てて通路のような空間があり、購入客はそちらへ並んで順番を待つ。単純ながら、通りに行列を出さない上手いシステムだ。5、6人の列の後ろに並んだところ、ものの数分で注文、さらに1分ほどでたい焼き4個を受け取ることが出来た。バーナーを担当するのはたったひとり。しかもはさみ状の一個型を使っているにしてはかなりのスピードではないかと思う。リズミカルに膝を屈伸しながら焼き上げる店員氏の姿が印象的だ。
日本橋劇場のロビーで早速かぶりつく。何より特徴的なのは皮の質感。薄手ながらもちもちとしたコシがある。やや水分少なめのつぶあんとの相性は完璧(断面はこちら)。外はパリッ、中はやわらかの『浪花屋』とはまさしく真逆のベクトルを持つ。同じ製法のたい焼きでもここまで違うものが出来るとは驚いた。
残りをアトリエに持ち帰り、オーブンであぶって食べてみてまたびっくり。今度は皮がパリッと香ばしくこれが実にいい。『柳屋』のたい焼きには、出来立てと数時間後(要オーブン)の二度、美味さのピークがやってくるようだ。なんとも奥が深い。
柳屋/東京都中央区日本橋人形町2-11-3/03-3666-9901
12:30-18:00/日祝休
5/26。『市馬落語集』を見に人形町へ。早めに到着して『BROZER'S』で食事。2000年開業のハンバーガー店。オーナーはオーストラリアの店で経験を積んだ人物と聞く。駅から甘酒横丁を東へ向かい、ふたつ目の信号を左折。ほどなくマンションの1Fにぺたっと貼り付けたような木造作の赤い店構えが現れる。
ドアを開けると左手にキッチン、右手のフロアに集成材のテーブルと30ほどのスチールチェアが並ぶ。内装は店構えと同様に赤くペイントされ、これと言った目立つ造作の無い至って簡素な設え。壁にいくつも掛かったフレームの中の映画のポスターはどれも「兄弟」に因んでいるようだ。ベーコンチーズバーガーとアボガドバーガーを注文。
ハードロックをBGMにしばらく待つと、大皿にフライドポテトとオニオンリング、ピクルスを伴って、高さ10cmを越えるハンバーガーがどかんと登場した。上の写真はベーコンエッグバーガーのアップ(全景はこちら)。
上の写真がアボガドバーガー全景(アップはこちら)。
テーブルに置かれたハンバーガーペーパーに包んでかぶりつく。ジュシーで風味に富む具材のどれも素晴らしいこと。比較的軽めに焼き上がったバンズのおかげか、大きさのわりに意外に食べやすい。食感といい味といい、突出したところがどこにも無く、渾然一体の美しいバランスを保ちながら、あっという間に胃袋へと収まった。強力なビジュアルからは想像だにしなかった上品さ。美味い。
この様子だと、どのメニューを頼んでも完成度の高いものをいただけるに違いない。パインバーガーにチキンバーガーにチリビーンズバーガー。人形町での食事はしばらくここで決まりかも。
BROZER'S/東京都中央区日本橋人形町2-28-5/03-3639-5201
11:00-21:30LO(日祝-19:30LO)/不定休
5/21。鈴本演芸場でチケットを買ってから湯島の『デリー』上野店で遅い昼食。1956年開業のインド・パキスタン料理店。伺うのはこの日が初めて。
上野広小路から春日通りを西へ。やや湯島駅寄りの地点まで来ると、右手に黒いテント地の軒を張り出した間口2間ほどの小さなビルが現れる。テイクアウトの窓口を横目に黒いアルミの引戸から店内へ。通路を挟んで右側にカウンターキッチン。左側に二人掛けのテーブルがいくつか。あわせて二十数席ほどがぎゅっと詰め込まれている。数名のスタッフが忙しく動き回るキッチンは階段室やら柱型やらで入り組んでおり、これまた恐ろしく狭そうだ。蛍光灯に照らされた簡素な白い内装は街の定食屋の風情。最奥のテーブルに収まって、デリーカレーとカシミールカレーを注文。ごく自然で控えめな応対が心地良い。
上の写真がややマイルドなデリーカレー、こちらが激辛のカシミールカレー。どちらもさらさらのスープのような仕上がりで主な具材はチキン、デリーカレーにはじゃがいもがごろんと入っている。
見るからにシンプルなカレー。しかし口に運ぶとその印象は一変する。実にカラフルで複雑。しかも無数の味わいがひとつひとつ識別できそうなくらいに鮮やかであることに驚く。解像度が高いのだ。こうした感覚は弟子筋の『コルマ』にも共通するが、あちらはより優しく親しみやすさがあり、こちらはより厳しく洗練されているように思われた。ストイックに、ただ美味い。
また近いうちにあの目の覚めるようなカレーを味わいに行かねば。何しろまだ2品しかいただいてないんだから。
デリー 上野店/東京都文京区湯島3-42-2/03-3831-7311
11:50-9:30LO/年中無休
5/17。雷門で一之宮を見送ってから『梅園』へ。いつもの粟ぜんざいに加えて、梅園雑煮を初めて注文。
お椀の蓋を取るとなんともシンプルで可愛らしい眺め。思いのほか上品で優しい味の出汁が嬉しい。今しも宮入りが最高潮に盛り上がる仲見世の賑わいを間近に心地良く聞きながら、がらがらの店内でひと休みさせていただいた。
4/28。打合せが延びた夕刻、気分転換に浅草まで歩いて『あづま』で軽く食事。雷門通りからすし屋通りに入って歩くこと少々。右手にくすんだ黄色地に黒文字で「柳麺 餃子 あづま」と書かれたテントが現れる。行灯の置き看板には「純レバ DXラーメン」。はて、純レバとは?と首を傾げてからずいぶんと月日が経ってしまった。伺うのはこの日がはじめて。
枯れた感じのサンプルケースを横目に自動ドアをくぐると、すぐ右に白い化粧板のカウンターキッチン。そこに十数席のスツールが並んでいる。照明はほとんどキッチンの蛍光灯で賄われており、中で忙しく動き回る三方とステンレスの鈍い光がこの店の第一印象のほぼ大半を占める。内装については壁面が羽目板張りだったことくらいしか記憶に無い。2間強の間口の店内は奥へと長く、突き当たりには若干のテーブル席がある様子。自動ドア脇のケースにビール、フロア中ほどの背中側にウォーターサーバーが置かれ、それぞれセルフサービスとなっている。純レバ丼とラーメン、餃子を注文。
さて、純レバとは甘辛く炒めた鶏レバーとハツに刻んだネギをどばっとかけたものだった。それがごはんに乗って純レバ丼。材料、見た目ともにシンプル(ゆえに「純」なのだそうだ)ながら、食感と風味のバランスが素晴らしい。食べるに連れて唐辛子が効いてごはんが進む進む。
ラーメンも至ってシンプル。具材はチャーシューが一枚ともやしにネギが少々、とこれだけの潔さ。細いストレート麺と飴色のスープ。上品な甘味とコク、さっぱりとした後味が実に見事。強力な二品を前にしてやや印象が薄くはなるものの、丁寧なつくりの餃子もまた好ましいものだ。
白髪まじりの口ヒゲをたたえた店主氏の存在は大きい。客と小気味良く掛け合いながら、カウンターを一手に仕切るその楽しげな様子は、間違いなくこの店の味わいのひとつ。帰り際の控えめで、かつ明確な笑顔がなんとも男前だった。
次はDXラーメンをぜひいただいてみよう。壁に赤い筆文字で「あれ」と貼紙があったのも気になるな。
あづま/東京都台東区浅草1-13-4/03-3841-2566
16:00-24:00(日祝15:00-23:00)/水木休
3/29。『今井』本店を出て道頓堀通りから千日前商店街へ。ほどなく右手に『アメリカン』が出現する。1946年創業の大型喫茶店。伺うのはこの日が初めて。
上の写真がその店構え。ゴールデンな立体文字看板と茶筅のようなデザインのシーリングライトがいい。看板のアップはこちら。
大きな自動ドアから店内に入るとすぐ右にカウンターショーケースとレジ。上の写真はエントランスまわりの様子(やや左寄りの写真はこちら)。シャンデリア球をぐるりと円形に並べたシーリングライトがいい。見回すと他にもやたらと造形的な照明器具がいくつもある。写真にはあまりよく写っていないが、ややサイケデリックなカーペットのデザインも秀逸。ショーケースに並ぶお菓子のパッケージがエグくてこれまたいい。奥側のフロアが一段上がったところが客席。さらに、エントランス左手の吹き抜けにゆったり配置された階段を2Fへ上がると、そちらにも広大な客席がある。あわせて200席以上とのこと。
上の写真がその階段まわり(縦位置の写真はこちら)。タイル張りの壁面に取り付けられた木製オブジェの有機的なフォルムがいい。
上の写真が2F客席。間接照明を組み込んだ連続アーチの天井が実にいい。椅子の張地やカーペットの微妙なグラフィックセンスがまたいい。
上の写真はメニュー表紙。この間合い。やろうと思ってもなかなか出来るものではない。スエード調の質感もナイス。自家製プリンのハードな仕上がりは今や斬新でさえある。流行のなめらか路線に慣らされた軟弱な味覚に喝。ぜひともお土産に買って帰りたいところだったが、遠方のためさすがに断念した。
期待していなかったコーヒーは、意外や深入りの骨太な味わい。ぜんぜん「アメリカン」じゃない。自家焙煎なのだそうだ。まったくもって油断も隙もない、かつ懐の深い店。大阪に居た頃にノーチェックであったことが悔やまれる。
アメリカン/大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-4/06-6211-2100
9:00-23:00/第2・3木曜日とその他1回木曜日の月3回休み
3/29。天満天神繁昌亭で『早朝もっちゃりーず寄席』を見てから難波へ移動。『蘭館珈琲ハウス』なんばCITY店でくまざわあかね先生と待ち合わせ。『今井』本店で昼食。1946年創業のうどん・蕎麦店。昨年末にホテルニューオータニ大阪店(インテリアデザインを三橋いく代氏が手掛けている)に伺って以来「ぜひ本店にも」と思ってはいたが、こんなに早くその機会があるとは。
店舗は中座の火災後、2003年に建て替えられた中層の自社ビル内にある。道頓堀通りの南側に面した1Fエントランスには和風の木造作と立派な柳の木。上階は御影石張り。間口三間ほどのこぢんまりとした設えながら、大阪きっての猥雑な繁華街にあって、その静かな佇まいはかえって印象的だ。暖簾をくぐり自動ドアを開けると、ちょうど昼時とあってレジ前にものすごい行列が。それでも20分弱の待ち時間で1F手前のテーブル席に落ち着くことができた。見かけによらず、かなりの席数があるようだ。エントランスと同様、内装も白木と淡色の左官が基調のすっきりとしたもの。きつねうどんと鴨ざるそば、豆御飯を注文。
極めつけに上品な出汁。あぶらあげから染みた甘味。麺のつややかでやさしいこと。「はんなり」と言う単語はまさにこのような体験のためにある。期待に違わぬ上方のきつねうどんだった。しみじみ美味い。豆御飯との取り合わせは完璧。
そして、蕎麦もまた素晴らしいのがこの店の凄いところ(蕎麦近景)。鮮やかな食感と香りにこれまた大いに満足させていただいた。
今度伺う機会があれば、あの出汁をさらにたっぷりと堪能したいものだ。鍋焼きうどんもさぞかし見事に違いない。
今井 本店/大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-22/06-6211-0319
11:00-21:40LO/水休
3/28。『会津屋』ナンバ店を出て南海通りを東へ。しばらく行くと左手にねぎ焼き・お好み焼きの有名店『福太郎』の看板が現れる。伺うのはこの日が初めて。
藍の暖簾を挟んで引戸がふたつ。右側を入ったところで表に名前を書いて、外のテント下に並んだ椅子で待つこと20分くらいで店内へ。私たちの後には結構な待ち人数となっていた。フロア中央に大きなキッチンスペース。その三方をコの字型の鉄板カウンターが囲う。右側最奥の席に並んで飲み物とすじねぎ焼き、豚玉のお好み焼きを注文。
写真上がすじねぎ焼きで下が豚玉(全景)。見事にとろふわな焼き上がり。ソースやマヨネーズは薄く、仕込は実にシンプルだ。ねぎが、すじが、豚がひたすら美味い。
続いて地鶏のたたき(写真左上)、どて焼き(写真右上)、アボガド豆腐、塩焼きそば(写真下)も注文。素材自慢のストレート勝負はどの品にも共通している。ハズレ無し。気になるメニューはまだまだあったが、さすがに満腹に。無念の思いで会計となった。今度はいつ来れるかなあ。
福太郎/大阪府大阪市中央区千日前2-3-17/06-6634-2951
17:00-24:00(土日祝12:00-23:00)/年中無休
3/28。大阪市中央公会堂から御堂筋線で難波へ移動。ワッハ上方ホールで『第六回東西師弟笑いの喬演』。終演後、NAMBAなんなん(大阪最古の地下街で開業は1957年)にある『会津屋』へ。『会津屋』は1933年創業のたこ焼き店。ラジオ焼きの屋台にはじまり、初代店主が明石焼きを真似てタコを具材としたのが、通説ではたこ焼きの起源と言われている。現在の本店は西成区玉出にあり、本来ならぜひ詣でたいところながら時間的にも距離的にも微妙に無理があったため、この日はナンバ店へ伺うことにした。
いかにも仮設然としたトタン波板張りのこぢんまりした店構えは、賑やかな貼紙ですっかり覆い尽くされている。上の写真の店舗右奥には十数席のカウンターがあり、イートインが可能。元祖たこ焼きとラヂオ焼きを注文した。
上の写真が元祖たこ焼き。一般的なたこ焼きと違い、『会津屋』のそれにはソースもかつ節も掛かっていない。出汁がしっかり効いており、このまま食べても美味い。小麦粉の量は控えめで、なんとも軽い食感がまた特徴的。実に品のあるおやつ。ワイルドな店の作りからは全く想像のつかない味だ。カウンターにはソースなどの調味料入れが置かれ、客は各々自由な食べ方を楽しめる。私達はポン酢を少々付けていただくのが一番気に入った。
こちらはラヂオ焼き。ラジオ焼きはたこ焼きの原型と言われる料理で、具材はこんにゃくとスジ肉。『会津屋』では2005年にメニューに復活させたそうだ。出汁の染みたスジと歯ごたえのあるこんにゃくの組み合わせが、たこ焼きとは似て非なる完成された風味をつくりだす。これは酒のつまみにも良さそうだ。こちらは元祖たこ焼きとラヂオ焼きの断面。
原点のたこ焼きは上方らしいはんなりとした味わいだった。次はねぎ焼き、ラジ玉焼きなどのアレンジメニューもぜひいただいてみたい。
会津屋 ナンバ店/大阪府大阪市中央区難波5丁目NAMBAなんなん内
06-6649-7708/11:00-22:00(土日祝-21:00)/奇数月第3木休
3/27。『落語家と行く なにわ探検クルーズ』後に地下鉄で鶴橋へ移動。雀のおやどで『還暦記念 桂雀三郎30日間連続落語会』。終演後、焼肉・ホルモン店『空』鶴橋本店で夕食。
JR大阪環状線高架脇・鶴橋西商店街は西日本有数の焼肉店密集地。十数年前に訪れた時、この辺りは店先と街路がごっちゃに連なりそこら中がもうもうと白煙の立ちこめる混沌とした場所だった。今は大方の店が小綺麗な設えとなり視界は良好。危険な雰囲気もすっかり薄らいだ。そんな中、商店街深部の細い路地を挟んで4つの店舗区画を専有する『空』のまわりには昔ながらのワイルドな鶴橋のイメージが色濃く遺されている。「深部」とは言っても街区そのものがさほど広くないため、店にはほとんど迷うこと無くたどり着くことができた。
この日は南西区画のテーブル席へ。白い化粧板に覆われ、蛍光灯に照らされた店内は明るく、香しい油煙に満たされている。別の区画にはカウンター席があり、一人客も相当数訪れている様子。何とも使い勝手の良さそうな店だ。ミノサンド、ハチノス、ウルッテ、ツラミ、カルビスジ、上バラ、ユッケなどを一気に注文。
上の写真はハチノス、ミノサンド、ツラミ。甘めながらさっぱりとした漬けダレの味付けのみでいただく。特に驚いたのがハチノス。ふわふわの上品な食感があまりに素晴らしく、この後何度も追加することに。ほとんど一生分のハチノスを摂取したのではないかと思うくらいに堪能させていただいた。ツラミ、ミノサンドの濃厚な味わいにもうっとり。
上の写真手前がウルッテ。細かな包丁による丁寧な下ごしらえ。コリコリの歯触りが実にいい。写真は撮り忘れたが、テッチャンもまた極上。
通して単品のボリュームが控えめで、値段はそれ以上に控えめなので際限なく追加注文しても安心だ。激しく満腹になった後、会計の安さに改めて驚愕。焼肉の街・鶴橋の凄さと有り難みを思い知らされた。
空 鶴橋本店/大阪府大阪市天王寺区下味原1-10/06-6773-1300
17:00-0:00(日祝16:00-)/火休(祝日の場合翌日休)
3/9。浅草で雑用諸々。ついでに『亀十』と『栃木家』でおやつを調達した。『栃木家』に伺ったのはこの日が初めて。伝法院通りの北側に店を構える生ゆば・豆腐専門の製造販売店。店でもらう袋には明治20年(1887)の創業と印刷してあるが、ウェブ上には1948年創業との情報もある。とにかく歴史のある店らしい。
木製パネルに太い筆文字調書体の店名が黒々と掲げられた看板。その下にある紺色のテントをくぐると、ほんの2、3歩先にレジカウンターを兼ねたショーケースが置かれている。わずかな店先を見回すと、目当てのおからドーナツがちいさなかごにちょこんと収まっていた。残りふたつのところを首尾よくゲット。木綿豆腐とがんもどきも購入してアトリエへ戻る。16:00過ぎ。
ビニール袋のパッケージには直径6cmくらいの小振りなドーナツがみっちり5個。早速いただく。
心地良い弾力が「もっちり」と伝わり、つづいて「サクっ」と割れる独特のテクスチャー。甘味はかなりの控えめ。さっぱりとした後口で、コーヒーにも日本茶にも合う。これはいい。浅草では貴重な(やや)洋風のおやつを発見することができた。
固めで大豆の風味濃厚な木綿豆腐。ジューシーながんもどき。どちらも美味い。今度行く時は生ゆばもぜひいただいてみよう。
栃木家/東京都台東区浅草2-2-1/03-3841-5731
9:00-19:00(日祝10:30-18:00)/不定休
3/7。矢来能楽堂で『日本の伝統芸能絵巻』を見てから神楽坂を下って『龍公亭(りゅうこうてい)』へ。1889年に『あやめ寿司』として開業。1924年の改築時に2Fを『龍公亭』とし、その後全フロアを中国料理店に。現在4代目が店主を務められているとのこと。2007年にビルの建て替えに伴い一時閉店。その間にheads(山本宇一さん)プロデュース、Kata(形見一郎さん)デザインによる姉妹店『SO TIRED』が新丸ビルにオープン。『龍公亭』は2008年6月にリニューアルオープンした。
白く塗り潰された煉瓦調のファサードに黒いフレームの開放的なガラススクリーン。大きめの自動ドアから店内へ入ると、レジカウンターのすぐ手前にデザートのショーケースが置かれている。アイドルタイムを廃し、カフェとしての営業にも力を入れている模様。フロアは最奥にキッチンを備えた1Fと、神楽坂を見下ろすテラスのある2Fに分かれている。この日は1F中ほどのベンチシートへ。見渡すと『SO TIRED』と同じ三方の競演となった店構えのそこかしこに、それらしいディテールが見られる。特に階段脇のカラーガラスのスクリーンは、姉妹店の記号、と言った趣だ。
赤と銀による力強い構成が印象的なグラフィックデザインを手掛けたのは、なんと松永真氏。上の写真はメニュー表。裏面にはローマ字ロゴとイラストが。
蒸し鶏のネギ・ショウガ風味、中国野菜の海老味噌炒め、カニ玉に酢豚。どの味にも尖ったところが無く、ホっとするようなやさしさと安心感がある。
そしてチャーハンの食感の素晴らしいこと。まさにザ・スタンダード。甘さ控えめの中国茶あんみつにマンゴープリン、フルーツソースと相性抜群の杏仁豆腐も美味しくいただいた。サービスを含めどこを取っても至ってさりげなく、それでいて質の高い、新しい老舗。虚勢と厚化粧に彩られた神楽坂という街の真ん中にあって、実に地に足の着いた爽やかな印象の店だった。『SO TIRED』も含め、またぜひお伺いします。
龍公亭/東京都新宿区神楽坂3-5/050-5535-3972
11:00-22:00LO(金23:00LO)/年中無休
2/15。夕食がてら浅草まで散歩。以前から気になっていた下町カレー食堂『KORMA(コルマ)』を初めて訪れた。2008年5月オープン。オーナーシェフ氏は『デリー』銀座店で店長を務められた方と聞く。
場所はたぬき通りに面したちいさな低層ビル1F。白地にカレー色のロゴがちょこんと収まったテントは、目印としてはあまりに奥ゆかしい。角波鋼板とガラス張りのファサードにはめ込まれた建売り住宅チックな木製ドアから店内へ。右手のカウンターキッチンで温和な笑顔のシェフ氏が迎える。中央の通路を挟んで左手にベンチシートのテーブル席がいくつか。全部で20席ほどのフロアにスタッフらしい人は見当たらず、たったお一人で切り盛りされている様子。ベージュのクロス張りにところどころ濃色の木材を用いた内装は明るく清潔な印象。外観同様、つくりは至って簡素そのものだ。
最初にいただいたのがブジア(野菜炒め)。複雑で香り高いスパイスの風味と、しっかりした野菜の食感が繊細な仕事を物語る。この時点で続く料理の素晴らしさを確信。
次にいただいたのがスパイシーチキン(上の写真)。これまた火の通し具合が絶妙。
さらにコルマカレー(上の写真)と野菜カレーを。どちらも辛さは抑えめのややマイルドな仕上がり。と言っても軟弱なカレーでは全くない。どの料理にも共通しているのは、個々の素材の質感をくっきりと感じとれることだ。厳しくフォーカスの合った味わい、とでも例えるべきか。さっぱりとして潔く、品がある。これは日本の職人が作るカレーだなあ。美味い。
会計を済ませると、この日は客足が少なかったこともあってか、わざわざシェフ氏がドアを開けて見送って下さった。すっかり暖まった心地で『なにわや』へ移動。近いうちにまたぜひお伺いします。
コルマ/東京都台東区浅草1-16-7/03-3844-5203
11:30-22:00(ランチ -15:00)/火休
年明け以降、神戸出張が続いている勝野。お土産は決まって『ボックサン』三宮店で購入の『拘りロール』。
上の写真がその全景(パッケージの写真はこちら)。
大人食い。
何度いただいても、このスポンジのインパクトは絶大だ。ふわっとひろがり溶けて、しっとりまとわりつく濃厚な風味。甘さは控えめ。至って品よくスタンダードな仕立ての生クリームが、絶妙な引き立て役として脇にまわる。どっしりとした味わいにもかかわらず、全く食べ飽きる気がしない。
続いては大阪・堂島『モンシュシュ』の『堂島ロール』。ラゾーナ川崎プラザ店で購入。
上の写真がその全景(パッケージの写真はこちら)。
大人食い。
見た目に明らかなように、こちらは生クリームが主役。その食感は意外に軽く、さっぱりしている。きめ細かで表面がやや固く張りのあるスポンジは、オーバーに例えるとまるでシュー生地のように印象が薄い。さっぱり+さっぱり。それでいて一切れ食べ終わると胃にずしりと留まる感覚が。
個人的には『拘りロール』の圧勝。とにかく生クリーム、という向きには『堂島ロール』もありかもしれない。
1/23。午前中にコイズミ照明で打合せ。その後、神田まで歩いて『万惣フルーツパーラー』へ。
万惣は1846年開業の果物店。中央通りに面した神田須田町の万惣ビルは1Fが果物売場、中2Fと2Fがフルーツパーラーとなっている。私たちが特に好きなのは中2F。壁一面を銅色のモザイクタイルで覆い、クリアガラスで若干の間仕切りを施したインテリア。低めの天井にスチール製の角パイプがシャープなボーダーラインを描く。至って明るく開放的でありながら、同時に重厚で落ち着いた雰囲気の感じられる空間だ。残念ながら完成年、デザイナー名ともに今のところ不明。
注文するのはフルーツ、ではなく、もっぱらホットケーキ。この日はフルーツホットケーキ(上の写真)と普通のホットケーキを注文。バターとカスタードクリーム、メープルシロップが添えられる(下の写真)。
ホットケーキの食感は上品で実に軽やか。香ばしい風味を残して、いつの間にか夢のようにどこかへ消えてしまう。食べてしまっただけなんだけど。
万惣フルーツパーラー/東京都千代田区神田須田町1-16万惣ビル中2F,2F
03-3254-3711/11:00-20:00(LO)/日祝休
11/1。江戸東京博物館で『ボストン美術館浮世絵名品展』を見た後、以前から伺いたかった江戸蕎麦屋『ほそ川』で夕食を採ることにした。
博物館を大江戸線の両国駅方面に出て、すぐ東側の狭い路地を入ると明るい黄土色の左官壁に覆われた低層の建物が現れる。もとは二軒の住宅だったものを繋げて改築したとのこと。大きな暖簾をくぐると半屋外の待合があり、その右手の引戸が入口。
店の内装も全て外観同様の左官で仕上げられている。大小のテーブルを取り混ぜ、余裕を持って動線を確保したフロアは一見するといかにも自由な印象。しかしペンダントライトは各テーブルの上に固定されており、空調はほぼ入口側の下がり天井内に集中している。ゆるそうでいて、その実一切動かし難く無駄のない造り。設計を手掛けたのは高橋修一氏。
この日注文したのは穴子天せいろと牡蛎そば。
先ずはその蕎麦のほとんど「鋭利」と表現したくなるようなエッジと強力な風味に目の覚める思いがする。つゆは見るからに濃厚で、出汁がぐいぐいとにじり出るようにして主張する。さっくりと軽い食感の天婦羅もまた十分に見事だが、横綱級の蕎麦とつゆによる鮮やかな取り組みの前にあってはまるで箸休めだ。
一方、暖かい方を食すると、今度は牡蛎の味わいともっちりとした食感に驚いた。煮て火の通った状態でこれほどの牡蛎とは一体何物か。ここでは上品な汁が脇役にまわり、蕎麦と具を引き立てる。
最後にいただいた蕎麦湯と蕎麦寒天がまた凄かった。特に寒天のほんのりとした甘味と絡み付くような蕎麦の香り。蕎麦屋のデザートとしてこれ以上の品は考え難い。
ゆったりとして折り目正しい空間。丁寧ながら肩の凝らない接客。そしてあまりに高い次元で完成された品々。思わず品書きを端から全部注文してみたい衝動に駆られる。次回はかけそばをぜひいただいてみなくては。
ほそ川/東京都墨田区亀沢1-6-5/03-3626-1125
12:00-15:00,17:30-20:30/月・第3火休
10/7。午前中に青山で打合せの後『東三季』に寄ってから『OVE』で昼食を採った。2006年にオープンした自転車メーカー・シマノのアンテナショップ。カフェ営業も行っている。インテリアデザインはセキデザインスタジオ(関洋さん)。
道路から少し奥まったところにある大きな木製の自動ドアから店内へ入ると正面にレセプションカウンターがある。その向こう側にオープンキッチンの大カウンターとテーブル席がふたつみっつ。右手のこれまた大きな格子の可動パーティション越しに見えるスペースには、壁一面の物販棚と客席が若干。肝心の自転車については高級車種が数台、ほとんど調度品のように置かれているだけ。まるでリゾートホテルのロビーにしか見えない不思議な空間は、都心のカフェのイメージからかけ離れている。日当りの良い無垢材天板の大きなテーブルを独占して、ランチとドリンクを注文。
上の写真は定番メニューのカレー。彩りといい器のセンスといい、写真写り抜群。口へ運ぶとスパイスの香りとともに野菜そのものの滋味がじんわりとひろがる。肉類は一切使われていないとのことだが、食べごたえは十分。
上の写真は季節メニューの黒豆野菜そば。豆の甘味とそばの香りの組み合わせが面白い。素朴にして繊細。
大振りな造作をざっくりと配したインテリアデザインは、その全体が一個の設えの良い家具を思わせる。プロの方は特に空調換気設備の見事な納まりをチェックしておくべきだろう。おおらかな空間性と厳しいディテールは、関さんによる住宅、店舗どちらの作品にも共通するものだ。メニューも含め、青山にあってこれほどリーズナブル(むしろ安価と言うべきか)に贅沢な気分を味わえる場所は他に無い。この日もすっかり寛がせていただいた。
人に教えたいような、あまり教えたくないような。
OVE/東京都港区南青山3-4-8/03-5785-0403
10:00-22:00/月休
9/24。東さんと錦糸町で顔を合わせた。あまり時間が無く、軽く腹ごしらえしつつ1、2時間ほど話をするのにちょうど良い場所を駅北口で探す。この辺りを昼間歩くのは初めてのこと。碁盤の目の地割に低層ビルが行儀良く並ぶ辺りの風景になんとなく十数年前の大阪・南船場辺りの記憶が重なって、不思議な感じを覚える。『トミィ』と言う可愛らしい喫茶店を発見した。
交差点に面した店構えはガラス張りの実に開放的なつくり。東側の道路に面してテイクアウトの窓口を備えたコンパクトなカウンターキッチンがあり、その脇の角に近い方に入口ドアがある。カウンターをL字に囲むようにして小さなテーブル席が3つ4つ。いつ頃からある店なのかは不明。内装の状態から見ておそらく30年くらいは経つんじゃないかと思われる。
西側の壁いっぱいに写真メニューがずらり。見るとホットケーキのバリエーションが妙な充実ぶりを示している。ひとまずスタンダードなホットケーキとサンドイッチ、それからチキンバーグなるものにチャレンジ。
このホットケーキが素晴らしかった。さっくりした食感と豊かな風味。シロップ無しでパクパク食べ進んでしまいそうになる。見た目の素朴さからは想像のつかないインパクト。美味い。
そして上の写真がチキンバーグ。レタスとほぐしたチキンがホットケーキに挟まっている。具材の控えめな塩気と生地のほんのりした甘さがよく合い、意外にもこれがいけるのだ。目から鱗。
食べやすい大きさにカットされた具沢山のサンドイッチ、味は軽めながら一杯ごとに豆を挽いて丁寧に淹れるコーヒーにも納得。ホーットケーキを飲み物と一緒に頼むと小さなバニラアイスを付けていただける。東さんと久方ぶりの会話を楽しみ、小柄な老マスターの笑顔に送られ、気分よく店を後にした。次はフルーツバーグとコーン入りのりバーグ(お好み焼き風)を頼んでみよう。
トミイ/東京都墨田区錦糸2-10-7/03-3625-5698
8:00-17:00/日祝休
7/20。博品館で電撃ネットワークと桃太郎師匠を見てから15:00過ぎに『ビヤホールライオン銀座七丁目店 』でビールと食事。1934年に大日本麦酒(サッポロビール、アサヒビールの前身)本社ビルの1、2Fで開業。建築設計を手掛けたのは菅原栄蔵。1978年に全面改装が施されたものの、1Fビアホールと6Fクラシックホールの内装はほぼ建設当時のまま残されている。場所は新橋寄りの中央通り沿い。2軒隣にニコラス・G・ハイエック センターがある。昼間にもかかわらず歩道に大きくはみ出した行列に少しひるんだものの、十数分ほど並んだところで無事8名様ご入店。席回転の速さが嬉しい。
上の写真はエントランスから見た店内全景。石とタイルに覆われた大空間。補助椅子(赤いビニールレザー張りの剣持スタッキングスツール)も含めると300人くらいは入るだろうか。斜めのアーチを多用したシャープな造形感覚と重厚な素材との組み合わせが、独特の洗練された雰囲気を醸し出す。あぶくを思わせる照明器具のデザインも秀逸。
上の写真は店内中央左側からエントランス右側への見返し。
上の写真は同じ位置から右奥側を見たところ。黒髪の女性群像を鮮やかに描いたガラスモザイク壁画のデザインも菅原による。
ビールのお供は名物のお好み焼き、ではなく紙カツ。大皿にどかんと盛り付けられた様が男前だ。薄い。デカい。さっくりと旨い。おそらくフロアマネージャーかと思われるスタッフ氏の応対も楽しく、大いに盛り上がった。
銀座ライオン/100年の歩み(銀座ライオン)
美術建築師・菅原栄蔵(松岡正剛の千夜千冊)
銀座の街に、昭和モダンの名残りを求めて(edagawakoichi.com)
7/4。成山画廊で『松井冬子について』を見てから靖国通りを神保町へ。白山通りからすずらん通りへ入るとすぐ右手の『スヰートポーヅ』で夕食を採った。満州で開業し、1936年に神保町で店を構えたという餃子専門店。
建物は2つの店舗付き住宅が隣り合わせにくっついた2階建て。アルミのドアから縄のれんをくぐって店内へ。中央に通路を挟んで4人掛けのテーブル席が6つほど。その向こうにレジと手洗があり、最奥にキッチン。店のつくりはどこをとっても簡素そのものながら、オフホワイトの化粧板に覆われた内装には割合清潔な雰囲気がある。
常々行列のできる人気店だが、時間が早かったおかげでこの日はすんなりと入れてもらえた。お一人様の女性客と向かい合わせに相席。餃子定食と水餃子、天津包子を各1で注文し、テレビのニュースを斜め上に見ながら待つ。しばらくして定食から順に登場となった。
上の写真は定食の焼餃子。筒状に包まれている。
上の写真は水餃子。こちらはいわゆる餃子形。どちらの餃子も具をしっかりと包み込もうとしないゆるーい作りとなっている。にんにくを用いない味付けは実にあっさりとしており、良く言えば上品、幾分物足りない印象ながら、ぶ厚い皮のもちもちした食感が実にいい。ビールのつまみやおかずとしても悪くはないが、この餃子は明らかに「主食」だ。食べ進むにつれて胃袋にずっしりと効いてくる。天津包子(やはりあっさり味)もいただくと、2人でちょうどいい具合に満腹。三角巾のおばちゃんの明るい声に送られて、次の客と入れ替わりに気分よく店を後にした。
スヰートポーヅ/東京都千代田区神田神保町1-13-2/03-3295-4084
11:30-15:00,16:30-20:30(土11:30-20:30)/日月休
5/1。午前中に青山で打ち合わせ。午後から品川で視察後、春風亭栄助独演会を見に下北沢へ移動。まだ時間が早かったので『CICOUTE CAFE』(チクテカフェ)でひと休みと軽い腹ごしらえすることに。2000年12月にオープン。駅西口を出て左手の住宅街へ。フィットネスクラブの角を右折すると蔦の絡まった小さなビルが現れる。その1Fの軒先にある素っ気無い行灯看板と、教会用の木製椅子が引っ掛けられた折りたたみ式の袖看板が目印。下北に来るのもこちらを訪ねるのもずいぶんと久しぶり。
自販機と公衆電話の間を通り、アルミ枠にガラスのエントランスドアから店内へ。照明はかなり暗く、要所にスポットライトが2、3あるのを除き大方が小振りなペンダントライトでまかなわれている。右手に焼き菓子やコーヒー豆の並ぶ物販棚、左手にレジカウンターとキッチンを見ながら奥へ進むと、2人用と6人用の古い木製テーブルがひとつずつ。最奥左にある手洗への通路に沿って、小さな1、2人掛けのカウンター席が設けられている。椅子は看板と同様の教会用で、2人用テーブルのみ黒っぽいクッション席(もとは6人用テーブルの方がクッションだった)。壁や間仕切りは全面オフホワイトの塗装で床はモルタル。
内装のつくりそのものは極めつけに簡潔で、店内に余分なディスプレイ的要素は何一つ見当たらない。細部に目をやると、うっすらと表面の凹凸を残した木造の柱や家具、照明器具、食器類などが、控えめながら確かな手仕事の跡を感じさせる。フードやドリンクもまた素朴で飾り気が無い。特に素晴らしいのはマフィン。さっくりとした表面にもっちりとした歯ごたえ。噛み締めれば濃厚な穀物の味がする。
登場当時「カフェブーム以後」を象徴する店として存在感を放った小さなカフェは、8年を経た今も変わること無く淡々とそこに有り続け、次第に老舗の空気感を纏いつつあった。ここにしかない質素の美を味わいに、また近々立ち寄らせていただこう。
CICOUTE CAFE(チクテカフェ)/東京都世田谷区代田5-1-20
03-3421-3330/12:00-20:30(LO)/水休
4/27。国立能楽堂で茂山狂言を見た後、浅草へ戻って軽く食事。以前から一度行ってみたかったラーメン店『与ろゐ屋』へ。創業は1991年。
仲見世を上り伝法院通りを右に曲がると、ほどなく蔵を模した店構えが現れる。間口は2間ほどしかなく、店内は狭い。地上階右手にカウンターキッチンがあり、客席が10ほどへばりつく。入口脇の急な階段を上ると、二階にはテーブル席が5セット。最奥にパントリーとダムウェーターが設えてある。さらに上階に従業員用のスペースがある模様。内装は至って簡素な白いビニールクロス張りで照明は蛍光灯。らーめんとざるらーめん、和風ぎょうざを注文。
ラーメンのスープは澄んだ褐色。さっぱりとした味わいの中に、煮干と柚の香りが強い印象を残す。旨い。太めの縮れ麺にさらりとしたスープはさほど絡みはしないが、麺自体の持つ粘りある食感が良い。なるほど、この感じはまさしく「ラーメン」ではなく「中華そば」と呼ぶにふさわしい。
ざるらーめんではこの「そば」的感覚がいささか行き過ぎて、麺とスープが完全にバラバラになってしまうような気がした。おそらく好みにも寄るのだろうが、この店ではらーめんをいただくのが私たちにとって正解のようだ。和風ぎょうざは大振りで焼き上がりが美しい。にんにく不使用とのことで、食べごたえは十分ながらこれまたさっぱりといただける。
シンプルで飾り気の無い和風ラーメン。浅草の地によく馴染む。
与ろゐ屋/東京都台東区浅草1-36-7/03-3845-4618
11:00-20:30/無休
4/21。17時過ぎに打ち合わせと現場確認からアトリエへ戻る途中、神保町で地下鉄を途中下車して一旦休憩とこの日最初の食事。以前から行きたいと思っていた『さぼうる2』で、念願のナポリタン。店の場所は『さぼうる』のとなり。1970年頃に開業。
具は主にたまねぎとマッシュルーム。時折細切れのハムに出会う。こんもり山をなすスパゲッティーを皿の外に崩さぬよう注意しつつ、ハンバーグセットとともにがっつりといただいた。
チープだが愛すべき味。昭和の喫茶フードに求められるものが、ここに極めて高いレベルで満たされている。食後の軽いコーヒーも含め大いに満足。この味を旨いと思える世代に間に合って良かった。今度はミートスパゲッティをぜひいただいてみよう。
さぼうる2/東京都千代田区神田神保町1-11/03-3291-8405
8:30-23:00(LO22:30)/日休
4/7。午前中に原宿、午後から阿佐ヶ谷で打ち合わせ。夕方に一段落して『ひねもすのたり』並びの『うさぎや』でひと休み。どら焼きが有名な和菓子店。上野広小路『うさぎや』の初代・谷口喜作氏ご令嬢が1948年に創業とのこと。
店舗はおそらく鉄骨造と思しい低層ビルの商店街に面した北側に、木造平屋の前半分だけを継ぎ足すようなかたちで設けられている。正面右手にある半間ほどのショーウィンドウに飾られた季節の菓子の可愛らしいディスプレイに目をやりつつ、木枠の大きなガラス引戸を開けて店内へ。
すぐ目の前にカウンターショーケースが置かれ、右脇の細い通路に沿ってテーブル席が2セット。カウンターショーケースの後ろからは首の高さほどの低い間仕切りが奥へと続いており、その左側にバックヤードへの動線、裏側にもう1セットのテーブル席が隠れている。
店頭販売と、計3セットのテーブルでのイートインの機能を無駄なくコンパクトにまとめたプランニングは実に見事だ。面取りの木造作に和紙調クロス、割石床が蛍光灯のシーリングライトに照らされた内装は、ごく正調ながら丁寧かつシンプルな造りで五月蝿さが無く、居心地が良い。
あんみつと豆かんを店内で。甘過ぎず、さっぱりと上品。どら焼きを購入して次の打ち合わせへ。
アトリエに戻って、煎茶とどら焼き。見目麗しく、丁寧な仕事を感じさせる品だった。さすがに上野広小路ほどの輝きは無いが、十分に美味い。他の和菓子も含め、またぜひいただいてみよう。
うさぎや(阿佐ヶ谷)/東京都杉並区阿佐谷北1-3-7/03-3338-9230
9:00-19:00/土・第3金休
3/29。今戸で仕事の後、隅田川の土手へ。満開の桜を眺めつつ、桜橋を渡ってすぐの向島にある『長命寺桜もち山本や』(ちょうめいじさくらもちやまもとや)を初めて訪れた。創業はなんと1717年。初代山本新六は桜餅の考案者と言われる。
この日はイートインのスペースが閉まっていたので、6個入りをひとつ持ち帰り。包みを解き、紙箱を開けたのが下の写真。
桜の葉の塩漬けがぎっしり。芳香とともに春の風情が溢れ出す。
さながら発掘するようにして桜餅を取り出し、煎茶とともにいただいた。薄い餅に餡を挟み込んだその味は、実に拍子抜けするくらい素朴なもので、初めて食べたにもかかわらず、なんだか懐かしい心持ちがした。なるほど、桜餅の主役は元来桜そのものだったのか。「花より団子」なる慣用句は、この店に限ってはどうやら当たらない。
長命寺桜もち山本や/東京都墨田区向島5-1-14/03-3622-3266
9:00-18:00/月休
3/27。内幸町ホールで円丈師匠と栄助さんを見た後で食事。JR新橋駅の西側(汐留側)、地下鉄銀座線新橋駅2番出口すぐ近くにある『かおりひめ』を初めて訪れた。香川県と愛媛県の物産アンテナショップ「せとうち旬彩館」のエントランスから階段を2Fへ。入口で人数を告げ、作務衣姿のスタッフ氏の案内で窓際のテーブル席に落ち着き、飲み物を注文。見回すとフロアには大テーブルにカウンター、小上がりもあって思いのほか広い。内装は飴色と暗色の木製家具を中心とするざっくりとした造りで、夜の照明は控えめ。居酒屋的でも食堂的でもある空間だ。
ラストオーダーが近かったため、食べ物も一気に頼む。讃岐のしょうゆ豆、宇和島のすくいちりめん、讃岐豚角煮など。中でも佐田岬の岬鯵(はなあじ)の造りは超の付く絶品だった。その味の濃厚なことこの上ない。
上の写真は宇和島の太刀魚の竹まき焼き。豪快なビジュアルに思わず「なんでわざわざこんなことを?」と疑問の沸き上がる料理だが、食べて納得。甘いたれを付けて炙られた太刀魚の旨味と上品な竹の移り香。実に芳しく、シンプルで、美味い。
仕上げは鯛のひゅうが飯、佐妻汁(さつまじる)にざるうどん。甘麦みその香りが独特な佐妻汁は特に印象的な品だった。讃岐の地粉「さぬきの夢2000」使用のうどんもなかなかのもの。こちらはランチ時に改めて真価を判断したいところ。
ドリンクを1杯ずつしか頼まなかったとは言え、一人2000円そこそこの会計には驚いた。年末年始を除いて無休、しかも11:00から23:00までほぼノンストップでの営業とは有り難い。地元四国にもこれほど使い勝手のよい店は無いんじゃないか。今後、新橋・銀座界隈での定番食事処となりそうだ。
かおりひめ/東京都港区新橋2-19-10新橋マリンビル2F/03-5537-2684
11:00-16:30,17:00-23:00(LO22:00)/無休(年末年始休)
3/4。正午から外苑前で打合せ。その後、近くで昼食を採ることに。以前から気になっていた天婦羅店『磯美家本店』(いそみやほんてん)に行ってみた。場所は外苑前駅の1A出口を出てすぐの青山通り沿い。開業は1944年とのこと。
ベージュの左官壁に閉ざされた店構えは、近隣に比較していささか極端に思えるほどもの静かだ。一見敷居の高そうな佇まいながら、表の品書きに並んだ価格はさほど高くない。白い麻暖簾を分けて半間の引戸から店内へ入ると、おおよそ八畳間ほどのフロアには4人掛けのテーブル席が5つ6つ。最奥に3、4人の並ぶカウンター席があり、ガラスの間仕切りを挟んでその向こうがキッチン。入口のすぐ右手に2F客席への階段。さらに上階はおそらく住居だろうか。内装はクロス張りの壁に塩ビタイルの床、と至って簡素だが、要所のみに和風の木造作がセンス良く用いられ、明るく清潔感のある引き締まった空間となっている。手前のテーブル席に落ち着いて、穴子天丼と上天丼を注文。ほどなく穴子天丼から先に登場。出て来た瞬間、その強烈なビジュアルに思わず笑ってしまった。これは大変だ。
30cmはあろうかという長さの穴子天が二本、ご飯の上には着地せず丼の両端に支えられている。途中で満腹感を覚えぬよう一気に胃袋に収めてしまおうと箸をつけたところ、巨大な天婦羅は実に香ばしく、その食感は意外に軽い。甘めのつゆと穴子の相性も良く、さくさくと食べ進んでしまった。海老2本にかき揚げ、きすの上天丼もまた具が大きく食べごたえ十分。
決して高級ではないが、十分に満足の行く味。価格は文句無しにリーズナブルだ。青山の雑踏のただ中にあって、取り残されたように小体で粋な空間。もっと早く発見したかったなあ。
磯美家本店/東京都港区南青山2-26-36/03-3401-2308
11:30-14:30,17:00-22:00(日祝11:30-14:00,17:00-19:30)/ 土休
2/18。原宿から東新宿にバス移動して大江戸線で飯田橋へ。一通り視察物件を片付けてから、神楽坂の上の方にある『五十番』に立ち寄った。1957年開業の中国料理店。
坂に面した1Fには中華まんの販売窓口があり、通常は歩道でつづら折りになった購入客の行列がほとんど店の目印のようになっている。幸いこの日は平日の午後遅くとあって待ち時間無し。すぐに食べられる肉まんとあんまん、調理用の純正肉まんと貝柱肉まんをひとつずついただいた。随分以前にお土産にもらったことはあったが、自分で買うのはこれが初めて。
土地勘が無く、座って食べられそうな場所を近くに見つけられなかったので、と言うかたまたまものすごくお腹がすいていたから、毘沙門天脇の路地で早速かぶりついた。直径おそらく12、3cmはあるだろう。なにしろでかく、皮がふわふわとして分厚い。そして肉まんの具の濃厚な風味とジューシーさと言ったら実にこの上ない。食べ方に気をつけないと手の中がびしょびしょになりそうなくらいだ。皮の厚さは伊達ではない。とろりとした食感で甘さ控えめのあんまんもまた美味い。
上の写真はアトリエでパスタパンを使って蒸した純正肉まん(左)と貝柱肉まん(右)。メッシュの上に直接置いたところ、大き過ぎてひとつずつしか調理できなかった。せいろ買わなくちゃ。
2、3日後の調理となったため、その場でいただいた時ほどではなかったものの、そのジューシーさは健在。素敵だ。
今度は上階のレストランにもぜひ伺いたい。締めはやっぱり肉まんで。
五十番/東京都新宿区神楽坂3-2/03-3260-0066
11:30-23:00(土-22:00,日祝-21:00)/無休
12/27。『珈琲美学』を出てヤギの実家(阿波市)まで一旦戻り、家族全員で夕食へ。私たちのリクエストで『新見屋』のたらいうどん(詳しくはこちらを参照)におつき合いいただいた。
318号線脇の駐車場からコンクリートの不揃いな階段をとことこ降りて、食券売場のお兄さんに一通りを注文。カウンターの向こうはそのままキッチンで、後ろを向くと足下は宮川内谷川(みやごうちたにかわ)の川辺へと柵も無しにそのまま続いている。手前の個室座敷に入ってエアコンのスイッチを勝手に入れ、座布団を並べて落ち着く。ほどなく先ほどのお兄さんが飲み物から順に注文した品を運んで来る。このワイルドさと適当さがこの店の持ち味だ。
うどんはふくよかでややねじれた形状。独特の食べごたえがある。溶き卵の入った川魚の香り高い出汁に葱とすだちを好みで入れていただく。素朴にして完璧。美味い。
たらいうどん店では定番の沢蟹の唐揚や川魚の塩焼、釜飯もいただいて満喫。こんどは暖かい季節の早い時間に来て、眺望込みで楽しみたいものだ。
新見屋/徳島県阿波市土成町宮川内字上畑100-1/088-695-2068
11:00-19:30(売切御免)/無休
徳島・松乃家たらいうどん(February 2, 2007)
徳島・かねぎん坂野(January 3, 2006)
12/27。昼食に徳島ラーメンを食べに徳島市内へ。北田宮にある『三八』(さんぱ)田宮店を訪れた。『三八』は1970年に鳴門市撫養町南浜で開業。もとは岡田冷菓というアイスクリーム店だったそうで、今でもメニューにはラーメンとアイスクリームが並んでいる。2005年に本店の立ち退きに伴い、新たな旗艦店としてこの田宮店がオープン。現在鳴門市と大阪市に合わせて3つの系列店を持つ。
駅から合同庁舎の前を北上。吉野橋を西へ少し進み、右折した脇道沿いに『三八』田宮店が現れる。淡いベージュのサイディングパネルに覆われた簡素な平屋の店舗は、駐車場をたっぷりと備えた敷地の中ほどで、取り残されたようにぽつんと佇んでいた。「支那そば」と大書きされた暖簾をくぐり、自動ドアから店内へ。手前の券売機で食券を購入して席に着く。店内の印象は外観同様に簡素で明るく清潔だ。最奥がキッチン。低い間仕切りを挟んだ手前が客席。右手は間にスタッフ動線のある長U字型のカウンター席で、左手には対面ベンチシートのテーブル席ブースがふたつみっつ。吉野家とファミリーレストランを折衷したようなプランとなっている。郊外のロードサイド店としては極めて合理的なつくりだ。
『三八』のラーメンは、徳島ラーメンの中でも小松島系中華そばに分類される。さっぱりとした中にまろやかな甘味とコクを感じさせるスープと、中細ストレート麺の組み合わせがこの店の特徴。具材はチャーシュー、メンマ、もやしとねぎ。どこをとってもあっけないくらいにシンプルだが、食べ進めるに連れてじんわりと美味い。
年末とは言え13:00過ぎの店内はなかなかの盛況で、客の回転は早い。周りを伺うとほぼすべてのオーダーが「ラーメンとめし」なのが興味深かった。今度来た時には真似してみよう。アイスクリームもぜひいただいてみたい。
三八(さんぱ)田宮店/徳島県徳島市北田宮2-467
088-633-8938/10:30-21:00(売切御免)
火,第三月休(第三月が祝日の場合は前週か翌週に振替)
12/25。前日に神戸入りし、この日は四国へ移動。舞子から高速バスに乗る前に明石に寄って、朝昼を兼ねた軽い食事。訪ねたのは『お好み焼道場』。店名に「お好み焼」とは付くが、玉子焼(明石焼)の老舗として名高い。開業は1954年。勝野が高校時代に随分お世話になった店だ。地元では簡略に『道場』の名で通っている。
明石駅南口を出て東西に走る通りの向こう側を歩くと、ほどなく『道場』の場所を案内するビル看板が現れる。裏道へ吸い込まれ、最初の角を右に曲がると、幅2メートル少しくらいの路地の左に簡素な2階建ての飲食店がずらり。その合間に見える黄色地に赤い細ゴシック体の「玉子焼」の行灯看板が店の目印。アルミサッシの引戸を開けると右手前に階段とレジがあり、テーブル席の向こうにキッチンが見える。1Fはすでに埋まっており、この日は2Fの座敷席に上がらせていただいた。鉄板付きの各テーブルの上には天井吊りの換気フード。内装は白いビニールクロスと木目調の化粧板で至って質素に仕上げられている。玉子焼を人数分注文。
ほどなく白木の下駄に乗ったあつあつの玉子焼が登場。1人前10個。おそらく鰹ベースの出汁は冷たく、薬味は無し。この店の玉子焼は比較的大きめで、ふわふわと柔らかいのが特徴。きりっとした濃いめの出汁に浸せば、とろとろと崩れて蛸の切り身が顔を出し、すするようにしていただくことになる。これが滅法美味い。店構え同様、体裁はシンプル極まりないが、その味わいは実に上品で、粋だ。
本当はお好み焼きもいただきたいところだったが、バスの時間が迫っており、昼時に差し掛かって店が込みはじめたこともあって、後ろ髪を引かれる思いで席を立った。やはり『道場』が私達的・玉子焼のスタンダード店。またゆっくりと訪れたいものだ。
お好み焼道場/兵庫県明石市大明石町1-6-6/078-911-8084
11:00-20:30/年中無休
12/22。浅草寺仲見世の西の脇道にある釜飯の有名店『麻鳥』(あさどり)を初めて訪れた。開業は1972年。
店構えは交差点に面した建物の角を斜めに切り落とすようにして設けられており、入口の左側には外釜場(釜飯の調理実演ブース)、右側のショーケースにメニューサンプルが並んでいる。べんがらの暖簾を分けて店内へ。店員さんの案内に従って、右手にあるメインのキッチンと外釜場の裏側に挟まれた細い通路を進み、奥のテーブル席に到着。八畳間くらいのスペースに4人掛けのテーブルが7つほど、通路脇に4、5人掛けのカウンター席が詰め込まれている。さすがにゆったりとは行かないが、左官と木造作によるそつのない内装と、抑えの効いた照明のおかげもあって、割合落ち着いた雰囲気となっている。入口のすぐ右脇には急な階段があり、その先に座敷席があるようだ。キッチンをのぞくと調理スタッフは少なくとも5、6人。それにしては見るからに狭い。動線面も含め、運営面にはかなり苦労があるだろうと察する。
かき釜飯と五目釜飯の「竹」を注文。釜飯は注文後2、30分かかるとのことなので、穴子焼をつまみながら待つ。メニューをよく見ると魚介と鳥の串焼きの種類もかなり充実しており、客としてはなかなか使い勝手が良さそうに思われる。実際、他のテーブルを見ると客層は様々で幅広い。
釜飯は一品ずつ小さな釜にしゃもじを添えて供される。さっぱりとした出汁に素材の良さが引き立つ実に上品な味わい。おこげまで美味しくいただいた。観光地のど真ん中で丁寧な仕事をなさっていることが大変好ましく、有り難い。今後もぜひお世話になりたいものだ。
麻鳥(あさどり)/東京都台東区浅草1-31-2/03-3844-8527
11:00-21:30(LO21:00)/年中無休
12/14と12/19。浅草では『亀十』と並ぶどら焼きの有名店、『おがわ』を初めて訪れた。二日に渡ったのは『おがわ』に寿店と雷門店の2店があるため。開業年は不明。どちらも近くの有名鰻店『初小川』から分かれた兄弟店で、看板やパッケージにあしらわれた鰻のマークがそのゆかりを示す。そう聞くと「なるほど」とは思うのだが、通り掛って一見しただけでは何屋なのやら判断がつかない。
上の写真左が寿店、右が雷門店の店構え。どちらも立派な木戸に藍暖簾。店内の様子は歩道からはほとんど伺えない。
田原町の交差点から浅草通りを東へ進み、やや駒形橋寄りの角を右に曲がると、ほどなく右手に渋いトーンのグリーンのタイルが貼られた低層ビルが見つかる。寿店があるのはその1F。おそらく上階はお住まいだろう。ほの暗い店内には正面に小さなカウンター、右手にちいさな床の間風のディスプレイがあるだけで、その手前の空間は2、3人も立てば一杯になるくらいの狭さ。それでも和菓子店らしく整った風情に好感が持てる。
左手の壁にある品書きには何個詰めで幾ら、としか書かれていない。三角巾にエプロン姿の年配の女性店員さんに、どんな種類があるかをか訪ねたところ、小豆餡、白餡、鶯餡があるとのこと。小豆を2個、他を一個ずつ購入した。
一方、雷門店があるのは三方を高いビルに囲まれ取り残されたように佇む古い木造2階建の1F。建物は浅草通りに面しており、そばの信号を渡るとすぐの場所に寿店がある。木戸を開けると左手に縁台、右手にカウンター。店内はやはり狭く、カウンターの上には包装用の箱が積み上げられており、いささか雑然とした雰囲気となっている。どら焼きの種類は寿店と同じ。
上の写真は寿店のどら焼き三種。手前が小豆餡、その向こうが鶯餡で、いちばん奥が白餡。
上の写真は寿店(左)と雷門店(右)のどら焼き(小豆餡)の断面。サイズは寿店の方が小振り。皮と餡とのボリュームのバランスが両者では明らかに異なる。食べてみると味も大違いで、店名こそ同じではあるものの、ふたつの『おがわ』はどうやら全く別の店と考えた方がよさそうだ。
どちらが美味しいかと問われれば、寿店に軍配が上がる。その上品できめ細かな食感と豊かな風味は、『うさぎや』には及ばずとも十二分に素晴らしい。餡については、私たちの好みからすると、若干ながら砂糖甘さが強いように思われるが、やはりきめ細かで美味い。雷門店のどら焼きは、寿店に比べるとかなり素朴なつくりで、オーバーに言うとなんとなくホットケーキ的だ。それでも専門店の商品として一定のレベルには達している。
どちらの店もアトリエから浅草までの途中にあり、徒歩でもせいぜい7、8分なのが有り難い。またぜひ立ち寄らせていただこう。
おがわ寿店/東京都台東区寿4-13-14/03-3841-2359
営業時間不明(17:00くらいまで,売切御免)/店休日不明
おがわ雷門店/東京都台東区雷門2-6-4/03-3844-4748
9:30-15:00(売切御免)/日休
10/16。南洋堂書店とKANDADAで展覧会を見た後、神保町の地下鉄駅出入口そばにある『さぼうる』へ。言わずと知れた老舗にして界隈を象徴する喫茶&パブだが、立ち寄ったのはこの日が初めて。創業は1955年。靖国通りとすずらん通りの間にある路地に面して立つトーテムポールと山小屋風の外観(すごい取り合わせだな)が目印。
ドアを開けて玉暖簾をくぐると右手にカウンター。正面手前に細い階段があり、フロアは地上と半地下とに分かれる。
上の写真は半地下席の様子。内装もまた木造煉瓦張りの山小屋風。この日は比較的空いていたせいか、煙草の煙はさほど気にならなかった。座席の配置とその詰まり具合は実に見事なもの。天井の低さといい、なぜか悪い気がせず、かえって落ち着いた気分にさえなるのが不思議だ。どこに座っても手の届きそうな距離にある壁や柱、天井は積年の落書きで覆いつくされている。客層は年齢、風貌ともに幅広い。
コーヒーとジャムトーストを注文。見た目、味ともに申し分無い昭和喫茶仕様。満足。
会計を済ませて店を出ようとすると、マスターと思しい老齢の男性がさっとドアを開け、歯切れ良い挨拶で送り出して下さった。同じ店を同じ場所で、半世紀を超える年月のあいだ続けて来た人物だ。その姿は颯爽として、思わずはっとするくらいに格好良かった。
次はぜひナポリタンをいただいてみよう。
さぼうる/東京都千代田区神田神保町1−11/03-3291-8404
9:00-23-00(LO22:30)/日休
11/9。大阪から須賀さんご夫妻が来訪。これは滅多にない機会、とばかりにオープンしたての自由が丘『alternative』へと問答無用でお連れした。ディナーコースをいただくのは私たちも初めて。
本日の魚介のグリル(上の写真左上)はホタテとイカ。刻んだ梨と一緒にいただく。ドリンクにはプレミアムモルツ生の後、〆張鶴の純米吟醸を4合ボトルで。
コンソメの茶碗蒸し(写真右上)の具はフォアグラ。白いのはカリフラワーのピュレ。本日の魚のお刺身(写真左下)はムツとブリ。絶品。本日の碗物(写真右下)は金目。極めつけに上品な出汁。金目の食感も素晴らしい。
フランス産鴨胸肉のポワレ(上の写真左上)はまさしくコンテンポラリー鴨葱。お食事(写真右上)は鮭のまぜご飯と原木しめじの味噌汁。どちらもワイルドでインパクトのある品。
本日のデザート(写真左下)はピスタチオのアイスクリーム。コースを通してのボリュームは十二分。食後には香り高い阿里山金宣(写真右下/台湾茶)を何度かお替わりしつつ、ゆっくりと過ごさせていただいた。大満足。
シンプルかつ骨太な味わいの料理は、どれもオーナーシェフ・渡辺さんの人柄を思わせるものだった。特に最初の一皿は、北海道出身である渡辺さんのルーツと、この店のコンセプトである「オルタナティブな日本食」を同時に表明するものとして感慨深い。用いられる器もまた一見してシンプルながらその実ユニークなフォルムを持つものが選ばれており、さりげなく料理を引き立てる。
さて、love the lifeのデザインは少しばかりでも渡辺さんのお役に立てただろうか。その点についてはぜひ実際に訪ねた方のご判断をいただければ幸いだ。12日からはランチコースも始まっているので、まずはどうぞお気軽に。
alternative(オルタナティブ)/東京都目黒区自由が丘 2-3-16-2F
03-3725-6730/12:00-14:00,18:00-23:00(LO21:30)/日祝休
23時前に代官山へ移動。『dcb』へ。いつ来ても心地よく、時間の経つのを忘れる店。久方ぶりの長く楽しい夜となった。
そして、11/10夜に再び『alternative』へ。翌日の朝にかけて完成写真の撮影。
上の写真は明け方にサンルームを撮影中のフォトグラファー・佐藤振一さん。すでにお疲れの様子。全部を撮り終わった頃には10時を過ぎてしまった。ぐったりと疲れ果てた状態で『アンセーニュ・ダングル』で珈琲の後、解散。
10/15。新宿で『alternative』のためのグラフィックデザインに関する打ち合わせ。その後、アラタメさんと『カフェ・ハイチ新宿本店』へ移動して軽めの夕食とコーヒー。1974年開業のドライカレーとハイチコーヒー、ハイチ料理の専門店。言わずとしれた有名店だが、私たちはこの日初めて伺った。
新宿駅から甲州街道を西へ。ソフマップを過ぎての角を右に少し入ると、間口の小さな雑居ビルから棕櫚ほうきのような樹皮に覆われた軒が唐突に突き出している。サンプルケース脇の狭く曲がった階段をB1Fへ。
フロアの形状はL字になっている。入口から通路に出ると右手に小さなキッチン、左手と突き当たりにいくつかのテーブル席があり、左に曲がると通路を中央にして奥までずらりとテーブルが連なる。合計40席以上はある模様。
家具類はコロニアル調の木彫を施された懐かしくも濃厚な様式。黄色い壁に沿って飾られた置物や絵画の類いも、店名からして当然ではあるが、見事に70年代流行の南の島テイスト。店内をうっすらと満たす煙草の煙。照明が明るいことを除けば、まるで30数年前に時計を止めてしまったような空間だ。軽く文化遺産的。
名物のハイチ風ドライカレーを注文。見た目に可愛らしく、味は意外にスパイシーでパンチのある品。美味い。
カフェ・ハイチ新宿本店/東京都新宿区西新宿1-19-2-B1F/03-3346-2389
11:00-23:30/無休
10/13。ウヱハラ先生のレガシー号(代車)で山中湖へ。結婚式以来一年振りにようた君と会って、彼の仕事場である『PICA山中湖ヴィレッジ』を見学させていただいた。パーマカルチャーをコンセプトにデザインされた、ユニークなレストラン、カフェ、コテージなどの複合施設。2007年8月にオープン。
ほとんど国産材のみが用いられているという木造の主要棟は、山中湖の南岸に面し、庭と森の植栽に囲まれて建っている。質素な外観は近隣の張りぼて観光施設とは明らかに異質な佇まい。
自家栽培の野菜を用いたオーガニックレストランのメニューはどれも気の利いた盛り付けで可愛らしい。中でもカレー(写真右上)とドライフルーツ(写真左下)は実に美味しく食べごたえのある品だった。
上の写真は別棟のハンモックカフェ。周辺の木々の間に掛けられたハンモックでカフェのメニューをいただくことができる。ソフトクリームが激ウマ。
最も楽しかったのは扇形の敷地を分割した中に様々な植物が混栽されたガーデンエリアの散策。害虫除けのための草花と、食用の野菜を同じプランターに共存させるやり方は、見た目こそワイルドだがその実合理的だ。しばらくは見慣れない花を見つけたり、強烈なハーブの芳香に感動していたが、レストランのスタッフの方が実際に茄子を収穫されるのを見てからの話題は「これ食えるの?」に集中。台東区のコンクリートジャングルに住む私たちも、なるほどこれがロハスとか言うやつか、と少しばかり実感した一日となった。
午後遅くにようた君のお宅を訪問。奥様とも一年振りに再会し、御子息と初の対面。流石、両親に似て眼に力のある男前の赤ちゃんだった。
9/25。十五夜。春日通りと新堀通りの交差点近くにある和菓子店『栄久堂』でお月見だんごが売られていた。ひとパック購入すると、よければ店先の器からススキを3本お持ち下さい、とのこと。ありがたく頂戴することに。
玄関前の共用通路から、良く晴れた空に綺麗な月が見えた。月見なんてたぶん20年振りくらいじゃないか。
普段、季節感に乏しい生活をしている私たちにとって、近所の和菓子店のこうした心遣いはとても貴重なものに思える。
兎の皿は李荘窯。
蔵前・栄久堂(January 21, 2006)
9/24。現場から駅へと向かう途中『丸栄』の前を通り掛った。自由が丘周辺では『とんき自由が丘店』と並び賞されるとんかつの雄。1967年開業。
そろそろ夕食時であるにも関わらず、入口はシャッターで固く閉ざされていた。貼紙を見ると、なんと8/31に店主・星野忠男氏がお亡くなりになったとのこと。
ラードのみで揚げるあの滋味に満ちたとんかつを、再び味わえる日が来ることを願わずにはいられない。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
8/10。福間さんのお誘いで『駒形どぜう』へ。1801年創業のどじょう料理店。初代越後屋助七は「どぜう」の表記の発案者とされる。浅草でも指折りの有名店で、アトリエからはほとんど近所と言って良いくらいの距離ながら、訪れるのはこれが初めて。
場所は駒形橋の手前を少し南に下った江戸通り沿い。路地を挟んだ隣はバンダイの本社で、少し北側にはエースの本社がある。1964年に建てられた木造の店舗は地上3階・地下1階の4フロアを擁し、席数は250を超える。シンプルさの中にも威風を感じさせる外観は、東京の庶民の文化と気質をよく表すように思う。店先にある『江戸文化道場』の看板は、隔月で催されている芸能、工芸などに関する講座の告知。
暖簾をくぐり、引戸を開けると、籐を敷き詰めた入れ込み座敷の賑わいが眼前にひろがる。気分は俄然盛り上がり、早速「そこ座っていい?」と靴を脱ぎそうになったが、この日は脇の階段から2Fの大広間に通された。1Fも2Fも天井は高く、内装のつくりは外観同様実にしっかりとしており、余計な装飾は無い。古い建物にしてはエアコンの効きは良く、そこらじゅうで鍋の湯気が立ち上っているにもかかわらず室内は快適だ。座卓を3人で囲み、どぜう定食を2人前とくじら刺身、鯉のあらいなどを一気に注文。ほどなく、座卓に仕込まれた小型のコンロにどぜうなべが乗せられた。
はじめて嗅ぐどじょうと味噌の合わさった香りは、不思議に懐かしく、優しいものだった。どじょうは丸のままだが、最初から骨まで柔らかく煮込まれている。たっぷりと葱を混ぜ、好みで山椒か七味をかけていただくと、その風味はさらに引き立つ。強いくせのようなものはどこにも無く、なんと言うか、しみじみ美味い。どじょうを開きにして卵でとじた柳川では、ふくよかな食感が一層強調される。これもまた捨て難い。
四十手前にして今さらのどじょう開眼。近々飯田屋にもぜひ行ってみなくては。
駒形どぜう/東京都台東区駒形1-7-12/03-3842-4001
11:00-21:00(LO)/年中無休
8/9。『更科堀井』で食事の後、『浪花屋』にも立ち寄った。たい焼きと甘味、軽食の店。1909年に麹町で開業し、40年ほど前に麻布十番へ移転。以後木造の店舗での営業を続けていたが、2005年に建て替えのため麻布十番温泉近くの仮店舗へ一時移転。2007年5月に再びもとの場所での営業を再開した。創業者の神戸清次郎は大阪の出身で、たい焼きの考案者とされる。
ひとつの金型で一匹ずつしか焼けない製法のため、縁日のたい焼きのように量産することはできない。この日は2Fのカフェスペースで並ぶこと十数分、テーブルに着いて注文してからさらに十数分待った。と言ってもこのくらいはまだラッキーな方で、持ち帰りを頼むと確実に小一時間は待たねばならない。
私たちは仮店舗を訪れることがなかったため、『浪花屋』のたい焼きをいただくのはずいぶんと久しぶりのこと。薄くパリっとした香ばしい皮の中に、ほくほくのつぶあんがぎっしり詰まった昔ながらのたい焼きの美味さは、時間の流れを全く感じさせないものだった。そして暑い季節となれば、焼きたてのたい焼きと一緒に食べたいのはやはりかき氷。この身体に悪そうな温度差がいい。
惜しいのは新しい建物とその使い方が良くないこと。もとの小さな土地に出来たビルは、道路の反対側から見上げたところおそらく6階か7階建て。各フロアに深めのバルコニーを設け、西日を少しでも遮ろうとしているのは分かるが、その脇に避難階段を置かざるを得ないため、エレベーターはおのずとフロアの中央に近い場所となる。おかげで店舗は2フロアとなったにもかかわらず、印象的にはずいぶんと窮屈になってしまった。特に2Fでは会計や配膳の機能がすでに客席側へと溢れ出してしまっている。店舗のプロが設計したものではないことは明らかだ。運営面での慣れの問題などいろいろ事情はあるのだろう、とは思うものの、なんとも残念でならない。
帰り際に振り返ってみると、店先のたい焼き専用キッチンの奥にも椅子とテーブルが置かれているのが見えた。どうやら1Fでも食べることができるようだ。空調のろくに効かないなか、ぎゅう詰めのフロアで汗をかきながらたい焼きを頬張ったあの木造店舗の記憶が、あそこでなら再現されるかもしれない。そう思うと、また麻布十番へ行くのが楽しみになってきた。
浪花屋/東京都港区麻布十番1-8-14/03-3583-4975
10:00-20:00/火、第3水休
8/9。目黒での打ち合わせから小泉誠展へ向かう途中、麻布十番で地下鉄を降りて遅い昼食を摂ることにした。向かったのは『更科堀井』。更科を屋号とする蕎麦屋の本家本元とされる堀井家の店。
更科の創業は1789年。様々な変遷を経て『更科堀井』が開店したのは1984年。麻布十番商店街の端っこと言って差し支えないこの場所だが、今では六本木ヒルズにほど近い好立地となった。煉瓦調タイルに覆われたマンションビルの1Fに掛かったその暖簾の様子は、雑多な植栽に埋もれてしまいそうなくらいに静かで控えめだ。
照明を押さえた店内に入ると目の前に大テーブル。それを挟むようにして右手に小さなテーブル席がずらりと並び、左手に座敷席という配置。小テーブルの列に割り込んで、店内を隈無く見渡せる場所にレジカウンターが置かれている。この日は少し奥の座敷に落ち着いた。もりの大盛りと冷しじゅん菜とろろそばを注文。
そばにはしっかりとしたコシがある。風味はさっぱりとして、のどごしが実にきれいだ。“洗練”という言葉の似合うこの店の味をストレートに楽しむなら、スタンダードな「もり」か、蕎麦の芯のみで打った「さらしな」がいい。「から」、「あま」の2種類のつゆが出されるのもこの店の特徴。「から」のつゆは並木とまでは行かないが、濃く、強い。冷しじゅん菜とろろそばは、たっぷりと盛られた具の食感と、そばとの相性が様々に楽しめる面白い品だった。
サービスは気さくながら目は十分に行き届いている。老舗のオーラを感じさせない自然体の雰囲気が好ましい。その庶民性ゆえにこの店の味は特別であり、蕎麦には素人の私たちにとって確かな指標となってくれる。そばは堀井。つゆは並木。
更科堀井/東京都港区元麻布3-11-4
03-3403-3401/11:30-20:30/水休
8/6。午前中の打ち合わせからの帰りに『デンキヤホール』の前を通りかかった。とんかつサンドのショーケースがまだ店先に置かれていたので昼食用に購入。近所にもかかわらず、いただくのはこれが初めて。この日店に入ったのは11時を過ぎた頃。残り3個で売り切れのタイミングだった。
ペリカン製のパンに挟まったサクサクのひれカツ。ソースのかかり具合が控えめなのがいい。シンプルな美味さにほっとする。
この『デンキヤホール』の営業形態はかなり変則的だ。ランチタイムはとんかつ定食を食べさせる店で、午後の休憩をはさんで夕方からはなぜかメニューがお好み焼きに変わってしまう。で、一番人気のとんかつサンドだけは朝8時から数量限定で販売されている。なんでこんなややこしいことになってるんだろうか(上の写真は夜の営業時の様子。店構えの写真はこちら)。また、観音裏の千束商店街に同名の喫茶店があるが、関係があるのかどうかは不明。もともと電気屋だった、かつて仁丹塔のそばにあった、と言った噂もいくつか耳にするものの真相は分からない。浅草のちいさな謎。
デンキヤホール/東京都台東区寿4-7-7/03-3847-2727
とんかつサンド販売・8:00-売切まで
とんかつ定食・11:30-14:00,お好み焼き・17:30-21:30/日祝休
8/4。MOKAさんご両人のお誘いで中目黒のジンギスカン店『まえだや』へ。ブームがあったのかどうか良くわからないジンギスカンだが、この店はそんなことになる遥か前の1999年にオープンしている。
駅から山手通りを南下して立体交差を左折。駒沢通りを北上し、目黒川と歩道橋を過ぎた辺りで右手の路地に入ると、最初の角に『まえだや』が見つかる。木造家屋の1Fを改装し、簡素なアルミサッシをはめ込んだだけの店構え(もとは豆腐屋だったと聞く)。目立った看板も無ければ暖簾も無く、ビールメーカーのロゴ入りの置看板だけが店名を示す。ただならぬ潔さ。
中央の引戸から店内へ。モルタルの床に白いボード貼りの内装もまた店構え同様に簡素そのものだ。手前の6畳間ほどのフロアにちいさなテーブルが4つ5つ。左奥のキッチンスペースに貼り付くようにして5席ほどのカウンター。まずはお待たせしてしまったお二人に謝りつつ、華奢なパイプ脚のスツールに腰掛けて飲み物を注文。上品な味付けの島らっきょうとザーサイ、キュウリとセロリのにんにく和えをつまみながら肉を待つ。
ほどなく木目の化粧板のテーブルに七輪が置かれ、ネギ塩焼とロースの網焼が登場。マトンではなくラムを使用しているとは言え、敢えてこうした出し方をする店は少ないのではないか。果たしてその肉質は実に素晴らしく、柔らかさとジューシーさに顔がほころぶ。
続いてはいよいよジンギスカン。この日は店主・前田ゆかり氏が直々に油を引き、野菜のセッティングをして下さった。その作法は実に丁寧で、思わず見ほれるほど。いただく箸にも気合いがこもる。ネギ塩焼、網焼と同様ジンギスカンの肉も厚切り。羊肉ならではの風味はあっても嫌な臭みは微塵も無く、美味い。シメにいただいたニラ玉雑炊のふわりと優しい食感も忘れ難いものだった。
食器の趣味もまた店のつくり同様に控えめで可愛らしい。白い三角巾の女性とモヒカンの兄ちゃんのサービスも含め、この店の素っ気無さは見事に徹底されている。それだけに肉の持つ力強さが一層際立つ。勝負所をこれだけ明快に示した店は世間にそう多くはない。いつの間にか席の埋まっていた店内は、七輪の煙と、蛍光灯の白い光と、不思議な清潔感とで満たされていた。この店のデザインは完璧だ。
まえだや/東京都目黒区中目黒1-5-8/03-3716-8322
18:30-24:00(土-23:30)/日祝休
6/25。天満天神繁昌亭の当日券を取り損ねた後、空港バス乗場近くに荷物を預けに一旦梅田へ移動。ついでに遅めの昼食を摂ることにした。向かったのは新梅田食堂街奥のお好み焼き店『きじ』新梅田食道街店。訪れるのはこの日が初めて。
新梅田食堂街があるのはJR大阪駅の東側高架下。1950年に18店舗で開業し、現在2フロアに97店舗がひしめく。「食堂街」と言っても特別なアーケードやファサードはなく、足を踏み入れると蛍光灯にこうこうと照らし出された幅も高さも2mそこそこの通路が編み目のようにひろがり、数坪ほどのちいさな店舗が延々と軒を連ねる。バラック街を計画的に作ってしまったような、ちょっと近未来SF的な空間だ。
『きじ』はこの地の奥で1954年に創業。入口のちいさな暖簾と引戸をくぐると細く急な階段。登りきったところにある店は1Fの店舗と頭上の線路との隙間に窮屈そうに挟まっている。左手に客席カウンターとキッチン、右手に4人掛けのテーブルが4台。飯時には長蛇の列のできる有名店だが、この時間は幸い空いておりすぐに席へと着くことができた。スツールの座面をパカっと開けて手荷物を中に入れ、テーブル席におさまって豚玉とスジ焼を注文。お好み焼きは出来上がりをテーブルへと運ぶスタイルで提供される。焼けるまでしばし店内をぐるぐると拝見。頭上すぐの高さにせまるヴォールト状の梁型や空調設備はいかにも古そうなもので、飴色のフィルターを一枚被せたような姿。壁だけは割合最近張り替えたようで、OSBに覆われている。
アイドルタイムだったせいか、いつもこの調子なのかは分からないが、焼き上がりまでにはけっこうな時間がかかった。もしかすると鉄板の温度を下げているのかもしれない。コップの水を何杯もいただくと、その度にいいタイミングで注ぎ足しに来てくれるサーファーっぽい風貌の店員君の真面目な働きぶりが妙に微笑ましい。
ともあれ、満を持して登場したお好み焼きは、幾度か足を運んだことのある丸の内店同様、薄くソースのかかった見目麗しいものだった。早速いただくと、鳥ガラ出汁を含んだ生地と具との馴染み具合が実に素晴らしい。しその香りは丸の内店以上にフレッシュで、その大人びた風味とほっこりした食感の相性が独特。何と言うか、しみじみと美味いのだ。この不思議な感覚は、ロケーションの持つ力のせいだけではあるまい。
現在『きじ』の本店は梅田スカイビルへと移り、オーナーの木地氏はそちらにいらっしゃる模様。もうかれこれ12、3年は訪れていないので、どんな味だったかすっかり忘れてしまった。またの機会にはぜひ伺って、3店の味を比較してみたいものだ。
きじ新梅田食道街店/大阪府大阪市北区角田町9-20新梅田食道街
06-6361-5804/12:00-21:30/日休
5/30。新丸ビルでバンディット・安田さんと会食。『こなから新丸ビル店』でおでん。
『こなから』の本店は神田明神のほど近く。開業後十数年とのことだが、木造2階建に20席くらいのカウンター席を備えたちいさな店の名は、食通のあいだではほとんど聖地のように語られている。予約を取付けるのはなかなか難しいらしく、私たちは数年前に一度タロヲさん夫妻に連れて行ってもらったきり。その味は忘れ難いものだった。この4月にオープンした新丸ビルに、その『こなから』が支店を出すと聞いた時、にわかには信じられなかったが、現にこうして早くも二度目を訪れることができたのはなんとも嬉しい限り。
店の構えはやはりこぢんまりとしており、狭い靴脱ぎから板間に上がると、すぐそこに瓢箪型の銅鍋からいい具合に湯気が立ち上る様子が見える。客席は鍋を囲んでコの字型を描く大きなカウンターと、その脇にあるテーブルに分かれ、どちらも掘火燵形式。
こうした細部のつくりは本店同様だが、そこはテナントビル内の飲食フロアの一角。しかも席数は40ほどと倍増している。店内の賑わいは本店の親密な雰囲気とは打って変わってほとんど大衆酒場的で、それはそれなりに心地良い。営業的には今のところ予約を受けず、2時間制で客を入れ替える方式がとられている。
上の写真はだいこん、こんにゃく、いわしつみれとオリジナルメニューの新丸さん。どんこ、昆布、鰹節、鯖節からとられるという合わせ出汁はこの上なく澄み切っている。その味は見た目同様クリアであるばかりでなく、深く、そして濃い。丁寧に仕事の施された具材の力強さも含め、本店に一切遜色の無い絶品のおでんだ。
一品料理も素晴らしい。上の写真はかきおでん。長芋の塩焼も見事。
豊富なメニューをじっくりと楽しむ客が居る一方、数品と一杯ですっと引いてゆく客も多く、席の回転は意外に速い。この店の使い勝手の良さは、言わば好事家のサロンであった『こなから』が、おでん屋としてその本道へ真っ向から切り込む姿勢を示すように思う。願わくばこの高みのまま、永く在り続けてもらいたい。
こなから新丸ビル店/東京都千代田区丸の内1-5-1新丸の内ビルディング5F
03-5220-2281/11:00-15:00,17:00-23:00(土日祝-22:00)/無休
5/30。浅草で昼食。『ヨシカミ』を初めて訪れた。「うますぎて申し訳ないス!」のコピーで地元ではお馴染みの洋食店。創業は1951年。現在の建物は1960年築。
場所は新仲見世の北側、ROX向かいのフットサルコート裏手。往時のことは分からないが、現在の街並からすると少々見つけ辛い。外観は有名店にしては比較的地味でこぢんまりとしている。
五叉路側(写真手前側)の茶色いテントの下にあるちいさなアルミのドアから店内へ入ると、目の前にカウンター席があり、その左右にテーブル席が並ぶ。席数は意外に多く、特にカウンター左側のエリアには奥行きがある。この日はその突き当たりのテーブル席に落ち着いた。
大衆食堂らしいスチールフレームのスタッキングチェアは背と座が茶色いビニールレザー張り。背に店のキャラクターが型押しされているのが可愛らしい。そこら中に貼られたPOPは壁や窓辺を埋め尽くす勢いで、しかもそのほとんどが今時珍しいサインペンによる手描き。凝ったイラスト入りのものが多く、楽しく見飽きない。暇な時間だったことも良かったのかもしれないが、年配の店員さん方の応対は親切でゆったりとしており、食事の前からすっかりくつろがせていただいた。
注文したのはビーフシチューとオムライス。皿にも大きくキャラクターがプリントされている。味はとびきり、というわけではないが、値段からすれば十二分に美味しい。
優しく懐かしく、気取らない洋食店。今後はぜひ気軽に使わせていただくことにしよう。昼時から夜十時過ぎまでノンストップで開いているのも有り難い。
ヨシカミ/東京都台東区浅草1-41-4/03-3841-1802
11:45-22:00(LO)/木休
5/22。午前中に『MOTTAINAI津島』完成写真撮影が終了。名古屋へ戻って昼食を摂った。フォトグラファー・佐藤さんお薦め鰻屋『いば昇』へ。創業は明治期のようだが、詳しいことは不明。現在の店舗は1951年に建てられたもの。
ビルの谷間にあってこぢんまりとして見えるが、建坪は意外に大きい。入ると右手にレジ。続いてテーブル席がいくつかあって、突き当たりに大きめの坪庭。左手にまわり込むようにして奥へ進むとさらにいくつかのテーブル席。奥に数室の座敷席がある。この日通されたのは最も外れの小部屋で、そこからもまた小さな坪庭が見えた。どちらを向いても実にしっかりと手の入った木造。完成時の迫力は相当なものだったろうと思わせる。今ではいい塩梅に枯れた風情が心地良い。ひつまぶし三人前を注文。
ひつまぶしは『いば昇』三代目店主が考案したとされる。その食し方はいかにもジャンクで名古屋らしく、正直最初はそれなりの味だろうと踏んでいた。ところが、実際にいただいてみるとどうして、これが素晴らしく理にかなった作法であることを思い知らされ眼から鱗となった。
まず何と言っても鰻そのものがいい。刻んで飯に混ぜてもその香ばしさは失われること無くむしろふくよかさを増す。辛めのたれ、固めの飯との相性は抜群だ。つづく葱は極薄に輪切りされており、爽やかな辛味と繊細な歯触りが一層食欲をそそる。そして最後に茶漬けにすると、全ての素材が生き返ったように新たな風味を醸す。
無論、良質な仕事と素材無くして万事こうは行くまい。肝吸は澄んだ出汁に大ぶりの具。美味い鰻を食った、という満足感を堪能させていただいた。
数度の出張で私たちの頭の中に築かれつつあった名古屋の食に対するイメージは、おかげで見事に崩壊。恐れ入りました。。。
いば昇/愛知県名古屋市中区錦3-13-22/052-951-1166
11:00-14:30,16:00-20:00/日第2・3月休
5/6。タロヲさんと近所で夕食。三筋二丁目の天婦羅屋『みやこし』へ。訪れるのは春先以来二度目。
場所は新御徒町駅からほど近い春日通南の住宅街。煉瓦調タイル張りの低層ビル1Fの少し奥まったところに藍色の暖簾がかかる。白木の引戸には擦りガラスがはめ込まれ、中の様子はほとんど伺い知れない。「ひっそりと佇むような」とはまさにこうした店構えにふさわしいたとえだ。
店内に入るとフロアの左側をL字型に白木のカウンターが占め、右側の通路がキッチンの脇から奥の座敷へと続く。内装は比較的新しい様子で、余計な造作をすることなく潔く整えられている。照明はフラットで明るく、当然ながらBGMは無し。
この日は3人だったが、やはり揚げたてをすぐに食べたいのでカウンターの奥に陣取った。ダイニングチェアは剣持勇デザインの秋田木工製とこれまた正しくスタンダードなスタイル。
眼鏡の奥の眼光鋭い店主氏に天婦羅コースを注文。瓶ビールでデザイン談義しつつ、熱々を次々にいただく。
この店の天婦羅をなにかしら言葉で形容することは難しい。ネタが素晴らしい。衣が歯触り良く、香ばしい。当たり前の文句ではあるが、それらを高い次元で成り立たせる店主氏の技に敬意を覚える。虚飾の無い、東京の天婦羅だ。この日はじめて仕上げに天茶をいただいたが、予想を上回るきれいな味わいに思わず唸らされた。
徒歩5分の距離にある名店。季節ごとに足を運ばせていただきたい。
みやこし/東京都台東区三筋2-5-10/03-3864-7374
11:30-14:00,17:00-21:00(日祝夜のみ)/水休
4/24のプレオープンから数日にわたって視察した新丸の内ビルディングについてのあれこれ。
全体のプランニングはビル中央にエレベーターなど共用の機能要素を配置し、その周辺を通路とテナントがぐるりと取り囲む形式。六本木ヒルズの森タワー低層フロアと同様の極めてオーソドックスなものだ。各フロアのエスカレーター周りにソファがいくつも振る舞われていること、モールディングやミラーなどを多用した偽ヨーロッパ調の装飾がそこかしこに見られることなどを除けば、特筆することは無い。
個々のテナントのデザインにはユニークなものがいくつかあった。以下、あまりに人が多くてろくな写真が撮れなかったので、そのうち差し替えるのを前提にとりあえず。
中でも最もアヴァンギャルドで、かつ品格あるインテリアデザインを見ることができたのはアイウェアショップ『decora TOKYO』(2F)。商品の眼鏡は主に店内奥のガラス棚と手前のステージに置かれている。共用通路に対して垂直方向に並んだガラス棚の正面側には左官壁が立ちふさがり、店の外からは商品が斜めにちらほらとしか見えない。また、人の胸の位置ほどの高さのあるステージは天面が大きく凹んだつくりとなっており、そこに置かれた商品を見るには近づいて上から覗くより他は無い。ガラス張りの正面から店の全景を見れば、縦格子状の白い左官壁と黒い塊のような造作が柔らかな間接照明に包まれてあるのみ、と言った景色。カウンセリングを重視したプランを明快な手法でさらりとまとめたのはinfix(間宮吉彦氏)。
フロア中央に巨大なオーブンを象徴的に置いたプランで度肝を抜くのが『POINT ET LIGNE(ポアンエリーニュ)』(B1F)。『d'une rarete』、『Dan Dix ans』に続く淺野正己氏プロデュースのベーカリー。オーブンの三方をカウンター造作が取り囲み、パンのディスプレイや受け渡しなどすべての運営機能をそこで賄う至ってシンプルな空間構成がとられている。右側の壁は土煉瓦のような素材に覆われ、最奥は鮮やかなピンク色の左官、そしてエントランスは一面ダークグレーの巨大な引戸。オーブンの設置場所は防火区画となるため天井内にシャッターが収められ、その帆立がイエローの面としてふたつ並んでいる。『Dan Dix ans』のような精緻さは無いが、このルイス・バラガン的な大胆さもまた素敵だ。インテリアデザインはTYPE-ONEの斉藤真司さん。
山手線の東側に住む人間にとって、新丸ビルの飲食店(一部は朝4:00まで営業)の充実ぶりは実に頼もしい。中でも一際清逸な店構えを持つ蕎麦屋が『石月』(5F)。一部に個室を配置したフロアは、間接照明のラインを境に羽目板張りのボリュームと左官の面に分節されている。その構成は極めてシンプルだが、キッチンを区切る壁の描く緩いカーブや、通路側の開口上部を大きく斜めに裁ち落とすなどの操作も手伝って、ギリギリのところで緊張感のある空間が成立している。こうした寸止めは相当な腕前が無くてはとても出来るものではない。いただいたパンフレットを見ると、インテリアデザインを手がけられたのはレミングハウス・中村好文氏とのこと。大いに納得した。軽快な椅子のデザインも見事。
何分オープン直後なので運営面にはまだこなれていない印象があった。それでも京橋『三日月』ゆずりの蕎麦とつまみは抜群。ほぼ出汁の風味のみで完結するつゆは『並木』とは対極のスタイルだが、美味い。今後このエリアで蕎麦をいただく店はここで決まり。
どなたがデザインされたのかは不明だが、グラフィカルな手法で東欧のテイストを簡潔に表現したジュエリーショップ『COCOSHNIK(ココシュニック)』(3F)のインテリアは、『石月』とは真逆の方向から来てギリギリのところで踏みとどまったデザインに唸らされた。什器などの細部も素晴らしい。
その他、吊り戸棚形式のワインセラーを見せ場にした迫力あるデザインの『WW』(6F/写真)、ゴッサムシティで見かけそうな凝ったつくり込みの『ARTS & SCIENCE 新丸ビル』(1F/写真)、赤い暖簾の向こうに白い木立のような什器が並ぶ『記憶 H.P.FRANCE 丸の内店』(1F/写真)なども印象的だった。
新丸の内ビルディング・丸の内ハウス(May 16, 2007)
4/23。ミッドランドスクエアから地下鉄で栄へ移動。『風来坊』栄店で夕食。『風来坊』は名古屋名物・手羽先(唐揚げにたれで味をつけたもの)の元祖とされる居酒屋チェーン。創業は1963年。その店舗数は市内を中心に国内・アメリカを合わせて70以上を数えるが、なぜか東京にはひとつもない。
松坂屋の交差点を瓦通沿いに東へ。二区画目の雑居ビルに栄店の看板が見つかる。地下の通路を奥へと進み、思いのほか小さな引戸を開けるとすぐそこがカウンター席。人数を告げ、店内通路のさらに奥にある座敷席へ。
内装のつくりはまったくもって正しい場末の居酒屋風。テーブルも入れると席は全部で60くらいはある様子。20時過ぎに訪れた時点での埋まり具合は半分ほど。客層は年齢も性別も大いに様々だ。
座布団に落ち着くと、店員さんにまず飲み物と手羽先の数を聞かれる。手羽先のボリュームがどのくらいなのか見当がつかないが、あまり多過ぎてもどうかと思ったので「2つ」注文してみた。で、登場したところが上の写真。一個のサイズがわりと小さめなので、これなら食べられそうだと一安心。後で周りの様子を伺うと、なんと一人で「4つ」を平らげる女性客も居るようだった。
甘くスパイシーなたれと胡麻のかかった手羽先の味は複雑で奥行きがある。ビールのつまみとしても最高だが、料理としての完成度の高さも感じられた。確かに美味い。
もも焼き(写真左下)も含め、全体に甘辛く濃い味のものばかりを頼んでしまったのはいささか失敗。つくね(写真右下)に黒胡麻が練り込まれていたのにはちょっと驚いた。さっぱりと生姜醤油でいただく霜降り(写真左上)で一息。意外に素晴らしかったのはみそ串かつ(写真右上)。これはまたぜひ食べたい品。
2時間程して勘定をしてもらう頃、月曜日の夜だと言うのに店はほぼ満席になっていた。それでもフロアでただ一人の日本人店員と思われるおばちゃんの応対は至ってマイペースなままで、それをとやかく言うような客も居ない。おそらく名古屋の人々にとって、この店は家庭の延長のようなものなのだろう。
風来坊栄店/愛知県名古屋市中区栄5-3-4
052-241-8016/17:00-1:00(LO24:00)/日休
4/21。『並木薮蕎麦』の後、少々お腹に余裕があったので、二本東側の通り沿いにある『浅草志乃多寿司』でテイクアウト。こちらも訪れるのは初めて。
間口の小さな茶色いタイル張りのビル1Fに茶色いテントを突き出した店構えはなんとも素っ気無い。暖簾をくぐると開け放たれたアルミサッシの引戸のすぐ向こうにショーケース。メニューは稲荷寿司と干瓢巻のみ。八個詰を注文すると店主氏がおもむろに握りはじめる。出来上がるまでの数分、店先の小椅子で待つ。
油揚げと固めの飯に甘辛い出汁をたっぷりと含んだいなり寿司。干瓢巻きの風味とやわらかな食感もまた申し分無い。
浅草志乃多寿司/東京都台東区雷門1-1-10/03-3844-1795
営業時間も定休日も不明。今度聞いとこう。
4/21。近所で用事を細々と済ませたついでに軽く昼食。『並木薮蕎麦』を初めて訪れた。蕎麦好きには知らぬ者の無い老舗。1913年創業。
店舗は雷門と駒形橋の交差点の中ほどにある木造二階建。こじんまりとした外観がかえって目に留まる。暖簾をくぐると店内は中央の通路を境にテーブル席と座敷に分かれ、突き当たりにキッチンと会計窓とトイレが並ぶ。内装は古く、照明は控えめ。木部と聚落壁のしっかりした造りが印象深い。歯切れ良い応対の店員さんにもりと天せいろを注文。
コシの強い細打ちそば自体大いに平均を上回るのものだが、何と言っても驚いたのはつゆ。その量は少なく、色は黒く、醤油と鰹節の味の強さは「キリっとした」などと形容できるような生易しいものではない。辛口とは聞いていたが、ここまでとは。ほんの少しだけ漬けてすするそばの風味は実に格別。なるほど、粋だ。
天婦羅もまた美味い。この日いただかなかったかけそばの出汁は鯖節とのこと。また近いうちに伺わねば。
並木薮蕎麦/東京都台東区雷門2-11-9
03-3841-1340/11:00-19:30/木休
ところで、蕎麦屋の屋号についてはいろいろと面白い記述があるようだ。
深川・薮そば(深川散歩)
薮(蕎麦屋)(Wikipedia)
江戸そばの源流(大阪・上方のそば)
4/8。花まつり茶会の前に『Dans Dix ans』(ダンディゾン)に立ち寄った。ずいぶん前から行かねばと思いつつ機会の無かった店。青山『d'une rarete』(デュヌ・ラルテ)に続く淺野正己氏プロデュースのパン屋として2003年オープン。
内外装のデザインは斉藤真司さん。斉藤さんは当時設計施工も手がけていたSHIZENのデザイナーで、現在はTYPE-ONEを主宰されている。『Dans Dix ans』は斉藤さんの代表作であると同時に、SHIZEN代表・島田武さんのテイストが色濃く反映された空間だと聞いていた。
大正通りを西へしばらく進み右手の裏路地に入ると、小さな広場に面したガラス張りの小さなビルがある。その片隅に置かれた小さな看板が『Dans Dix ans』の目印。ゆるやかな階段をB1Fへと降りて、大きな一枚板の自動ドアを開けると、パン屋と言うには実に異質な空間がひろがっていた。
店舗区画はガラスの間仕切りでキッチンとショップに大きく2分割され、双方に視線を遮るものはほとんど無い。ショップ中央に置かれたショーケースはガラス越しにキッチンの作業台へと繋がり、一体のボリュームとして存在する。ショップ側のドライエリアに面して天井吊りの商品棚(キッチンとの間をレールで移動することが出来る)があり、ガラスと垂壁を通した向こう側には緑鮮やかな笹の植込と手水鉢がのぞく。
ショーケースは小さなダウンライトと造作内のLEDで、商品棚は斜めの折り上げ天井からのスポットライトで照らされ、その他の照明はごく控えめ。暗い店内に商品と植込、そして揃いの白いユニフォームを着けたスタッフの姿だけが浮かび上がる。
研ぎ澄まされ、清々しい緊張感に満ちた空間は、とても気軽に写真が撮れるような雰囲気ではなかった(上の写真は帰ってカットしてから撮ったもの。店内の写真は『JAPANESE DESIGN』などに掲載されている)。調理中の足下まで丸見えの、全く逃げ場のない店内が、オープン後数年を経てこれだけ美しく保たれている背景には、スタッフの弛まぬ努力と優れたプランニングがあるに違いない。これほどまでに強烈なオリジナリティを持った店を見たのは本当に久方ぶりだ。文句無しに店舗デザインの名作。
BE20(フレッシュバター20%+水)とS77(豆乳77%、油脂なし)、セーグル・オ・ルヴァン、ニームとキンカンのジャムを購入。どれも大変美味でした。S77のもちもちした食感は特に印象的。
Dans Dix ans/東京都武蔵野市吉祥寺本町2-28-2
0422-23-2595/11:00-19:00/水・第1、3火休
3/16。午前中に青山で打合せ。早めのランチを摂ってからスパイラル・マーケットの脇で開かれている帯留のちいさな展示会へ。移動中に気になる喫茶店を見つけたので、引き返して立ち寄ってみることにした。
エントランスは青山通りに面したビル1Fの、階段室のようなスペースの奥にある。看板はごくごく控えめで、注視しないと何の店がどこにあるのか分からないほどだが、赤いラインで描かれた魚のマークだけは記憶の片隅に残っていた。そう言えばずいぶん前からあったような。
壁に連なった魚のマークをたどると、サッシュレスガラスの向こうに柔らかい自然光の差し込む白い空間が現れた。表からは全く想像のつかない端正な店構え。
店名の『POISSON D'AVRIL』(ポアソン・ダブリル)は四月の魚(フランス語でエイプリル・フール)という意味だそうだ。オープンは2004年3月。
通路はキッチンカウンターを回り込むかたちでL字型にとられており、その中ほどに一枚ガラスの大きな窓がある。向こう側は隣のビルとの狭間。白くペイントしたコンクリートブロックで囲われた中にウッドデッキが敷かれ、ちいさな庭となっている。ウッドデッキの高さは客席カウンターの天面に揃えられ、ガラス越しに感じられる空間のひろがりが心地良い。黒いカウンタートップに庭が写り込む様子がまた実にいい景色。この日たまたま展示されていた藤波洋平氏の平面作品も、その柔らかな風合いが店内の印象にマッチし、上手く引き立て合う存在となっていた。
最奥は白い壁をくり抜いたような羽目板張りの凹みとなっており、集成材のベンチが設えられている。その手前にはテーブルと黒いプラスティックチェア(KartellのMaui)。モノトーンと素材の使い分けがなんとも絶妙。造作のディテールの美しさ、施工精度の高さにも思わず唸らされる。デザインを手がけたのは藤岡新(プラッツデザイン)氏とのこと。
メニューはほぼ珈琲、紅茶類とケーキのみ。丁寧にいれられた珈琲は十分に満足できる味わい(堀口珈琲で指導を受けられた模様)。軽く上品でなおかつしっかりとインパクトのある自家製ケーキは文句無しに素晴らしい。食器類のセレクトについてはそのセンスこそコンサバティブではあるが、良いものを妥協無く選ばれていることは明確に伝わる。
物静かな女性オーナーによる真っ当で清楚な喫茶店。ぜひ末永く繁盛してほしいが、できればあまり人に教えたくないような気もする。青山にあって今時貴重な、宝物のような店だ。
POISSON D'AVRIL/東京都港区南青山5-1-25-1F/03-3499-0867
10:00-19:00(土12:00-19:00)/日祝休
3/9。午前中に代官山でマンションリフォームの完成・引き渡しの後、一旦アトリエへ戻るついでに近場でランチを摂ることにした。訪れたのは入谷の洋食店『キッチンよしむら』。開業は1953年。
入谷交差点から言問通りを浅草方面へ少し歩くと、ほどなく店は見つかった。看板は半壊状態で、古びたサンプルケースの中身はいい具合に日焼けした状態。店の正面の半分くらいはそのサンプルケースで塞がっていて、通りから中を伺うことはほとんどできない。あらかじめ評判を見聞きしていなかったらまず足を踏み入れようとは思わないであろうデンジャラスな店構え。
自動ドアをくぐると、すぐさま右手の細い階段を2Fへ上がるよう促される。1Fの大半はキッチンカウンターに占められ、もとはカウンター席として使われていたであろうスペースはすっかりパントリーと化していた。2Fには20席ほどのテーブルセットが割合ゆったりと設けられている。内装の古び具合はかなりのもの。おそらく開業当時から50年あまり、改装を重ねながらこの建物でずっと営業を続けて来たのだろう。窓際に落ち着いてビーフシチューとエビフライを注文。
このビーフシチューがなんとも素晴らしかった。とりわけドミグラスソースの深みとコクは驚嘆に値する。優しくまろやかな、正しい洋食屋の味わい。牛肉も野菜も嬉しくなるくらいにボリュームたっぷり。
エビフライの豪快な盛り付けには思わず顔がほころぶ。これまた食べごたえ満点。一緒に頼んだロールパンはペリカン製。大満足の洋食を久しぶりに堪能させていただいた。
考えてみれば、洋食店が新しくオープンしたと言う話しは最近ほとんど聞くことがないように思う。「日本における洋食」という料理様式は今後ますます希少化しそうだ。特にこうした庶民的な洋食専門店は、もしかするとそのうち無くなってしまう運命にあるのかもしれない。残るは高級洋食とカフェ飯、みたいな二極化した状況が避けられないとすれば、実に残念なことだ。
幸い私たちの生活圏内にはまだこうした洋食店がいくつも残っている。『キッチンよしむら』にもまた近いうちに足を運ばせていただこう。今度はハヤシライスかメンチカツあたりかな。
キッチンよしむら/東京都台東区入谷1-5-2/03-3872-0907
11:00-15:00,17:00-20:30(LO)/水休
2/16。MOKAさんご両人に連れられて渋谷・のんべい横丁へ。東京に暮らして十数年目にしてこのエリアに足を踏み入れたのは初めて。横丁の写真を撮るには事前許可が必要なのだそうだが、とりあえずクレームの類いが来るまでは載せておく。
横丁はJR山手線の高架と二列の木造長屋に挟まれた二本の通りからなる。通りは真っ直ぐに平行しており、その両端には共同のトイレ。面積、店舗数はさほど大きくはない。実にコンパクトで、シンプルな構造の横丁にはカオティックな印象は無く、むしろ合理的に整理されている。地上階にある店舗はどこもせいぜい2、3坪かそれ以下の規模。建具一枚を隔てた中では小さなカウンター周りに十人くらいの客がぎゅうぎゅう詰めで肩を寄せ合っている。ここで飲むには客の側に一定の節度が必要だ。
この日私たちが連れて行っていただいたのは焼鳥の名店として名高い『鳥重』。大串のビジュアルとその味のインパクト、三交代予約制の営業形態、思わず驚愕する勘定の安さ、などなど、この店については多くの人に語り尽くされている。
調理と接客を一手に引き受けるおばちゃんの絶妙な場の仕切りと美しい言葉使いは、小さな空間と限られた物資を最大限に有効活用するための知恵そのものだ。おそらくのんべい横丁はそうした知恵の集積で成り立っている。
鳥重/東京都渋谷区渋谷1-25-10のんべい横丁
18:00-,19:30-,21:30-(三交代予約制)/日祝休
*電話番号は原則として非公開
2/7。打合せの帰り道で『HABUTAE』と言う店を発見した。日暮里バスターミナル前のゴチャゴチャした環境の中で、黒いパネルに覆われたフラットな外観が静かに異彩を放つ。1819年創業の老舗『羽二重団子』の駅前支店として2003年2月にオープンしたとのこと。
店内は大理石張りの大きなサービスカウンターと通りに面した客席カウンター、フロア中央に置かれた変形五角の大テーブルで構成されている。天井面はサービスカウンター上から扇状にひろがるリブ造作に覆われ、床のタイル張りパターンもそのラインに呼応したもの。チェアの背には団子のマークがくり抜かれていて、なかなか可愛らしい。
テーブルにもカウンターにも高さのあるものは置かれておらず、席に着くと店内に視線を遮るものは何も無い。インテリアはその質の高さを保ちながら通りとひと繋がりになる。
いただいたのは羽二重団子(下の写真左)とHABURTAEアラカルト(下の写真右)。香ばしく腰のある団子が美味い。
羽二重団子のパンフレットを見ると、かつて(大正辺りまで)日暮里は文人の好んで集まる風光明媚な別荘地だったとのこと。今では想像することさえ難しい。今度この辺りの地図を良く眺めてみることにしよう。
お土産を購入して外に出ると、何となく日暮里の街並がさっきまでとは違う輝きを纏って見えた。いい店だ。果たしてどなたが設計なさったのだろうか。
HABUTAE(羽二重団子日暮里駅前店)
東京都荒川区東日暮里6-60-6-103/03-5850-3451
10:00-20:00(日祝-19:00)/年中無休
2/3。千葉学展を見てから築地へ移動。以前から噂に聞いていた『寿司大』本館へ。18:00過ぎに到着すると、すでに店の前には行列ができつつあるところだった。晴海通りに面したベンチで七輪にあたりながら順番を待つ。幸い2、30分で入れてもらうことができた。
店舗は小さなビルの1、2F。各階に11席ずつのカウンターがあり、それだけでフロアはほぼ一杯。ぎゅうぎゅう詰めのスツールに身体を押し込んで、店長おまかせのセットと穴子きじ焼きを注文。
ほどなく次々と登場した江戸前寿司は、店構えとは不釣り合いなほど見事に容姿端麗だった。とにかくあまりに狭く、目と鼻の先に職人さんがいらっしゃるため、さすがに写真を撮ることは断念したが、そのことが悔やまれる。ネタも仕事も素晴らしい。穴子きじ焼きの香ばしさも忘れ難い。4、50分で平らげ、大満足で勘定を頼むと二人で1万円でおつりが来た。なるほど、寒空に並んで食べるだけの値打ちは大有りだ。
さらに人形町へ移動して『志村や』で一杯。つまみにチーズと乾燥イチヂクを頼んで、こちらは二人で1800円とまた申し訳なくなるような勘定。
この日のコースは今後定番となりそうな予感。早い時間からだと『おまけや』を出発点にするのもいいかもしれない。ビバ・東東京。
寿司大/東京都中央区築地6-15-8/03-3541-3738
10:30-4:00(日祝11:00-22:30)/無休
1/30。丸の内『Studio Graphia』の現場チェックの後、大手町ビル地下の『野らぼー』大手町店で昼食。『野らぼー』は千代田区、中央区に計7店舗を構える讃岐うどん店。ちょうどお昼時とあって店の前には10人あまりの行列。それでも50席のキャパシティと高回転率のおかげでほどなくテーブルに着くことができた。
実を言うと、何年か前に神田錦町の本店を訪れて以来、この店の味にはあまり良い印象が無かった。しかし、後々冷静に考えてみるとその際は午後の比較的遅くに釜玉を食べたんだった。おそらく時間も悪ければ頼んだものも悪かったのだろう、と思い再訪。
上の写真はおろしぶっかけ。本場の名店に比べるとこしやのびやかさに劣ることは否めない。それでもつややかなうどんは十二分に讃岐うどんとしての資質を備え、生き生きとしている。美味いではないか。近日中にレモンに切り替わるとのことではあったが、チェーン店でこの季節まですだちを提供している点も好感度大。
上の写真はひやあつの大。いりこの効いた出汁は風味豊かながら若干しょっぱい気も。この辺は好みの問題と言って良いかもしれない。合わせて頼んだのは煮干天と赤ちくわ天(煮干天に埋もれている)。かけうどんとの相性は実に素晴らしい。
そんなわけで、久しぶりの『野らぼー』の味はうどん好きを納得させるに足るものだった。今のところ多店舗展開が比較的近い距離内に収まっているのは、そのクオリティを保つためであると思いたい。近々本店の方にも再度伺ってみよう。
野らぼー大手町店/東京都千代田区大手町1-6-1大手町ビルB2
03-3287-0023/11:00-14:00(LO),17:00-21:30(LO)/土日祝休
1/1。ヤギ弟のプリウス号で空港へ向かう途中、たらいうどんを食べに行った。今回向かったのは『松乃家たらいうどん』。
どこで食べても、見た目はまったく代わり映えの無いのがたらいうどん。しかし味については店ごとに特徴がある。『松乃家たらいうどん』は濃厚なじんぞくの出汁とつややかな麺が持ち味。
うどん以外のメニューのクオリティも高い。写真左は定番の沢蟹の唐揚げ。右はこの日初めていただいたじんぞくの唐揚げ。ビジュアル的にはかなり危険な感じだが、これがなかなか美味い。
宮川内谷川の流れと、その河原に点在する店の建物群を眺めつつ、久方ぶりの味に多いに満足した。
松乃家たらいうどん/徳島県阿波市土成町宮川内字苅庭26/0120-21-4888
10:00-20:00/不定休
徳島・新見屋(January 18, 2008)
徳島・かねぎん坂野(January 3, 2006)
12/28。明石散策の途中、『きむらや』に初めて立ち寄った。1924年創業(屋台営業はそれ以前からとのこと)の玉子焼(明石焼)専門店。
場所は魚の棚商店街からほど近いアーケード沿い。交差点に向かって斜めにガラス張りの調理場を構えた間口の狭い店構えは、いかにも地元庶民の店、と言った風情の静かな佇まい。赤い暖簾をくぐってアルミサッシの引戸を開けると店内は以外に広く、カウンターとテーブルを合わせて30ほどの席はほとんど埋まっていた。外からは想像のつかない賑わいぶりに驚く。
玉子焼は一人前で20個。朱塗りの下駄に乗って豪快に登場。思わず歓声を上げつつカメラを構えると、店主と思しいおばちゃんがにこやかに「撮りましょうか?」と声をかけて下さった。
出汁に着けたり、テーブルに置いてあるソースを塗ったりしつつ、熱々をいただく。ふわふわした食感と玉子の香ばしさが印象的。素朴で美味い。
味といい、おばちゃんといい、なんともしみじみとしたいい店だ。今度来た時はぜひ関東煮もいただいてみよう。
きむらや/兵庫県明石市鍛治屋町5-23/078-911-8320
9:00-17:30(売切御免)/月休,火不定休
本日1/17より23日まで伊勢丹松戸店本館地階で開催されている『春のスウィーツ&ベーカリーフェスティバル』に『夢組』が参加しています。
『夢組』はlove the lifeが新松戸店のデザインを手がけさせていただいたプリン専門店。今回は特にお手伝いはしていませんが、全国的な有名店(千疋屋、木村屋、メゾンカイザー、ヒルトン東京ベイなどなど)に混じって登場する地元店の活躍ぶりに期待したいです。
目玉はイベント限定品の『キャラメル・ロイヤル』。販売は一日80個のみ。なおかつ一人2個までしか買えないそうですが、あっという間に売切れてしまいそうな予感が。。。
12/25。扇町『にし』で食事の後、西天満へと移動。梅田新道東側に面した『ポルトガリア』で2次会。ワインとポルトガル料理の店。予約時間を1時間以上過ぎての到着にも関わらず、オーナーのミラさんはしっかりテーブルを空けて待って下さっていた。ありがたや。
はじめていただいた2種類のポルトガル産ワインは、どっしりした深い味わいとキレの良さ、そして後口に残る華やかな香りが印象的だった。グラスを傾ける回数が自然と多くなる。
これまた初挑戦のポルトガル料理は、ワインを楽しむのにぴったりなものを選んでいただいた。チーズ、干し鱈のコロッケ、ピクルスと豚肉の炒め物、豚の耳と空豆のサラダなど。どれもが素材の味わいを見事に引き出したシンプルな料理。見た目に飾り気は無いが、つまみにはまさしく最高。もう、ワインが進むことこの上ない。
東さんによる内外装のデザインもまたシンプルかつ味わい深い。質感の高い木工造作と、簡潔ながら効果的な光の使い方に技あり。こうした何気なさの中にも品格のある空間を設計できるデザイナーの存在は、今時とても貴重なものだ。大変勉強になりました。
そして帰り際には勘定の安さにびっくり。2:00までという営業時間もまた嬉しい。ああ、こんな店が近所にあれば。マドレデウスに引き続き、ポルトガルに魅入られた年末となった。オブリガード。またきっとお伺いします。
ポルトガリア/大阪府大阪市北区西天満4-12-11/06-6362-6668
11:00-2:00/日休
12/25。前日から徹夜で仕事。飛行機の時間ギリギリになんとか羽田へたどり着き、正午前に伊丹へ。さらにバスと地下鉄を乗り継いで須賀さん宅に到着。あまりにくたびれていたので、いきなりではあったが少し仮眠させていただく。
で、夕刻に復活。凌子さんと勝野は着物に着替えて、ヤギと3人で地下鉄で扇町へ。改札で三好姉さんと落ち合い、慣れない道に迷いながらなんとか『にし』を発見。須賀さん、上田さん、寳納さん夫妻と合流して忘年会がスタート。
和牛焼肉店『にし』のオープンは1997年。焼肉店とは言うがメニュー構成はコース中心で、実際にはレストランであると考えた方がしっくり来る。焼き物はテーブルに埋込まれた炭火の無煙ロースターで店のスタッフが調理してくれる。
インテリアデザインは我らが心の師匠・野井成正さん。建築躯体とともに白く塗りつぶされた木造作による間仕切りと、オリジナルの黒いペンダントライトが特徴的。野井作品の中でも最も簡素なデザインではあるが、深い陰影をたたえたその空間は凛として気品があり、しかもどことなくミステリアスだ。完成から10年を経て、当初白一色だった壁面には所々、黒田征太郎氏のペインティングが控えめに散りばめられ、彩りを加えている。
料理も素晴らしい。サイコロタン、造りやにぎり、タンの唐揚げなどはどれも主にシンプルな白い器(黒田泰蔵氏の作品を含む)に置かれ、繊細な仕事によって最大限に引き出された霜降り和牛の旨味が咥内にひろがる。ずっしりと心地良くしびれるようなその感覚は、回転の抑えられた直球を受け止めた瞬間を彷彿させる。
こちらは締めの稲庭うどんとデザートのアイス最中。これまた美味い。
カジュアルながら行き届いたサービスもまた申し分無い。もしもこの店が東京にあったら、散財はまず避けられないだろう。恐るべき名店。
にし/大阪府大阪市北区同心2-13-6/06-6357-7600
17:30-23:00/日休
nishi (noi-shigemasa.com)
12/6。打合せの合間に原宿『COCONGO』で軽く食事。ユナイテッド・アローズ各店が固まってあるエリアの裏路地に面したカフェ。
子牛(?)の剥製がお出迎え。木造二階建家屋の1Fがカフェ、2Fがギャラリースペースに改装されている。黒いスチールサッシのシンプルなファサードの向こうには混沌とした世界が。
造形作家であるオーナー氏の手に寄るインテリアはどこを取っても国籍不明で時代も不明。それでいて違和感無くひとつの世界としてのまとまりを見せる。細部については実際に見てのお楽しみ、と言うことで、ここで紹介するのは止しておこう。
この店の前身であり姉妹店であった『EATS』(2005年6月に閉店)に比べると、それぞれの造作が少々小奇麗に過ぎる印象は否めないが、実はその点を抜かり無く帳消しにする要素をオーナー氏は用意している。それがこの店の裏手にある小さな庭だ。
ファサードと同様の細いスチールサッシに仕切られた向こうに見える雑然とした植栽は、癒しとか潤いとか以上に泥臭い野性味を強く感じさせる。その様子を背景に、ともすればちょっとしたオシャレアイテムの寄せ集めと受け取られかねないインテリアが、怪しい輝きを放ち始めるのだ。この店の空気感を支配しているのが、事実上この庭であることは間違いない。
この日いただいたのは海南チキンライスにさつまいもとココナッツミルクのデザート。どちらもチープな素材をそのまま生かした直球なメニュー。お冷やはモアイ型のプラスチック製コップで運ばれてくる。雰囲気込みで「美味い」以上に「楽しい」と感じさせるこのセンスとバランス感覚は一流。
この日は注文しなかったが、かつて『EATS』の名物であった旅人のカレーも嬉しい復活を遂げている。次回はぜひ久しぶりの味を堪能させていただこう。
COCONGO/東京都渋谷区神宮前2-31-9/03-3475-8980
12:00-22:00/不定休
12/1。打合せの帰りに雷門前で昼食。以前から行こうと思いつつなかなか機会の無かった鰻屋『色川』へ。場所は雷門通りのオオゼキの角を南へ下り、浅草通りの手前。浅草の中心部からさほど離れていないにもかかわらず車も人通りも少ないエリア。近くにロシア料理で有名な『マノス』がある。
木造二階建ての店構えは、浅草で最も古い(1861年開業)鰻屋にしてはいかにも質素で家庭的だ。スリガラスの向こうは暗く、昼間に訪れると外から中を伺うことはほとんどできない。引戸を開けると手前は六畳間ほどの客席で、調理場と二階への階段との間に挟まった細い通路の向こうに小上がり席が見える。6席ほどの白木カウンターの隅に落ち着くと、女性の店員さんがお茶とお新香(奈良漬けと生姜風味の白菜)と割箸を置き「品書きはあちら」と壁を示してから調理場へ。入れ替わりにごま塩頭で若干強面の六代目店主氏がそろりと登場。
うな重の上と白焼を頼むと、「白焼には飯が付いてないぞ」。ご飯を別に付けてもらえるかと聞いたところ「うちじゃそういうのやってないんだ」とのことだったので、上をふたつ注文することに。店主氏は「わかった」と返し、カウンター内の炭火で颯爽と焼き始めた。
この間のまるで落語の滑り出しのようなやりとりと、店主氏の江戸弁で、私たちはもうすでにこの店のファンになりかかっていたように思う。目の前のガラスケースに並んだ出所不明の置物類などすっかり意識から遠のいていたし、さらに言えば鰻の味がどうであっても文句は無かったろう。
で、しばらくして供されたうな重だが、これが美味かった。近火の炭火で焼いた小振りな鰻はふわり柔らかく実に香ばしい。さっぱりしたタレが濃厚な旨味を引き立てる。固めに炊き上げられたご飯との相性がまた素晴らしく良い。決して高級ではないが、正しく庶民的で、粋なうな重だ。
とろろ昆布の吸い物と、店主氏が足してくれた熱いお茶をいただき、すっかり満足して店を出た。「ありがとうございました」の歯切れ良いイントネーションが、耳に心地良い余韻となって残った。今度は夜に訪れて、ビールと肝焼きあたりも頼んでみよう。できればこの日と同様、やはりカウンターでいただきたいものだ。
色川/東京都台東区雷門2-6-11/03-3844-1187
11:30-13:30,17:00-20:30(売切御免)/日祝休
11/1。今戸での打合せからの帰り道に観音裏の『あんですMATOBA』に初めて立ち寄った。的場製餡所のアンテナショップとして1980年から営業しているベーカリー。
煉瓦風タイル張りのビル1Fにある店舗は、そこそこ広さはあるものの実に簡素なつくりで、いかにも近所のパン屋さん、と言った雰囲気。この日店に立っていたのはおばちゃんスタッフがお二人。商品棚にはあんパンだけで十数種類がずらり。他にもジャムパンやクリームパンなどが並ぶ。さらにショーケースを覗くと様々な餡製品がまたずらり。思わず目移りしてしまったが、やはり先ずは名物のあんパンをいただくことに。
購入したのはこしあんぱん、マロンあんぱん、柿あんぱん、うぐいすフラワーの4種類。
こしあんぱんの美味しさは噂に違わぬものだった。甘さ控えめで小豆の風味が豊かな餡が見事。適度なもっちり感のあるパンと桜の花との相性も申し分無い。これぞあんパンのスタンダード、と言いたくなる絶妙なバランス。
上の写真はこしあんぱんをふたつに切った状態。真ん中に桜の花の塩漬け。
マロンあんぱんと柿あんぱんは餡自体に作り込みが過ぎた印象。ケミカルな風味が個人的にどうも受け入れ難い。見た目に最もアヴァンギャルドなのはうぐいすフラワーだが、意外にも違和感が無いどころか実に美味しくて驚いた。一口食べると途端に餡とパンとの素晴らしい共演が繰り広げられる。デザートとしての完成度の高さは最早あんパンの概念に収まり切らない。
次回は京風あんぱん、白あんパン、小倉フラワーあたりを試してみたいな。
あんですMATOBA/東京都台東区浅草3-3-2/03-3876-2569
9:00-18:30/日祝休
我家では素麺が年中の常食。ここ10年くらいの間、いただくのは専ら小豆島産の『島の光』。人によっては素麺なんてなんでも同じだろうと思われるかもしれないが、食べ比べてみると産地やメーカーによって味も食感も全く別物と言って良いほどに異なるものだ。
最近になって猫野ぺすかさんから『甚助』という素麺があることを教えてもらった。『島の光』と同じく小豆島産で、これが相当美味いらしい。素麺食いとしてはこれはなんとしても試してみなくては。と言うわけで、ホームページを発見して早速お取り寄せ。
実のところ『島の光』というのは小豆島手延素麺協同組合のブランドネームで、正確には『甚助』は『島の光』の一種にあたる。パッケージを解くと、麺を束ねる帯には『島の光』と印刷されている。購入したのは会員限定商品の手延素麺セット。黄金蔵糸、大吟穣貴珀、古麺、かたくり太素麺、そして普通の素麺の5種類が少しずつ詰め合わされたもの。
いただいてみて正直驚いた。特に素晴らしかったのは黄金蔵糸。まさか素麺で本場の讃岐うどんと比較したくなるほどのコシを味わうことができるとは。原料の小麦を60%研磨したという大吟穣貴珀は、さすがに風味の際立ちが別次元だ。
極寒製の素麺を二年ねかせたという古麺は、上の二品ほど突出した特徴が無い分バランスに優れており、これまた素晴らしい。おそらく『甚助』の美点を最も良く象徴する製品だろう。かたくり太素麺は冷麦好きには堪らない製品。普通の素麺は古麺に比べると総合点は下げざるを得ないものの、それでもなお明らかに食感、風味ともに『島の光』に勝る。恐れ入りました。
とは言え、『島の光』だって都内で普通に手に入るどの素麺よりもずいぶんと美味いのだ。恐るべきは小豆島の食文化。今後は財布と相談しながら『甚助』と『島の光』を使い分けることにしよう。
10/26、と言うか日付はちょうど27日に変わった頃。長引いた打合せの帰りに外で食事を摂ることに。風邪気味でパワーダウン中だったこともあって、しっかり焼肉をいただくことにした。
個人的最強焼肉店『大昌園』に行く手もあったが、またも新規開拓。国際通り沿い、浅草ビューホテルの北にある『幸福』。先日訪れた『金楽』の姉妹店。1フロアの店内には無煙ロースターのテーブルがゆったりと並ぶ。
この日のナンバーワンはタン塩。分厚い。さっくりと噛み切れる。そして心地良い弾力。素晴らしい食感と旨味。
注文を取りに来た若いスタッフはあまり日本語が得意ではなく、塩で頼んだつもりの上ハラミと上カルビはタレで登場。ま、いいか。同じメニューは『金楽』でもいただいたが、こちらはずいぶんと味付けの手が込んでいる。スパイシーで、いかにも新陳代謝が高まりそう。肉の質もなかなかのもの。やはりハラミ最高。ホルモン、ミノ、ギアラ、レバー、コブクロの盛り合わせも素材の質が良く満足。
上品な味付けのナムル。出汁の上質さが際立つコムタン。どちらも美味い。
価格は焼肉店としては標準的。雰囲気やサービスからして全体的にリーズナブルな店であるとは言い難いが(ここのところアタリが続いたので焼肉店への評価が辛めになってるかも)、遅い時間にこれだけの肉と料理が味わえるのは有り難い。
幸福/東京都台東区西浅草3-27-25/03-3843-2358
10/22。御殿場からさらに沼津へ。魚市場周辺を一巡りして、中でも特別賑わっていた大型店『丸天』に下調べ無しで入ってみた。
男前な店構え。順番待ちの客を仕切りつつ、まぐろかぶと煮やかき揚げの販売もこなす気っぷのいいおばちゃんもまた男前。
満杯のフロアを仕切るおばちゃんたちもやたらと威勢がよくて一瞬気後れしそうになるが、やり取りに慣れて来るとなかなか楽しく、気分が盛り上がって来る。応対そのものは意外と親切だ。他のテーブルを見回すと、料理がいちいちでかい。こりゃ気をつけなくちゃ、と思いつつ、ついついたくさん頼んでしまった。
左上から時計回りに上にぎり、特とろにぎり、生しらす丼、上造り。
上の写真左がかに汁。右は巨大なかき揚げ。
料理はどれもボリューム勝負。魚の質もなかなか素晴らしいんだけど、ややインパクトには欠ける。以前に近くの他店で衝撃的な味覚体験をしていたウヱハラ先生はちょっと不満そうだったが、私たちはシチュエーション込みで十分楽しませていただいた。機会があればまたおばちゃんたちに会いに来たいものだ。
丸天魚河岸店静岡県沼津市千本港町114-1/055-963-0202
7:30-8:45LO/年中無休
10/22。前日にようた氏の結婚式に出席して、この日は山中湖から富士吉田、御殿場、沼津方面をウヱハラ先生のトゥインゴ号でぐるぐる。まずは吉田うどん(なんだかうどんブログみたくなってきた)。
ようた氏おすすめの『白須うどん』が定休日だったため、急遽当てずっぽうで入ったのがこの店『桑原』。昼食時の駐車場は地元ナンバーの車でほぼ満杯。店内は全て座敷で、4人用のテーブルが8つほど並ぶ。家族連れや工場勤務と思しいグループ客で大いに盛況。
が、しかし、うどんを食べている人はほとんど居ない。人気メニューはラーメンや天婦羅の定食か。あれま。こりゃしくじった。
つけうどんはガラスの平皿に盛られて登場。太くねじれた麺の上にはゆでキャベツとねぎ。衝撃のビジュアル。あたたかいつけ汁が別の椀で添えられる。つけ汁が味噌ベース(!)なのはこの店の特徴のようだ。
麺の食感はゴリゴリと固い。野蛮な小麦粉のかたまり、と言った印象だが、これが意外と悪くない。しょっぱいつけ汁とゆでキャベツが実に良く合う。お好み焼きやもんじゃのような「コナモン」の魅力を感じさせるうどんだと思った。
かけうどんの汁はつけうどんのつけ汁とほぼ同じで、少ししょっぱさを弱めてある。麺のゴリゴリ感はかなり控えめに。火が通ったことで生じたもちもちとした食感は、ほうとうに近いかもしれない。こちらもトッピングはゆでキャベツとネギ。つけうどんとかけうどんの全景はこちら。
後で調べた所によると、『桑原』のうどんの味は吉田では平均的なものと評価されている様子。讃岐や大阪からは遠く離れたところで、うどんは山の料理として独自の発達を遂げていた。
桑原/山梨県富士吉田市下吉田3049/0555-23-7918
11:00-15:00/年中無休
10/17。打合せの帰りに『かがり火』に初めて立ち寄った。御徒町駅のすぐそばにあるうどん店。夜は居酒屋となるが、昼間に作り置かれたうどんをいただくこともできる。料理長はなんとあの名店中の名店・讃岐の『宮武』で修行した経験を持つと言う。
路地に面した外観はちょっとチェーン店っぽく雰囲気には欠ける。階段を下りて、控えめな音量でジャズが流れる店内へ。左官壁などにがんばりは見られるが、内装は比較的シンプル。かえってホっとした。
店の切り盛りはキッチンに2名、フロアに1名のスタッフで分担されている。夜は居酒屋メニューがメインとあって、うどんのメニューは頼まないと出て来ない。すだち酒、かがり火サラダと黒毛和牛のすき焼きコロッケ、ちくわ天付きのひやあつ(冷たい麺に暖かい出汁)かけうどんと醤油うどんを一気に注文。
上の写真はひやあつのかけうどん。ねじれた麺に『宮武』の片鱗は感じられるものの、全体的な印象は『宮武』に比べると良くも悪くもはるかに優しいものだ。
ところが、出汁を一口すすって驚いた。かつて味わったことの無い強烈でクリアないりこの香り。本場讃岐で食べたうどん以上に瀬戸内らしさを感じる出汁だった。
上の写真左は醤油うどん。口の中であばれるようなワイルドさは無いが、適度なコシが讃岐うどんらしさをとどめている。この様子だと昼間のうどんにはけっこう期待が持てそう。
写真右はちくわ天付きのひやあつかけうどん全景。この天婦羅のサイズが嬉しい。
夜の居酒屋メニュー、かがり火サラダと黒毛和牛のすき焼きコロッケの完成度もなかなかのもの。『宮武』直系とは言え、目指す方向はずいぶんと異なることは了解した。うどん店としての実力の程は、昼の営業時にはっきりするだろう。再訪するのが楽しみだ。
かがり火/東京都台東区上野4-1-3-B1/03-5818-6050
11:30-LO15:15,17:30-LO22:30(日祝昼のみ)/月休
10/13。ジェニー・ホルツァー展を見てから蔵前で整体。夕食は浅草で。浅草では『大昌園』、『本とさや』などに並ぶ有名焼肉店『金楽』を初めて訪れた。場所はたぬき通りの南側。
かなり古そうな木造の店構え。ちょっとあり得ない場所に業務用の大型冷蔵庫が置いてある。暖簾をくぐり、丸きり家庭的なアルミサッシの引戸から店内へ。時間が比較的早かったせいか、店内は割合空いた状態。2名と告げると店主と思しい年配の男性が1Fの右半分を占める座敷中央のテーブルを指差した。
無事座ることができて、若干ザマスな眼鏡の女性(奥様だろうか)に飲み物を注文。店内を見回すと、入口側に恐ろしく急な階段があるのが分かった。私たちの後に2Fへ通された客は、その手前で脱いだ履物を手に持って階段を上がってゆく。道路境界線上の冷蔵庫といい、なかなかいい感じにデンジャラス。
ほどなくハラミ塩2人前が登場。分厚い。テーブルに埋込まれた遠火の七輪でじっくり網焼きしてから一口。味付けは極めて控えめだが、濃厚な肉そのものの風味がひろがる。これはまるで旨味の塊だ。
続いて上カルビとホルモン、ミノ(全てタレ/1人前)。脂分の少ないホルモンとさくさくのミノ、そしてさっぱりと上品なタレに、素材そのものの味を重視するこの店の姿勢を確認。上カルビの味付けだけはやや濃いめ。赤身の旨さが勝っていたので、これはこれでアリだろう。
続いてキムチとタン(タレ/1人前)も注文。タンはやはり分厚く、歯ごたえはさっくり、それでいて頬張ると見事な弾力。さらにハラミ(タレ/1人前)を追加。これまた控えめかつ効果的な味付けが肉の旨味を引き立てる。
ふと気付けば店内はほぼ満席。開けっ放しの入口の外には順番待ちの姿も。やはりこの辺りではかなりの人気店のようだ。
皿が空くと店主氏が片手を差し出すので「はいよ」と渡す。愛想は無いし、日本語はあまり得意では無さそうだが、たまに客の冗談に意外なボケで応えたり、予約して来た人の席が無くなっていて眼鏡の女性に叱られたりしているのを見ると、なかなか魅力的な人物に思えて来る。
最後に注文したテグタンの素晴らしさにも驚いた。どう見ても(食べても)ユッケジャンクッパなんだけど、それはこのさい置いとこう。鮮やかな辛味を豊かな風味が優しく包み込む逸品だ。
肉の持つ野性味とクオリティをシンプルに、かつ最大限に堪能できる店。雰囲気とサービスは庶民的だが、値段も庶民的なのが嬉しい。ハラミ史上最強。
金楽/東京都台東区浅草1-15-4/03-3844-3357
12:00-23:00/第2火休
9/26。銀座『さか田』での食事後、もと来た道を引き返して『Paul Bassett』へ。『Salvatore』などを運営するワイズテーブル系のエスプレッソカフェ。2005年オープン。場所は『ライカ銀座店』のすぐ近く。内外装のデザインはスピンオフ・塩見一郎氏が手がけている。
数寄屋橋通りに面した店構えは開放的で落ち着いた雰囲気を醸し出している。すでに街の一部といった佇まい。
店内の天井はスケルトンの状態をオフホワイトにペイントしたもの。建物の梁だけがコンクリートのまま残され、文字通り古材としての雰囲気を醸し出しているのが面白い。高さを最大限に生かしたシンプルなインテリアは、その周到な設えによって実にシャープな印象を与える。流麗なフォルムの細いフレームにメッシュの背もたれを持つオリジナルのチェア類は、その存在感こそ控えめだが、空間全体を引き締める重要な役割を果たす(座り心地は今ひとつ)。
整った空間に思い切り破調を加えるのが、フロアに鎮座する巨大な焙煎器。機関車を思わせるメカニカルな形状はインパクト抜群だ。
上の写真はマキアートとチョコレートのセット。エスプレッソ類は世界バリスタチャンピオンを獲得した経験のあるオーストラリア出身のポール・バセット氏がプロデュース。チョコレートは辻口博啓の『ル・ショコラ・ドゥ・アッシュ』。
お湯の味がするマキアートはちょっと残念。エスプレッソはまさに全部入り、という感じで、おそらく好みの分かれる味ではあるが私たち的には十分満足のゆくものだった。他にもいろいろなエスプレッソメニューがあるので、またスウィーツと一緒に楽しませていただくことにしよう。
Paul Bassett銀座/東京都中央区銀座6-4-6-1F/03-5537-0257
10:00-23:00(木金-27:00)/無休
9/26。銀座『さか田』で夕食。『恐るべきさぬきうどん文庫版・麺地巡礼の巻』にも掲載されている讃岐うどん店。開業年は不明。初代の店主は徳島県出身で、さぬき麺業で修行なさった方だったと聞く。先日訪れた根津『根の津』の店主はこの店で修行の後に独立されたのだそうだ。
場所は『MIKIMOTO Ginza 2』から並木通りを少しばかり北上したところにあるちいさな雑居ビルの2F。平日の夕食時とあって、二十数席ほどの店内は大いに賑わっていた。メニューにはうどん以外の飲屋料理も充実している。生じょうゆ・ぶっかけ・かやくがセットになったうどん三昧と釜玉バターうどん、鳴門わかめのぬるぬるサラダと肉豆腐を注文。
生じょうゆうどんのエッジとつやは実に見事なもの。のどごしと歯ごたえも申し分無い。讃岐うどんと呼ぶには「のびやかさ」が決定的に欠けているように思うが、これはこれで美味い。ぶっかけ(下の写真左)についても同様のことが言える。
かやくうどんはここでもやはり大阪うどん化していた。いりこの使われていない出汁がその印象をより強くする。いわゆる一般的なうどんとして、讃岐を忘れていただくことが容易なメニューだけに、かえって満足度は高い。
ほぼカルボナーラ、と言った風情の釜玉バターうどん。こちらもかやくうどんと同じ理由で無条件に美味い。素材の持ち味をダイレクトに生かしたサイドメニューもなかなかいける。なるほど、これは流行るわけだ。銀座にあっては貴重なリーズナブルさと、十二分に満足のゆくクオリティを兼ね備えた良店だ。
しかし讃岐うどんを標榜する店としては、ずいぶん遠くまで来てしまったな、と思わざるを得ないのが正直なところ。ついこの間いただいた『根の津』のうどんが懐かしいとさえ感じられる。
果たして初代店主のうどんはどんなものだったのか。今の『さか田』とそう変わりは無いにせよ、できれば一度味わっておきたかった。
さか田/東京都中央区銀座1-5-13-2F/03-3563-7400
11:30-14:00,17:00-22:30(土昼のみ)/日祝休
9/23。着付教室の帰りに湯島で地下鉄を降りて、以前から気になっていた和菓子店『つる瀬』に立ち寄った。創業は1931年とのこと。
薄いういろうから梅餡が透けて見えるふく梅。上にはちいさな梅干しが乗っていて、これが餡の甘味を素晴らしく引き立てる。もうひとつは栗かのこ。こちらもなかなか。
今度は豆大福を買ってみなくては。喫茶室のメニューも気になるところ。
つる瀬/東京都文京区湯島3-35-7/03-3833-8516
8:30-21:00(喫茶室LO20:30)/無休
9/18。博物館へ行く前に軽く腹ごしらえ。上野松坂屋南館地下の明石焼の店『たこ八』へ。本店は大阪阿倍野センタービルの地下にある。少々ややこしいが、たこ焼きチェーンの『たこ八』とは無関係。明石焼とたこ焼きもまた似て非なる食べ物だ。
注文すると、ほとんど待ち時間無く、とっくりに入った熱々の出汁と一緒に明石焼(明石での正しい呼称は「玉子焼」)が登場。本場に比べるとさすがに若干しっかりめに焼きあげられてはいるものの、箸でつまめばぐにゃりと変形する。下駄から慎重に取り上げて、透き通った出汁を注いだ椀に浸し、ふわふわの生地を崩しながらいただく。テーブル端の薬味入れには紅生姜とねぎと三つ葉のきざみ。三つ葉とは特に相性がいい。
明石以外の地でまともな明石焼を食べることのできる店は極めて少なく、近隣の大阪、さらには神戸ですらその例外ではない。東京でこれほどのものが味わえるのは、ほとんど奇跡じゃなかろうか。
たこ八上野松坂屋店/東京都台東区上野3-29-5上野松坂屋店南館B2F
03-3832-1111(松坂屋代表)/10:00-19:30/不定休(松坂屋に準ずる)
9/13。青山『A to Z cafe』で食事とお茶。青森県で開催中の奈良美智 + grafによるイベントに連携して2006年2月にオープンしたカフェ。場所は『madu』並びのビル5F。
この日はあいにく雨だったが、ビルの北側全面に開かれた窓からの眺めはなかなかのもの。一方、奈良美智 + grafとボランティアスタッフを中心に施工された内装は手作り感たっぷり。フロアの中心にはサービスカウンターを兼ねた小屋のインスタレーションが据えられ、客席テーブルがその周りを取り囲む。シンプルながらよく考えられた楽しいプランだ。
オムカレーとメンチカツ、コーヒーとロールケーキを注文。リーズナブルな単価にそれなりの味。こういう「ザ・ゆるカフェ」と言った感じのメニューをいただいたのは考えてみればかなり久しぶりで、なんだか懐かしい。
基本的にエレベーターでのアプローチしか無い隠れ家的な立地のおかげか、全部合わせると80席、あるいはそれ以上はありそうなテーブルは、まばらにしか埋まっていない。外を見ればてっぺんの霞んだ六本木ヒルズやアークヒルズ。プラダのビルはだんだん曲面ガラスの部分が減ってフラットになって来ているように思うけど気のせいだろうか。と、そんなことをぼんやり考えながら、遅い午後を過ごさせてもらった。
いろんな意味で、青山には有りそうで無かった空間だ。心無しか、客層まで青山っぽくないような。
A to Z cafe/東京都港区南青山5-8-3-5F/03-5464-0281
11:30-23:30(休日の前日-28:00)/無休
9/12。『根の津』でうどん。場所は根津神社のすぐ近く。有名店ながら足を運ぶのはこの日がはじめて。19:30頃に着いたときには席は埋まっていて、小さなエントランスに先客の二人連れが並んでいた。20席ほどの店内を埋めるのは家族連れ、カップル、学生風グループといった幅広い客層。幸い外は小雨だったので、店先で傘をさして待つことに。木造住宅の一階部分を改装した店構えは小料理屋のような佇まい。
10分ほどするとテーブルがひとつ空いて、先ずは店先から店内へ、さらに10分ほど経ってテーブルへ、とスライド移動。その頃には私たちの後ろに数人が列をなしていた。噂通りの流行り具合。
店構え同様、店内のつくりも小奇麗で質感が高い。フロアを囲う左官仕上げの壁をスポットライトが控えめに、柔らかく照らす。
温冷二種うどん(きつねと生醤油)と釜めんたいバターうどんを注文。
上の写真は温冷二種うどんの生醤油。見るからにしなやかで美しいうどんは、実際素晴らしくのびやかで、弾力があり、つややかな食感とともに喉の奥へと流れ込む。久方ぶりに本物の讃岐うどんの快楽を味わうことができた。
しかし、うどんの見事さに比べると、出汁醤油(出汁のベースはいりこと鰹の合わせのようだ)は幾分焦点のぼやけたものであることは否めない。ああ、このうどんをキリっとしたいりこ出汁でいただきたい。。。
そんな中年夫婦の贅沢(と言うか身勝手)な思い込みを吹っ飛ばすようなインパクトをもつメニューがこの釜めんたいバターうどん。釜上げのうどんにバターと明太子、刻んだ海苔と大葉、胡椒をまぶしたもの。さらに「こちらはお好みで」とテーブルの上には粉チーズまでやって来る。讃岐うどんミーツ和風スパゲッティ。まるで勘違いの二乗だ。
意を決して釜玉よろしく手早くかき混ぜていただくと、なんとしたことか、これが滅法美味かった。バターの粘り気が独特な食感を生み出し、明太子の風味がうどんをさらに引き立てる。チーズは思い切って多めにかけた方がむしろ美味い。これはアリ、いや大アリだ。
温冷二種のきつねうどんは、生醤油や釜上げと違って柔らかく、おだやかなうどんだった。出汁はやはりキリっとした感じではないが香り高く上品な味わいで、うどんとの相性は完璧。リアル讃岐うどんと言うよりも、大阪うどんの印象に近いやさしいきつねうどんをいただいて、この店の目指す方向性が少し理解できた気がした。東京のうどんはけっこう面白いことになっているんじゃないか。
根の津/東京都文京区根津1-23-16/03-3822-9015
11:30-14:30,17:30-20:20LO(土日祝11:30-15:00)
月休(祝日の場合は翌日休)
8/31。17:00過ぎに『井筒屋』の商品ディスプレイ作業が終わって早めの夕食へ。中央通り沿い、『井筒屋』の並びにある料理店『だるま』に初めて行ってみた。小田原観光では定番の大型店にして老舗。1893年創業。
建物は関東大震災後の1926年に立て直されたもの。瓦葺き唐破風造りのエントランスポーチは重厚過ぎるくらいに重厚なデザイン。向かって右側の茂みの中には達磨、左側にはおかめの陶像が佇んでいる。子供が泣き出しそうなくらいにインパクトの強い店構え。
暖簾をくぐり、衝立ての向こう側にまわると、これまた重厚なインテリアが眼前に広がる。壁や床のデザインはわりと適当な寄せ集めだが、升目に銘木をあしらった折上格天井は私たちのような素人の目で見てさえいかにも相当なものだ。高さは4m前後はあろうか。やり過ぎも徹底的だとかえって清々しい。
あじとまいかの造り、金目の煮物、伊勢海老の鬼がら焼など、地魚を中心にたっぷりといただいて、お代は一人3000円台半ば。着いた時間帯にはさすがに他の客はあまり居なかったものの、18:00を過ぎる頃には1F食堂フロアはほぼ満杯。団体観光客風なテーブルよりも、意外に軽装で地元風の人が多い。中にはTシャツにサンダル履きでどう見てもご近所からの赤ちゃん連れ家族も居たりして、ほとんどファミリーレストランの様相。いや、文字通り、ここはファミレスなのだ。建物は国の登録有形文化財だけど。
だるま/神奈川県小田原市本町2-1-30/0465-22-4128
11:00-20:00(LO)/無休
8/26。松戸で柳家小三治師匠の独演会を見た帰りに甘味でもいただこうかと浅草で下車。かの有名な『梅園』へ初めて立ち寄った。場所は仲見世の脇道沿い。1854年創業。
店内に入ると、エントランス脇のカウンターで食券を購入。OLっぽいユニフォームでフロアを闊歩するこわもてのご婦人たちは特に案内などはしてくれないので、勝手に席に着いてテーブルの上に食券を置いておく。ほどなくお茶が出され、テーブルには半分にちぎられた食券が残る。昔懐かしいデパートの大衆食堂と同じシステムがここでは立派に健在だ。
先ずは初代から受け継がれたメニュー、あわぜんざいを。椀の蓋をあけるとこしあんの端から黄色い蒸し餅黍(もちきび)がのぞく。
粗めにつかれた餅黍ときめ細かなこしあんのとの取り合わせが絶妙な食感を生み出す。盛り付け方といい、味わいといい、実に簡素でかつ素晴らしく気が利いている。これ以上の粋があろうか、と言うくらい。付け合わせは紫蘇の実の漬物。
対して、あんみつの味は至って普通。この様子だとおそらく豆かんは『梅むら』の圧勝だろう。この店では何は無くともあわぜんざいが正解だ。150年以上の年月、このメニューと暖簾を守り続けた老舗に頭が下がる。
梅園/東京都台東区浅草1-31-12/03-3841-7580
10:00-20:00/水(月2回不定)休
8/24。21:00過ぎに打合せのため新宿へ。クライアントの指定で『カフェ・ユイット』を初めて訪れた。場所は靖国通り沿い、紀伊国屋書店裏手。小劇場『シアター・トップス』のあるビルの8F。オープンは2003年。
演劇のポスターやチラシのひしめくエレベーターホールからギャラリースペースを抜けて店内へ。所々に見受けられる手作り感の漂う改装の跡は、このスペースがもともと店舗用ではなく、住居かオフィスだったのではないかと思わせる。一番奥のテーブルに着くと、窓の外には靖国通り。頭上には大きな天窓。さらに辺りを見回すと、そこら中に書物や雑誌が無造作に積み上げられている。古い喫茶店のような、あるいはだれかの書斎に紛れ込んだような。
ホットのお茶はポットで、冷たいお茶はカラフェで供される。要するにメニューには最初から長居がセットになっているわけだ。それでは、と、図面ケースからノートパッドを取り出して遠慮なく仕事のスケッチを進める。
しばらく後にクライアントが到着して打合せ。ついでに食べそびれていた夕食も摂らせていただいた。注文したのは赤かぶのシチューとピラフ。どれもカフェメニューとしては必要十分な内容。40席ほどのオペレーションを2、3人で賄うフロアスタッフは、皆忙しそうではあるが、応対は親切で気持ちがいい。そのおかげもあるのだろう。テーブルを埋める客の年齢層はかなり幅広い。
一等地にありながら、あくせくしたところが全く無いのがこの店の最大の美点だろう。ショップカードを見ると、営業時間は13:30から23:30まで。潔くランチタイムを切り捨てたところに心意気が表れている。新宿で、しかもカフェという業態で、好ましい店に出会うことができたのは久方ぶりだ。
カフェ・ユイット/東京都新宿区新宿3-20-8-8F/03-3354-6808
13:30-23:30/年中無休
8/21。小田原『井筒屋』用の暖簾を『べんがらや』さんで発注して、すぐそばの『ふじ屋』で雀と柳の手拭を購入。地下鉄浅草駅に向かう途中で『亀十』に初めて立ち寄ってみた。どら焼きで有名な和菓子店。
アーケードに面してところ狭しとワゴンの並ぶいかにも観光地の土産物屋然とした店構えは、どうにも美味しいものがいただけそうには見え難い。店内に入るとすぐそこにある販売カウンターの向こうでは、大勢の店員さんが奥の工房で作られた様々なお菓子の梱包作業に勤しんでいる。この日は時刻が遅かったせいか、思いのほかすぐに注文を聞いてもらうことができた。
どら焼きは白あんと黒あんの2種。少量の場合はピンクの2色使いがかわいらしい紙袋に入れてもらえる。亀甲紋に十をあしらったロゴはなかなかかっこいい。
直径が大きくあんのたっぷり挟まったどら焼きは、持つとずしりとする。焼き色にむらのある皮の質感が個性的。上の写真は白あんのどら焼き。
こちらは黒あん。
食べると先ず「これは」と思わせるのはやはりこの皮。しっとりふわふわの食感にうっとりしてしまう。一見軟弱な焼き色ながら、どら焼きならではの楽しみである香ばしさも十二分。こりゃまるで魔法の皮だ。『うさぎや』の見目麗しさや上品さとは比べようも無い別ジャンルのどら焼きだが、諸手を上げて美味いと言おう。
個人的にはあんと皮の両方が主張し合う黒あんよりも、あんの方が引き立て役にまわった白あんに軍配を上げる。でもこの辺はおそらく気分とか好みの問題だ。またひとつ、近所の素敵おやつを開拓。買い過ぎに注意しなくちゃ。。。
亀十/東京都台東区雷門2-18-11/03-3841-2210
10:00-20:30/第1・3月休
お盆は都内でいろいろと。
8/14はオフィス物件の打合せで白金台へ。その後恵比寿へ移動してintewarrior・山下さんと『シェ・リュイ』で小田原『井筒屋』の商品ディスプレイについて打合せ。『プレハブ酒場』でおでんと焼きそばを食べて、代官山『dcb』で飲む。
専門学校講師も務める山下さんとの談義がデザイン教育についての話題に及んで、私たちが「機会があれば、インテリアデザイナーは便利屋的にクライアントを喜ばせるだけじゃなくて、生活とか環境の質について問題意識を持って仕事しなくちゃならない、ってことを学生に伝えたい」みたいな話をしたところ、「そりゃ辻説法とか私塾を開くとかした方がいいかも」と言われてしまった。確かにそうかもしれない。
8/15はたまプラーザ『simpatica』で取材。久方ぶりに萩原修さんにお会いした。なんで今のインテリアデザインは面白くないのか、という話題を振られてしまったので、性懲りも無くあれこれと意見を述べる。「インテリアデザイナーの多くは過去のインテリアデザインをぜんぜん知らないから、いま本当にやるべきデザインや新しいデザインを発想しようにもできない」とか「最近は建築家の手がける店舗の方がずっと面白いけど、その多くに商いを成り立たせる基本的技術が欠けているのと、自身の生活の貧しさがにじみ出ちゃってるのがイタい」とか「インテリアデザインは自閉の時期を過ぎて都市環境と直接繋がり、開かれてゆくんじゃないか」みたいなことをつらつら話す。意外にもなんとなく前のめりで聞いてもらえたので、調子に乗って前日に話したことも含め、「できれば建築の学科でインテリアデザインの現代史と技術をちゃんと教えたり研究したい」とまた夢の話。言い続けてるとそのうち何かいいことが起きるかもしれない。
ノートPCの画面をお見せしながら『simpatica』や『fit』のデザインについても解説。こんな感じでいつもシンプルな考えでやってます、と話すと、エディターの井手さんに「でもこれってポップですよね」と言われてなるほど、と思う。シンプルにデザインしたことがキャッチーな表装に結びつくのはウチの特徴かもしれない。これって売り文句になるかな。
16:00辺りから取材が始まって、食事が終わったのは23:00くらい。
それから2日ほど作業日を挟んで、18日に住宅インテリア物件の打合せで成城へ。その後クライアントとたまプラーザに移動して再び『simpatica』で食事。終電近くまであれこれ話し込む。
代官山とたまプラーザ、という立地の関係上なかなかはしごをすると言うわけにはいかないのが残念だが、こんなふうに利用させていただける作品があるのはデザイナーとしてとてもありがたいことだ。
『dcb』で櫻岡さんがつくるカクテルには、飲むものを酔わせながらも頭の中の眠っていた部分を覚醒させるような鋭さがある。櫻岡さん自身が日替わりでエディットするLEDライティングも快調に稼働中。訪れる度に新鮮な感覚を受け取って帰ることのできる貴重な店だ。オープン後5ヶ月を経て、徐々に地元の固定客も根付きつつある様子で嬉しい限り。
一方『simpatica』は数ヶ月前に来た時よりもまたぐんと料理の味がレベルアップしているのに驚いた。黒板に書かれたメニューの内容がワイン中心からフード中心に代わったことにも自信のほどがうかがえる。それにしてもこの満席具合はどうだ。スタンディングカウンターまでぎっしり人が埋まっているのを見て、なんだか感動してしまった。これもオープンから2年2ヶ月のあいだ明るくフロアを切り盛りしてきた池田さん夫妻の努力と地元のニーズを読み取る確かなセンスのあらわれに違いない。
いい店にはいいオーナーが居る。デザイナーが手伝えることなんて最初のほんの一押しに過ぎない。私たちには自前で店を持つような器量は到底ないから、せめてお邪魔にならない程度に通わせていただくことにしよう。どちらの店にもマイペースに、ずっと永く頑張ってもらわなくちゃ。デザイン料を飲み食い代の方がはるかに上回るくらいになったら幸せだ。
dcb/東京都渋谷区猿楽町23-5-B2F/03-3770-0919
18:00-深夜/不定休
simpatica/神奈川県横浜市青葉区美しが丘2-17-12/045-903-5010
17:00-1:00LO(土日12:00-15:00,17:00-1:00LO)/月休(祝日の場合火休)
8/8。11回目の結婚記念日だけど終日仕事。21:00になろうかという頃に、近所で何か食べますか、となって、前から気になっていた串揚げの店『卯吉』へ行ってみることにした。春日通を東へ歩いて新御徒町駅と仲御徒町駅のちょうど中間あたりで左に曲がると、ほどなく角のマンションビル1Fに“串喝卯吉”と抜いた藍の暖簾が見つかる。串揚店にありがちな民芸調の作り込みのほとんど無い小ざっぱりとした店構え。
5人掛けられるかどうかのカウンターと4人掛けのテーブルがふたつの小さな店は主人一人だけで切り盛りされているようだった。テーブルのひとつではネクタイの二人連れが機嫌良さげに瓶ビールを空けている。給仕の手間の無いよう、私たちは主人のすぐ前のカウンター席に座らせてもらうことにした。おまかせ串を注文。
クリアウレタン塗装の木造作と粗めの左官壁の内装は、外観同様控えめながらしっかりしたつくり。入口部分の一角だけ少し削って切石と砂利を敷いてあり、残りの床は白御影調の塩ビタイルだが使い方がスマートなので安っぽくは見えない。レジ脇とカウンター脇の小壁の一部は黒塗りの異形鉄筋をランダムに配置して透かしてある。設計者の年代を感じさせるディテールだ。
テンポ良く運ばれて来る串揚げもまた見た目に奇抜なところは無い。ところがどれも一口食べると「美味い」と同時に「おや」と思わせるものがある。供する方は「椎茸です」、「玉葱です」、「帆立」です、と至ってさりげないが、素材の組み合わせや下味の段階で何かひと工夫、あるいはふた工夫が施されていることは明らかだ。私たちの単細胞な舌ではそれがどういったものなのかを一度で判別することは難しい。こりゃまた来てじっくり味わう必要がある。この辺は腕とセンスのある串揚店ならではの楽しみだ。
合間に造り(これも「おまかせ」に含まれている)を挟みつつ、かなりの本数を平らげてストップ。気がついたらほとんど塩だけで食べていた。最後に出て来たトマトの甘煮も上品な味付け。心地良い満腹感とともに春日通りを逆戻りした。
卯吉/東京都台東区台東4-29-15/03-3835-8227
12:00-13:30,17:00-22:00LO(土-21:00LO)/日祝休
8/6。仕事帰りに『前川』で鰻。駒形橋のそばにある有名店。以前から気にはしていたんだけど、実際に足を運んだのはこの日が初めて。
御影石張りの重厚な店構え。メニュー表を確認すると少々単価が高い。Tシャツ、ジーンズに図面ケースを携えた格好もどうかとは思ったが、せっかく前まで来たのだから、と、飾り窓付きの大きな引違戸を開けた。2Fの座敷へ通され、坂東太郎の蒲焼と重、肝の山椒煮と瓶のモルツを注文。
中(値段別に大・中・小のサイズがある)の蒲焼は見るからに立派なものだった。たれのかかり具合は薄め。一口箸で運ぶとふわりとした食感とともに鰻の風味が広がる。
上の写真が蒲焼と重(こちらは小)の一揃え。これに水菓子(この日はメロンだった)が付く。品良く、しかもボリュームのある内容に納得した。
主な器は網代模様の染付。女給さんの着物にもさりげなく網代がアレンジされている。白木と左官の内装は鰻同様シンプルで質の高いものだが、それにしては蛍光灯のシーリングライトを等間隔で並べただけの照明が少々味気なく感じる。大きな窓ガラス越しの目の前には隅田川と駒形橋。この店にはたぶん昼間来るのが正解だ。
設えの良い店の、設えの良い鰻。私たちのような身分の者も時々ならばいただいてもいいだろうか。
前川/東京都台東区駒形2-1-29/03-3841-6314
11:30-21:00/無休
8/2のつづき。照明器具工場からアトリエまで歩く途中で『こんぴらや』の前を通り掛った。『梅むら』や『千葉屋』のすぐ近くにあるさぬきうどんの店。昭和40年開業。ちょうどお腹がすいていたので軽くいただいて帰ることにした。
白っぽい突板で覆われた店内は蛍光灯で照らされて明るくさっぱりとしている。左手に直線のキッチンカウンター。向かいの壁沿いにはベンチが並び、そちらへ寄せてテーブルとスツールのセットが4つか5つ。ベンチに荷物を置いて、二人でテーブルを挟んでスツールに腰掛けると、お互いの視線の先にそれぞれ一台ずつテレビが吊るされていた。ほどなく女性の店員さんがやって来て、暖かいお茶と水とをひとつずつ置く。どうやらいろいろと親切な店のようだ。
他には3人客が一組いて、サワーをやりながらつまみメニューをたくさん頼んでいる様子。そういう使い方もあるらしい。私たちの方はこんぴらうどんと冷たいぶっかけうどんを注文。
上の写真はこんぴらうどん。具は溶き卵、油揚げ、揚げ玉など。出汁はどんぶりの底が見えそうなくらいに透き通り、しっかりと風味がある。素晴らしい。
こちらは冷たいぶっかけうどん。小麦の味が力強く生き生きとした麺だが、「さぬき」を冠するには弾力やねばりに欠ける。さぬきうどんブームのはるか以前からある店だけに、そこは期待するだけ野暮だ。これはこれで美味い。
どちらかと言うと上質な出汁のインパクトの方が勝るため、ここではかけうどん系のメニューの方が私たちの好みに合う。食べ終わるとどんぶりはすっかり空。勘定をしてもらい、先ほどの店員さんとキッチンの奥に居た店主氏の笑顔に会釈して上機嫌で店を出た。お二人はおそらくご夫婦だろう。
こんぴらや/東京都台東区浅草3-7-5/03-3875-0732
11:30-14:00,17:00-23:00(土17:00-23:00)/日祝休
7/30。初台で『インゴ・マウラー展』を見てから幡ヶ谷へ。代々木上原方面に6、7分歩いたところにある『Bar Nakagawa』を初めて訪れた。2004年4月にオープンした全13席のちいさなバー。内外装のデザインはナツメトモミチ氏。
雪のかたまりを削り出したような造形、質感のファサード。エントランスの白い格子のドアは一見してレストランのようだが、その脇にある曲面のゲート造作を切り抜いた店名ロゴがさりげなくバーであることを示す。バーテンダー氏に案内され、アプローチ左手の低い垂壁の下をくぐるようにして抜けるとカウンター席にたどりつく。シグード・レッセル氏デザインの大降りで手触りの良い椅子に腰掛けてカクテルを注文。
小さな空間であるにもかかわらず設計的な見所は多い。曲面の天井と、そこに穿たれた空調用のスリットやスピーカーの穴、カウンター上部に仕込まれた照明の納まりはとりわけユニークで、仕上がりも素晴らしい。外の方を見返すと、天井の端部から先ほどのアプローチの垂壁、テーブル席の向こうの窓まで、角アールの造形が幾重にもリズミカルに重なる様子が目に楽しい。テーブル席の上にはルイス・ポールセンのペンダントライト。シンプルなようでいてその実様々な要素が混じった空間だが違和感も嫌らしさも感じられないのは、おそらくナツメ氏のバランス感覚に負うところが大きい。氏自身、きっとこの仕事を楽しんだであろうことが伝わって来るようなデザインだ。
ボストンクーラーは千鳥の切子グラスで、桃のラムベースカクテルは海月のようなかたちのうすはりグラスで登場。バーテンダー氏のセンスもまたユニークだ。どちらも時間をかけて味わうタイプのレシピで、なるほどそういうコンセプトの店なんだな、と納得した。覚醒よりも酩酊を好む気分の酒飲みにはぴったりだろう。またきっとお邪魔させていただきます。
Bar Nakagawa/東京都渋谷区西原3-25-5-1F-B
03-5453-0650/19:00-4:00/休日は要電話確認
7/27。和装店巡りの合間に『梅むら』へ初めて立ち寄った。東京の甘味好きの間では知らない人は居ないくらいの有名店。1968年開業。
場所は観音裏、見番と言問通りの間辺り。住所をたよりにたどり着いてみると、そこは色あせた赤いテントがついた小さなビル。店先に竹製のベンチがぽつんと置かれ、その周りには鉢植えの観葉植物が山盛り。思わずアルミの引戸をがらがらと開けて「ホントにココですか?」と聞きたくなるくらいに地味で控えめな佇まい。
せまい店内には4人掛けの座敷席がふたつとカウンター席がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、私たちが訪ねたときにはその半分近くが埋まっていた。ちょうど食べ終わったところの着物の女性二人連れと入れ替わりに座敷席へ。4人で豆かん天と氷豆かん天、あんみつ豆と氷ぜんざいを注文。
看板メニューの豆かん。赤エンドウと寒天の豊かな風味をさっぱりと上品な黒蜜が引き立てる。シンプルながらバランスの良さが際立つ。
氷豆かんは豆かんの上にかき氷を乗せたもの。やはりシンプル。それだけに美味い。
あんみつと氷ぜんざいにも上品な味わいは共通している。それにしてもこれほどのものがいただけるとは、外観からはとてもじゃないが想像がつかない。なんとも不思議な感じではあるが、これもまた浅草らしい店のあり方なのかもしれない。
梅むら/東京都台東区浅草3-22-12/03-3873-6992
13:00-18:00(土祝-16:00)/日休
7/20。目黒で仕事の打合せ。夜9時前に『とんき』で夕食を摂った。目黒の『とんき』と言えば都内に暖簾分けがいくつあるか分からないくらいの老舗だが、東京に暮らして10年も経つと言うのに訪ねたのはこの日が初めて。電柱広告をたよりに行人坂と権之助坂を繋ぐ路地へと入ると、ほどなく幅5メートルはあろうかという木製引戸を構える2階建てがあらわれた。なんだか大家さんちへご挨拶に行くような神妙な気持ちになりつつ、これまた立派な暖簾をくぐって店内へ。
左手に仕込用のキッチンがあることを除いて間仕切りは無い。フロアの大半を占めるのは作業台の並んだ板張りのオープンキッチンで、その周りをコの字に囲むようにして白木の客席カウンターがへばりついている。流れ作業によってみるみるうちに出来上がってゆくとんかつと、てきぱきと持ち場をこなすスタッフたちの姿を、天井から何十灯も吊るされたガラスシェードの丸っこいペンダントライトがこうこうと照らす。ぞくぞくするほどダイナミックな光景だ。
店に入ると先ずメモを手に持ったおじさんに「ロース」か「ヒレ」か「串」かを伝えてからカウンターの後ろに並んだ待ち合い席へ。適当に座っていると、おおかた準備が整ったところで先のおじさんが決まった席へと案内してくれる。この辺の作法は以前通った自由が丘の店と大差ないので戸惑わずに済んだ。
出て来た「ロース」と「ヒレ」(どちらもご飯と豚汁、漬物付きの定食)はまさしく『とんき』の原型を感じさせるものだった。超の付く有名店だけに、衣と肉が分かれてしまいやすいのがどうとか、火の通り具合がどうとか、いろいろ言う人も多いみたいだが、それはそれ、これはこれだ。薄く香ばしい衣とともにいただくさっくりした歯触りの『とんき』のとんかつを、私たちは好ましい味だと思う。
カウンター内のスタッフはひとりひとりの客の食事のスピードを見計らってご飯や付け合わせのキャベツのおかわりを尋ねてくれる。食べ終わる頃には楊枝入れの上に蓋代わりに被せていたガラスコップをひょいと取り、おしぼりと熱いお茶を出す。こうしたカウンター越しの押し付けがましさのないサービスがまた都会的で実に心地良い。
店の最奥には大きなガラス窓があり、その向こうには坪庭になっている。日のあるうちだとちょっといい感じだろう。早い時間は混むとは聞くが、今度は夕方前辺りにまた行ってみよう。
とんき目黒店/東京都目黒区下目黒1-1-2
03-3491-9928/16:00-22:45(LO)/火・第3月休
*その後リンク切れとなった部分を是正(Sep. 23, 2012)
7/15。横浜美術館からタクシーで中華街へ。焼きそばで有名な『梅蘭』へ行こうとしたところ、店の前に着くとものすごい行列が。しばらくうろうろしていると、偶然にも同行の藁科さんのお知り合いに遭遇。並ばずに食べたいならあそこがいいかもよ、と教えていただいた台湾系創作中華料理の有名店『興昌』へ。場所は中華街の真ん中からは少し離れた関帝廟すぐそばの通り沿い。
タイル張りの床や手作り風ガラスをはめ込んだ入口ドアなどの小奇麗なつくりはこの辺の他の店とはちょっと異質な感じがする。そのせいもあってか、20数席ほどのフロアは確かに良く空いていた。フレンドリーとまでは行かないが、中華街の店の割に人当たりの良いスタッフの応対にほっと一安心。瓶のラガーを飲みつつ料理の登場を待つ。
看板メニューは渡り蟹の炒め+麺。蟹を食べた後、その出汁に中華麺を投入。
上の写真左はその麺を絡めた状態。楽しい。写真右は豚のバラ煮。こちらは小振りな万頭に挟んでいただく。他に海老の蒸し餃子とレタスの炒めも注文。どれも香り高くさっぱりとした味付けで、期せずして私たちの好みにぴったりの料理だった。いい店を教えていただけて感謝。次に来た時はフカヒレの刺身をぜひいただいてみたいな。
興昌/神奈川県横浜市中区山下町139/045-681-1293
12:00-14:00,17:00-20:50LO(土日祝12:00-20:50LO)/水休
7/14。水道橋のフォトラボから九段下のプリントショップまで歩く途中で靖国通り沿いの『いもや』の前を通りかかった。都内で天婦羅、天丼、とんかつの店を展開しているローカルチェーン店のひとつ。この神保町三丁目店は天ぷら専門。この日は店構えを写真に収めただけで通り過ぎたが、この界隈では特に気に入っている店のひとつだ。
すりガラスのはめ込まれた木製の引戸と白地の簡素な暖簾越しに蛍光灯の光がこうこうと漏れ出す(別アングルの写真)。店に入ると洗い出しのフロアに白木のカウンターキッチンがあるだけであとはほとんど何の造作もない。席数は全部で20くらいだろうか。スタッフ3、4人の無駄の無い動作と、見事なまでにシンプルなキッチンの設備が、どこに座っても手に取るように見渡せる。いかにも掃除がしやすそうなつくりのおかげもあってか、油を大量に使うにも関わらず、いつ来ても店内はピカピカだ。メニューは単品の天婦羅と、600円と800円の定食のみ。
天婦羅の味は特筆するほどのものではないし、名の通った老舗と言うわけでもない。それでもわざわざ足を運びたくなるのは、おそらく建物の壁が無ければ丸きり屋台のようなこの店が、飲食業の原点を一切の虚飾を省いた素の状態で見せてくれるからだろう。
天ぷらいもや三丁目店/東京都千代田区神田神保町3-1
03-3261-7982/11:00-20:00/隔水休
7/12。日本橋で取材。場所は『東洋』にしてもらった。インテリアデザインは故・境沢孝。
境沢は1920年生まれの建築・インテリアデザイナー。剣持勇世代と倉俣史朗世代のちょうど間に登場した。1950年代以降、商業空間をメインステージとして世界をリードする作品を数多く生み出し、日本のインテリアデザインの黎明期にその方向性を決定付ける役割を果たした人物の一人だ。
私たちは『東洋』以外の境沢の作品を書籍(『商店建築デザイン選書』や『日本のインテリア』など)でしか見たことが無いが、往事の作品数の多さとそのクオリティ、独創性の高さはまさに圧倒的。名実共にインテリアデザイン界の最初のスターとして位置づけるにふさわしい。
『東洋』のオープンは1983年で、境沢の作品としてはかなり後期のもの。1Fがカフェ、2Fがレストランと言う構成。2001、2年頃にカフェを中心に一部改装が施されている(改装部分のデザインはケンジデザインスタジオ・境沢健次氏。もしやご子息だろうか?)。この日はお腹がすいていたので待ち合わせの1時間ほど前にレストランの方へ。どちらかと言うとレストランより洋風居酒屋と呼びたくなるような大衆的な店だ。上の写真はその一番奥からの眺め。日本橋のスーツ族に囲まれて、夜の中央通りを見下ろしながらエビフライとヒレカツとオムライスとサラダを、食後に下のカフェで取り置きを頼んでおいたチーズケーキをいただく。
中央通りに面した大きな窓面に沿って4人掛けテーブルを並べたプランニングは境沢にしては珍しく標準的なもの。しかし円筒形のシーリングライトや斜めボーダーのパーティションなどの大胆かつシャープなディテールと、そのどことなくユーモラスな表情はまぎれも無く境沢デザインだ。写真ではちらっとしか見えないが、オリジナルの小振りなチェアがまた可愛らしい。
上の写真は左から階段室のペンダントライト、2Fレストラン奥のペンダントライト、階段脇の照明オブジェ。手ぶれと逆光のせいでうまく撮れてなくて残念。
COREDOの方から見た『東洋』の全景。1Fカフェのテントのついたあたりが主に近年改装された部分。ここにはもともとカウンター席があり、通りとはガラスで隔てられていた。
1F奥のテーブル席のエリアはほぼオリジナルのまま残されている。この日はカフェの方へは行かなかったんだけど、このテーブル席のプランニングが実は凄いのだ。境沢デザインの真骨頂を今に残す空間。また近々訪れることにしよう。
さらに、このビルの地下にも境沢作品が現存している。日本料理店『畔居』。オープンは1992年。おそらくメディアに紹介された境沢作品としては最後のものだと思うが、迂闊にも私たちはまだ行ってみたことがない。この日はファサードとエントランスの階段室だけ撮影。いきなりノックアウトだ。素敵過ぎる。
東洋/03-3271-0003
11:00-23:00(祝-20:00,土-17:00)/日・第三土休
畔居/03-3272-7402
11:00-15:00,17:00-22:00(土・祝-20:00)/日・第三土休
東京都中央区日本橋1-2-10
7/8。我らが心の師匠・野井成正さんの近作『志村や』へ行って来た。水天宮そばのスタンドバー。
店先に置かれたベンチ(これは南雲勝志氏のデザイン)と通りに対して少し斜めに振られた木枠の引戸にはじまって、十人も入れば一杯の店内はほとんど全面杉材に覆われている。天井からカウンターに向かってランダムに折り重なるようにで現場で組みあげられたサイズ違いの角材がなんともド迫力。無塗装の杉材の持つ優しい質感と、エキセントリックな造形との取り合わせが新鮮だ。
こうしてロッド状の木材や金属をたくさん用いて空間をつくりあげてゆく手法は野井デザインの記号とも言えるくらい多くの作品で見られるものなんだけど、実際にそれらの空間を訪れてみると、どれひとつとして同じ印象を持つものが無いのが不思議なところ。特にこの『志村や』では杉の性質を生かしてか、比較的太めに製材したものが用いられているため、野井さんの他の作品には無い武骨さが感じられる。そのディテールをじっくり眺めつつ、頭の中で『ボンバール江戸堀』や『ティナント』や『コシノアヤコ』を解体/再構築しながら黒麹萬年をロックでいただいていると、なんだか心地良く酔いがまわってきた。
どちらを見てもほぼ単一の素材であることが、野井さんのプランニングの巧みさを際立たせていることも見逃せない。ちいさいながらも実に見応えのある作品だ。
東京で野井さんの作品を見ることができるのは、今のところ『魚真』と『リスン青山』とこの『志村や』だけ。空間デザインに関わる人は必ず見ておいた方がいい。
志村や/東京都中央区日本橋蛎殻町1-39-2
03-6657-3611/17:00-0:00(木金-2:00)/日祝休
野井成正
六月杉話/スギダラ畑でつかまって(月刊杉WEB版11号)
6/30。近場で焼肉を食べることにした。『本とさや』もいいけど、もっと普通な(しかもとびきり美味い)焼肉は無いものか、というわけで、ネットであちこち調べてみた結果向かったのは『大昌園』。
ひさご通りの西側には裏路地に面して焼肉店の密集するエリアがある。建物の多くは十数人も入れば一杯の店舗付住宅。夕方に通りかかるとアルミの引戸の隙間からお店の人が子供と食事を摂っているのが見えたりするような生活感満点の場所だ。『大昌園』の店構えはまさしくその典型。6畳間ほどのスペースを土間と小上がりに分けて、それぞれ4人テーブルがふたつずつ。そこに丸きり屋台のようなささやかな厨房がくっついているだけのちいさなちいさな店だった。
まずはレバ刺し。これは冷や奴の一種ですか?と思わず聞きたくなるようなシャープなエッジと大胆な切り分け方。このビジュアルからしてすでに意表をつくものだが、その心地良い歯ざわりとあふれる旨味はさらに衝撃的だ。
続いて上カルビ。これがまた凄かった。見事なサシからじわりとほぐれてとろけるような食感は、かつて食べたことのある焼肉とは比べようのない異次元のもの。まさかこの年になってこんな味覚体験ができるとは。
ボリューム、旨味ともにたっぷりの上タンと上ミノも素晴らしい。ホルモンの上品な味わいには思わずうっとり。そして最後に上ロース。生食できる質と鮮度の肉を軽く炙っていただく。ロースの概念を覆すふくよかな味わいにまたも目から鱗。さっぱりと酸味の利いた漬けだれが実に良く合う。
それにしても焼肉とはこれほど単純でありながら、一体どれだけの奥行きとバリエーションを持つ食べ物なんだろうか。だいたい同じ浅草界隈にありながら、『大昌園』の焼肉と『本とさや』の焼肉とでは、ものの見事にベクトルが違う。名店の数だけ焼肉は存在すると言うことか。
そもそも焼肉に“普通”なんて無いのかも。エアコンの壊れた店内で煙まみれになりながら、そんなことを考えた。
大昌園/東京都台東区浅草2-14-7
03-3841-8083/17:00-3:00/火休
浅草の焼肉横丁についてはこちらのサイトに興味深い情報が掲載されている。
焼肉の街 いまむかし 台東区浅草
月刊焼肉文化 2001年9月号 Vol.100 掲載記事(浅草くらぶ)
6/25。オープン直後(2006年2月)以来、久方ぶりに表参道ヒルズへ。まだ混んでるかな?と覚悟して行ってみたところ、19:00過ぎの表参道ヒルズは思いのほか空いていた。飲食店も、大方はほとんど待ち時間なしで入れそうな状態。前に来た時には行列に埋もれてまともに店構えを見ることさえ出来なかったのがなんだか嘘みたい。
そんなわけで、3Fの『Gelateria Bar Natural Beat』を視察。ジェラートのデザートプレートとカフェを提供する店。表参道ヒルズに数ある店舗の中でも、ここは私たちの周りのクリエーターの間での評判が一番高い。デザインは塩見一郎氏。
実際に店の前に立ってみると、デザインの印象はさほど際立ったものではない。それよりもガラス張りのキッチン内で調理中のデザートの方に目は釘付け。そのすぐ脇にあるレジでお薦めを聞いて注文。カフェカウンター周りにL字に配置されたベンチシートの一番奥へ。
少し高めの客席からはチンバリーの大きなエスプレッソマシン越しに通路と吹き抜けがよく見える。表参道ヒルズにある他の店舗の多くが割合閉鎖的なファサードを持つのに対して、この店のつくりはずいぶんと開放的だ。背後は一面ダークブラウンのウッドブラインドに覆われ、右手は全面フラットな黒い塗装の壁。さっきまでへばりついて中を覗いていた厨房まわりのガラスも、改めて眺めると他の面と同様何の意匠もなしに天井まですっきりと立ち上げられていた。
大胆な面の構成のみによって整えられた空間のおかげか、頭上のシャンデリアやモールディングの施されたカフェカウンター、楕円形をした大理石の客席テーブルなどの存在にも押し付けがましさは無く、上質さを感じさせるアクセントとなっている。この辺の力加減は『Soup Stock Tokyo』の店舗を数多く手がける塩見氏一流のもの。パブリックスペースとひとつながりに機能する店のデザインにおいて、国内では現在のところ塩見氏の右に出るものは居ないのではないかと思う。
注文したのは“パッションフルーツ&マンゴー/ジュニパーベリーのジュレをのせて”と“スウィートトマトミルク/白ワインのジュレ エストラゴン風味”。ジェラートには甘ったるさが一切無く、素材の風味がさわやかに口の中へひろがる。デコレーションとの相性も素晴らしい。パッションフルーツ&マンゴーには好みでジンをかけていただく。これがまた絶妙。今度は他のメニューもぜひ試してみなくては。
バリスタの男性にお話をうかがうと、昼間の表参道ヒルズは今でも大変な混雑具合で、それが夜になると一転、だいたいこんな調子の空き具合なのだそうだ。飲食店は23:00から24:00まで開いている。実は意外と使える施設じゃないのか、表参道ヒルズ。
美味しいエスプレッソをいただきながら、私たちはなんとなく在りし日の『カフェ・デ・プレ』表参道店を思い出していた。
6/24。『ペリカン』へパンを買いに行ったついでに以前から気になっていた洋菓子店に立ち寄った。その名も『レモンパイ』。浅草通り裏手の田原町の駅からすぐの場所。黄色い屋根が一応の目印だけど、そのちいさな外観は地味と言っていいくらい控えめでかわいらしい。
ショーケースに並んでいた数種類のケーキの中から、この日はやはりレモンパイを購入。店構えと同様見た目は地味ながら、そのディテールが丁寧な仕事ぶりを物語る。味もまたしかり。虚飾の一切無いストレートなレモンの風味と、見事にふわふわな食感のメレンゲに思わずにんまり。これは他のケーキにも大いに期待が持てそうだ。もっと早くに来ておきべきだったな。
レモンパイ/東京都台東区寿2-4-6
03-3845-0581/12:00-19:30/日月休
6/19。現場チェックからの帰りに幡ヶ谷駅の上にあったインド料理店で遅めの昼食。店名は『ダルヴィッシュ』となぜかイラン系。
間口2メートル強ほどの狭いビル通路に貼り付いたガラス張りの店構え。自動ドアから十数席ほどのカウンター席の一角へ。鼻先のキッチンにはシェフとマネ−ジャーの二人が立ち、その頭上の棚にはスパイスの詰まった大降りのタッパーウェアが整然と積み重なっている。キッチンの左端にはタンドール。洗い物は布で簡単に目隠しされた反対側のエリアで行っている様子。これほどまでに作業の様子がオープンなインド料理店にははじめてお目にかかったが、ステンレス張りのキッチンは行程ごとにシェフの手で丁寧に磨き上げられ実に清潔だ。
シェフの手さばきとスパイス棚の隣のテレビに流れるインドのミュージックビデオを交互に見ながら待つと、ほどなくシーフードカレーとダルカレー、そして焼きたてのシークカバブとナンが登場。30センチくらいの奥行きしか無いカウンターにでんと横たわるナンがやけに巨大に見える。
それにしても、この店構えや店名にして、料理の味がなかなか本格的であることには驚いた。どうりで中途半端な時間帯であるにも関わらず、テイクアウトも含めてコンスタントに客が訪れるわけだ。やればできるんだなあ、と痛く感心。
食券式の明朗会計も嬉しい駅前の蕎麦屋みたいな美味しいインド料理店。幡ヶ谷周辺に住む人がちょっと羨ましくなった。
ダルヴィッシュ/東京都渋谷区幡ヶ谷2-13-4/03-3373-1373
11:30-15:00,17:00-22:00/火休
6/14。小田原での打合せ前に『守谷製パン』へ立ち寄った。柳屋ベーカリーと違って出自ははっきりしないけど、こちらも古くからあるようだ。
通りに面した店の正面は閉め切ってあり、客は細い裏路地側に並んで順番を待つ。蛍光灯に照らされた天井の高い空間は、店員さんの白い帽子やエプロンと相まってまるで給食室のようだ。ショーケースには何種類ものパンが無造作に積み重なってぎゅう詰め。この店構えだけでもうぐっと来る。
上の写真左は表通りに面した外観。写真右が購入したあんパン。ずっしりと重い。しかもほかほか。駅前に戻って地下街のベンチで早速いただいた。
あんパンは薄皮で甘さ控えめ。サイズのわりにすんなりと胃袋に納まる。上の写真右はコッペパンにあんずジャムを挟んでもらったもの。プラス20円で見るからにケミカルなジャムをどかんと投入してくれるのが嬉しい。洒落た要素など一切存在ぜず、驚くほど美味しいわけでもないが、ボリュームと心意気は満点。男前なパン屋だぜ。
この日はバラで買わせてもらったんだけど、主なパンはあらかじめ5つずつビニール袋に詰められていて、慣れた客はものの10秒で買い物を済ませてゆく。今度は甘食5つを買って帰ることにしよう。
守谷製パン/神奈川県小田原市栄町2-2-2
0465-24-1147/8:00-18:00(売り切御免)/日休
6/3に上野松坂屋の地下食品フロアで満願堂の芋きんを購入。本店は浅草・オレンジ通り沿い。
薄皮の中になめらかなペースト状のさつまいもがみっちり。素材の香ばしさをシンプルにとじこめた素朴かつ品のあるお菓子。賞味期限24時間。ほんのり暖かい買いたてのうちにいただきたい。
こちらはこの日はじめて購入してみた栗入り芋きん。日持ちのする羊羹状のお菓子なので、それほど期待はしていなかったんだけど、芋の風味と栗の食感の取り合わせが思いのほかいける。これはお土産にぴったりだな。
満願堂 本店/東京都台東区浅草1-21-5
03-5828-0548/10:00-20:00/無休
6/1。現場チェックからの帰り、幡ヶ谷駅近くにあった『めんこや』へ行ってみた。2004年にオープンしたという武蔵野うどんの店。武蔵野うどんについては以前からその存在が気になってはいたんだけど、情報のまとまった資料もサイトも皆目見当たらず、予備知識はゼロ。
狭い間口ながらもガラス張りの手打ちブースを備えた店構え。ちいさなドアを開けると中は思いのほか広い。しっくい調の白壁とダーク色に染色された木造作、ブラックアウトされたスケルトンの天井、といった簡素なインテリア。訪れたのはほとんど開店時間ジャスト。店主と思しい男性が頭にバンダナを巻きつつ明るい声で迎えてくれた。
釜玉うどん(写真左)とぶったまうどん大盛(写真右)を注文。
太さの不揃いな手切麺はもちもちとした粘りと強い歯ごたえは讃岐うどんとは全く方向性を異にする。のどごしと弾力を楽しむのではなく、噛み締めて小麦の風味を味わうタイプの麺だ。
ぶったまうどんのつけ汁は昆布、鰹、いりこのあわせだしがベース。豚の角煮とゆで玉子入り。いかにも濃厚そうな黒々とした見た目とは裏腹に、味付けはほぼだしオンリーでさっぱりしている。ちぢれた麺につけ汁をたっぷりと絡ませていただくのが美味い。
これが武蔵野うどんのスタンダードなのか(そもそもスタンダードが存在するのか)どうかは分からない。しかし、その味わいは見事に完成されている。小麦粉と塩と水というシンプル極まりない素材から出来ているにもかかわらず、うどんはお国によって本当に様々だ。
今度は肉汁うどんと親子釜玉うどんをいただいてみたいな。
めんこや/東京都渋谷区幡ヶ谷1-2-7
03-3320-4455/18:00-25:30/日休
5/26。『矢場とん・東京銀座店』で夕食。名古屋名物・みそかつの店。創業は1947年。東京銀座店のオープンは2004年なんだけど、この日まで一度も訪れたことがなかった。
歌舞伎座にほど近い4階建ての小さなビルを改装した簡素な店構え。そこかしこに(トラックにまで)あしらわれた化粧まわしの豚のキャラクターが実にユルくていい感じ。
1Fのカウンター席に案内され、注文したのはロースとんかつ(写真左)と鉄板とんかつ(写真右)。湯気をもうもうと上げながら登場した鉄板とんかつにびっくり。
みそだれの味は意外にあっさり。肉質がこれまた良くも悪くもあっさりで、ガツンといただくと言うよりむしろ軽食寄りのとんかつだ。意外だったのは、カウンターに置いてあったすりごまとの相性が素晴らしく良かったこと。そのままでも美味しいが、ごまの香ばしさが加わることでより完成度が増すように思われた。
気軽な価格設定もまた高感度大。銀座で安メシのレパートリーがまた増えた。今度は創業当時からの人気メニュー・串かつをぜひ食べてみたい。実はオリジナルグッズの携帯ストラップ(化粧まわしの豚さんが立体化)にもかなり惹かれるんだけど、さて買うべきか買わざるべきか。
矢場とん・東京銀座店/東京都中央区銀座4-10-14
03-3546-8810/11:00-22:00/月休(祭日の場合翌日)
5/18。近所での買い物帰りに『柊』に寄ってみた。入口の格子戸を通していつもシャツにネクタイ姿の客で賑わっている様子が見えて、ずいぶん前から気になっていた店。店先の立て看板を見ると魚の名前がずらり。主なメニューはすべて小鉢、漬物、味噌汁、ご飯付きの定食にできるとのこと。この日の店先には三社の飾り付けが。
訪れた時間が18時過ぎと早かったせいか、客はまだ誰もいなかった。カウンター席に座り、関鯖干物の焼魚定食と、にしんの煮魚定食、穴子の天婦羅を注文。
料理が出るまでの間、客席まわりをぐるりと見回す。左官壁や造作などに見られる割合鮮やかな色使いのセンスからしておそらくそこそこ年季の入った店だろうとは思われる。しかし手入れは行き届いていて、電球色の光で明るく照らされた清潔な店内にくたびれたところは感じられない。厨房に立つのは料理長の男性と女性スタッフ2名。おそらくご家族だろう。応対やカウンター内でのやりとりから、無口なご両親を助けつつフロアを切り盛りする快活な娘さん、という構図が伺える。
やがてカウンター越しにお盆に乗って登場した定食は想像以上のボリュームだった。魚の味にも多いに満足。煮魚のふっくらとした仕上がりと味付けは特に素晴らしい。お腹いっぱいになって会計を頼んだところ、何も飲み物を注文しなかったとは言え3000円を下回る金額。安い。
店を出ようとする私たちに先立って娘さんは引戸を開け、店先で深々と一礼をして見送って下さった。こんなケチな客だと言うのに何とも恐縮至極。立て込む時間だとさすがにこうは行かないだろうとは思うけど、商売に対する一途さと美意識を感じさせて余りある光景だった。
いい店だ。また行かなくちゃ。
柊/東京都台東区寿1-6-4/03-5828-2356
17:00-10:00(LO)/土日休
5/17。小田原での2本の打合せの狭間に『柳屋ベーカリー』へ。1921年創業。
目当ては当然あんパン。14:00過ぎに訪れたところ、10種類近くあるあんパンのうちすでにこしあんと桜あんの2種類だけしか残っていなかった。あわてて3個ずつ購入。
大きめの饅頭と言った感じの小振りなあんパン。左が桜あんで右がこしあん。
ふたつに割るとこんな具合。桜あんの方は白あんに桜の花の塩漬けが練り込んであって風味が良い。かなりの薄皮で、まるで和菓子のように上品な味わいのあんパンだった。これはお土産にもいいな。また今度他のあんパンも試してみよう。
柳屋ベーカリー/神奈川県小田原市南町1-3-7
0465-22-2342/8:00-16:00/日祝休
5/12。『めうがや』へ足袋を買いに行ったついでに『千葉屋』へ初めて立ち寄った。大学芋、切揚、蒸かし芋のみを店頭販売。1950年創業。
(Aug 4, 2006/店頭の写真を追加)
ビルの1Fの暖簾をくぐると販売カウンター。すぐあちら側は油でギトギトのステンレスとタイル貼りの厨房、というワイルドな店構え。にこやかな店主氏からずっしりした紙袋(ビニール袋と二重にしてくれる)が手渡される。400gで700円。
この美しい照り。
そしてこの味がまた素晴らしかった。カリっと香ばしい表面の中身はほくほくの状態。とろみの少ない水飴は実にさっぱりとした甘さ。店構えからはちょっと想像つかないくらいに上品な大学芋だ。食べごたえも十分。こりゃヤバい。また買いに行かなくちゃ。
千葉屋/東京都台東区浅草3-9-10/03-3872-2302
10:00-18:00(日祝-17:00)/火休
大学いも千葉屋@浅草(下町外飯徒然草)
小泉誠氏の作品駆け足視察の2つめ(1つめはこちら)。下馬3丁目(三軒茶屋駅から徒歩10分あまり)にある『tocoro cafe』。オープンは2005年12月。
店舗区画は明薬通りに面した2階建て住宅の1F。アーム型の屋外用照明が照らす店構えは至って簡素。しかし自動ドアの向こうには柔らかな光に満たされた質感の高い空間が広がっている。
インテリアのベースは白いAEP塗装のハコ。その中にJパネルと南洋樹木のデッキ材による造作(床も)がはめこまれ、そのエッジに仕込まれた間接照明が店内の照度をほぼまかなう。素材などに若干の違いはあるが、こうしたデザイン手法の基本は『銀座十石』と共通している。
フロアはエントランスで一段、手前のテーブル席とカウンター席との境界でもう一段上がる。テーブルにはハイチェアがセッティングされているので客の目線はカウンター側と同じ。さらに、カウンター内キッチン側のフロアは最も低く設定されている。つまり各々が定位置に座っている限り、一体の造作となったテーブル+カウンターのフラットな天板を挟んで、店内に居る人の目線はほぼ一定だ。この巧妙な操作は店内の雰囲気をより親密にすることに大いに役立っている。
印象としては一見優しげではあるものの、その実、直線のみで成り立った空間は造形的に極めてシャープ。その厳しさとミニマルなディテールは、かつて小泉氏が師事したという原兆英・成光両氏による70、80年代のインテリアデザインを彷彿させる。
メニューの中心はエスプレッソ。ここのところ喫茶と言えば自家焙煎珈琲店ばかりだったので正直あまり期待してはいなかったんだけど、いただいた“オチョコ”と“アワラテ”はどちらもとても美味しかった。黒米トーストと柏よもぎチーズケーキも風味豊かで満足。珈琲の器は陶芸作家・岡田直人氏によるオリジナル。グラスも小泉誠氏がこのカフェのためにデザインしたもの。その他のテーブルウェアのセレクトもぬかりない。
これだけ総合力の高い店を訪れたのは久しぶりかもしれない。クリエーターにとって、いま東京で必ず訪れるべき店のひとつであることは間違いないだろう。店主ご夫妻の美意識の高さに敬服。また必ず寄らせていただきます。
tocoro cafe/東京都世田谷区下馬3-38-2
03-3795-1056/12:00-20:30/火水休
小田原で仕事するならその前に小泉誠氏の作品を拝見しておかねば。
と言うわけで、多少慌て気味に2つのお店を視察。
ひとつめは銀座3丁目にある『銀座十石』。テイクアウトが主体のおにぎり専門店。古本屋と蕎麦屋に挟まった細長い建物の1Fが店舗スペース(上階は倉庫として使用されている模様)。わずか2mほどの間口は屋外のメーター類やサイン類も含めて見事に整理され、落ち着いた店構えとなっている。
店内は販売カウンターと3つの客席だけで目一杯。床からカウンターの腰にかけては白いタイル貼。壁面は杉板とJパネルの造作で覆われ、暖色の間接照明がグラフィカルな処理を効果的に強調する。杉板は下地に仮釘で打ち付けただけ。Jパネルはおそらくその素材感だけでなく、下地要らずの施工性の高さからも選択されたものだろう。屋台のように仮設的でローコストなつくりを了解した上で、最大限のテクニックが駆使されていることが見て取れる。
一見してほっとするような優しげな空間だが、そのデザインを成立させているのは研ぎ澄まされた割り切りのバランス感覚だ。
おにぎりもとても美味しかった。銀座でサクっと小腹を満たしたい時にはありがたい。また寄らせていただきます。
で、2つめの小泉作品へつづく。
銀座十石/東京都中央区銀座3-9-2
03-5565-6844/8:00-19:00(土日10:00-16:00)/祝休
5/4。銀座で買い物の後、団長夫妻と築地で軽く食事。祝日の夜とあって、当然ながら場外の店はほとんど閉まっていた。そんな中でもチェーン系列のいくつかは営業中で、どこも店の前には長蛇の列。24時間営業の寿司店なんてのもあるんだなあ、と感心。
で、団長が選んだのはこの日開いていた中でも一番こぢんまりとしたカウンター7席の寿司店。加藤市場内の細い通路に面したこの一角だけにぽつんと人だかりが。
とりあえずビールとおまかせ10貫+手巻1本のセットを注文。「うちは屋台だから」と大将は謙遜するが、なかなかどうして、いいネタが目白押し。追加で頼んだ穴子のとろけるような味わいは特に印象的だった。丁寧に仕事のしてある宝石のような寿司だってもちろん大好きだが、ワイルドな屋台の寿司もまた江戸前の本道だ。いやしかし、それにしても安いな(上記セットが2300円)。また行こう。
今度は明け方か昼間の時間に訪れて場外の賑わいを実感してみたいもの。東京に住んで10年以上が経つと言うのに、築地の本来の姿をまだ見たことが無いのは問題だよなあ。
築地黒瀬 喰/東京都中央区築地4-10-14加藤市場1F/03-5565-4002
火-土11:30-14:30LO,17:00-22:00LO(日11:30-14:30LO)/月休
4/9。御徒町駅周りでの買い物のついでに『うさぎや』へ初めて立ち寄った。1913年開業の和菓子店。
店があるのは上野広小路近くのビル1F。瓦葺きのひさしのついたなかなか重厚なつくり。ひさしの上にちょこんと乗ったFRP製のうさぎの行灯が可愛らしい。インテリアでは左官仕上げの天井を折り上げた大きな楕円の間接照明が特徴的。
日曜の午後、かつ花見のラストチャンスということもあってか、小さな店内は入れ替わり立ち替わり訪れる客でごった返していた。私たちも含めてほとんどの人の目当ては名物のどら焼き。店の人は実に手慣れたもので、順番に個数を確認し、奥からどら焼きの包みをカウンターへと運び、客を呼び出しては注文をさばいて行く。店に着いた時は一体どうなることかと思ったけど、ほどなくどら焼き4個を手にすることができた。包み紙を通して伝わる暖かみが嬉しい。
アトリエに戻って早速いただいたどら焼きは、実に驚きの美味しさ。まず皮の部分のきめ細かさと香ばしさが抜群だ。
さらに輪をかけて素晴らしいのがこの艶やかな餡。食べ進むに連れて、とろけるような食感に思わずうっとり。まさかどら焼きで感動するとは。正直ここまでのものとは思わなかった。
この日は一人ひとつずつにして、残りの2個は翌日にいただいた。皮の香ばしさはほぼそのまま。しかし餡がとろみを失った分、少々普通のどら焼きに近づいてしまったか。やはり感動の味は出来立てで。
徒歩20分の距離ではあるが、今後は『うさぎや』目当てに東へと散歩することが多くなりそうだ。
うさぎや/東京都台東区上野1-10-10
03-3831-6195/9:00-18:00/水休
4/5。打合せの帰りに西麻布の『かおたんラーメン』で食事。この店へは東京に住むようになった10年ほど前に何度か行ったきりだった。
それにしても、青山墓地の南端という絶好の立地に佇むバラック然とした店構えは、何度目にしても凄まじ過ぎる。
「たしかここから入るんだよね?」と思わず指差し確認しつつ、資材の山に埋もれそうなドアを開ける。店内は狭く、大テーブルとその両側に置かれたベンチ席でほぼ目一杯。時間が中途半端だったので客はまだ一人も居ない。ベンチに座ってラーメンと味肉野菜ラーメンと餃子を注文。
懐かしさと驚きの入り交じった感情にぼうっとした頭で店内を見回すと、電気配線に碍子が使われていることに気がついた。おお、デンジャラス。
ここが21世紀の東京であることを疑いたくなるような状況だけですでに気分的にお腹いっぱいではあったが、とは言え、久方ぶりに味わったラーメンも餃子も大変美味しかった。上の写真左がラーメンの味付たまご(二卵)入り。右が味肉野菜ラーメン。
様々なベースを用いていると思われる醤油味のスープはさっぱりとしていながら実に深いコクがある。揚げねぎの香ばしさと甘さも印象的。ストレートの麺は少しやわらかめ。なんとなく身体に良さそうな、やさしさとパンチ力の両方を兼ね備えたラーメンだ。にんにく風味の強烈な餃子もなかなかのもの。
それにしてもこの店は一体どのくらい前からここにあるんだろうか。この10年あまりの間に西麻布界隈の店もずいぶんと入れ替わったが、『かおたんラーメン』のまわりだけはまるで時間が止まったようにそのままだ。
かおたんラーメン/東京都港区南青山2-34-30
11:00-5:30(金土-5:00)/日休(月曜日が祝日の場合は日曜日営業、月休)
4/3。2005年11月にオープンした東京ビルディングの商業ゾーン『TOKIA』の中にある『きじ』で夕食。新梅田食堂街(JR大阪駅近くの高架下)に本店を構える創業50年あまりのお好み焼き店。新梅田シティ店と合わせてここが3つめの店舗となる。2日前にフォトグラファーの佐藤さんと一緒に来た時には店の前はものすごい行列だったんだけど、この日は平日の少し遅めの時間だったおかげですんなり暖簾をくぐることができた。
店構えは上の写真をご覧の通り小ざっぱりとして何の変哲も無い。インテリアもしかり。しかし最奥のカウンター席に案内され、オーダーしたお好み焼きの調理が始まると、この店の印象は急激にダイナミックなものへと変わる。
メニューの大部分はこのカウンタートップに嵌め込まれた巨大な鉄板で調理され、各テーブルへと運ばれる。カウンター席は言わば「砂かぶり」だ。プレミアムモルツのグラスを片手にスジぽん(牛スジ煮込にぽん酢でさっぱりと味付けしたもの)をつまみながら待つことしばし。モダン焼とスジ焼が奇麗なハーフアンドハーフとなって供された。
鶏ガラスープをたっぷり含み、ふっくらと仕上がったお好み焼きはなんともやさしい味がした。同じ大阪のお好み焼きでも、『鶴橋風月』とは全く方向性が違う。そう言えば、お好み焼きに限らず大阪の食べ物は何もコテコテ一辺倒じゃあなかったことを思い出す。むかし『川福』で食べたうどんや『会津屋』で買ったたこ焼きの味が、ふと脳裏によみがえった。
決して急がず、しかし無駄の無い手つきで、時折関西弁でやり取りしながら眼前にずらりと並んだお好み焼きや焼きそばを丁寧に調理する厨房スタッフの様子を眺めるのは楽しく飽きがこない。特に店長と思しいコック帽を頭にのせた長身の男性は、作業中にも客席にくまなく目を配り、フロアスタッフへ給仕のタイミングを実に細かく指示していることが分かった。だからと言って無闇に緊張感を漂わせているわけではなく、表情は常に柔和で、カウンターの客と二言三言そつなく会話したりもする。良く通る「おーきにー」の声が店内の雰囲気に心地良い張りを与える。
私たちが食べ終わる頃を見計らって、コック帽氏はさりげなく紙ナプキンと楊枝をカウンターの縁に置いた。いい店にはその場の調和を完璧に支配する指揮者が必ず居るものだ。
今度行った時もカウンター席に案内してもらえるといいな。
きじ・丸の内/東京都千代田区丸の内2-7-3東京ビルTOKIA B1F/03-3216-3123
11:00-15:30,17:00-23:00/無休(厨房点検の臨時休業有)
3/18。山海塾を見てから劇場近くのモロッコ風カフェ『Roiseau』(ロワゾー)で食事。三軒茶屋の核を為すカオス、エコー仲見世商店街の一角にある小さな小さな店。
アルミサッシの戸を引いて、イスラムと南欧の民芸品がちりばめられた手作り感満点の薄暗い店内へ。剣持スツールに腰掛け、モザイクタイルのテーブルに着いて、先ず注文したのは看板メニューのクスクス。この日はメルゲイズ(ソーセージ)付きで。クスクス自体あまりあちこちで食べられるものじゃないけど、この店のは特別丁寧に出来ている。満足の味とボリューム。洒落た盛りつけはご覧の通り。
こちらはスペインオムレツ。カボチャのスープとサラダ付き。ポテトたっぷりの分厚いオムレツはこれまた思わず顔のほころぶ食べごたえ有りの一皿。この日は他に三色豆サラダも注文。
食後にトルコチャイとデザートもいただいた。マフィンとマロンパイ。なぜかどちらも餡入り。不思議だけど面白い。ここはアジアの三軒茶屋。
日中は調理から給仕まで麗しいマダムがほとんど一人で切り盛り為さっている。忙しい人が訪れるには全く向かない店であることは一応断っておこう。しかしひとたび落ち着けば、スマートかつ要所を丁寧に押さえた応対が私たちに絶妙な和みを提供し、同時にくたびれた思考を活性化してくれる。煩雑な日常から離れて少しばかり時間を贅沢に費やしたいとき、こんな店が近所にあるといいな、と思う。
Roiseau(ロワゾー)/東京都世田谷区三軒茶屋2-13-17
03-3418-8603/11:30-深夜/日休
エコー仲見世(三軒茶屋どっと混む!)
3/9は勝野の誕生日。と言うわけで久しぶりにご馳走&新規開拓。田原町駅から徒歩5分の『ビストロ・カトリ』へ。場所は浅草と合羽橋の中間辺りの菊水通沿い。『染太郎』や『本とさや』にほど近いディープなエリア。
ネットでの下調べによるとかなりの有名店のようだったので到着の一時間ほど前に電話してみたところ、時間が遅めだったためかすんなり予約OK。21時前に店に着くと客は私たち以外に二組だけ。おかげで窓際のテーブルをゆったり使わせていただいた。
モダンジャズの流れる店内はかなり明るく内装はスッキリとシンプル。良く言うとカジュアル、悪く言うとちょっとファミレスっぽいかも(嗚呼、デザインしてあげたい)。若いウェイター氏の応対はそつなく申し分無い。
夜のメニューはアラカルトのみ。2、3名で取り分けながらいただくのがこの店での楽しみ方のようだ。ちょっと欲張り過ぎかな?とは思いつつも、前菜4品とメイン1品にパンと赤ワインをカラフェで注文。
前菜の中で印象的だったのはノルウェー産のホワイトアスパラガスと鹿児島産の筍のグリエ。野菜のワイルドな風味と、さらにその輪郭を際立たせるようなソースの繊細な味わいに目の覚める思い。ビストロらしく華やかでかつボリューム満点な盛りつけも嬉しい。グランドメニューから選んだ田舎風パテはコストパフォーマンス抜群のパンチのある一品で、これまた素晴らしかった。
メインは萩畜豚のバラ肉のロースト。驚きの分厚さ×柔らかさ×ジューシーさ。濃厚な旨味の塊。前菜だけでとっくに腹9分目くらいに達していたはずなんだけど、ハーブとビネガーの香り高く爽やかなソースも手伝って、付け合わせの野菜まで見事に平らげ、さらに調子づいて黒糖のブラマンジェとキャラメルのジェラート、コーヒーまでいただいてしまった。
結局、腹12分目ほど食べてしまったせいでお代は二人で15000円ほどと思ったより少し高くはついたものの、この店の総合力からしてみれば実にリーズナブルであると言って間違いない。ご馳走さまでした。
アトリエまでは歩いて10分ほど。何たる幸せ。
ビストロ・カトリ/東京都台東区西浅草1-8-9-1F/03-3843-5256
12:00-15:00,18:00-23:00(土日祝12:00-15:00,18:00-22:30)/水休
2/25。三鷹天命反転住宅見学からの帰りに武蔵境駅近くで昼食。クルマナオキさんのご案内で『好好』へ。
店名の『好好』はドアに小さく貼紙してあるだけで、看板には『陳麻婆豆腐』と大書きされている。赤い中国国旗と相まって、いい感じにカオスな店構え。
後々知ったんだけど、麻婆豆腐の祖とされるのは陳婆さんとして知られる人物で(麻婆豆腐が考案されたのは1911年とのこと)、四川料理を日本に伝えたとされるのが陳建民氏、で、この店の店主氏はその陳氏の直弟子であるらしい。
中華料理にはちっとも詳しくない私たちには看板を見たところでそんなことがピンと来るはずも無く、小さな店内のそこら中に貼られた紙にマジックで書いてある魅力的なメニューの数々から一体どれを選ぶべきか、しばし悩んだ後に注文したのが水餃子と黒胡麻担々麺、そして陳麻婆豆腐。
水餃子はもちもちした食感の皮と唐辛子の効いた胡麻だれが特徴。うまい。汁無しの黒胡麻担々麺はまずその海藻てんこ盛りのビジュアルと黒胡麻の風味が圧倒的。食べ進めるに連れて皿の底に隠れていたスパイシーなたれがその姿を現し、次第に複雑で深みのある味わいが口中を満たしてゆく。めくるめく時間差攻撃。これまたうまい&楽しい。
陳麻婆豆腐は羊肉を使った本格派。山椒と唐辛子の風味が実に爽快。個人的にはもっと痺れるくらいに山椒の効いた麻婆豆腐が好きなんだけど、これはこれで見事にバランスのとれた一品だ。
とりあえず3品を試しただけでもこの店の秘めたポテンシャルは十二分に感じる事が出来る。店主氏は無愛想で少々癖の強い人物ではあるが(特に医食同源にまつわる話題を振ったが最後、延々講義を聞かされることもあるらしい)、こりゃ何度か足を運ばなきゃいけないな。さて次は何をいただこうか。
好好/東京都武蔵野市境南町2-1-21/0422-32-8297
12:00 -14:15,18:00-23:00/火休
2/21。仕事帰りにラーメン。行ったのは西麻布交差点近くの『赤のれん』。東京における博多ラーメン店の草分けとされる店。オープンは1978年とのこと。
写真は味付玉子を添えたラーメン。ビジュアルは平打ち細麺に濃厚な白濁豚骨スープの紛う事無き博多スタイルだが、麺や具にねっとりと絡むくらい油分が多いにも関わらず、しょっぱさは抑えめで飽きのこないスープはこの店ならではのように思う。後半に高菜や紅生薑など好みのをトッピングを加えると、そのポテンシャルはさらに引き出される。間に替え玉を挟めばなおのこと良し。
ラーメンには特にこだわりも蘊蓄も無いんだけど、年に何度か無性に食べたくなる味だったりする。
赤のれん/東京都港区西麻布3-21-24
03-3408-4775/11:00-5:00/日休
1/13。仕事帰りに近所の和菓子屋さん『栄久堂』へ。こっちに引っ越して半年以上が経ったけど、ここで買い物するのは初めて。
この日は上生菓子を何種類か購入。上の写真は左から松、竹、梅。見た目同様の上品な味だった。
『栄久堂』は明治20年からずっとほぼこの場所で営業しているとのこと。店内に飾られた明治時代の写真を見ると、店の手前は柳並木。さらに手前には小舟の揺れる川が横たわっている。江戸通りと合羽橋通りを繋ぐ新堀通りは、文字通りの堀川の跡だったわけだ。頭ではとっくに了解していることでも、あらためてビジュアルに思い知らされるとやっぱりなんだか不思議な感じ。
他にも店内には美味しそうなお菓子がたくさん。散歩の楽しみがまた増えた。
栄久堂/東京都台東区蔵前4-37-9/03-3851-6512
9:00-19:00(日祝-18:00)/火休
栄久堂(杉村覚さんの台東区ホームページ)
新堀川(同上)
新堀川跡(遊びにおいでよ!浅草橋・柳橋)
1/13。打合せの合間に代官山ヒルサイドテラスの『TOM'S SANDWICH』で食事。
実はヒルサイドテラス周辺のことはあまり良く知らない私たち。店の前を通りかかったのが数日前。年季の入ったスチールサッシの店構え、その向こうにのぞくシンプルなインテリア、ジーンズと白いシャツにオレンジ色のキャップを被ったマスターと思しき年配の男性の姿。「これは」と名店の予感を覚え、この日初めてドアを開けた。
なんと、『TOM'S SANDWICH』はヒルサイドテラスC棟の完成と同時(1973)にオープンしたようだ。フードメニューは若干のサラダやサイドディッシュを除きほぼサンドイッチのみ。キッチンカウンターの上を走るむき出しの吸気ダクトと、対面する壁際に並んだ木製ベンチ席、球形のシーリングライトが控えめながら明快なアメリカンダイナースタイルを感じさせる。エントランス同様、インテリアも年季ものであるはずだが、不思議な事に全くくたびれた様子が無い。素晴らしく清潔な印象。
店の最奥には一面の開放的なガラス窓。その手前にある大テーブル席の一角に腰掛け、キャベツ&ベーコンのサンドイッチ(スモール・上の写真)とポークのサンドイッチ(下の写真)を注文した。
ワンプレートの値段はそこそこ張るが、つくり置きをせずマスター氏が一品ずつ仕上げる素朴な味付けでボリューム満点のあたたかなサンドイッチを頬張り、窓の外にひろがる猿楽神社から中目黒方面へと続く下り斜面の森を眺望すれば、もう万事OKだ。
マスター氏は30年以上の間、カウンターの中からこの森の様子と訪れては去ってゆく客の様子とを眺めながら季節と時代の移り変わりを感じて来たに違いない。時とともに磨き上げられた空気がここにはある。
TOM'S SANDWICH/03-3464-3045
東京都渋谷区猿楽町29-10ヒルサイドテラスC棟1階
11:30-17:30(LO17:00)/無休
再び12/29。『岡田製糖所』で買い物の後、阿波市土成町へたらいうどんを食べに行った。
この辺りには鎌倉時代に土御門上皇の仮御所があったのだそうだ。で、後に村名を御所村としたが、隣の土成村と合併して土成町に、さらに昨年に阿波郡と合併して阿波市の一部となった。今でも徳島の人はこの一帯のことを“御所”と呼び、“御所のたらいうどん”はその名物料理として親しまれている。
たらいうどんのビジュアルはご覧の通りのド直球。どの店に行ってもこんな感じ。ただし、うどんの太さや食感、だしの味は店によって大きく異なる。
たらいうどんのルーツは江戸時代の木こりの人々の仕事納めの振る舞いで、もとは釜上げのうどんだった。昭和の初めに時の県知事が当地のたらいみたいな器に入ったうどんがうまかったと言う話をしたことから、現在のスタイルが広まり定着したらしい。伝統的なたらいうどんのだしは“じんぞく”と呼ばれる川魚をベースとしたもので、独特の風味は一度食べると忘れ難い。これまでに食べた数店の中では『新見屋』のだしが一番うまかった気がする。
この日訪れたのは『かねぎん坂野』。現在一帯に10店以上を数えるたらいうどん店の中でも土成IC寄りの場所にあるごく一般的な大型店。うどんは少しかためでもちもちとした粘り気のある食感。だしはじんぞくベースではなく、鰹節と煮干しベースでくせの無い薄味。観光客にも受け入れられやすい味だろう。
たらいうどん店でのうどん以外の定番メニューと言えば川魚(上の写真左・アメゴの塩焼)と沢蟹(上の写真右・素揚)と釜飯。沢蟹の素揚はまるのままバリバリといただく。野趣有り過ぎ。
かねぎん坂野/徳島県阿波市土成町宮川内落久保104/088-695-2081
10:00-20:00(LO19:00)/木休
新年明けましておめでとうございます。
2006年もlove the lifeをどうぞよろしくお願い申し上げます。
予定より1日早く東京に帰って来ました。今から寒中御見舞葉書をつくりまーす(喪中&多忙のため)。
そんなこんなで、昨年の話題だけどお正月らしい写真が撮れたので掲載。12/29。徳島への帰省中に上板町にある『岡田製糖所』へ行った。創業から200年以上の歴史を持つ和三盆糖の製造所。和三盆糖とは在来品種のさとうきびを用いて江戸時代からほとんど変わらない技術で手作りされる砂糖のこと。舌の上で消え入るような甘味と風味はまさに上品そのもの。
工場の手前ではいつ来ても美しく整えられた庭を挟んで、茅葺きの見事な建物と瓦葺きの建物とが向かい合っている。上の写真中央にちょこんと写っているのは通りから何食わぬ顔で訪れた迷い犬。
瓦葺きの建物奥に下がったのれんをくぐり、大きな木の引戸を開けると、中で『岡田製糖所』の製品を直接購入する事が出来る。ショーケースを一通り見て、自宅用に霰糖(あられ)の詰め合わせと冬季限定の黒蜜を購入。店内に並んだ畳敷きの縁台に腰掛け、壁面に展示された和三盆糖の製造工程の写真パネルを眺めていると、着物姿の朗らかな女将さんがいつものようにお茶を勧めて下さった。
こぢんまりとした空間ながら、何度訪れてもここでは思わず背筋を正し、深呼吸をしたくなる。実家からそれほど遠くない距離にこんな素敵な場所がある事に気付いたのは、迂闊にも東京に来てからのことだった。
岡田製糖所/徳島県板野郡上板町泉谷/088-694-2020
8:00-17:00/日祝休
10/15。代官山、西麻布での打ち合わせ後、六本木で乃村工藝・須賀さんと待ち合わせ。『さかなのさけ』へ。
この店、もとは大阪は船場にあった人気店。その頃に私たちも何度か伺ったことがある。出汁の味が効いた奥様の無国籍居酒屋料理。そしてマスター・田中秀嗣氏のセレクトによる珠玉の日本酒たち。その見事過ぎる競演にシビれた喰道楽者は数知れず。まさに伝説の店だ。
六本木に移転オープンしたのは昨年11月。大阪時代を含めてかれこれ15年ほどのおつきあいになる須賀さんとお会いするのを機に、遅ればせながら足を運んでみることにした。そう言えば船場の『さかなのさけ』に最初連れてってくれたのも須賀さんだったなあ。
雨と手ブレのせいで程良く酔っぱらった感じの写真になってしまったが、上の写真が『さかなのさけ』の店構え。場所は六本木交差点から高速の右側を赤坂方面へ進み、4つめの角を曲がった細道沿いにある雑居ビル1F。六本木一帯の開発から取り残された激シブなエリアにあたる。格子から漏れる暖かい光に誘われるがまま店内へ。カウンターの中には船場時代と変わらぬ真剣な表情で料理に打ち込む奥様と、これまた変わらぬユルいムードで接客するマスターの姿があった。
カウンター上の吊り戸棚からいくつもぶらさがったちいさなレフ球のペンダントライトはなんとなく市場の活気を彷彿させる。それらの造作は店内最奥のガラス面を抜けて屋外へと連なり、客の視線はそこに置かれた鉢植えへと自然に向かう。さらに向こうには奥の建物か道路の擁壁と思しきコンクリート面があり、鉢植えとともにライトアップされている。屋外をそのまま床の間化してしまう発想がユニーク。また、カウンターは店先から奥に向かって少しずつ細くなっていて、店内奥に2人掛けのハイテーブルを置けるスペースを作り出す。贅沢なものはどこにも無いが、全てに渡って気配りの行き届いたデザインに感心した。空間を手がけたのはTAU設計工房とのこと。
肝心の料理はと言うと、これがもう素晴らしいの一言。全部が全部船場時代と同じ、と言う訳ではないものの、クオリティの高さは全く変わらない。船場には無かったエビスの生にはじまり、関あじとあおりいかの造り、砂肝味噌煮込み、えび豆腐辛味炒め、豚角煮、野菜サラダベトナム風、などなど一気にいただく。どれもこれも関西人なら感涙必至の味だ。さらに日本酒をグラスで数種類。余計な升など使わず試飲形式で少しずつ何種類も飲ませてもらえるのが嬉しい。締めはそうめん中華風と赤だし。デザートにカラメルアイスクリームまでいただいてもう大満足。
他の客が引けた後までゆっくり過ごさせていただいてからお勘定を頼むと、代金まで船場時代と変わらないことに驚いた。東京での生活が長くなった私たちには相対的に以前より安くなったようにさえ感じられる。これは実に有り難い。「東京は家賃は高いけど、何でも受け入れてくれるから住みやすいしオモロいですよ」とのマスターの言葉が印象に残る。なんだか今後は船場時代以上にお世話になりそうな気がするな。
さかなのさけ/106-0032東京都港区六本木3-8-3
03-3408-6383/17:30-24:00/日・祝休
10/5。小泉産業での打ち合わせの後、9/16にオープンした『ヨドバシAkiba』に行ってみた。目当ては家電とかパソコンではなく“大阪の味”だ。
まずは8Fレストラン街にある『鶴橋風月』へ。関西だと主要なショッピングモールに行けば必ずあると言ってもいいくらいにお馴染みのお好み焼き店だが、関東にはこれまでお台場、木場、横浜港北、千葉船橋の4店舗(+大和市と佐野市のFC店)しか無かった。これが都心への初出店と言うことになる。
店のつくりについては書くまでもないだろう。簡素な内装に鉄板付きのテーブルがぎっしり詰め込まれた空間は紛うこと無き『風月』スタイル。ヘンにデザインされてるよりかえって期待が高まると言うものだ。関西弁の店員さんにとんぺい焼きと豚玉モダン焼き、牛すじネギ焼きを注文。
3人の店員さんがタイミングをしっかり見計らって登場。多少具や油が飛び散ろうとおかまい無しの勢いで手際良く美しいお好み焼きを焼き上げる。途中、鰹節とモダン焼きのそばを添える担当の人の手元がちょっとおぼつかない感じだったのだが、すかさずベテランがフォロー。フロアに20枚以上はあると思われる鉄板は彼らが完全に掌握している。
肝心の味についても特筆するべきことは何も無い。まさに期待通り。安心感満点な正しい大阪のコテコテお好み焼きだ。これ以上素晴らしいことがあるだろうか。ビバ炭水化物!
鶴橋風月 ヨドバシAkiba店
東京都千代田区神田花岡町1-1ヨドバシAkiba8F/03-3526-3614
さて、『ヨドバシAkiba』のオープンを機に都心進出を果たした大阪の味がもうひとつ。それがなんと千日前に本店を構えるあの『丸福珈琲店』(1934年創業)。関西以外では鳥取に一店舗があるのみで、これが関東初出店。どこのディベロッパーかは知らないけど、実にシブいところを持って来たものだ、と驚いたが、4F家電売場の片隅にある店舗を訪れてさらに驚いた。思わずこりゃスタバかなんかですか?と尋ねたくなるような外観なのだ。
インテリアについてもおよそ大阪と同じ『丸福珈琲店』とは思えないが、それもそのはず。どうもこれは『CAFE丸福珈琲店』という新形態の店舗のようだ(大阪だと八尾西武にあるらしい)。
ミラーの使い方や切り文字を含むグラフィックの使い方など、ちょっと前に流行った関西系インテリアデザイナーの安っぽいコピーみたいでかなりイタいものがある。おそらくオリジナルと思しきチェアやテーブル、空調や照明の納まりなどを見るとお金だけはかなりかかってそうなのがさらにイタい。さらに一番イタいのはせっかくオシャレに作ったキッチン周りの計画がいかにも甘々で、資材やダスターの雑然した様子がどこからも丸見えなこと。『鶴橋風月』なら許せるが、中途半端にオシャレにしてしまったからさあ大変。
やはり関西弁の店員さんに代金を先払い。スタバ形式でブレンドとアイスコーヒー、コーヒーゼリーをトレイに受け取って、明らかに詰め込み過ぎの座席をよけながら奥のテーブルへ。おそるおそる口へと運んだコーヒー(上の写真左)は、意外や懐かしい味がした。苦みがちょっと勝ち過ぎでは、という気もするが、それなりに旨い。おお、これは確かに『丸福珈琲店』。甘味料入りと甘味料無しを選べるアイスコーヒーも、素っ気ない盛りつけのコーヒーゼリー(上の写真右)もまさに『丸福珈琲店』。それだけに店のつくりに対する違和感が余計引き立ってしまう。
一体『丸福珈琲店』は何を目指し、どこへ行こうとしているのか。スタバ?んなアホな。
CAFE丸福珈琲店 ヨドバシAkiba店
東京都千代田区神田花岡町1-1ヨドバシAkiba4F/03-3526-3614
さて、そんな『ヨドバシAkiba』なわけだが、ここはなかなか使える場所だ。何より助かるのはトイレが広くてきれいなことと、夜10時まで開いていること。広大な売場には無いものはほとんど無いんじゃないか、と言うくらいの充実した品揃え。オープン時の混雑も平日は落ち着いて、広い通路を巡りつつゆったりと買い物が出来る(8Fのレストラン街だけは時間によってかなり混むので注意)。普通のヒトが普通に快適に利用できる大型店がアキバに出来たことは喜ばしい。ただし、新星堂みたいな品揃えのタワーレコードと、書泉みたいな品揃えの有隣堂は全くの期待外れだった。
数年前、大阪梅田に進出した巨大ヨドバシも衝撃的だったが、アキバもなかなかのもの。もうちょっと頑張れば、低迷する百貨店業界を尻目にデパートの新形態を示すことだってできるかもしれないな。
9/29。フジキッチンでの夕食の後、オレンジ通りの『アンヂェラス』へ。池波正太郎や手塚治虫もよく訪れたと言う老舗喫茶店。1947年創業(!)。
装飾をこらした山小屋風の外観は存在感満点。サンプルケースに並ぶケーキに誘われ、蛍光灯に青白く照らされた店内へ。
入ったところは物販とレジのエリア。ぐるりと見渡すと、外観同様の凝った装飾に無数の円型蛍光灯が組み合わされたユニークな造作が目を引く。客席レイアウトは上階に渡って立体的に入り組んでいて、かなりのキャパシティーがあることが伺える。
中2階の下をくぐるようにして1F奥のフロアへ(上の写真右)。こちらは意外に天井が高い。街路から距離を置いたところにこんな空間を配置するというのはなかなか気の利いた演出だ。初代オーナーがデザインしたという木製椅子に腰掛け、ダッチコーヒー(下の写真左)とスペシャルコーヒー(下の写真右)、ケーキはアンヂェラスのブラック(上の写真左)とホワイト(下の写真左)を注文。
正直なところ、都会に古くからある喫茶店を訪れる時は味には一切期待しないことにしている。ところが『アンヂェラス』のコーヒーは普通に許せるレベルにあった。今時ここよりも不味いコーヒーを出すカフェはいくらでもある。創業当時からこの味を提供しているとすれば、間違いなく尊敬に値する。
一方ケーキの方はなかなかのもの。ブラックは甘さ控えめで洋酒の効いた味わい。ホワイトはバターの香りが印象的。どちらも基本的なつくりは至ってチープかつスタンダード。懐かし系のケーキとしては一流の仕事であると言えるだろう。こりゃお土産にもいいな。
60年近いその歴史に敬意を。また足を運ばせていただきます。
アンヂェラス/東京都台東区浅草1-17-6/03-3841-2208
10:00-21:30(LO)/月休
9/29。買い物のついでに『フジキッチン』へ。浅草仲見世の裏通りにある洋食店。
狭く雑然とした通りにあって、控えめな外観がかえって目を引く。軒先がエントランスの部分だけ切り欠いてあるのがかわいらしい
ドアをくぐると、中は14、15人も入れば満席という小ささ。木の羽目板に覆われたインテリアはかなりの年代物(オープンしたのは1959年と聞くが確かではない)だが手入れが行き届いている。ビニールレザー張りのチェアもこれまた見るからに年代物。小振りながら実に座り心地が良い。ブラケットライトやレースのカーテンなど、ちょっとした装飾が狭い店内に暖かみのある雰囲気をつくりだしている。フロアを仕切るおばちゃんは一見おっかない(失礼)。でもちゃんと荷物を預かってくれたりと応対は悪くない。ここは浅草なんだな、と思わせる。
ビーフシチューと車海老のフライを注文。ビーフシチューと並ぶ看板メニューのタンシチューはBSEがらみで現在はメニューから除かれているようだ。
で、このビーフシチュー、噂以上の素晴らしさだった。デミグラスソースは実にどっしりと濃厚。ボリュームのある肉のかたまりはナイフでおさえただけでくずれるほどに柔らかく、噛み締めるほどに深みのある味わい。強力なデミグラスソースとの相性はまさに抜群。
車海老のフライもボリュームたっぷり。粒の大きめなパン粉については好みの別れるところだとは思うが、弾力のある食感と食べ応えは十二分だ。
かわいらしい外見に似合わず強力なインパクトを秘めた店。会計時、カウンターの奥にちらっと見えた店主氏の柔和な笑顔が印象的だった。
次に行った時はハンバーグとカニコロッケを食べてみたいな。
フジキッチン/東京都台東区浅草1-20-2/03-3841-6531
12:00-15:00,17:30-20:00(LO)/水休
8/28。西浅草『本とさや』で焼肉。場所はつくばエクスプレス・浅草駅のすぐ近く。アトリエからは徒歩十数分の距離。国際通りの裏通りにあるその建物の外観は、有名店には似つかわしくないと思われるほど小さく、実にワイルドだった。
暖簾をくぐると片言の店員さんに煙が出て良いか、無煙の方が良いかと尋ねられた。煙の出る方で、と答えたつもりだったんだけど、細くて急な階段を上って通されたのは無煙の席。ま、それはそれで店の構造がわかるから良しとしよう。靴を脱いで座敷へ上がり、特上カルビと上ハラミと上ミノ各一人前を塩で、それからキムチとセンマイ刺しも注文。少し時間をおいて大皿に盛られた肉が登場。
噂に聞いてはいたものの、特上カルビと上ハラミの豪快なビジュアルにはやはり驚いた。上の写真右下は追加注文したホルモン(タレ)。
テーブルには七輪が埋め込まれ、その上に網がセットされる。でかいくて分厚い肉を焼き過ぎることの無いよう、火加減に気を配りつつ早速焼きに取りかかった。滴り落ちる脂に時折炎が勢い良く立ち上る。事前にはこんなステーキ肉みたいなものを焼肉にするってのは果たしてアリなのか?と訝しんでたんだけど、ほどよく火の通った肉をサクっと噛み切り頬張った時点でそんな思いは氷解。こりゃ旨い。思わず顔がほころび、嬉しくなるような味わい。肉の質の高さのみならず、しっかりとピントの合った丁寧な作業ぶりが伝わって来る。
店の内装は建物の外観同様ワイルドそのもので、シチュエーション的には大阪・鶴橋の奥地を彷彿させるが、フロアの店員さんのそつのない応対は好感の持てるものだった。さらにこの後注文した冷麺(太麺)の上品な出汁には関西育ちの勝野も大満足。今までは自由ヶ丘『漢江』を基準に焼肉を判断して来た私たちだが、どうやらここでもうひとつ別の基準を加える必要がありそうだ。
豪快さを旨さに変えるには、実のところ繊細な感性が必要とされる。デザインもまたしかり。『本とさや』のクオリティの高い仕事に触れて、そんなことを思わずにはいられなかった。
本とさや/東京都台東区西浅草3-1-9/03-3845-0138
14:00-5:00(日祝13:00-1:00)/無休
7/16。武蔵野美術大学で展覧会を見た後、阿佐ヶ谷で途中下車して『カフェ・ドゥ・ワゾー』で珈琲豆購入。さらにその後、以前から気になっていたギャラリー・カフェ『西瓜糖』(すいかとう)に寄ってみた。
写真がピンボケで残念。
ガラス張りのファサード。看板周りはステンレス張り。入口ドアの真正面に立ちふさがるようにして大きな“ロ”の字型のアクリル行灯。床はドットパターンの黒いラバーシートで、店内のカラーリングは全てグレートーンで統一されている。細部の味出し加減から判断するに、完成後かなりの年数を経ているように思われるが、その前を通ると一瞬ギクっとするくらいにクールなデザイン。
で、ステンレス張りのテーブル(このステンレスの納まりが実は結構凄いことになっている)に着いてコーヒーとホットワインとバターケーキを注文。店内に入ると、入口の大行灯のおかげで外からの視線はほぼ真正面からのみとなることがわかる。天井には普通球のダウンライトとともにレフ球の巨大なウォールウォッシャーダウンライト(壁面に光を当てるタイプのもの)が埋め込まれ、客席左右の壁面に展示された作品を控えめに(しかし確実に)照らし出していた。外部に対して放つ緊張感とは裏腹に、この空間にはまさしく展示作品と通り沿いの木々をリラックスして眺めるためのお膳立てが揃っている。行灯の下部は書棚になっていて、美術雑誌がぎっしり詰まっていた。スパイシーなバターケーキを美味しくいただきつつ、しばし休憩。
この日展示されていたのは大平奨氏のペインティング。デジタルパターンを思わせるクールな筆致と美しいグラデーションが見事に空間との相乗効果を醸し出していた。ちょうどご本人が展示替えの準備中であったため、私たちは早めにおいとますることにした。
帰り際に店主ご夫妻に「このお店はどなたがデザインされたのですか?」と訪ねてみたところ、とても丁寧に説明していただくことができた。『西瓜糖』のオープンは1979年。内外装デザインは建築家の清水まこと氏。ふくだ氏が15年間営業された後を大町夫妻が引き継がれたのだそうだ。「椅子以外はほとんど出来た時のままですよ」とのこと。
25年以上もの間、オーナー2代にわたって愛される超モダンなギャラリー・カフェ。こんな素敵な話は滅多にあるもんじゃない。
西瓜糖/東京都杉並区阿佐ヶ谷北1-28-8
03-3336-4389/11:00-23:00/火休
7/6。合羽橋のカジワラキッチンサプライさんへカタログをもらいに行ったついでに合羽橋本通沿いの喫茶店『オンリー』に行ってみた。一見してベタないい感じの喫茶店、という構えなんだけど、看板にあるキャッチコピーが“魔性の味・オンリー”と来た。しかも珈琲は自家焙煎らしい。
小振りで華奢なチェアやテーブルが可愛らしい店内は暗く、店構え同様実にいい感じにくたびれている。シンプルなダークウッドの造作を要所に用いた内装は70年代に流行したスタイルだ(看板にはなんと“since 1952”と書いてあるから店自体はさらに古いことになる)。ホットドッグとブレンドコーヒーのセットと、大盛りコーヒー(メニューにそう書いてあった)、スペシャルバタートーストを注文。果たして魔性の味とはいかがなものか?
普通の味だった。
しかし不味いわけではない。カウンターの方をよく見ると、大きめのネルで一気にドリップしたものを注文に応じて温めている様子。古くからある街のコーヒースタンドでは一般的なシステムだ(京都イノダコーヒー三条店とかもそうだった)。熱い珈琲がお好きな向きにはストライクだろう。トースト(ホットドッグもそうかな?)にはペリカンのパンが使用されている。
笑顔の印象的なマスターと、店員さんの応対はそつなく親切。客層から地元のは幅広い層から愛されている店であることが分かる。今度行った時にはアップルパイとミルクコーヒーを頼んでみよう。
オンリー合羽橋店/東京都台東区西浅草2-22-8
03-3841-7679/8:00-19:00/日休
店のマッチを見るとこの合羽橋店の他に千束店がある模様。
6/17。夕方に丹青TDCの中村さん、坂平さん、平尾さんと待ち合わせて浅草のお好み焼店『染太郎』へ。何ヶ月か前に都営地下鉄の沿線案内吊り広告を見て知って以来、ずっと気になっていた店。1937年創業。現在の場所で営業を始めたのが戦後すぐとのこと。
それにしても聞きしに勝る凄まじい店構え。
店内は全席座敷。各テーブルの壁際にある換気用の無双窓が年代を物語る。人数分のお好み焼コースだけでも相当なボリュームとバリエーション。さらにお染焼、豚天(関西で言えば豚玉だ)などを追加して大いに堪能させていただいた。基本的にはテーブルに仕込まれた鉄板の上で自分で焼くスタイルなんだけど、焼き方に迷った時はお店の方にやってもらえる。
東京でお好み焼を食べるのは初めて。関西風に比べると生地は薄めだが、広島風ともまた違う独特な質感。全体的にメインディッシュと言うよりおやつに近い軽さが印象的。具沢山で最も豪華、と言うより最もジャンキーなお染焼が一番気に入った。あんこ巻とところてんで締め。
ビルの谷間に唐突に存在する異空間。応対はいかにもドライで観光地チックな店だが、この雰囲気はわざわざ味わいに行くに値する。今度行ったときはシューマイ天を食べてみたいな。中村さん、お連れいただいてありがとうございました。
染太郎/東京都台東区西浅草2-2-2
03-3844-9502/12:00〜22:30/無休
6/12夜。三筋亭ご両人のお誘いで近所の焼鳥屋へ。三筋二丁目の『かめや』。
構えは何の変哲も無い小奇麗な居酒屋風。供されるメニューも至ってスタンダードで、洒落た小料理風のアレンジなどは一切無し。おかげでここにあらためて書くべきことが全然思いつかないくらいにフツーの店なんだが、これがどれもこれも大満足の旨さ。
そしてひとしきり食べ終わった後の締めとして絶対に外せないのがそぼろ丼。上の写真をご覧の通り、これまた一見して何の変哲も無いそぼろ丼。しかし軟骨の歯ごたえを残したそぼろの食感と、薄めの味付けとの相性が見事。何度食べても最高だ。
シンプルな体裁に驚きを秘めた地元の良店。こんな店まで徒歩5分とは実に幸せ。
かめや/東京都台東区三筋2-9-6
03-3861-3303/17:00-24:00/月休
6/9。引っ越しが終わったらなんかごちそうが食べたいね。と前々から話していたこともあって、まだまだ片付けは終わりそうにないけど、段ボールの山を乗り越えてひとまず外へ。行ったのは鰻の『やしま』。
以前『やしま』について書いたことがあったが、仕事日誌のついで的な扱いだったので、この機会にこちらへ移し替えておこう。
そのとき勝野はなぜか鰻が食べたい気分だった。ちょうど駅へと向かう途中にいい感じの鰻屋さんがあったので入ってみる。小さな店内は平日のお昼時にも関わらずわりと空いていた。小さな椅子に腰掛けて、上うな重をふたつ注文。出てくるまでの間、店内をぐるぐる見渡す(職業病)。出来てから20年くらいは経ってそうなつくりの内装。昔ながらのスタンダードな町の飲食店、と言う感じのデザインながら、照明の納まりといいエアコンの納まりといい、どこをとっても真っ当ないい仕事がしてある。レジコーナーは客席から丸見えの位置にあるが、違和感は全く無い。伝票も他の書類も引き出しと戸棚の中に完璧に整理されていて、周囲に張り紙一枚すら無いからだ。何と言う潔さ。
待つこと10分弱。このうな重がすごかった。これほど香ばしく、ふくよかな食感の鰻が出て来るとは。そのまま半分ほど平らげて、残りに少し山椒をかけて食べた。この山椒がまたとびきり香り高く上等な品。手毬麩入りのきも吸いとお新香がついて1900円。このクオリティでこの値段はあまりにも安い。
構えは庶民的ながら中身は“粋”そのもの。感動した。また行こう。
(March 29, 2004)
鰻『やしま』/tel.03-3851-2108
東京都台東区小島2-18-19
11:30-14:00/17:00-20:00
日祝休・土不定休
この日は特上うな重を注文。一人前2600円ほどになるが、とろけるような舌触りと上うな重のさらに上を行くふくよかな食感に再び感動。う、旨い。たまにはこっちも食べなくちゃ。
引っ越し準備のついでに少しだけご近所散策。
5/24。元浅草アトリエのプチ改装にしばらく立ち会った後、『ペリカン』に行ってきた。この辺では超有名なパン屋さん。食パンとロールパンが看板商品で、菓子パンや総菜パンの類いはほとんど置いていないに等しいハードコアな店。
店構えは上の写真のような具合。国際通りに面した間口3メートルくらいの小さなビル。赤いテントがかわいい。通りの向かい側からも感じられる焼きたてパンの甘い香り。
店内に入るとアルミサッシから5、60センチの距離にいきなり販売カウンター。食パンが山積みになっている。その奥にいくつも並んだ高さ2メートルくらいの大きな可動ステンレス棚は焼き上がったロールパンでいっぱい。向かって右側の壁には木製の棚が造り付けられていて、こちらは食パンでいっぱい。
食パン一斤(260円)と中ロール5個入り(310円)を購入。ほかほかのロールパン(ひとつひとつ手で生地を巻いていると聞く)は帰りがけに歩きながら早速いただいてみた。味わい自体は軽くて素朴で至ってシンプル(あたりまえか)。しかしこのもちもちした食感と豊かな風味はちょっとただごとではないんじゃないか。帰ってから食べてみた食パンにもその印象は共通していた。美味い。
ロールパンの拡大写真はこちら。
web上のあちこちで三代目店主氏のインタビューなどを拝見すると、「こし」なるフレーズがよく使われているのが印象的だ。パンで「こし」とはあまり聞いたことが無いけど、この店のパンには実にしっくりと当てはまるように思う。
ペリカン/東京都台東区寿4-7-4
03-3841-4686/8:00-18:00/日祝休
街の美味しいパン屋さん!(台東区タウン)
みえっちのブレッド・スプレッド(sweets life)
リカルド・ボフィル氏設計のユナイテッド・アローズ斜め向かいに千駄ヶ谷方面へと抜ける細い通りがある。その中程にあるデリカフェが『EATS』という名のお店。下の写真がその外観(左)と、入口から見た店内の全景(右)。
主なフードはカレーとトルティーヤ。デリケースの中には野菜たっぷりの総菜が並ぶ。ドリンクメニューはインカコーラなどのジャンクなラインナップ。ヘルシーなのか不健康なのか、あるいはインドなのかメキシコなのか、そんなこんなで何とも言えない事態になっているわけだが、この店の魅力はまさにそこにあると言っていい。
「フランス料理もカップ麺も食文化でしょ」とおっしゃるオーナー氏の本業は造形作家。氏自ら施したインテリアもまた何とも言えない無国籍ぶり。1998年のオープン当初からこの雰囲気は全く変わっていない。まるでどこかの遠い国の街角から拾い集めてきたかのようなディスプレイ物も、実のところほとんどがオーナー氏の作品。上の写真は店内から入口方向を見た全景。
上の写真はその他のディテールカット。キッチンから漏れ出す黄色い光がクールかつあやしい感じ。一見いい加減なようでいて全てにオーナー氏の美学が行き届いたこの店は、まさに原宿の異空間だ。寄せ集めインテリアの安易なリビング系カフェに対する最強のアンチテーゼであるとも言えるだろう。
しかし、なんとも残念なことに『EATS』はこの6月で閉店してしまう(涙)。行くなら今のうちだ。
EATS/東京都渋谷区神宮前2-31-9/03-3497-5676
11:00-21:00(LO)/不定休/6月末で閉店
姉妹店のカフェ&ギャラリー・『Cocongo』は隣の路地裏で営業中。こちらにはまだ行ったことが無いんだけど、『EATS』とはまた違った独特のあやしさを漂わせている。『Trang cafe(チャンカフェ)』の原宿店も無くなってしまったことだし、これからはこちらが“原宿でサクっと食事”の定番となることだろう。
Cocongo/東京都渋谷区神宮前2-31-9/03-3475-8980
12:00-23:00/無休
3/15。久々の新規開拓。五反田での打ち合わせのついでに前から行ってみたかった『カレーの店うどん』で遅めのランチ。名前は“うどん”なのにメニューはスープカレーという不思議なお店。
場所は山手通りと目黒川のあいだにあるマンションの1F。黄色いひさしと置き看板はそこそこハデだけど、店内はこの上なく簡素なつくり。カウンターキッチン以外は何も無いに等しい。
この時はカッコいい女性ひとりがてきぱきと切り盛り中。白い蛍光灯の薄明かりの下で『春の夜カレー』と『ポークカレー』をいただいた。スパイシーでスッキリさらりが際立つ鮮やかな印象のカレー。特に『春の夜カレー』はセロリとアスパラの醸す風味と季節感に思わずはっとさせられる。ホームページといい、パっと見はものすごくゆるゆるだが、その実曖昧なところの全くない直球勝負の店とみた。また行かねば。
カレーの店うどん/東京都品川区西五反田2-31-5/03-5434-2308
11:30-21:00(月・水のみ15:09-17:55休憩)/日祝休
2/21。よみうりホールへ文珍師匠を見に行ったついでに『stone』(ストーン)有楽町店へ。ずっと前から行かねばと思いつつなぜか行く機会の無かった喫茶店。場所は駅を出てすぐの場所にある有楽町ビルの1F。オープンしたのは1966年とのこと。
ビルの通路まわり(写真左)は壁面に残るタイル貼りが歴史を感じさせることを除くと明るくてピカピカの状態。こんなところに老舗モダン喫茶があるのかね?と一瞬訝しく思ったが、『stone』はエントランス近くにあっけなく見つかった。黒御影石に彫られたロゴ(写真右)が超クール。全く古さを感じさせないデザイン。
店内はレジとキッチンを真ん中に挟んで二つのエリアに分かれている。片方はビル通路沿いの細長いエリア。上の写真はもう片方の少し広めのエリア全景。
壁は一面白御影石貼り。古びていい具合の飴色になっている。しかも表面はかなり立体的でザラザラと言うよりむしろボコボコだ。端部を見たところ石の厚みは10cmくらいはありそう。果たして壁だけで一体何トンあるのだろうか。圧倒的重厚感。また、壁沿いのところどころに真鍮製と思われる鋳物の飾りがライン状にゆらりと吊り下がっている。石の表面に刻まれた縦ラインがそれに呼応し、客席全体を雨降りのように包み込む。素材は重く硬質だが不思議に圧迫感は無く、むしろ柔らかな印象すらある空間だ。
フロア中央には円弧を互い違いに並べたようなかたちの黒いビニールレザー貼りの低いパーティションがあって、座席に着くと視線がそれとなく分節される。椅子は全て黒いビニールレザー張り。剣持勇デザイン。包み込むような座り心地が素晴らしい。テーブルはラッパ状のスチール脚に黒い半透明のガラス天板を乗せたもの。なんと床から生えるようにして固定されている。
このプランニングは上手い。そして文字通り動かしようが無い。
床にはランダムな形状の白黒の小さな石がパターン状に敷き詰められている(もう少し大きな写真)。磨き込まれた表面から現テラ(現場打人造大理石)に似た手法で施工されているのではないかと思われるが、おそらくとてつもなく手間のかかった仕上げだぞこりゃ。
照明は壁際の間接照明とボール球がいくつかと少ないが、店内はそれほど暗くはない。ダークな天井面をよく見ると、円形のカーペットを貼付けるようなかたちで模様が描かれているのが面白い。
この日はブレンドコーヒーとミックスジュースとハムサンドをいただいた。コーヒーは軽めだが、ある意味期待通りの味。ミックスジュースはさっぱり系。ハムサンドが生ハム使用なのはちょっと嬉しい。
東京における“モダン喫茶”の代表格として紹介されることの多い『stone』だが、注意深く見ればモダンと言うには饒舌に過ぎるくらいのデザインが施されていることが分かる。しかも内装には目立った痛みがほとんど見られない。完成後40年近いインテリアにしてこのコンディションは驚異的だ。お店の方が丁寧に使われていることも無論あると思うが、おそらく余程丁寧かつ念入りに施工されているのだと思う。ここまで手のかかった店をビルテナントとして作ることは現代ではほとんど不可能に近い。一体誰がデザインしてどこが施工したんだろうか?ご存知の方、ぜひ教えて下さい。
この場所にずっと残っていて欲しい店。もっと早く見とくべきだった。
stone/東京都千代田区有楽町1-10-1有楽町ビルヂング1F
03-3213-2651/7:30-22:00(土日祝12:00-19:00)/無休
その後、ricoさんからコメントをいただきました。大変ありがとうございます。
11/4。シアター1010でイッセー尾形のステージを見てから夕食へ。北千住にはほとんど来たことの無かった私たちだが、ここが大衆酒場の街であることは事前のリサーチによって把握済み。そんなわけで『大はし』に行ってみることにした。創業明治10年という大衆酒場界における名店中の名店。駅前のアーケードからサンロード商店街に入るとほどなく「千住で二番」と書かれた看板が見つかった。暖簾をくぐって、いざ店内へ。
まず目に入るのは奥へとながーいカウンター。店内は間口も6メートルくらいあってけっこう広い。カウンターの片側には酒瓶と肴の皿を積み上げながら飲み食いする客がわんさかとひしめいていて、反対側では老主人と若主人の二人が勢い良く往復し、すれ違いながら注文を取ったり瓶のふたを開けたり給仕をしたり。メニューは小皿ばかりだから注文はひっきりなしで二人の動きはほとんど止まることがない。カウンターの中には調理や洗い物のための設備は一切無く、あるのは空になったボトルや瓶の蓋(これを会計時に確認する)を置いておくための棚だけ。つまるところ、このカウンターは二人の主人のための純然たる花道でありステージだ。
テーブル席もあるにはあるが、この店は絶対カウンターだな、と思いながら店の入口で待機していると、ちょうど良く2、3分後に向かって左側のカウンターが空いて、そこに案内された。カウンターの中程にある切れ目を抜け、花道を横切り席に着いて飲み物を注文。オペレーション動線と客動線とが微妙に交差しているのが面白い。ホントは焼酎セット(亀甲宮にホ−プ製炭酸、アイスボックス、梅シロップ付き)が頼みたかったところだけど、勝野は下戸でヤギは病み上がりなので烏龍茶とビールで我慢。
牛にこみ、肉どうふ、カニクリームコロッケ、あんきも、などなど肴もガンガン注文。一皿の値段がとにかく安い。醤油とざらめによるスタンダードな味付けの名物・牛にこみは噂に違わぬ旨さ。カシラとすじによる硬軟の食感の取り合わせがいい。肉どうふの豆腐も牛肉の旨味が染みて甘くてとろとろの実にいい塩梅。かれいの煮付けも最高。他の食べ物の味はまあ普通だったが、なにしろここは大衆酒場。酒と煮込みの脇を固めるメニューとしてはどれも申し分無い。
大正時代から使われていたと言う古い建物は昨年末に新しく建て直されてしまったが、それでも蛍光灯に照らされた簡素な店内は活気に満ちている。客には渋いオヤジも多いが女性も多い。客層が幅広いのは間違いなくこの店の懐の深さを示す大きな美点だ。都心に志の低い店がどれだけ増えようと、21世紀の大衆酒場であるこの店の空気感は当分変わることは無いだろう。若主人の超男前な電卓さばきがそれを保証している。
大はし/東京都足立区千住3-46
03-3881-6050/16:30-22:30/日祝休
*2006/8/29、店の正面の写真を追加。
10/29。バワリーキッチンやロータスでおなじみの形見一郎さんが空間デザインを手がけた『くろひつじ』。なんと、東京にありながらジンギスカンを生肉で供する(本場札幌でもジンギスカンの肉はたいてい冷凍)と言う。
(Sep. 9, 2006/夕刻の外観写真を追加)
切妻屋根の木造建築をリノベーションしてまるごとレストランに仕立ててあるのがユニーク。黒くフラットに仕上げられたファサードのところどころからはまるでパズルのピースがはめ込まれたようにカラフルなインテリアが顔を出し、前面道路との間にあるゆったりとしたオープンスペースでは席を待つ人々が思い思いに時間をつぶす。道路を挟んでその様子を見ていると、まるでレストランじゃなくて野外劇場にやって来たかのような気分だ。そのシュールな印象は商業地から少し離れた閑静な環境にどういうわけかすんなり溶け込んでいるように思える。
予約の旨を伝えて行列を尻目に店内へ。エントランスにある銭湯のような小さなロッカーは見た目にかわいらしく、かつ機能的。油と煙のにおいが付かないように上着はあらかじめここへ入れておいた方がいい。
フードメニューはジンギスカンだけ、と実にシンプル。注文すると白いコーリアンのテーブル天板の上に七輪がどかんと鎮座する。あとはひたすら焼いて食うのみ。盛り上がった鍋の周囲に野菜を、てっぺんに肉を乗せる。本来のジンギスカンの流儀に習えば最初に脂身のかたまりをてっぺんに乗せ、したたり落ちる脂を鍋に馴染ませてから「焼き」に挑みたいところだが、この行程はここでは省略されているらしい(この時点で味には期待するまいと悟った)。ほとんど素焼きに近い状態で食べざるを得ない野菜には「ヘルシーさを強調するにもほどってもんが(中略)」と、残念な思いだったが、生肉をうたうだけのことはあって肉質はそこそこ許せるものだった。料金は安いし(一人前1000円)、スタッフの方々の応対も良かったので、総合的には満足。
さて、空間デザインに目を移そう。天井が高く、仕切りの全くないフロアは開放感満点。店内にはカウンター席もあって、これがキッチンカウンターやレジカウンターと一体的につくってあるのが面白い。一見飲食空間のセオリ−から逸脱したプランニングをシンプルな手法でさらりと成立させてしまう形見さんらしい大胆な手口だ。下の写真左は階段上から2F部分を見渡したところ。このフロアには事務スペースとトイレがあるだけで客席は一切無し。1Fテーブル席の上は全て吹き抜けとなっている。ところどころに素地のまま残された木組みと、リノベーション後に白く塗られた部分とが迫力ある対比を見せる。右はトイレの前の待ち合いスペース。
どこを採っても装飾らしい装飾は一切無し。「食」の迫力に満ちた内部空間と、周辺環境に対して静かな存在感を放ちながらも絶妙な間合いを保つ外部空間とが、明解なコンポジションのみで演出されているのが見事。これまでに形見さんが手がけた空間の中でも名実共に最もスケールの大きな作品であり、おそらく新たな代表作と言っていいだろう。
街はずれに足を伸ばし、だだっ広いフロアで肉を焼き、勢い良く食らう。『くろひつじ』はそんなダイナミックな活動を誘発する都市装置だ。そのデザインの本質は「形見さんと言えばカフェ」みたいな巷の短絡的な認識とは全く別の次元にある。
くろひつじ/東京都目黒区上目黒1-11-6
03-5457-2255/18:00-24:00(土日祝12:00-24:00)/無休
6/24。『simpatica』のトイレに飾るグラフィックアート(オシモトユウジさん作)を出力してもらうために午後過ぎから青山へ。キャンバス地っぽいクロスにプリントしたかったので、その辺の作例がホームページに載っていたVANFUに行ってみた。しかし最初に応対してくれた人があまりにもぶっきらぼうかつ無知だったのでいきなり不安になる。幸い2番目に応対してくれた人はとてもしっかりしていて、その手のプリントはペインティング作品の複製とかに使うものなんです、と教えてくれた。あらま、そうでしたか。イメージに近いプリントの方法を教えてもらったんだけど、青山店ではサンプルを見ることが出来ないとのことだったので保留。続いてリスマチックに行ってみた。ここはいつもながら素晴らしい応対。仕上がりまで一人の担当の方が面倒見てくれそうだったので安心。しかもグラフィックデータのクロスへのプリントから特注サイズの木枠へ張り込みまでやってくれるとのことだったので即発注。30日の正式オープン日にはなんとか間に合うかも。良かった。
そして渋谷の東急ハンズでまたまた『simpatica』関連備品の買い出し。コンパクトかつデザイン的にもなんとか許せるほうき&ちりとりセットなどをゲット。気づけば例によってこの日も朝から何も食べていなかったので急激にパワーダウン。その辺で何か食べようよ、と言うことで、東急本店近くの有名スペイン料理店『サン・イシドロ』に視察がてら行ってみた。こぢんまりとした2フロアの店内はお客さんで一杯。ラッキーなことにちょうどいいタイミングで2人組のお客さんが出るところ。店主・おおつきちひろ氏と思しき方に2F席へ案内していただいた。で、一気に食いまくり。どれも旨い。特に生ハムとチーズの盛り合わせの中にあったかえでの葉っぱに包まれたブルーチーズ、土鍋で炒めたマッシュルームは最高。ご飯に適度な芯の残ったいか墨のパエリヤは今まで食べたパエリヤの中でも一番美味しかったかも。常温で供されるスペイン家庭料理の王者・オムレツも印象的。2Fからだと追加注文がし辛いことを除けば言うこと無しのいいお店だった。今度はガスパチョと赤ピーマンの詰めものが食べてみたいなあ。
サン・イシドロ/東京都渋谷区宇田川町34-6/03-3780-3146
18:00-22:20LO(日祝17:00-21:20LO)/不定休
で、帰って仕事。
5/3。17時に木ごころの飛澤さんがオフィスに到着。懸案の物件の補修工事などなどについて打ち合せ。
ここのところ木ごころさんにはホントにお世話になりっぱなしだ。ホントは木造住宅の工事が一番得意なんだな。木ごころさんは。しかし私たちの無理難題に応えていただくうちに、最近はどんなヘンな物件でもそつなくこなして下さるようになって来た。今後ともどうぞよろしくお願いします、と言うわけで、20時頃に打ち合せを切り上げて食事にご招待。
向かったのは料理居酒屋『勇山亭』。デザインをどうこう言うような雰囲気では全く無い小さな店。自由が丘と言う浮ついた立地でこれだけ上等な魚と一品料理をカジュアルに楽しむことが出来るのはほとんど奇跡的。バイク乗りで浜っ子の店主氏はリーゼントの似合う男前。この日もかわはぎ、鯛、ぼたん海老、とろ鯖などなどの造りと、月ごとに変わるおすすめ一品料理を数品いただいた。アルコールが全くダメな飛澤さんと勝野はウーロン茶。ヤギは生ビールと松露うすにごりのロック。
下の写真は季節の魚のマリネ。魚の種類をすっかり忘れてしまったのは不覚だったが、とにかく完熟トマトの上に切り身を乗っけてバルサミコソースで、と言う感じの一品なのだ。激旨かつ独創的。しかも実に美しい盛りつけだったので失礼ながらパチリ。
勇山亭/東京都目黒区自由が丘2-14-20-2F
03-3725-1002/17:30-3:00/日休
23時くらいまで飲んで解散。帰って仕事。
牛丼、復活の道険し 味の再現、難しく−−吉野家
東京都中央区の築地市場内にある吉野家築地店。平日の正午過ぎには店内の15席が埋まり、順番待ちの客が店外に列を作る。お目当ては国産牛肉を使った「牛丼」。並盛500円と割高だが、客は満足そうに牛丼をかき込む。
現在、牛丼が食べられる吉野家は創業店の同店や競馬場など全国で10店だけ。残る975店では、2月11日から牛丼は消えたまま。BSE(牛海綿状脳症)で昨年12月に米国産牛肉の禁輸措置が取られてから、吉野家ディー・アンド・シーは何度となく牛丼販売の継続策を検討した。しかし、結論は「無理」だった。
吉野家の牛丼は、原料の99%が米国産牛肉の「ショートプレート」と呼ばれるあばら部分のバラ肉。1頭から10キログラムしか取れず、吉野家の年間3万トンの需要を満たすには300万頭もの牛が必要だからだ。代替肉の最有力候補は年間800万頭を出荷する豪州だが、えさのほとんどは牧草で、「穀物がえさの米国産と違い、においや味が牛丼には向かない」(吉野家)という。
国産牛肉を使って食数限定で再開する方法もあるが、吉野家は「うちの味は1日500食分の食材を煮込まないと出ない」と否定的だ。肉のうまみやたまねぎの甘みなどがタレに溶け込まないと味が落ちる。地域限定の再開も、店舗の3分の1を占めるフランチャイズ経営者から「不公平だ」との声が上がる可能性があり踏み切れない。
安部修仁社長は「牛丼に負けない商品をひたすら探す」と話している。3月から“本命”の代替メニューとして、豚丼を発売したが、看板商品を欠いた吉野家の業績は、05年2月期には経常利益が前期の3分の1に減る見通しだ。【小林理】(Mainichi INTERACTIVE)
要するに吉野家の味を再現するには豪州産や国産の牛肉では無理で、米国産牛肉がどうしても必要とのこと。吉野家の社長さんは『牛丼に負けない商品をひたすら探す』とおっしゃっている。
いろいろ大変なのはよく分かるんだけど、ちょっと悲しい発言だなあ。結局牛丼という看板メニューを捨ててしまうのか。つまり吉野家は“牛丼一筋”じゃなくて“米国産牛肉一筋”だったと言うことだ。「肉が変われば味も変わるけど吉野家の名に恥じない美味い牛丼を必ず復活させるから待っててくれよ!」と言って欲しかった。
看板に偽りのある商売なんてあっと言う間に消費者から見限られるだろう。今度こそダメなのか吉野家。
・営業の変更に関するお知らせ(吉野家・03/12/30)
・うわっ、吉野家が吉野家じゃなくなっちゃう!
(中村謙太郎の「フィィィル!」・03/12/30)