life
life of "love the life"

名言コレクション : 植木莞爾の言葉

物をつくるとか、デザインするということは、自分を表現することであり、インテリアデザインでは空間に自分自身の意味を与えることである。
意味を与えられた空間には場の意味が存在する。場の美しさは建築、インテリアの複雑さの中から見出す物であり、そこへ自分自身を投影することである。その調和までの、長い過程の中で美しい感覚が徐々に完成されてゆくのを見るのが私は好きである。
結果としてあらわれる場の美しさは、私の願望であり、私自身の思想、意思、現在の生活のすべてから構成される。場の美しさの追求は私の仕事の情熱となり、永遠のものとなる(植木莞爾)

「Kanji Ueki Works 1999-2006」(2006)より
発行:カザッポアンドアソシエイツ

2010年07月25日 04:00 | trackbacks (0) | comments (2)

名言コレクション : 原兆英の言葉

壁にきれいな壁紙を貼りつけたり、天井に彫刻を取りつけたりして飾ることを装飾といい、真黒や無地で仕上げ、シンプルで時代の先端をいく素材で飾りつけられたものをインテリアデザインという傾向があるようだが、いずれにせよ、与えられた天井、壁面にいかなる仕上げをほどこしても、素材の表面を仕上げるものはすべて、ある種の装飾ではないだろうか。
空間の機能が精神的なものに訴えかけること、つまりデザイナーの心理的なものが、現実、さまざまな作業を通して、無意識のうちにも人びとに何かを訴えかけたときにこそ、はじめて新鮮な室内空間が創り出されたといえ、そこで人間と空間との積極的なふれあいがときとして生まれ新しいものとの出会いが生ずるのであろう。(原兆英)

「商店建築」No.242,1975年8月号
コーヒー&ウイスキー『タスク』記事より
発行:商店建築社

2009年07月01日 22:00 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : 境沢孝の言葉

元来、商店は基本的にデザイナーが介入しなくても充分存在できるような仕組にできている。この認識はむしろデザイナーと商店とのかかわり合いの中で、冷く、かつ着実に受取っておく必要がある。二者の間に「どんな意味があるのか」と言う最も基礎的な疑問こそ、あらためて自分自身に問いかける重要な言葉ではないだろうか。(境沢孝)

「Japan Interior Design」No.209,1976年8月号
コーヒーショップ『ボンネタプ』記事より
発行:インテリア出版株式会社

2008年12月02日 03:00 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : 倉俣史朗の言葉

さほど機能に左右されないもの、たとえばコンセントやスウィッチプレートの位置をきめるとき、ぼくはその部屋の中でどこが一番きれいに見える位置かを自分の感性できめる。
そのことをある雑談のとき知人の建築家に話をしたところ、その事務所では“きれい”とか“美しい”というのは軽蔑の言葉であると聞き、多少揶揄的な意味を含んでのことであろうが、しばしとまどいおどろいてしまった。
誤解を受けることを承知でいうならば、あらゆる意味においてぼくが寸法を決める裏付は、その良し悪しは別として全て自分の美感である。それがいかなる形の上の美であろうとも。
大きなものを造る建築家にとってミリ単位で鎬を削り美を捜し求める愚かさよりも、もっと“大きな”次元での社会的提案性(テーゼ)の方がはるかに重要なことかもしれない。
今までも、そしてこの小さな室内にもテーゼなどは微塵もない。自分のたいして恵まれてもいない感覚をミリ単位でこつこつと研ぎ積みかさねてきたにすぎない。
それは思考のない無責任な気楽さでもあり、見るまえに跳べてしまう阿呆の幸せでもある。(倉俣史朗)

「Japan Interior Design」No.202,1976年1月号
パブ『LOS・COS・MOS』記事より
発行:インテリア出版株式会社

2008年08月29日 22:00 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : エットーレ・ソットサスの言葉

デザインの背後にはいつもほんの一瞬の沈黙が隠されている。何かがやって来る、もしくは何かが起こる期待感。ひとつのデザイン、ひとつのプロジェクト(企て)がこの世にすえられた瞬間、それを手掛けた者には責任が課せられる。バイソンを殺すために弓矢を使った者は、バイソンに許しを乞うことになるだろうし、敵を殺すために剣を使うことは、血が吹き散るということだろう。テーブルの上にスープの皿が添えられていたら、その皿を与えてもらえる幸せも感謝したくなるだろう。
デザインという定理は実に晦渋なものである。(エットーレ・ソットサス)

「エットレ・ソットサス 定理に基づいたデザイン」展覧会カタログ(2006)より
編集:松風綾/訳:N.N.U./発行:Shiodomeitaliaクリエイティブセンター

2007年の大晦日にソットサス氏が亡くなりました。心よりご冥福を祈ります。

2008年01月02日 13:30 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : 内田繁の言葉

明治の近代化は、日本の文化のなかに美術と芸術という概念を移植しました。本来、日本の文化には、美術や芸術というカテゴリーはありません。今日でいう「日本の美術品」はすべて「道具」でした。中世絵巻や水墨画も、雪舟の大和絵屏風も永徳の障屏風も、狩野派の風俗画も、宗達・光琳の工芸も、もちろん日用のためのものも、すべて道具でした。道具は、生活や儀礼や芸能のために使われます。刀や槍のような武具も道具でした。日本の文化にとって、道具とは使えるものに他なりません。

貴族の暮らし、武家の暮らし、裕福な人びとの暮らし、庶民の暮らしと、さまざまな暮らしがありますが、道具とは一様に暮らしのためのものです。こうした道具の中にこそ「美」は存在したのです。それらは、どのレベルの暮らしにおいても、それぞれの日常生活をつくり出すものです。「美」は日常の中にあるのです。それは普通の暮らしの中にあります。「普通のデザイン」にとってもっとも大切なのは、美しいかどうかということです。美とは決して高価なものを指すわけではありません。どれほど質素で素朴なものでも、美しいものと、美しくないものがあります。それはおそらく普通であるか、否かの違いにあるのだと思います。(内田繁)

普通のデザイン(著:内田繁/編集:米澤敬/工作舎)より。

2007年08月22日 01:00 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : 襟立博保の言葉

願はくば個の決定により多くの普遍妥当性があります様にと、私は何時も珈琲を煎てながら心にそう念じたものである。(襟立博保)

珈琲と文化 2000年冬号/No.40(いなほ書房)より
*オリジナル:珈琲教室 第一部(リヒト珈琲(1947-55頃)作成の小冊子)

2007年07月03日 04:00 | trackbacks (0) | comments (2)

名言コレクション : 前川国男の言葉

建築の理論を最後の一歩まで推し進める力は、口でもない手でもない、やはり建築家それ自身の生活力または生活意識そのものであります。(前川国男)

生誕100年 前川国男 建築展 図録より
*オリジナル:国際建築1930年12月号記事「3+3+3=3×3」

2006年01月30日 04:26 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : チャールズ・イームズの言葉

仕事が十分に優れていればアートになる可能性がある。だが、アートは製品ではない。アートはクオリティだ。その点がときに見失われがちだがね。どんなものにもクオリティは存在しうる。(チャールズ・イームズ

イームズ・デザイン展コンセプトブック
(編集・制作・発行:アプトインターナショナル
「チャールズ・イームズとの会話─1977」より。
(聞き手・文:オーウェン・ギンガリッチ/訳:岩本正恵)

2005年10月19日 11:26 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : 渡辺力の言葉

インテリア・デザインは舞台装置のように<虚構>の世界に入り込むことも十分に考えられます。しかし舞台と役者のかもし出す空間と時間が観客にとって虚構を乗り越えた<何か>でなければなりません。虚構がみえみえではしらけてしまいます。(渡辺力)

SD 1986年5月号(鹿島出版会)より。

2005年09月20日 04:19 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : 仲條正義の言葉

第十一問
後藤 デザイナーであることの愉びを何と心得る?
仲條 外野フライをワザとはずしてホームで刺す愉び。

仲條のフジのヤマイ(著:仲條正義/編:後藤繁雄/リトル・モア)より。

2004年06月11日 07:08 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : ミウッチャ・プラダの言葉

私は「プラクティカル(実用的なこと)」にとても関心があります。アートでさえ、私にとってはプラクティカル。自分の人生にとって大切なこと、という意味ではアートもそうでしょう?あらゆるものは人の心に溶け込み、人生に溶け込むべきですよね。つまりプラクティカルであることは、人生を生きることなんです。 (ミウッチャ・プラダ

流行通信 August,2003 vol.482(インファス・パブリケーションズ)より。

2004年06月03日 07:57 | trackbacks (0) | comments (0)

名言コレクション : ブルーノ・ムナーリの言葉

今日の文化は、多数の人たちのものになってきつつある。そして芸術家は壇から降りて、肉屋の看板を製作する心構えをしなければならないのだ。芸術家は、ロマン主義の最後のぼろ衣を脱ぎ捨てて、群衆の中の一人の人間として活動的になり、今日の芸術、材料、製作手段の中に湧き出るようなものでなければならない。その天賦の美的感覚を失うことなく、周囲の人たちが期待している要求に、能力をもって謙虚に応じられるようになるべきである。(ブルーノ・ムナーリ)

芸術としてのデザインより。
(著:ブルーノ・ムナーリ/訳:小山清男/ダヴィッド社)

2004年05月27日 04:07 | trackbacks (0) | comments (0)
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